106 幹部は休日も忙しい5
「ユージ、お前さぁ……本気で歌ってんの?」
ポロシャツ姿の上司が言う。
彼は休日に俺を呼び出してカラオケに誘ったのだ。
「はぁ……一応は」
「一応は、じゃねぇよ。
ちゃんと心を込めて歌えよ。
じゃないと楽しめねぇだろ?」
「はぁ……」
「どれどれ、俺が手本を見せてやる。
見とけよ、見とけよぉ」
そう言って俺からマイクを取り上げる。
まだ歌の途中だったが演奏を中止し、自分がリクエストした曲を歌い始める。
この上司は本当に学習しない。
以前にボウリングの件で俺と殴り合いに発展したというのに、今度はカラオケで同じ過ちを繰り返そうとしている。
前回の暴力行為で上から厳重注意を受けた俺は、大人しく上司の歌を聞くしかなかった。割と軽めの処分で済んだのは、彼が自分にも非があると俺をかばってくれたからだ。
まぁ……何発も殴り返されたわけだが。
正直、感情的になって手を上げたのは申し訳ないと思っている。だが……もういい加減に解放してくれないだろうか?
俺はアンタに付き合わされるのはもううんざりなんだ。
学生時代のころはよく友達同士でカラオケに行った。特に何かすることがなくても、とりあえずカラオケに行けば盛り上がったし、時間も潰せた。
彼女とデートする時はいつもカラオケだった。彼女は流行の曲が好きでよく聞かせてくれたっけ。
就職してからすこしして、好きな人ができたと別れを切り出された。それっきり会っていない。
不思議なことに未練は全く感じない。仕事が忙しくてそれどころではなかった。
きっと彼女は余裕がない俺に見切りをつけたのだろう。正解だと思う。
今の上司の元で働くようになって、あれこれと付き合わされるようになった。ボウリングの次はカラオケ。連日のように連れまわされるので、もうすっかり嫌気がさしている。断り切れない自分自身にも。
ああ……もうだめだ。歌いたくない。カラオケなんて大っ嫌いだ。なんで歌なんか歌わなくちゃいけないんだ。家に帰って寝たいんだよ、俺は。
「次、お前の番だぞ。気合い入れて歌えよ」
そう言ってマイクを手渡してくる上司。
何もかも嫌になった俺は童謡の「ふるさと」を歌った。
「すまない……怒らせるつもりはなかったんだ」
俺はノインに謝罪した。
「いや、別に謝らなくてもいいよ。
なんかよぉ……いつものお前らしくなくて、
こっちもなんか変な気分になったんだよ。
俺の方こそ怒鳴ったりして悪かったな」
「いや……」
俺は無意識のうちに、前々世の嫌いだった上司と同じことをしてしまった。あいつの言葉が俺の中に残り続けていたのだろう。
「悪かったな……歌はあまり好きじゃないんだ」
「そっ……そうだったのか。悪かった。
知ってりゃ別の遊びを考えたんだけどな。
つーか先に言ってくれよ」
苦笑いするノイン。
彼が悪いわけじゃない。
カラオケに散々付き合わされた俺だが、エンドレスで「ふるさと」を歌い続けることで上司の撃退に成功した。それっきり何かに誘われることはなくなったのだが、俺を見て微妙に遠慮するようになったんだよなぁ……。
俺はまだ若かった。あの勢いで転職してりゃぁよかったんだよ。じゃなきゃあんなことには……。
「それで……まだ何かあるのか? 今日はもうおしまいか?」
「いや……」
さすがにもう何もないのか、ノインは困った顔をする。
こいつは俺のためにあれこれと工夫してくれたようだが、その努力は全て無駄に終わった。俺みたいなやつが楽しめる遊びなんて……そんなもの……。
「あのぉ……博打なんて……どうですか?」
ゲブゲブが鼻くそをほじりながら言った。
「え? 博打ぃ?」
「それならユージさまも楽しめるでしょ?」
「ううん……」
ノインは悩まし気に腕を組んで考え込む。
確かにギャンブルなら俺でも楽しめそうだ。
しかし……何をするかにもよるな。
「そうだな……それしかなさそうだな」
ノインはうんうんと頷く。
これで次の遊びを何にするかが決まったわけだが……。
博打って言ってもこの世界に何があるんだろうか?
カジノがあるとは思えんのだが……。




