びりけんの証言
10
翌日、俺と琴野が二人で購買部に行くと、カウンターで円藤が「およ?」と声をあげた。
「婚姻届は置いてないよ」
「何を言ってるんだ?」
隣では琴野が顔を赤くして、円藤に「もう! デリカシーがない!」なんて抗議をしていた。
円藤は相変わらず購買部のエプロンをしていた。彼女はこの格好でいるときの方が長いんじゃないかと、少し心配になってきた。
「それで、今日は何か用? 冷やかしならお断りだからね」
本当に商売人みたいなことを言い出した。
「あの先輩、例の『不幸の手紙』についてなんですけど」
「ああ、あれ? 便箋ならまだ入荷してないよ」
円藤が相変わらず『売り切れ!』という三角ポップがしてある棚を指さした。
「入荷に時間がかかるものなのか?」
「全然」
彼女は当たり前だというように首を左右に振った。
「ちゃんと頼めば、翌日には届くよ。でも、変な悪戯が流行ってるから、自重してるの。えらいでしょ?」
なるほど。手紙が以前より減ってきていると三枝も満川も言っていたが、それには購買部のこういう判断があったようだ。
紙がなければ手紙は書けない。当然だった。
「ま、便箋がいきなり必要になるってこともないでしょ?」
「そうだな」
「どうしても急にいるって言うなら、実は裏にサンプルがあるから、それをあげるけど」
しっかりとした対策がとられていて驚いてしまう。購買部は購買部で、ちゃんと悪戯には付き合わないということに徹底しているようだった。
この三角のポップも、便箋は売らないという意思表示しているのかもしれない。
「それって先輩が考案したんですか?」
琴野が上目遣いでそう質問すると、円藤は笑いながら「まさか」とあっさり否定した。
「私は売ったらいいって言ったの。でも反対されちゃった。大人の対応だよねぇ」
おそらく反対したのは、購買部の担当者だろう。円藤が手伝ってはいるが、購買部は学校が運営している。店番はともかく、裏方の細かい仕入れなどはその人がやっている。
「じゃあ先輩、ここ最近は誰にも便箋を売ってないんですよね?」
「もち。てか、ないからね」
「買い求めてきた人は?」
「何人かいたよ。でも売り切れだって言うと、諦めてくれた」
「一昨日の夕方は、誰か来ませんでしたか?」
それは満川に手紙が届けられた日。円藤は腕を組んで、小さく唸りながら思いだそうとしてくれた。
そして最終的に首を横に振った。
「いなかった。何人かが買い物に来たけど、便箋目当ての生徒はいなかったよ」
ずっと店番をしている円藤がそう言うなら、そうなんだろう。
「じゃあ、封筒を買いに来た人はいますか?」
「封筒?」
思わぬ質問に俺が声を出してしまった。ただ琴野は細かい説明はせずに、また思い出す仕草をする円藤をじっと見つめていた。
円藤はやはりぶんぶんと首を横に振った。
「それもいなかった」
その答えに琴野は頷いて円藤に礼を言った。
確かに、便箋と違い、封筒はまだ売り切れていない。しかし、手紙には便箋の指定まではない。琴野は何を気にしているんだろうか。
「時間をとらせて悪かったな」
「暇だし別にいいよ。手紙の件、やっぱり調べてるんだ?」
「ああ」
「そう。乙女、質問に答えてあげたんだから、なんか買っていきなさい」
冷やかしはお断りだというのは冗談ではなかったらしい。琴野はブツブツと文句を言いながらもルーズリーフを購入した。
「よかったのか」
状況を整理しようと食堂に向かう途中、琴野にそう訊くと彼女は「いいんです」と断言した。
「先輩のおかげで、かなり見えてきましたから」
どうやら琴野は何かがわかり始めたみたいだ。それに驚きながらも、俺も頭の中で今まで得た情報を組み立てていく。
掴んでいる情報は彼女と一緒だ。生徒に任せてばかりいては、教師失格だろう。




