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現場検証




「先生」


 保健室を出て、これからどうするかを考えながら廊下を歩いていると、ついてきた琴野が隣に並んだ。


「琴野、満川の件、ありがとな」


「い、いえ当然です……。それで、その件なんですけど」


「ああ」


「先生も調べますよね?」


 琴野が間違いなくそうだという確信を持って確認してくる。


 今更、彼女に隠し事をしても仕方ないので、はっきりと首肯した。


「嫌な予感が当たった。落ち着かん」


 ほかにも理由はある。やはり生徒がケガをしたというのが一番大きい。気にかけていたことで問題を起こしてしまったという責任がある。


 どうせ、満川があんな態度なら問題にならないだろうし、先輩たちにも「気にしすぎだ」と言われるのがオチだとわかっているが、見て見ぬふりはできない。


「私も何か手伝います」


 琴野の協力はありがたい限りだった。本当に彼女は模範的な生徒だと思う。


「なら早速で悪いが……お前は、今回の件、どう思う?」


 率直に、俺と同じタイミングで色々と知った琴野の意見が聞きたかった。


 彼女は考えるそぶりを見せた後、声を潜ませながら、遠慮がちに答えた。


「なんか、皆、変ですよね」


 彼女の意見がそういうもので、安堵できた。全く同じことを思っていたからだ。


 満川は変な手紙を届けられて、挙句ケガまでしているのに、それをなんともないと言い張っている。ケガについても、押されたような気がした、というあいまいな証言だ。


 三枝も、今回に関して言えば彼らしくない。手紙の件を大したことないと主張するのはいいが、どうもそれに固執しているようにも見える。


 坂下もそうだ。最初に手紙が届けられたという立場なのに、やけに他人事だ。


「何か隠している気がする」


 考えていることをはっきりと口に出すと、琴野も頷いた。


「私も、そう思います」


 それが何かはわからない。もしかしたら、教師が深入りするようなものじゃない可能性だってある。特別に校則も犯していないなら、そもそも注意の対象にすらならない。


 だが、何かわからないと、それの判別もできない。


「とにかく、一度、現場を確認しようと思う」


「三階の階段の踊り場ですよね? 案内します」


 琴野と二人でまずは満川がケガをしたという場所に向かった。


 琴野は部活には所属していない。ただ、やはり顔が広いのでその時々で、どこかで助っ人として活躍しているらしい。


 今日は「まっすぐ帰ろうとしていた」ということだ。


 大げさに言うなら「現場」になった階段の踊り場は、窓から差し込む夕日でオレンジに染められていた。二階と三階をつなげるこの階段は、横に二メートルほど。


 見慣れた階段だ、なんの変哲もない。


「やはり、普通だな」


「ですね」


 踊り場に二人で並ぶように立ち、辺りを見渡すが、やはり何もない。


「満川はどんな風に?」


「ええぇと。やってみますね」


 口で説明しようとしたが、うまくできないと思ったのか、彼女は階段を降りていった。そして、一番下まで行くと、その場でぺたんと膝をついた。 


 そして右の足首を手で押さえるようなポーズをとって、俺を見上げる。


「こんな感じでした。ほんと、びっくりしたんですよ」


「……周りにほかの生徒はいたか?」


 琴野が首を横に振った。


「少なくとも、私は見なかったです。放課後でしたし」


 この階段は普通の時間帯なら、生徒の行き来が激しいところだ。もちろん、教師だってよく通る。しかし、放課後にはそれも収まる。


 ほとんどの生徒が部活に行くし、帰宅部の生徒は素早く帰る。別に部室があるわけでもないここは、人通りの少ないところへと早変わりしてしまう。


「満川はその時、何か言ってたか?」


「駆け寄ったら、びっくりしてました。今まで足首をさすりながら痛がってたくせに、大丈夫だって言ってました」


 琴野がその時のことを思い出してか、少し不満そうにする。


「それで保健室に連れて行ったのか?」


「はい。そこは素直だったんです。やっぱり痛かったんですよ」


「その時、何か気づいたことはあるか?」


「……ないですね」


 今の話だと、やはりよくわからない。満川は誰かに押されたかもしれないと俺に言った。しかし、琴野に対してはそんなことは言ってない。


 普通、誰かに押されたと思うなら、その場で言うんじゃないか。


 しかし、それが満川の狂言だとするなら、よりわからなくなる。何のためにそんなことをする必要があったのか。


「足音とか、聞こえたか?」


「全然です。あの時は焦りましたけど、本当に人の気配はしませんでしたから」


 もしその場から誰かが立ち去ったなら、そういう音もしたかもしれないと思ったが、少なくとも琴野が現場に到着した段階ではそういうことはなかったようだ。


「私からも先生に質問していいですか」


 琴野が立ち上がって、座り込んだことでついた汚れを払い落としながら、そう確認してきた。


「ああ、当然だ」


「先輩宛の手紙の件なんですけど、先生は昨日、あのあとも何か調べたりしましたか?」


 琴野がなぜそんなことを気にしてるのかわからなかったが、とりあえず答えた。


「いや、三枝に任せたからな。こっちでは何も動いてない」


「それは、職員室でもですか?」


「……いや」


 そこは訂正する必要があった。


「何人かの先生方には雑談のついでに話した。どの先生も真に受けていなかったが、どんな形であれ耳に入れておこうと思ってな」


 昨日、琴野たちと別れたあと、通常の業務に戻った。職員室で仕事をしている間、何人かの先生たちと手紙の話をした。


「そうですか……」


 琴野はその確認だけすると、こくんと頷いた。その質問にどういう意図があったかは教えてくれないようだ。


 ただ、無意味というわけじゃないだろう。


「げた箱も確認しておくか」


 念のためにそう提案してみると、琴野は「はい」と返事をした。

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