第81話 火の玉ボーイ
ランジェやルナ、騎士達がグレータードラゴンと死闘を繰り広げている中、少し離れた建物の陰でひっそりと動く影が二つ。
何やらしゃがみこんで、ごそごそと手元で作業をしている……。
そう、俺とナムだ。
俺達は「ぽむぽむ爆弾」の製作準備に取りかかっていた。
冗談みたいな名前だが、現時点ではペレットクロスボウでは効果的なダメージは与えられそうに無い。
俺に残されている手は少ないんだ。
ナムは起爆薬を手持ちの道具で作れないか、先程から試行錯誤してくれている。
俺はベルトに装着された袋をひっくり返し、中身を地面にぶちまけた。
武器の手入れに使う油瓶、汚れた布地、携帯食料、拾った綺麗な石、様々な物が散らばる。
あったあった。
俺が探していたのは「ほかほか」の練習用に持ち歩いている「ミニ芋」だ。
野球ボールくらいの大きさで、煮て良し、焼いて良しの一般的な食材だ。
その中でも一番形の崩れていないミニ芋を一つ選び出す。
あとは紐と……あ、そう言えば虹色火薬入りの火薬玉ってどこだっけ。
右には無い。
左も無いな。
はて……。
後ろに置いたっけ?
と、後ろを振り返った俺の視界に、思いもよらないものが映りこむ。
はあああっ!?
人間程の大きさ程もある謎の物体。
それが俺達に向かって飛んできているじゃないかっ!
土?
岩石?
いやどっちでもいいわっ!!!
どんどん縮まる両者の距離。
俺は直感で理解した。
普段、高速の弾丸を操作しているからこそ良くわかる。
これはもう、何をしても間に合わないっ!
反射的に、俺は横にいるナムをかばう様に地面に伏せさせる。
無理矢理だが仕方ない。
俺は鎧を装備している。
最悪、即死しなきゃなんとかなるだろっ!
もう来る!
歯ぁ食いしばれっ!
ボグォォォンッッ!!
背後から押し寄せる爆音。
強い振動は空気を震わせ、身体を震わせ、鼓膜をびりびりと震わせた。
しかし身体へのダメージは無い。
あれ、助かったのか?
瞬間、辺りが暗くなる。
ふと上を見ると、直撃コース間違い無しと思われた謎の塊が、俺達のはるか頭上を通り過ぎていくところが見えた。
現状が全く把握出来ていない。
一体何が起きた?
少しよろけつつ、ナムと一緒に起き上がる。
うう、まだ耳が痛い……。
と、未だびりびりと鳴りやまぬ鼓膜を、更に震わせるデカい声が背後から聞こえてきた。
◆
「あーはっはっはっは! 久しぶりだな、ヨースケッ!!」
ん!?
この少年の様な声、このちょっとアホっぽい笑い方はっ!
振り向いて声の主を確認する。
黒髪ツンツン頭。
ブカブカの黒い武道着。
人懐っこそうな笑顔。
そいつは腕組みをしながら、愉快そうに笑っていた。
「やっぱりっ! ジャイか!」
ペクトロ村からレーベルに向かう馬車で偶然一緒になり、盗賊達に襲われた時に共に戦った冒険者だ。
徒手空拳の使い手であり、無手で何人もの盗賊達を歯牙にもかけず叩きのめしていた。
「相変わらず危なっかしいな。あーはっはっはっ」
どうやら謎の塊が俺達に当たる前に、ジャイが軌道をずらしてくれた様だ。
良く見るとジャイの右足のズボンの裾がひどく汚れている。
まさか蹴り上げたのか?
「ありがとう、助かったよ」
「すまぬ、作業に気を取られ注意を怠っていた」
「いいって! それよかランジェもいるじゃねぇか! 俺はあっちを手伝ってくるぜ!」
にっと嬉しそうに笑う口元からは八重歯が覗く。
そしてそのままランジェの方へとジャイは駆け出していった。
ありがたい……。
今、現時点でグレータードラゴンと近距離でやり合えるのは、ランジェか、ナッツしかいない。
ジャイが加われば、二人の負担も少しは軽減されるだろう。
◆
後ろ脚に執拗に攻撃を仕掛けるランジェ。
さらさらの美しい髪には、血や泥がこびりつき、どれだけ激しく動いても、もう風になびく事は無い。
自分の意思と無関係に動く物など今は邪魔なだけだ。
ランジェはそれを好都合と考えていた。
先程、深々と大剣を突き刺したはずの後ろ脚。
もう血が止まっている。
グレータードラゴンの動きにも、影響は見られない。
最初こそ後ろ脚に度々訪れる不快感に、グレータードラゴンは嫌がる素振りを見せたが、今は気にする様子も減ってきた。
前に出るしかないかな……。
ランジェが思案していると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「よぉっ! ランジェ! 」
「あーっ、ジャイ!」
思わぬ再会に戸惑いを隠せないランジェ。
その表情は驚きから喜びへと次第に変わっていく。
「俺も参加するぜっ。ドラゴンとは何回も戦ってるからな。任せとけっ!」
「助かるよ、ありがとうっ!」
と、グレータードラゴンの尻尾がしなやかにうねり、その先端が二人を狙う。
慌てて身をかわす二人。
束の間の再会を喜ぶ間すら許されない。
「へっ。さぁ魔界のドラゴンの力を見せてくれよっ!!」
そう言うとジャイは、振り戻されるグレータードラゴンの尻尾にひょいと飛び乗った。
そしてそのまま尻尾から背中にかけて、駆けあがっていく。
「おらおらおらおっ! いくぜぇぇl! 」
ほとんど垂直になっている長い首。
それすらも脚力に任せて強引に駆けのぼる。
「はあっ!」
ものの数秒でグレータードラゴンの頭部に到着する。
そして高く高く、天高く跳躍をする。
十数メートル程、跳躍した時点。
そこでようやく高度が最頂点に達すると、重力にならい落下運動へと切り替わる。
と同時に、ジャイは高速で縦回転を始めた。
グルグルグルッ!!!
あまりの回転の速さに、ジャイの姿は完全に円と同化している。
遠目から見えるその姿は、まさに回転のこぎりの刃の様だ。
「しゃああぁぁっ! 円月蹴っ!!」
ズンッッ!!
その重い音は、距離を取っていた騎士達やヨースケ達にまで届いた。
ジャイは回転しながら猛スピードで落下し、グレータードラゴンの脳天へと強烈な「かかと落とし」を決めたのだ。
衝撃でグレータードラゴンの頭部がわずかに下がる。
反動で再度宙に浮いたジャイは、頭部へと華麗に着地をする。
しかしその表情はいささか曇っている。
「う……」
う?
「うぉぉぉっ! かってぇぇぇ!!!」
思わずかかとを押さえて、悶絶するジャイ。
様子見や手加減等、一切排除した渾身の一撃だったが故、自身に返ってきた衝撃も凄まじい。
「早く逃げるんだっ!」
ナッツがジャイに呼び掛ける。
だが足がしびれているジャイは、すぐには行動を起こせないでいた。
グレータードラゴンは頭の上の邪魔っ気な虫を追い払う様に、ぶるんと頭を振った。
「うわわっ!?」
勢い良く空中へ放り出されるジャイ。
そこはまずい事に、グレータードラゴンの真正面だ。
ドラゴンの瞳孔が縦にぎゅっと細くなり、空中のジャイを睨みつける。
圧倒的な迄の捕食者の気配。
魔界においても生態系の上位にいる、強者のみが持つ威圧感だ。
その時、ジャイの真横から突風が叩きつけられる。
ジャイが大きく吹き飛ばされるのと、グレータードラゴンが捕食対象がいなくなった空間をかみ砕いたのは、ほぼ同時だった。
「うわわわっ」
ジャイは強風に飛ばされる木の葉の様に、くるくると回転しながらも、そのまま近くの建物の屋根の上に、猫の様にすたっと着地をした。
「姉ちゃん、助かったぜ! ありがとうよっ!!」
大きく手を振るジャイ。
その先にはルナが別の建物の屋根に立っている。
先程の突風はルナの魔法によるものだ。
緊急事態と判断し、エッジウインドで吹き飛ばしたのだ。
手加減する余裕などは、とても無かったのだろう。
ジャイの服はところどころ切り裂かれ、あちこちから血が滲んでいる。
「あんたぁっ! 何やってんのよっ! 考えなしに突っ込まないでよね!!」
眼を三角にしてルナが怒っている。
「あーはっはっはっは!」
聞いているのか、いないのか。
ジャイは大笑いしながら、屋根からひょいと飛び降りると、近くにいるナッツに話しかけた。
「あんた隊長さん? 俺の名はジャイ。助太刀するぜっ!!」
「あ、ああ……。感謝する。だが無理に倒す必要は無いんだ、足止めだけで良いんだ」
「OK、OK。じゃ正面は任せとけっての! ランジェ、後ろは頼むぜっ!」
そう言うとジャイはグレータードラゴンの正面へと駆け出して行ったのだった。
◆
あぶねぇっっ!
俺はハラハラしながら今の一部始終を見ていた。
自信満々で出ていったくせに……。
本当に大丈夫か!?
「ちょっとヨースケ! あの火の玉ボーイ、本当に大丈夫なの!?」
俺に聞くなよ……。
えーと。
すまん、俺にもわからない。
未だ怒りがおさまらないルナに向かって、俺は愛想笑いで返すのが精一杯。
しかしジャイは俺達の心配をよそに、今度はかなり慎重に戦っている。
グレータードラゴンの正面に位置取り、注意を引き付けながらも攻撃を躱す事に集中している。
後方ではランジェが右足を攻撃を集中させ、グレータードラゴンの注意を更に分散させている。
騎士達は離れた位置で支援攻撃に努めている。
この調子なら倒す事は無理でも、時間稼ぎは十分可能だろう。
「まずい! ブレスが来るぞ!」
ナッツが叫ぶ。
狙いを変えたのか、斜め前に位置取る騎士達に向かってブレスを放出するグレータードラゴン。
「ウォータウォール!!」
ルナが咄嗟に騎士達の前に巨大な水の壁を発現させる。
水の壁は高熱と風圧でたちどころに霧散していくが、ひたすら連続で発現させる事により、ブレスを辛うじて食いとどめる。
「とても抑えきれないっ! 今の内に逃げてっ!!!」
ルナが盾を構えている騎士達に向かって叫ぶ。
辺りには凄まじい量の水蒸気が発生している。
慌てて盾を放り出して逃げ出す騎士達。
「煙幕弾ッ!!」
ナムの放った爆弾が濃い紫色の煙を発生させ、グレータードラゴンの視界を奪う。
その瞬間、グレータードラゴンの後ろ脚付近にいたランジェが前脚の方へと駆け出していた。
身体が青白い光に包まれている。
スキル【英雄】を発動した状態だ。
「ナイス、ナムさんっ! ジャイッ、下をお願い!!」
グレータードラゴンの前脚から跳躍し、肩口へと一瞬で到達したランジェは頭部上空へと更に大きく跳躍をした。
頭部より四~五メートル高い位置だ。
「任せとけっ!」
ランジェの行動の意味を察知したジャイが、グレータードラゴンのあごの下へと素早く潜り込む。
煙幕は尚もグレータードラゴンの視界を遮っている。
二人には気付いていない。
「知ってるぜ! ドラゴン種ってのは、口を開く力はそうでも無いんだよなっ!」
ジャイがニヤリと笑う。
「だりゃぁぁぁぁっ!! 真空飛び膝蹴りぃぃっ!!」
膝を突き出しながら勢い良く跳躍する。
脚力のおかげか、半端ないスピードが出ている。
気迫と共に、グレータードラゴンの下あごを膝で突き上げるジャイ。
「はぁぁぁっ!!」
そしてランジェはシンプルに、大剣でグレータードラゴンの口を上から思い切りぶっ叩いた。
強引に口を閉じさせられるグレータードラゴン。
ブレスを吐いている途中だった為か、口の隙間や鼻から炎が漏れ出す。
おそらく炎が頭内や器官に逆流したのだろう。
グレータードラゴンは苦しそうな声をあげながら、後ろ足で立ち上がると二歩、三歩と後ずさりをした。
今の攻撃はかなり効いた様だ。
と、横にいるナムが発射筒を構えながら、騎士達に向かって呼び掛ける。
「ドラゴニュートやリザードマンがいたら下がってくれ!」
その言葉を聞いた数人の騎士が即座に後退をする。
中にはハルの姿も見える。
「くらえいっ! 神経弾っ!」
ナムが筒状の物体から白っぽい弾丸を発射する。
弾丸は放物線を描き、グレータードラゴンの顔に命中すると、すぐに粉々になり、顔の周りに白い気体が漂う。
グレータードラゴンはブレスを吐いた直後の為に、大きく息を吸い込み、顔の周りに漂う白い気体を全て吸い込んだ。
どうだ!?
一瞬ぐらりと大きくよろめくグレータードラゴン。
ダメージを与えたかの様に見えたが、すぐに体勢を整えると耳をつんざく様な咆哮をあげた。
「ちぃっ。対ドラゴン用なのだがな……。やはり量が足りぬか」
みんな、すげえ!
これなら足止めと言わず、倒せるんじゃないか!?
だがその時俺は、これでグレータードラゴンを本気で怒らせてしまった事に気付いていなかった。




