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二人の推理

 あまりほかの生徒に話を聞かれたくないので、食堂の奥のテーブルに二人で腰掛けた。


「なにかわかったのか?」


 単刀直入に琴野に確認すると、彼女は眉を八の字にした。


「うーん……微妙です」


「微妙?」


「はい。見えている部分はあるんです。でも、そうじゃない部分もあるというか」


 彼女は言葉にするのに苦労していた。ただ、言いたいことはわかる。まだ考えがまとまっていないが、自信はある。それを補う必要があるんだろう。


「わかった。とりあえず、状況を整理して、二人で考えていこう」


「はい!」


 琴野は元気よく返事をすると、さっき買ったばかりのルーズリーフを取り出し、そこにシャーペンで何か書き始めた。


 彼女は最初に『手紙のルール』と書いた。


「ルールは四つですよね」


「ああ。見られるな、言うな、赤ペンで書け、三日以内に届けろ。この四つだ」


「でも、明記はされてないけど、便箋は購買部のがいいとされている」


 明記された四つのルールと、暗黙の五つ目のルールを彼女がノートに走り書きをしていく。


「次は満川の件だな。あいつは風紀委員ではないが、坂下の先輩ということで手紙の調査を手伝っていた」


「その坂下ちゃんは、手紙をはじめの方に受け取っていた……」


「そうだ。それを同じ風紀員の三枝に報告した」


 琴野はすらすらと三人の名前と、それぞれが手紙にどう関わっていたのかを書いていった。


「そして捜査していた満川先輩に、ルールを破って、宛先の書かれた手紙が届いて……」


「実際、満川はケガをした。ただ、ケガは事故か事件かわからない」


 満川の証言は曖昧だが、自分から転んだとは断言していない。誰かに押されたかもしれないという、どっちつかずの回答ではあるが、この状況で彼女がそんな曖昧なことを言う意味があるかわからない。


「満川以外の不幸はないんだったな?」


「三枝先輩もそう言ってたし、私も学校で何か変わったことが起きたなんか聞いてないですね」


 三枝は常に学校の風紀を気にかけているし、琴野の情報網はすごいものだ。その二人をかいくぐった何かがあるとは思えない。


「つまり、満川が初めて起きた不幸か」


「そうですね。でも、手紙のせいじゃないかも。だって、先輩に届けられた手紙はルール違反してましたから」


 琴野が小さく笑いながら、そう指摘した。言われてみればそうだ。満川に届いた手紙は、ルールに反している。


 待て。なら……。


「差出人は、不幸になってるんじゃないのか?」


「え」


「確かに不幸の手紙で、不幸は起きていない。だが、それはみんながルールを守っていたからという見方だってできる。しかし、今回の満川に届いた手紙はルール違反。不幸は、差出人に起きるはずだろ」


 それはあくまで不幸の手紙というものが、本当に人を不幸にする力を持っていたらという、迷信を信じることが前提の推理にはなる。


「そうですね……つまり」


「少なくとも、満川に手紙を出した人間は、不幸の手紙なんて信じてない」


 琴野がこくんと頷いて、その続きを口にした。


「にも関わらず、先輩に手紙を出した。信じてなければ、出す必要のない手紙を、あえてルールを破ってまで」


 改めて、よくわからなくなる。一体どうして、満川に不幸の手紙を出した?


「あいつを脅かしたかったんだろうか?」


「それはないですよ」


 思いのほか強く琴野が否定してきた。


「だって先輩は不幸の手紙を回収してました。ルールでは届いたことを言っちゃダメだから、回収させるなんてもってのほか。でも、集められた手紙の元の持ち主は先輩に渡してる。先輩が言ったんですよ。そんな手紙で本当に不幸になるはずがないって」


「ああ」


 そういえば満川自身も似たようなことを言っていた。


そうなると、犯人は満川が怯えないことをわかっていたはずだ。そして自らルールを破るくらいなら、犯人も手紙を信じてない。


 不幸の手紙を信じてない人間が、どうして同じ考えの彼女に手紙を出す?


「満川の自作自演、というのはどうだ」


 よくわからなくなるのは、犯人の意図が見えないからだ。だったら、そういう存在がいないという仮定をしてみた。


 琴野はいい顔をしないかもしれないと思ったが、意外にも彼女は頷いた。


「実は、私が見えているって言ったのはそれなんです」


「つまり、お前も満川が怪しいと思ってるんだな」


「はい。でも、辻褄があいません。だから微妙なんです」


「辻褄?」


「先輩が自ら手紙を投函する理由もわからないですけど、仮に手紙が先輩の自作自演なら、ケガもそういうことになります。でも先輩は、あれを事故かもしれないって言ってます」


 そうだ、満川はそういう曖昧な表現をしている。だから煮え切らない。


 しかし、本当に彼女の自作自演なら『背中を押されたかもしれない』なんて、曖昧な表現は避ける。事故か、事件か、そのどちらかをはっきりと名言するはずだ。


「それに先輩が手紙を投函したとしたら、いつかわからないんです」


「いつでもできるだろ。あいつの下駄箱だ」


「でも、手紙は朝には届いていて、それは証言されています。それより前だと、あの日の放課後です。でも、先輩は私たちと別れた後、部活に行って、みんなと帰ってる。手紙を書いてる暇はなかったはずです」


「事前に用意してたんじゃないか?」


「それを、手紙のことを先生が調べてるってわかったすぐ後に投函しないと思うんです」


 琴野の指摘ではっとする。確かに、それもそうだ。何かの理由があって自作自演をするにしても、あのタイミングはおかしい。教師が調べていると知った直後だ。


「なら、新しい謎が出てきたな。どうしてあのタイミングだったか」


 琴野がそのことをノートに書いていく。状況を整理するために始めた話し合いが、いつの間にかより混沌としてきた気がする。


 満川のケガは事故か、事件か。そのどちらにしても彼女の元に届いた手紙は誰が出したものか。そして、その意図は何か。ルールを破り、あえて宛名をつけた意味はあるのか。どうして、あの日だったのか。


 色々思い出していると、昨日の夜のことを思い出した。


 そして改めて、満川の元に届いた手紙を思い返す。


「そうか。自作自演はない」


「え?」


「あれは満川の字じゃない」


 自分で言い出しておいて、その推理を否定した。どうしてすぐに思い当たらなかったのか。


「満川は字が特徴的なんだ。少し尖っている」


 昨日の夜、採点していた彼女の課題。あそこに書かれていた字は、全体的に尖っていた。あれが満川の字の特徴だ。


 そのことを琴野に説明すると、彼女はぽかんとしていた。


「どうした?」


「せ、先生って、みんなの字の特徴を把握してるんですか?」


 目を大きく開けて、信じられないとでもいうような顔だった。


「まあな。毎日採点していると、自然とそうなる」


もちろん、字を見ただけで誰かとわかるわけじゃない。ただ、特徴とずれていることはわかる。だから、あれは満川の字じゃない。


「すっごい」


 琴野が驚いた後、目を輝かせて、急にテーブルから身を乗り出してきた。


「なら!」


「な、なんだ」


「私の字もわかりますか? 字を見て、琴野だって」


 期待した視線を向けてくる彼女は、さっきまで難しいことで色々と推論をたてていた少女と同一人物とは思えないほどかけ離れていた。


 それがおかしくて笑ってしまう。


「わかるぞ」


「ほんとに!」


「ああ、琴野の字は、見かけによらず、ちょっと雑だからな」


 彼女の表情が固まった。さっきまで輝いていた目は、光を失って、すとんと席に座ってうつむいた。


 あまりの変化にどう言葉をかけていいかわからなくなる。ただ、間違ったことを言ったつもりはなかった。琴野の性格だと字は綺麗そうなのに、意外と雑なので、そこが特徴だった。


「そ、そっか……」


「いや、雑といっても、汚いとかじゃないぞ」


 そうフォローしても、彼女の耳には入っていないようだった。


「でも字か……」


 そこで琴野がぽつりとつぶやき、そして急に顔を上げた。


「そうか、字だよ!」


 琴野が急に興奮して、あることを言った。それはいつでも気づこうと思えば気づけた矛盾で、どうして今まで何も思わなかったのか不思議でならなかった。


 彼女の指摘で、俺もあの手紙にまつわる謎が解けていった。


「そうか。なら犯人は」


 琴野が頷いて、二人してその答えを口に出した


「三枝だな」


「満川先輩」


 揃うと思っていた声が、予想に反してそうはならず、思わず琴野と見つめ合ってしまった。


「え?」


 その声は揃った。

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