差出人は誰?
「いやいや、飛躍しすぎだから。ただの手紙だよ。私たちが調べてるのって有名だから、誰かが悪戯でやったんだって」
「僕もそう思います。だからこそ、今日は報告しなかったんです」
三枝が満川に同意しながら、彼女から手紙を取ると、その中の便箋を出した。
「それに、もしこれが脅迫状なら、そんな回りくどいことはせずに、脅迫文をここに書けばいいんです」
「だよねー。これ、いつもの文章しか書かれてないもん」
「でも、満川先輩に悪戯したなら、なんで三枝先輩や坂下ちゃんは何もないんですか?」
琴野の疑問には誰も答えられなかった。
「……満川、怒らずに答えてくれ」
「なに?」
「誰かと喧嘩してるか?」
少しオブラートな包み方をしたが、ようは「誰かと仲が悪いか」という確認だった。
彼女はそれに気づき、はぁっとため息をついて、ぶんぶんと首を横に振った。
「少なくとも、自覚はないかな」
「ないない。奈央先輩、バレー部じゃ慕われてますもん。私だって最初に頼ったくらいだもん」
「僕も思い当たりません。二年生のときは同じクラスだったし、こいつとはそれなりに関わってましたけど、悪く思ってるやつなんて知りません」
満川と親交がある二人が続けざまに否定したので、俺は背中にいる琴野に目を向けた。彼女も二人と同意見らしく、首を左右に振って「知らないです」と否定した。
実を言うと、俺も同意見だ。満川はぶっきらぼうなところはあるが、それで誰かに恨みをかっているとは思えない。
「なるほど。これはいつ届いた?」
「気づいたのは今朝。昨日帰るときにはなかった」
「昨日はいつ帰って、今日は何時に来た?」
「……事情聴取みたい」
みたいではなく、まさにそうなんだが、あえてそれは言わなかった。
「昨日は確か、六時には帰った。この子と一緒に」
隣の坂下を指さすと、彼女も頷いて「手紙なんてなかったよ」と証言した。
「今日来たのは……始業の結構ギリギリ前」
なんだか言いづらそうにしたのは、俺にもっと早く来いと注意されると思ったからだろう。
「ということは、昨日の六時以降から、今日の八時半ぐらいに投函されたってことか」
「先生、それ、もっと絞れるはずです」
琴野が俺のスーツをくいくいと引っ張ってきた。
「え?」
「だって、ルールがありますから。誰にも見られるなって。届けた人は、きっとあんまり人がいない時間を狙ったはずです」
「ああ」
確かに言われてみればその通りだ。しかし、昨日の六時以降なら、残っていた生徒も少ないはずだ。
始業時間の八時四〇分に間に合うように来る生徒が多いとはいえ、だいたい八時ごろにはそれなりの生徒が登校している。
昨日の六時以降、今日の朝八時まで。絞れはしたが、あまり活きるとは思えなかった。
「てか、先生、特定する気なわけ?」
「可能ならな。お前たちの言う通りだと思うが、琴野の推測も無視できん」
「いや無視したらいいよ。先生の気を引きたいだけだから」
「そんなんじゃないですってば!」
「まあ、乙女の言うこともわかるけどさ、やっぱ考えすぎな気がするんだよね」
坂下は三枝の机に置かれていた手紙を保管している箱を持ってくると、それを俺に見せつけるように突き出した。
「こんなにあるけど、全部じゃないんだよ。基本、届いたことは口外しないルールがあるから。だから、先輩みたいな『例外』は他にもあると思う。でも、実際、何も起きてないよ?」
「昨日も言いましたけど、校内でトラブルはありません。それに今の満川に手紙なんか出しても、本気にされないのは予想できたはずです」
坂下と三枝が主張をしている間、満川は「ほらみろ」という表情をしていた。
「……わかった」
正直言うと、やはり調べたい気持ちはある。しかし、昨日彼らに任せたところだし、当人の満川が気にしている様子じゃない以上、深入りはできない。
「変な勘繰りはやめよう。ただ、手紙のことで何かわかったら教えてくれ、何でもいい。それと満川、お前は何かあったらすぐに言いなさい。いいな?」
三人が揃って頷いた。
気になるが、やはりしょせんはただの手紙だ。あまり真面目に考えすぎるのもよくないのかもしれない。
ただ、琴野と視線があうと、どうもそういうわけにはいかなかった。
俺も彼女も、未だに嫌な予感が消えない。お互い、そういう顔をしていた。
そして、それは見事に的中してしまった。




