ハッピーエンド
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「はー、そういうことだったんだぁ」
食堂の人気メニューである揚げパンを囓ったまま、坂下がそんな声をあげた。
「食べながら喋るな」
そう注意すると彼女はもぐもぐと揚げパンを食べ終えてから、笑顔になった。
「でもお咎めはなしなんでしょ? 先生、いいやつじゃん」
「ちょっと坂下ちゃん、先生に向かって『やつ』とか言わないの」
俺が注意しようとしたことを、彼女の隣に座った琴野が先に言ってくれた。とはいえ、当人は気にしていないようだった。
俺と琴野は、今回の件について坂下にも教えることにした。それで昼休みに三人で昼食をとりながら、昨日の放課後に起こったことを説明した。
坂下は二人の行動にはびっくりしていたものの、利用されたことは怒っていなかった。
「ま、先輩たちが幸せならそれでいいや。二人とも、ありがとね」
むしろ二人の関係に進展があったことに喜んでいるようで、お礼まで言われてしまった。
「いや、俺に礼はいらん。今回は琴野だ」
「え」
「俺は教師として調べただけだ。それも琴野の協力がないと何もわからなかったし、最終的に満川が手紙の犯人だと推理したのも琴野だ」
俺は三枝が偽の手紙を投函したことはわかったが、満川が『不幸の手紙』の犯人だとまではわからなかった。だからあのとき、俺たち二人の答えは一致しなかった。
結局、彼女が出した答えで、すべてが繋がった。
「琴野のおかげで、解決できたんだ」
そう断言すると、彼女は顔を赤くして、何も言わずに下を向いてしまった。それを見た坂下が悪戯っぽく笑った。
「先生、それなら私じゃなくて、先生こそ乙女にお礼言ってあげなよ」
意地悪そうな笑顔で坂下がそう提案し、それに琴野がばっと顔をあげて、すぐに「何言ってるの!」と坂下の口を塞いだ。
しかし、坂下の言うことはもっともだった。
「そうだな。琴野、ありがとう。お前のおかげで助かったよ」
そう礼を言うと、琴野はまた顔を赤くして、勢いよく立ち上がった。
「せ、先生!」
胸の前で両手を握って、口をパクパクとさせて何か言おうとしていた。
「……どうした?」
「わっ……私も! 先輩たちみたいに、頑張るから!」
どういう意味かわからない宣言をすると、彼女は赤面のまま、食堂から走って出て行ってしまった。
そんな様子を坂下が笑いながら見ていた。
「乙女は苦労しそう」
「どういうことだ?」
「さあ?」
坂下が明らかに答えをはぐらかしたところで、俺は気になっていたことを訊いた。
「なあ坂下、お前は気づいていたんじゃないのか?」
「……何が?」
「手紙が満川の仕業ということと、その目的にだ。お前はわかっていて、便乗したんじゃないか?」
そう思うのには理由があった。琴野が言っていた、あの手紙が流行りだしたのはここ十日くらいだと。
しかし手紙は三通出すというルールだ。たったそれだけで、七〇通近くの手紙が溢れるなんて、あるだろうか?
そうなると、最初に手紙を受け取った人間が、意図的に三通以上ばらまいたんじゃないかと思った。それなら、一気に広まってもおかしくない。
坂下は俺の目をじっと見続け、しばらく答えなかった。
ただ、どういうわけか、急に大きなため息をついた。
「先生さ、その勘の良さ、もっと自分のために使った方がいいよ」
その言葉の真意はわからないが、どうやら彼女は本当に気づいていたようだった。
「私、奈央先輩も三枝先輩にもお世話になってるからさ、なんとなく、二人の気持ちは気づいてたんだ。だから、力になりたかった。恋が叶わないって、キツいから」
そういえば坂下は、憧れの先輩を追って風紀委員になったと満川が言っていた。
もしかしたら彼女は、満川には自分と同じような失恋をしてほしくないと思って、陰ながら協力したのかもしれない。
「……お前だって、いいやつじゃないか」
そう褒めてやると、彼女はフフと笑った。
「でも先生、これだけは言っておくけど」
彼女はさっき琴野が出て行った方を見て、すぐにまたこちらを向いた。
「私が応援してるのは、満川先輩だけじゃないからね」
意味深にウインクをして、彼女はその場を去って行った。
どういう意味だろうと考えていたら、食堂の外を歩く二人の生徒が目にはいった。
二人は仲が良さそうに、だけどぎこちなく、手を繋いで歩いていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




