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ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
98/193

第82話 等しく平等に


 それに気付いたのは本当に偶然だった。


 薄い膜に覆われたその先に見える、濃く重厚感の強い青色。

 グレータードラゴンの瞳の色だ。


 その色が徐々に変化していく。


 次第に色味を変えながら、青から紫へと変わり、最終的に深い深い緋色に変化をする瞳。

 内から溢れ出す怒りの炎を体現したかの様だ。


 いや、変わったのは瞳の色だけじゃない……。

 あいつから放たれる()()が俺の感覚をざわつかせている。

 これがいわゆる殺気ってやつか?

 

 接近戦を行っているランジェとジャイが、大きく距離を取るのが見えた。

 やはり二人も何かを感じ取ったのだろう。


 後ろ足ですっくと立ち上がるグレータードラゴン。

 やおら天を見上げる様に頭をあげると、ガバッと大きく口を開く。

 

 空気を吸っているのか……。

 俺は今、グレータードラゴンの真横に位置取っている。

 その位置からはグレータードラゴンの胸部が、次第に大きく膨らむ様子が窺える。


 ぞわっ。

 全身に走る悪寒。

 とてつもなく嫌な予感がする……。

 ブレスとは似ているが、何かが違う。

 何か溜めている……?


「全員、正面から退避せよっ!!!」


 ナッツもその異様な様子に気付いた様だ。

 怒声にも近いその大声に、騎士達がすぐさま行動を起こす。


 正面にいるジャイは、近くにいた騎士二人を無理矢理に引きずりながら、強引に横へと退避する。

 

「ウォーターウォール!!!」


 魔力を練っていたルナが魔法を発動させた。

 退避しきれていない重騎士達の前に、一際巨大な水の壁が出現する。


 三人の重騎士達は、その重量のせいで動きが鈍足だ。

 しかしその分、防御力は抜きん出ている。

 退避を諦め、一塊となって盾を構え衝撃に備える気だ。


 グレータードラゴンの長い首が、ムチの様にしなり大きく後方へとのけぞる。

 その傾きは頭部が背中に接触する程だ。


 ゴボゴボッ、と胸部の膨らみが首へと上り始める。

 長い首の中を、蛇が巨大な獲物を呑み込んだかの様に膨れあがりながら、頭部に向かって何かが移動していく。


 と、グレータードラゴンはのけぞった頭部を正面へと勢いよく振るった。


 その大きく開かれた口から放たれたそれは、明るく輝く巨大な火球。


 うわっ!

 光のあまりの強さに、思わず目を背ける。


 広場全体が眩い光に包まれる。

 火球を中心として放射状に長く伸びる影。


 それはまるで、小さな太陽。

 

 俺にはそう見えた。


 ジュンッ!!


挿絵(By みてみん)


 進行上にあった巨大なウォーターウォールが一瞬で蒸発をする。

 後ろで盾を構えていた重騎士達は、悲鳴を上げる間もなかっただろう。

 身体は瞬く間に炭化し、鎧は融解し結合をする。

 結果三人は一つの何かの塊と成り、果てた。


 建物や街路樹は吹き飛び、崩れ、あるいは燃え上がる。


 そして火球は、後方に広がるカサンドラの商業区域はおろか、居住区域を巻き込みながら東門にまで達し、拡大していた戦線を一部崩壊させた。


 進路上にある、ありとあらゆるもの。


 草木も建物も。


 住民も兵士も。


 子供も大人も。


 そして魔物も悪魔さえも。


 等しく平等に、紅蓮の炎に包まれ、全てが焼き尽くされていく。


「なん……なのよ……それは……」


 屋根の上から火の海に包まれる街を見ながら、力無くその場にへたり込むルナ。

 

「グオォォォォオオォォンッッッ!!!!」


 長い長い咆哮が響き渡る。


 数千の命が同時に消えた。

 その事実を感じ取ったグレータードラゴンは、満足気に歓喜の咆哮をあげた。






――カサンドラ庁舎――


 カサンドラの中央にそびえ立つカサンドラ市庁舎。

 元々は対魔王用の前線砦として造られたものを利用して造られた、十五階建ての頑強な建物だ。

 ハイムでも他に類を見ない程の巨大な建造物である。

 

 ここには商業部門や軍備部門を始め、経済部門、外交部門、カサンドラのあらゆる部門が集まる、言わばカサンドラの頭脳である。

 その市庁舎の最上階にある一室、大会議場に今回のカサンドラ襲撃の臨時対策本部が設置されていた。


 中央に設置されている重々しい存在感を放つ巨大な鉄製のテーブル。

 その両脇には計二十人程のカサンドラの各部門の責任者が座っている。

 

 部屋の扉は、例外的に開けっ放しとなっている。

 現状の報告や今後の指示を受けに、様々な者達がひっきりなしにこの部屋へ訪れるからだ。

 また、ペガサスナイトの伝令用に特別に作られた大窓も開かれている。


 室内は騒然としている。

 いや、騒然を通り越し半ば混乱し始めている。

 これでは対策や会議どころではないだろう。

 各所への応援要請、現状の把握、暫定対策を現場に指示するのが精いっぱいだ。


 テーブルの前に置かれた大きな木のボードには、カサンドラ市を中心とした周辺の地図が貼り出されている。


 そこに一際巨大な体躯の男が、険しい顔をし、睨み付ける様に地図を眺めていた。


 使い込まれたドラゴンレザーの鎧を装備し、禿げあがった頭にはいくつもの刀傷が見て取れる。

 額からは二本の角が生えている。

 極端に短く太いその角は見ようによってはコブにも見える。


 どう見ても堅気には見えないこの男こそ、オーガ族であり、現カサンドラ市長「バラン・ザック」である。


 一介の傭兵から武功を立てて成り上がり、市長にまで上り詰めた男だ。

 襲撃の第一報が届けられた時、周りの者は避難を勧めたが、それを断固として拒否。

 それどころか自ら最前線で戦おうと今も本気で考えているのだ。


 と、その時だ。

 窓から強い光が差し込むと同時に、強い揺れに襲われた。

 

「何事ですかっ!」


 そう叫んだのは副市長である「フッコー」だ。

 エルフ族だろうか。

 縁無しの銀眼鏡をかけた、少しばかり神経質そうな顔。


 窓の近くにいる者達が、何事かと一早く外の様子を窺っている。


「ま、街が……」


 外を見た者は、みな一様に言葉を詰まらした。

 それ以上の事を口にするのが、認めるのが恐ろしかったのだ。

 両手で顔を覆っている者もいる。


 フッコーも外の状況を確認する為に、足早に窓へと近づく。


「!?」


 窓からその光景を見たフッコーは絶句する。


 大会議場の東北につけられた、この窓からはカサンドラの北門から東門までの町並が一望出来る。

 しかし今、その北門と東門とを無理矢理に繋ぐように、一つの巨大な道の様な物が出来ていた。

 まるで巨大な何かが転がっていったかの様だ。

 更にその直線の両側では、火の手がそこかしこで上がっている。


 カサンドラは巨大な都市国家だ。

 北門から東門迄のその直線距離は十数キロメートルにも及ぶ。


 この場所から見える普段の景色。

 商人や業者達で大賑わいを見せる商業区や、多数の住民が行き交う落ち着いた居住区。

 正にカサンドラの平和と繁栄を実感出来る、フッコーのお気に入りの風景でもあった。 

 

 一体何が!?


 原因は?

 被害の状況は?


 何を優先すべき?

 消火?

 救助?

 戦線の維持?




 ……死ぬのか? 


 


 ぶわっと大量の冷や汗が全身に流れる。

 絶対に考えない様にしていた言葉が、頭をよぎってしまった。


「はっ、はっ」


 心拍数がどんどんあがっていく。

 フッコーは優秀な男ではあるが、戦争の経験は一度も無い。

 それ故に死を実感した後では、とても冷静な判断が出来る状態ではいられなかった。


「地獄だな」


 不意に聞こえたその声に、はっと横を見るフッコー。

 いつの間にかバランが横に立ち、窓から見える街並みを眺めている。

 深い溝に刻まれる眉間。


「し、市長……これは一体……」


「どうしたフッコーよ、いつも冷静なお前らしくも無い」


「市長……。私は怖いのです……死ぬのが怖い……」


「ああ、そりゃ当たり前だ。俺だって怖い。ましてやお前は文官だしな。だが死ぬより怖い事が、お前にはあったよな」


 この恐怖を越える恐怖。

 そんな物がこの世にあるのか?


 深く深く思案するフッコー。

 だがやがて、たった一つだけのシンプルな答えに辿り着いた。


「カサンドラの民が、平和が犠牲になる事です」


「正解だ」


 ニヤリと笑うバランの顔を見て、フッコーは気が付いた。

 いつの間にか心拍数が落ち着いている。


「少しは落ち着いたか? よし、それでいい。では東門の戦力は最低限とし、まずは住民の避難を最優先させろ。次に原因の調査だ。何かの能力にしろ、魔法にしろ、この破壊力だ……。不確定にしておくには影響がでかすぎる。頼むぞ」


「はっ。お任せください」


 先程までの不安な様子は消えている。

 フッコーはバランにそう言うと、各所に指示を出すべく、足早に横を離れた。


 これで更に頼もしくなったな……。

 フッコーの後ろ姿を眺めるバラン。


 そしてバランは窓から破壊された街並みを、もう一度見つめ直した。


 破壊の跡から察するに、元凶は北門のグレータードラゴンか?


 バランが一番懸念しているのは、この攻撃が南門へと向いた時だ。

 多くの人々が避難中であり、その先には臨時の避難所もある。

 その場合、最低でも数万の犠牲者が出るだろう。


 その為にも、何としてもこれ以上の攻撃をさせてはならない。


「悪魔共め……何が狙いなのだ」


 憎々しげにバランはそう言って、近くの壁に背中を預けると、腕組みをしながら、目を閉じるのだった。




「うわぁぁぁっ!」


 グレータードラゴンが放った、たった一発の火球。

 それは物質だけではなく、見えないもの……わずかに生まれた希望、わずかに残った勇気や誇りをも、騎士達から奪っていった。

 

 ある者は恐怖に飲まれ、グレータードラゴンに無謀な攻撃を仕掛け、鎧ごと噛み砕かれた。

 ある者は騎士の誇りを捨て、その場から逃げ出し二度と戻ってこなかった。 


「駄目だ……ここで僕らが倒さなくちゃ……」

 

 ランジェとジャイは荷馬車の陰に隠れていた。

 グレータードラゴンから発せられた異様な気配を警戒して、一旦距離を置いたのだ。


 大剣を強く握りしめるランジェ。

 その傍らで不意にジャイが頭を抑えながらうずくまる。


 ジャイの周りに纏わりつく、無数の黒く蠢く影。


「ううっ……」


 嗚咽にも似た呻き声を上げる。

 そこには普段の陽気な雰囲気は無い。

 瞳には残虐性さえ感じられる。


「ああ…………そうだよな、みんな死にたくなかったよな…………」 


 それは独り言では無かった。

 不意に奪われた数千の命。

 その一部の思念が、ジャイの精神に語りかけてきているのだ。


 恨み

 怒り

 哀しみ


 様々な負の感情が、ジャイに急激に入り込んでいく。

 八重歯が狂暴な肉食獣のそれの様に、鋭く長く伸びる。


 と、ぽわっと薄いオレンジ色の柔らかな光が、ジャイの身体を包みこんだ。

 異変に気付いたランジェが【浄化】のスキルを使用したのだ。


「大丈夫? 少しは落ち着くかな」


「あ、ああ……すまねぇ……だいぶ楽だ……ランジェありがとよ」


 ジャイは一呼吸置くと、少し落ち着いた様子でランジェに礼を述べた。


「負の感情が渦巻いていやがるんだ……下手すれば魔界との門が開いちまう」


 その時、ペガサスナイトが空を滑る様に現れた。

 しばらく上空を旋回し、比較的損傷を受けていない建物を見つけると、その屋根に何とか着地をした。

 おそらく伝令を告げに来たのだろう。


「戦闘中、失礼致します! 緊急の伝令です!」


 危険な戦場を駆け巡り、轟音の中、伝令を正確に伝え続けてきた男の声は、酷く枯れている。


 そしてその声は、更なる絶望を告げるのであった。



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