第83話 アクア・エクスプロージョン
「戦闘中、失礼致します! 緊急の伝令です!」
ぽむぽむ爆弾を作成するべく、急いで作業を行う俺の耳に、酷くハスキーな男の声が届く。
緊急と言う言葉に、心がざわつき始める。
あんまり良い報せじゃ無さそうだ……。
少し不安に思いながらも声の主を探す。
と、斜め前の建物の屋根に一騎のペガサスナイトが降り立っているのが見えた。
騎士は馬上から降りずに、腰筒から紙を取り出している。
いや……もしかしたら援軍が来たのかも知れない。
そんなに現実は甘くないだろうが、期待してしまう。
だが、やはりと言うか期待は簡単に裏切られるものだ。
「先程、原因不明の爆発により、東門戦線が一部崩壊。それに伴い多数のアンデッドや悪魔達が居住区域へと侵攻を開始しました! 住民の安全を最優先とする為、こちらへの増兵は出来ません!」
最悪だ……。
原因不明の爆発ってのは、十中八九グレータードラゴンの火球の事だろう。
東門まで到達って、どれだけの犠牲者が出たんだ。
もう足止めだけでいいなんて、悠長な事は言っていられない。
援軍も来ないとすると……だ。
やる事は只一つ。
これ以上の被害が出る前に、あいつを倒さなければならないって事だ。
「それでは失礼します!」
ペガサスナイトは伝令を終えると、その場から逃げる様にすぐに飛び立っていった。
その後ろ姿、右肩には二本の矢が深々と突き刺さっているのが見えた。
彼らの任務は、何が何でも生き延びて、伝令を各所に届ける事だ。
戦場から戦場を駆け巡る彼らも、立派な兵士であり命がけなのだろう。
「よし、間もなくだ……今は起爆薬を液体状にしているところだ。しばし待ってくれ」
横で作業をしているナムが話しかけてきた。
フラスコの様な透明なガラス瓶に、ドロリとした黒い半液体状の物質が溜まっている。
「ああ、頼むっ!」
俺も自分の作業を急ぐ。
手に持ったミニ芋に紐を何回も巻き付け、ぐるぐる巻きにする。
これは絶対に外れてはいけない。
と、ナッツとハルが駆け寄ってきた。
「勇敢な冒険者よ。今の伝令は聞こえたか? もはや援軍は期待できない。いつ避難してくれても構わない」
「あんたはどうするんだ?」
ナッツの言葉に俺は聞き返した。
まあ、返答は大体想像できる。
「俺か? 俺は騎士だ。ここを離れるわけにはいかないな。それに死んでしまった部下達の仇も取らせてもらう」
はは、やっぱりな。
ナッツは決意に満ちた表情を浮かべ、グレータードラゴンを睨み付けた。
ランジェやルナだって、この状況で逃げたりなんて絶対にしない。
もちろん俺だってそうだ。
逃げる気なんてさらさら無い。
んー、俺も随分変わったな……。
ふと気付き、苦笑いを浮かべる。
「俺も同じだよ。ここまで来たんだ、最後まで付き合うって。なあ、ナム」
「無論だ。吾輩は奴の非業を決して許せぬ……。錬金術師に冒険者に騎士。立場は違えど、その想いは同じの筈だ」
「わ、私もお供致しますっ!」
そう言うハルの足はがくがくと震えている。
きっと怖くて堪らないのだろう。
そりゃそうだ。
ごく当たり前。
極めて普通の反応だと俺はそう思う。
もしここが地球だとしたら、二十メートル級の怪物に、剣や槍で立ち向かうなんて、とても正気の沙汰じゃない。
「ハル、お前は騎士団の補佐役であり、戦闘要員でも騎士でも無い。それなのに今まで十分頑張ってくれた。だがな、もういい……もういいんだ……」
ナッツは、子を諭す父親の様に優しくそう言うと、ハルの頭に手を置いた。
「お前は必ず生き延びて、他の者達に情報を残すんだ。それがお前の役目だ」
「い、嫌ですっ! 私もっ!」
ハルは頭をぶんと振り、ナッツの手を払いのけながら懸命に食い下がる。
「駄目だ。お前は今すぐ撤退し、北門の現状を正確に伝えてくるんだ。奴の火球は驚異だ、一刻も早く知らせなければならない」
「それなら、先程のペガサスナイトに報告書を持たせてあります! ですから……」
その時、グレータードラゴンに注意を払っていたナムが、話を遮るように入り込んできた。
「話はそこまでだ。見ろ……奴め、またアレを撃つ気だぞ……」
グレータードラゴンが天を見上げ、空気を吸い込み始める。
みるみる膨らんでいくグレータードラゴンの胸部。
くそっ!
最初の一発から、まだそんなに時間は経っていない。
連続で撃てるのかよ!?
「ふざけるなあぁっ!! 撃たせないっっ!!!!」
怒りに満ちた絶叫とも取れる声。
それは今までに聞いた事の無い、ルナの怒声だった。
あいつ、何をする気だ!?
驚いて振り向いた俺は、その光景に眼を疑った。
◆
紅蓮に燃え盛る炎の中、両手を掲げた人影が見える。
足元から吹き上がる強い上昇気流により、長い髪の毛は全て逆立ち、大きく揺らめいている。
ルナだ。
その業火の中心にルナは立っているのだ。
建物自体が巨大な炎に包まれている。
炎の勢いは凄まじく、瞬く間に周辺の建物に飛び火し、たちまち辺りが燃え盛る炎に包まれる。
ずっと魔力を練っていたのか。
両手を真上にかかげたルナの頭上には、今まで見た事も無い超巨大なフレアバーストが発現している。
炎はグレータードラゴンによる被害ではない。
おそらくフレアバーストの高温によって、建物は燃え上がったのだ。
術者はその魔力に見合った耐属性効果が付与されるから、大丈夫なんだろうが……。
「みんな! 逃げなさいっっ!!!」
両手を振りかざし、ルナがグレータードラゴン目掛け、燃え盛るフレアバーストを放った。
いや、これは……。
フレアバーストじゃ無い?
その時俺は、一つの違和感に気付いた。
炎の中に見える、ごつごつとした岩の様な塊。
高温で熱せられ真っ赤に変色をしている。
例えるなら、それはさながら隕石の様だ。
「全員っ! 全速力でグレータードラゴンから離れろっ!!!」
その火球を一目見たナッツが、その危険性を察知し有らん限りの大声で叫んだ。
屋根の上では自ら放った魔法の、あまりの反動の強さにルナが尻餅をついている。
両手で踏ん張っているが、なかなか立ち上がれないでいる。
やっと立ったと思ったらバランスを崩し、前のめりに倒れる。
まさか魔力切れか!?
ごぉぉぉぉぉっっ…………
超高密度の魔力で生成された火球は、黄金色の尾を引きながらグレータードラゴンへと向かって行く。
その質量故か、あまり速度は出ていない。
だがグレータードラゴンはまだ息を吸い込んでいる。
こちらには全く気付いていない様だ。
燃え上がる炎の中にありながら、ルナは未だ立ち上がる事が出来ない。
だが半ばうつ伏せになりながらも、手を必死に伸ばし尚も火球に魔力を注ぎ込む。
「アクア・エクスプロージョン!!」
それはグレータードラゴンの横っ腹に直撃をした。
鳴り響く轟音。
吹き荒れる爆風。
そして大量の水蒸気。
瞬間辺りは濃い霧に包まれ、直ぐに爆風にかき消された。
ランジェは大剣を地面に突き刺し、その影に隠れて何とか吹き飛ばされるのをしのいでいる。
「うわぁぁっ!!」
避難の遅れた一人の騎士が、軽々と吹き飛ばされる。
「よっと!」
しかし壁に叩きつけられる直前に、先回りをしていたジャイが間一髪受け止めた。
「この現象……もしや水蒸気爆発か!?」
ナムは俺の横で、驚きと興奮の入り混じった表情を浮かべている。
ぐらりと大きくよろめくグレータードラゴン。
ガクンと膝をつく両方の後脚。
真上を向いていた長い首は大きく後方へとのけ反った。
直撃を受けた横っ腹は、鱗や皮膚が吹き飛び、ピンク色の肉が露出している。
全体的に血が滲み出し、その皮膚は歪に凹んでいるようにも見える。
うちの魔導師すげえっ!
これはさすがに効いたはずだ。
しかしグレータードラゴンは決して悲鳴をあげない。
体勢を崩しながらも、鋭い眼光でルナを捉える。
と、のけ反った長い首をブルンと振り回し、ルナの方向へとしならせた。
そしてお返しとばかりに、動けないルナ目掛けて火球を発射させた。
まずいっ!!
俺はすぐに照準を定め、残った弾丸を全弾発射させた。
狙いはルナが乗っている屋根。
火球より先に吹き飛ばしてやるっ!!
グレータードラゴンが今放った火球は、最初に放った火球よりは明らかに小さい。
そしてスピードも遅い。
どうやら「溜め」が不十分だった様だ。
普段のルナなら余裕で回避できるスピードの筈。
だがルナは燃え盛る屋根の上で、いまだ倒れ込んだままだ。
グングンと加速を繰り返し、屋根へと迫る弾丸達。
しかし、火球の方が若干早いか!?
いちかばちか……。
俺は複数の弾丸を加速する事を止め、一つの弾丸のみに意識を集中させる。
頼むっ!
間に合ってくれよっ!!
ころころのスキルを一身に受けた弾丸は、瞬く間に超高速となり、空気を切り裂く音さえ、その後方へと置いていく。
そして火球がルナに到達する前に、焼けて半ば炭と化していた建物の屋根に命中した。
バガンッ!!!!
その威力は俺の想像を遥かに越えていた。
屋根どころか、建物ごと大きく倒壊させてしまったのだ。
飴細工のように脆くも崩れ落ちる屋根と共に、ルナが頭から落下する。
「ランジェ!! 頼むっ!!」
俺は視界の隅で、ランジェの動きも察知していた。
「勇者」&「瞬歩」のスキルを使用したランジェが、それこそ稲妻の様な速さで、瓦礫をジグザグに避けながらルナへと迫る。
「任せてっ!」
そしてルナが地面に落下する寸前に、ランジェは大地を踏み抜き、弾丸の様に跳躍をした。
ふわっとお姫様抱っこでルナを救出するランジェ。
俺の脳内では、そう言うイメージが出来上がっていた。
だがそれはどうやら、アニメや漫画の世界の話だった様だ。
「歯、食いしばってっ!!」
真横からほぼショルダータックルの体勢で、ルナに激突するランジェ。
「あぐぅっ!!」
ランジェの肩が、ルナの腹部と胸部を強引に押し上げる。
口から己の意思とは無関係に吐き出される空気の塊。
吹き飛ぶルナを伸ばした片手で何とか掴み、無理矢理にお姫様抱っこをしながらランジェは着地をした。
その直後だ。
火球がさっきまでルナのいた場所を通りすぎていった。
俺は安堵の溜め息をつく。
本当に間一髪だったな。
「あ、あばらが……」
ルナは未だお姫様抱っこをされながらも、恨めしそうな顔でランジェを見る。
ひょっとしたら折れたのかも知れないが、命が助かっただけ良しとしよう。
だが、町は……。
火球は建物を燃やし、更には粉々に破壊しながら、その勢いを衰えさせる事無く進んでいく。
その時であった。
「ビッグ・ウォーターキャノンッ!!」
何処からか聞こえてきた男の声。
同時に巨大な水の塊が、火球の斜め下から現れた。




