実際に起きた「不幸」
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保健室に入ると、保険医から足首に包帯を巻かれている満川が目に入った。
靴下を脱いで、足を見せている姿を男の俺に見られたことを気にしてか、彼女は瞬時に顔を赤くした。
「ちょ、ちょっと。はずい!」
「……大丈夫か」
そういうところも気遣ってやらなければいけないと思いながらも、まずはそこを聞いておきたかった。
「だから、一々大げさだって。階段で転んだだけ」
満川が校内でケガをしたという連絡が飛び込んできたのは、ついさっきだった。教えてくれたのは、また琴野だった。
その彼女も俺の後ろで、心配そうに満川を見つめている。
ただ満川はいつも通りの調子なので、少し安心できた。
「何があった?」
「……階段を降りてたら、誰かに押されたっぽい」
その説明に思わず息を飲むが、その反応に満川は取り繕うように「いやいや」と首を振った。
「勘違いかもしれないし、そんな感じがしただけ」
保険医が包帯を巻き終えると、俺に目をくれた。
「心配いりません。少し、足首を痛めただけです。二、三日は痛むかもしれないけど」
「部活は大丈夫ですか?」
琴野が質問すると、満川はなんてことないように「べつに」と答えた。
「足が痛んでも、できることはあるし」
そうしていると、俺たちに遅れて三枝と坂下も保健室に入ってきた。二人とも、足首に包帯を巻いた満川を見て、ひどく驚いていた。
「奈央先輩……」
一番ショックを受けていたのは部活の後輩である坂下だった。同じ部に所属する身として、足のケガがどれだけのダメージかは、俺たちよりわかるのかもしれない。
「全員、大げさだから」
そんな俺たちの心配とは裏腹に、満川はあくまで大したことはないと主張し続けた。
「満川、詳しく話してくれ」
晒したままだった足首を隠すように靴下を履いている彼女にそう言うと、彼女は自信なさげに話し始めた。
「いや、今日は風紀委員の会議だったでしょ? それに呼ばれたの。最近は手紙の件で協力してたから、私からも話してくれって頼まれてさ」
三枝を一瞥すると、彼ははっきりと頷いた。
「はい、僕からお願いしました」
各委員会は定期的に会議をしていて、風紀委員は今日だったという。
三枝はもちろん手紙の件の進捗を報告することにしていたので、それを協力してくれていた満川にも頼んだという。
「私さ、掃除当番だったから、遅れて行くことになったわけ。掃除が終わって、そこに向かってるときに、階段の途中で転んじゃって」
「……押されたのか?」
「そんな気もしたけど、振り向いたら誰もいなかった」
「え、押されたって?」
それを初めて聞いた坂下が血相を変える。三枝も似たような反応をしたので、琴野が二人に事情を説明してくれた。
二人はその説明にまた息を飲んだ。
「私が痛がってたら、たまたま近くに通りかかった乙女に見つかったってわけ」
「先輩が階段のすぐそばで座り込んでたから、すごく驚いたんですよ」
それで琴野は満川が保健室に行くのを手伝い、そのあと、急いで職員室の俺のところに駆けつけてくれたらしい。
「……不幸?」
一通り話を聞き終えた坂下が、ぽつりとそう漏らすと、全員が沈黙してしまった。
不幸の手紙が届いた満川に、実際に起きてしまった不幸。確かに、そう見えた。
「あ、あの先輩……先輩は、不幸の手紙、出しました?」
わかりきった答えではあったから、琴野は恐る恐るといった様子で質問していた。
「出すわけないでしょ」
当然、満川はそう答えた。これで満川は『ルールを犯した』ということになる。
……不幸が起きても、不思議じゃない。
「……どこの階段だ」
「え、ああ。私のクラスから一番近くにある階段。三階から二階に下るところ」
それはすぐに想像できるところだった。より詳しく聞くと、踊り場を曲がったところだったらしい。
「あのさ先生、本当に私の気のせいかもしれないし、そんな難しい顔しないでよ」
満川はやはり、不幸など信じていないらしい。それどころか、自分の身に起こったことさえ、大したことじゃないと思ってる。
「……三枝、手紙の件にこれ以上、満川を関わらせるのをやめてもらえるか」
「え、あ、はい。もともと、外部協力ですから」
「ただ、手紙の件は引き続き、調べてくれ。できれば、満川に手紙を出した人間を特定したい」
「……やってみます」
三枝はどうしていいかはわからないが、断ることもできないでいた。確かに、かなりの無茶ぶりだ。
ただ、やはり何かが、おかしい。今までは悪戯の類としか見ていなかったが、こうして満川が被害にあっている。そして、その前にはおかしな手紙が届いていた。
関係していないと見るのは無理だ。
今週の更新分はここまでとなります。
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