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推論 Ⅰ

11




「時間をとってもらって悪いな」


「いえ、問題ないです」


 翌日の放課後、俺はまた三枝に会いに行った。事前に少し時間をくれないかと言うと、彼は二つ返事で了承してくれた。


 琴野はいない。もちろん、満川や坂下も。ほかの生徒もいなくて、夕方の教室には俺と三枝の二人だけだった。


「手紙の件で確認したいことがあってな」


「あれですか。一応、昨日また調べましたけど、特に変わったことはなかったですよ」


 三枝は極めて事務的にそう報告してきた。彼が嘘をついているとは思わない。風紀委員として調べて、実際にそうなんだろう。


 俺は頷いて、まだ座っていなかった彼に着席を促した。


「ゆっくり話そう」


「……はい」


 今の同意が決して、乗り気でないことはわかる。言葉にこそ出していないが、顔がこわばっていた。


「俺と三枝は性格的に似てるから、余計なことは言わないぞ」


「はい」


「素直に答えてくれ。満川に手紙を出したのは、お前だな?」


 昨日、琴野と散々話し合って、一つの結論に至っている。


 そしてその考えでは、満川に届いた手紙は、三枝しか出せない。


 彼はじっとこちらを見ていた。探るような視線というより、まるで格闘家が相手を見定めるような威圧さえ感じた。


「どうしてそう思われるんですか?」


「否定しないのか」


「それは先生の意見を聞いてからでも遅くないでしょう」


 本当に真面目だ。普通の生徒なら、真っ向から否定するだろう。


 それか、下手な墓穴を掘ることを避けているのか。どちらにしても、彼の要望に応えるしかなさそうだ。俺も証拠もなく生徒を犯人扱いするつもりはない。


「あの手紙には宛名があった。ルールに反して、はっきりと満川の名前が」


「ええ。でも間違っていたかもしれないと、坂下が言っていましたよ」


「手紙は三通出さないといけないんだったな。犯人が本当に間違っていたなら、あと二通、宛先の書かれた手紙があるはずだ。昨日、手紙ついて調べて、そういう手紙は見つかったのか?」


 彼は苦虫をかみつぶしたような顔をした後、首を左右に振った。


 これで間違いという考え方は消えた。


「つまり、満川に届けられた手紙は、やはり意図的に宛名が書かれていたことになる」


「手紙ですから、本来そうあるべきなんですけどね」


 馬鹿にしたように三枝が「フッ」と鼻で笑った。


「そうだ。しかし『不幸の手紙』については、別に宛先がなくてもいい。ルールのことを言ってるんじゃない。別に三人に届ければ、誰でもいいわけだから必要としないんだ」


「……まあ、そうですね」


「だから、こう考えた。満川の元に届いた手紙。あれだけは、あいつ宛てじゃなきゃダメだったんだと」


 三枝がまた首を左右に振った。


「すいません、よくわからないです」


「そうだな。じゃあ、大前提から話そう。今回の『不幸の手紙』を仕掛けたのは満川だ」


 そう断言しても彼は眉さえ動かさなかった。


「そしてお前はそれに気づいた。だからあの日、あえて宛先の書いた手紙をあいつに届けた。俺に、満川が仕掛け人じゃないと思わせるために」


 そう、これがこの一連の騒動の全体像だ。これなら満川に届いた手紙の謎も、どうしてあのタイミングだったのかも説明がつく。


 ただ三枝は、さっきよりも強く、そして何度も首を左右に振った。


「あり得ないですよ」


「そうか? 疑問だったんだ。なんであの犯人はルールを破ってまで、手紙に怯えないとわかっている満川に手紙を出したのか。しかし、それが疑いの目をそらすためなら納得がいく。だから、あの日に届いた。俺が手紙について調べてるとわかった翌日に」


「確かに、筋が通っているような理屈ですけど、おかしいです。仮にそうだとしても、手紙を届けられたといって、あいつが犯人じゃないと断言できないでしょう」


「疑問が変わるぞ。実際にそうだった。手紙が流行ったことより、満川に届いた手紙に注意が逸れた。それが狙いだったんだろ?」


 三枝は否定も肯定もせずに、こめかみを押さえて、難しい顔のまま黙った。


 その態度は『話にならない』というようにも、次の言葉を考えているようにも見えた。


「仮にもし、満川に手紙を出した犯人が特定されれば、それはお前だ。そうなれば、手紙を流行らせたのも自分だと言うつもりだった。そうじゃないか?」


 そうすれば、満川のことを庇いきれる。


 三枝は眉間にしわを寄せたまま顔を上げると、小さく笑った。


「どうしてですか?」


「何がだ」


「どうして、そこまでしてやらなきゃいけないんでしょうか。確かに満川とは知り合いですけど、そこまでして庇う必要はないと思います。だって、たかが悪戯です。先生だってばれてもそこまで怒らないでしょう」


 彼の言い分はもっともだ。手紙を流行らせたのが満川だとしても、そこまで悪いことかと言えば、そうではない。だからこそ、俺以外の教師は関心を示さなかった。


「先生だけがあの手紙に興味を示していましたけど、その先生だって怖いってほどじゃない」


「怖くないのは教師としてどうかと思うが……お前は、俺たちのことを怖がったんじゃないだろ」


「ほかに何かあるんですか?」


「大学の推薦だ」


 三枝の笑みがわかりやすいくらいに、すっと表情から消えた。


「満川は推薦で進学が決まっている。もし今回の件で、それがご破算になってはいけない。お前が恐れたのはそれだ」


 確かにこんな悪戯、教師ですら関心を示さない些細なことだ。


 しかし、もし犯人が満川だと判明すれば、それが大学側の耳に入るかもしれない。それで推薦を取り消すなんてことをする大学はまずないと思う。だが、三枝も満川も進学についてはナイーブな三年生だ。もしものことを考えた。


「それなら庇う必要も出てくるだろ」


 どれだけ関係が浅くとも、さすがに同級生の進学が取り消されそうになっていたら無視はできない。たとえそれが可能性だけでもだ。


 三枝は黙っていたが、大きく息を吐くと、天井を見上げた。そしてしばらくすると、こちらとまた向き合う。


 意外にも、その顔にはまだ余裕があった。 


「先生の推理はすごいですけど、それは満川が手紙の犯人だったという前提がないと成り立ちませんね」


「……今更か」


「でも、それが根本なので」


 そこで初めて、俺は三枝の意図がわかった。こいつは、あえてその質問を避けて、俺がどこまで気づいているのかを見定めていたんだ。


 強い否定はせずに、色々と質問するように話していたのはそのためか。


「それが証明されないと、今の理屈は成り立ちません」


 三枝の言い分に間違いはない。俺が話した推理はすべて、そこに繋がっている。


 少しだけ、三枝の呼吸が荒いことに気づいた。なるほど、これが彼の最後の砦らしい。


「そこは、証明しましたよ」


 教室の扉が静かに開いて、一人の女子生徒が入ってきた。

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