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はじめての合コン

 

 ──これは、ある男の恋の物語


 男の名前は虹元歳三(にじもととしぞう)

 父親は曲がったことを許さない頑固な性格であり、母親はそんな父親に従順に振る舞う、いわゆる「昭和」的で厳格な家庭に育った。

 そんな家庭環境は当時とくに珍しいものでもなかったため、歳三は両親の教育方針に素直に従い勉学に励んだ。

 性格は非常に真面目で、悪く言えば面白みのない男であった。


 親元を離れ現在は一人暮らし。

 大学の薬学部(六年制)を卒業し製薬会社に勤務している。



 ある日の休日、歳三は高校時代からの友人である近藤正義(こんどうまさよし)と近所のファミレスで夕食を採っていた。

 季節はまもなく冬に差し掛かろうという時期であった。


「お前って本当につまらない奴だな、彼女くらい作ればいいだろうに」


「彼女なぁ。うーん、なんか現実味がないんだよな」


 正義は高校時代から社交性があり、現在は法務省に勤務する国家公務員である。

 プレイボーイとは言わないまでも、これまでに数々の女性と恋愛をしてきたし、今も真剣に交際をしている恋人がいる。

 歳三でもわかるくらいのおしゃれな服装にさりげないアクセサリーを身に着け、見る人に垢抜けた印象を与える。


 それに対し、歳三はお世辞にも外見に気を使っているとは言えない。

 寒さ対策に全力を振った色味も地味で野暮ったい服装、ボサボサの髪に分厚いメガネをかけており、見るからに『ダサい』印象だ。

 女性に対する認識も、一般的な異性への興味はあるものの、恋愛というものに興味が持てず、恋人はおろか本気で特定の女性を好きになったこともなかった。


 一見して対照的な二人だったが、高校時代に漫画の話で盛り上がり、作品の好みも同じだったことから、漫画の貸し借りをしたり、作品の話をするうちに親友になっていった。


「なんだよ、せっかく六年も大学に通って、国家試験まで合格して、やっと社会人になったんだろ?

 そろそろ恋愛にも興味を持っていいだろうに。

 今好きなヤツとかもいないのか? 職場にも女の子はいるんだろ?」


「まあな、職場の同期でよく話す子はいるけど、恋愛的な好きって気持ちはないかな。それよりも今は仕事が楽しいし」


 正義としては歳三に親しい女子の同僚がいることは少し意外だった。

 だが、これまで全くと言っていいほど女っ気のなかった歳三だ。

 どんな女の子なのか気になるのが自然というものだ。


「へえ……。ところで、その同期の子ってかわいいの?」


「うーん、美的感覚は十人十色だから、お前から見てかわいいかは正直わからん」


「はぁ……。そういうところだぞ、お前がつまらない理由は。

 周りの人たちの評判とかあるだろ? かわいいだとか美人だとか」


 間の抜けた歳三の回答に正義はため息をつく。

 世間慣れしていないというか、会話の機微を読む力に欠けている。

 だが、そんな素朴な一面を正義は好ましくも思っているのだった。


「むぅ、正直に答えただけなんだが……。

 そうだな、研究所内ではかわいいって言ってる人が多いかな」


「おおっ! そんなかわいいって評判の子と仲がいいのか、お前が!」


「いや、仲がいいって程じゃないよ? 職場では比較的よく話すってだけで」


 話の意図が読めず困惑する歳三を尻目に、正義は口角を上げニヤリと笑った。


「じゃあさ、合コンしようぜ!」


「ええっ、なんだよそれ。別に仲がいいって程でもないし、合コンとか興味ないよ」


 歳三は予想外の提案に渋い顔をするが、そんなリアクションも正義には予想済みだ。


「うるせー、いいか歳三。就職して間もないお前にはわからないだろうが、社会人になったら他業種とのコネクションってのは貴重なものなんだよ。

 見聞を広げるという意味でも、交友関係を広げるという意味でも。

 特にお前みたいな研究職だと研究所の中に籠りっきりでお客さんや取引先と直接話す機会なんかないだろ?」


「う、そう言われると、確かに意味のあるものに聞こえてくるな……」


「よし、決まりだ。じゃあその同期の子に友達連れてきてもらって、四人で飲もうぜ」


「いや、お前彼女はいいのかよ?」


「さっきも言った通り、これは社会勉強だ。勉強するのに彼女の許可がいるか?」


「むむむ……。

 なんだかうまく丸め込まれている気もするが、一応筋は通っている気もするな……。

 分かった、誘ってはみるけど、うまくいくかはわからんぞ?」


*********


 翌日、出勤した歳三は同期である沖田聡子(おきたさとこ)のいる研究室を訪ねた。


 聡子は長い黒髪をうなじで一つにまとめ右肩から前に降ろしている。

 身長は女性としては高い方で、やや切れ長な目は知的な印象を受ける。

 スレンダーな体型に白衣を着たその姿はまるで研究所の研究員のようである(実際に研究所の研究員なのだが、歳三には他に良い例えが思いつかない)。


 気さくな性格で誰とでも分け隔てなく接し、仕事ぶりも真面目で周囲の評価も高い。

 同期の男たちも一目置いており、聡子狙いで合コンのお願いをされることも多いようだったが、だいたいはそれに応じてくれるらしい。

 聡子自身に浮いた噂はなかったが、玉砕した男の噂は歳三も何度か耳にしていた。


「沖田さん、あの、ちょっといい?」


「あ、虹元君おはよう。どうしたの?」


「えーっと、ここじゃなんだから、ちょっと廊下で……」


「うん? 別にいいけど」


 廊下に移動したはいいものの、こういった誘いに慣れていない歳三はしばらくモゴモゴしてしまい、なかなか本題に入れなかった。


「い、いやぁ今日はいい天気だね」


「今日は一日曇りで、午後からは雨が降るかもって天気予報で言ってたけど」


「うぐっ。えー、じゃ、じゃあ好きな食べ物とかある?」


「んん? ラーメンとか好きだけど、どうしたの?

 もしかして、デートのお誘い?」


「いや、それはない」


「即答っ!? ちょっとひどくない? 私だって傷つくんですけど」


 同期として半年以上の付き合いがあるので本気ではなかったものの、バッサリと切り捨てられたのは聡子としても少しショックだった。


「ああ、いや、ごめん。そういうつもりじゃなくて。

 実はさ……ご、合コンして欲しいんだけど」


「えっ!?……べ、別にいいけど、どうしたの?

 虹元君って同期の飲み会にもあんまり参加しないし、そういうの興味ないのかと思ってた」


「いやまぁ興味はあんまりないんだけどね。俺の高校時代の友人が社会勉強の一環だからって……」


 ようやく話の趣旨が分かり少しホッとする聡子だった。

 しかも言い出したのは友達らしいし、歳三は頼まれて断れなかったというところだろう。


「あははっ、やっぱり興味ないんだ。そういう正直なところは虹元君っぽいね」


「ああ、いや……興味が全くないわけじゃないんだよ?

 ただまあ友人の言葉を借りると異業種との交流ってのは貴重な機会というか、研究所にいると人との交流って確かに少ないし……」


「ふーん、分かった。他の業種で働いている子を連れて行けばいいのね?

 っていうか、虹元君は同じ業種の私には全く興味がないってことかしら?」


「うん、まぁ、そうだな」


「ひどいっ!」


 歳三のデリカシーのなさに聡子は頬を膨らませた。

 悪戯っぽく怒るふりをしたものの、歳三のこういう嘘の付けない性格を好ましくも思っている。


 聡子は嬉しそうに微笑んで連絡先を交換し、飲み会の人数や時間、会場となる場所を確認した。


「了解、友達何人かに当たってみるね」


「ああ、助かるよ。よろしくお願いします」


 心底ホッとしたような表情を浮かべる歳三。

 その顔を確認すると聡子はニッコリと笑顔を残して自分の研究室へと戻っていった。



*********



 ──そして一週間後


「「「「カンパーイ!!!!」」」」


「いやー、さすが歳三。

 こんな学生が使うようなチェーン店の大衆居酒屋を合コン会場に選ぶとは。

 ごめんねー聡子ちゃん、郁美ちゃん」


「やっぱりおかしかったのかよ!? お前に店決めてもらおうとしたら断ったくせに!!」


「いえいえー、私はこういうお店好きですよ。メニューもたくさんあるし」


 聡子が連れてきたのは斎藤郁美(さいとういくみ)という高校時代の友人であった。

 看護師として市内の病院に勤務しており、髪はショートカットでクリクリとした瞳が印象的な、全体的に小柄でかわいらしい雰囲気の女性である。


「まぁ私たちも友達同士で飲むときはこういうとこ使うからね。

 私だって虹元君と同じく就職して間もないから余裕もあんまり無いし」


 郁美も聡子もフォローを入れてくれる。 


「聞いたか歳三、いい子たちだね。

 まぁお前に店のチョイスを任せた時点でこうなることは予想していたけどな。

 場末のスナックが会場にならなかっただけ良かったよ」


「場末のスナックなんて俺行ったことないよ!?」


 合コンは正義の軽快なトークで和やかに進み、仕事や趣味の話題などで盛り上がった。

 歳三は緊張しているのか、正義のボケに突っ込む以外はほとんどしゃべらず、相槌を打つ程度だった。

 郁美はコロコロとよく笑い、聡子も会話を楽しんでいるようだ。


 歳三と聡子は製薬会社勤務だが、郁美の病院では医薬品としてはあまり使われていない。

 しかし洗濯用洗剤や掃除関連グッズ等の日用製品も販売されていて、自宅では意外と使っていることなどで盛り上がっていた。


 会話は弾み、お酒も徐々に進んでいたが、そんな時、突然郁美が携帯電話を取り出した。

 どうやらメールが届いたらしい。


「あっ、ごめんなさい。病院からのナースコールだわ。悪いけど私ここで失礼します」


 内容を確認すると郁美はそそくさと帰ってしまった。

 残された三人は突然の出来事をポカンとした表情で見送るしかなかった。


「……病院から個人の携帯にナースコールっておかしすぎるだろ。

 もしかして彼氏からの呼び出しか?」


「い、いやー。

 最近は担当患者の呼び出しを転送するサービスとかもやってるんじゃないかなぁ、あはは……」


 聡子は目を泳がせながら苦しい言い訳をするが、正義に追及されたため白状する。


「実は三年ほど付き合ってた彼氏と最近別れたって聞いたんで今日の合コンに誘ったんだけど……。

 数日前からヨリを戻さないかって言われてるって……さっき聞きました」


「はぁ、そんなことだろうと思ったよ。

 あの子男慣れしてたし、よく笑って会話を合わせてくれてたけど、どこか心ここにあらずって感じだったもんな」


 正義が顔をしかめながらぬるくなったビールを喉に流し込むと、今まで大人しかった歳三が口を開いた。


「な、なぁ。トイレ行ってきていいか?」


「は? なんだよ、今まで我慢してたのかよ?」


「いや、うちの会社の製品の話で盛り上がってたからさ。タイミングが悪いかなって」



 歳三が慌ててトイレに向かうのを見送ると、正義は聡子に少し意地の悪い質問をする。


「で、ついでに歳三は好みのタイプじゃないってことで郁美ちゃんに声をかけたのかな?」


 正義の問いかけに一瞬ムッとした表情になった後、聡子が応じた。


「へぇー、よく見てるし、女慣れしてそうですねぇ近藤君は。

 でも流石にそこまでは考えてなかったわよ。

 最近別れたって聞いてたからちょうどいいかなってのもあったし、あの子はホントにいい子なのよ。

 ちょっとタイミングが悪かったみたいだけど……。

 それに、タイプかタイプじゃないかなんて、実際に話してみないとわからないじゃない」


 聡子が若干棘のある回答をしたにも関わらず、正義は少し嬉しそうに笑った。


「ああ、ごめんごめん。俺も彼女いるし、人のこと言えた義理じゃないんだけどさ。

 聡子ちゃんは歳三のこと気に入ってくれてるみたいに見えたからさ。

 ちょっと鎌をかけてみた」


「あーやっぱり、彼女いそうだもんね近藤君は。チャラいし」


 聡子はジト目で睨んでみたが、正義は変わらずニコニコしている。


「うへ、辛らつだね。で、聡子ちゃんは歳三の事タイプだったりするの?」


「うーん、虹元君はタイプかタイプじゃないかって言ったら……タイプではないのよねぇ。

 でもいい意味で垢抜けてないところとか、さっきのトイレを我慢してた理由とか。

 そいうところはいいなぁって思うわよ。まだそんなにちゃんと話をした訳じゃないけどね」


「へぇー、今どき珍しいね。

 なんだかんだ言っても高学歴、高収入、高身長って条件重視の子が多いのに」


「あなたみたいなチャラついた男は少なくともまったくタイプではないわね。

 私は学歴とか身長はどうでもいいわ。収入も高くはなくていいかな、定職に就いてないのは論外だけど。

 それよりも、一緒にいてホッとするような、心の温かい人がいいかな」


「いいねー、聡子ちゃんは男を見る目がありそうだよね。

 歳三はさ、あんなだけどホントにいいヤツなんだよ。

 ついでに童貞だからさ、もらってやってよ」


「………………」


 酒のせいか、顔を赤くしている聡子はあえて返事をしなかった。


「あれっ、もしかして聡子ちゃんも処女だった?」


「頭からビールを飲みたいのかしら、まさよし君ったら」


 聡子がビールジョッキを持ち上げ、デリカシーのない正義を睨み返す。

 そんなタイミングで歳三がトイレから戻ってきた。


「あれ、お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。


読んでいただけるだけでも大変ありがたいのですが、

ブックマークや評価などしていただけると泣いて喜びます。


【完結保証、10万文字ちょっとです】

引き続き引き続きよろしくお願いいたします。

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