100 ミィちゃんの社会科見学10
ゴブリンたちとのコミュニケーションは困難を極めた。
彼らは人語を話すものの、難しい言葉を全く理解してくれない。文字の読み書きもできず、一桁の計算も無理。こちらが伝えようとしたことの、半分も理解していないようだった。
そんなゴブリンの群れの中で、頭の良い子供が一人だけいた。それがアナロワだったのだ。
彼に目を付けた俺は、徹底的に教育を施した。
文字の読み書き、足し算・引き算・掛け算・割り算、お金の概念や社会の仕組みなど、基本的なことを一から丁寧に教える。
アナロワは呑み込みが早く、俺の伝えたことは絶対に忘れず、逆に質問をするなどして知識をどんどん深めていった。
文字の読み書きができるようになったら、本を持って行って紙に書き写させる。そうすることで内容も頭に入るし、仲間内で写本の貸し借りもできるようになる。
アナロワの成功で味を占めた俺は、他の子どもたちにも勉強を教えた。とりあえず文字を読めるようにして、読み書きができる個体を増やし、写本をどんどん行わせた。
当時の俺はゴミ拾いで金を稼いでいたのだが、その全てゴブリンに投資。
稼いでは本を買い、稼いでは紙を買い、稼いでは筆記用具を買い、アナロワたちに与える。
少しずつ成長していく彼らだが、リターンが見込めるようになるには時間がかかる。俺は安定した稼ぎ口を見つけるべく就職活動を行う。
その途中でノインと出会い、一緒に魔王城で働くことになった。
ゴブリンの里へ行く時間は減ってしまったが、もう頻繁に顔を出す必要はなかった。彼らは自分たちで勉強をするようになり、写本によって作られた複製本も結構な数になった。
たまーに本を持っていくだけで十分。
しかし……いくら勉強したところで、その知識を活かせなければ意味がない。俺は幹部になった時のことを考え、本格的に軍事訓練を施すことにした。
数年の年月を経て彼らは立派な兵士に成長。俺も幹部に出世したので、正式に魔王軍の一員として認められることになった。
長年にわたって続けた努力が実を結んで感無量。
それはアナロワたちも同じだったかと思う。
「そうだ……ゴブリンはすごいんだぞ」
俺は胸を張ってミィに言う。
「でも、どうやってこんなにすごい工房を作ったの?」
「それは……」
正式に兵士として認められたゴブリンたちだが、彼らの住処から首都であるゲンクリーフンは離れている。
そこで、この林への移住を勧めたのだが……当時は幹部になりたてで金がなかった。
土地だけは何とか自費で用意できたものの、必要な資材が全く集まらない。しかたなく彼らに金を稼いでもらおうと、ゴブリンたちが自活する手段を模索する。
んで、洗濯板がこの世界に存在しないことに目を付けた俺は、彼らに木材加工の技を身に着けさせた。
つっても槌とノミを用意して、木の板にギザギザを刻み込む様子を見せただけ。それでも彼らは俺の書いた設計図通りに洗濯板を完成させる。
当初はあまり売れなかった洗濯板だが、マムニールとのコネクションを築いたことで状況が一変。彼女に試供品をいくつか提供したら、知り合いに売り込んでくれたのだ。
今では領内で広く知られる大ヒット商品となった。あの人には頭が上がらない。
洗濯板がヒットしたことで、資金に余裕ができる。
ヌルに頼んで技術を伝授してもらい、協力を得ながらツリーハウスを建築。群れが寝泊まりに使っていた大木の洞は洗濯板生産工場となった。
「俺が作ったわけじゃない。
ゴブリンたちが自分で環境を整えたんだ」
「へぇ……」
感心したようにアナロワを見やるミィ。
「すべてはユージさまのおかげです!
我々一族は、ユージさまに感謝しています!」
彼はそう言って敬礼をする。
このポーズ、教えたときはあまり受けが良くなく、なんの意味の合図なのかと首をかしげていた。
それが今では彼らのアイデンティティーとなっている。
彼が敬礼する姿を見るたびに、昔のことを思い出して感慨深い気分になるのだ。
途中で諦めなくて良かったと。
心の底からそう思う。




