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ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
95/193

第80話 神のご加護


 上級悪魔ボルヴィックを、難なく斬り捨てたエランドールは、残る一体の最上級悪魔へと歩を進めていく。


「さ、指揮官は君でいいんだよね?」


「ええ、その通りです。お初にお目にかかります」


 燕尾服を身に着けた華奢な身体をした悪魔だ。

 一見すると人間の女性の様に見える。

 いや、前髪で隠れてはいるが、額から生えた小さな二本の角の存在に気付けば、小柄なオーガ族と言った方が適切か。


「私「ベル」と申します」


 悪魔は自らの名を名乗り、すっと一歩前に出た。

 二人の様子を見ていたステンレス達に緊張が走る。


「今、あいつ自分の名前を言ったな……」

「うん、言った……」


 ――悪魔が名乗った時は逃げろ――

 

 これは冒険者達の間で昔から伝わる言葉である。

 ベルと言うのは種族名では無く、れっきとした名前だ。

 

 通常、悪魔は名を持つ事は無いとされる。

 文化的要因なのか、種族的要因なのか、はっきりとした事は不明だが、研究者の間では悪魔は普段名前を呼ばれる事があまり無い為だと言われている。


 しかし例外はある。


 それはごく一部の強大な力を持つ悪魔だ。

 最上級と人々が認めた悪魔の中でも、更に限られた者達。

 それらの者達は、次第に大勢の配下を従える様になり、必然的に名を持つ必要が出て来る。

  

 それが「悪魔が名乗った時は逃げろ」と言われる所以である。


 先程エランドールに倒されたボルヴィックも名持ちではあった。

 だがベルとの大きな違いは、自身で名付けたのか、または名付けられたかの違いだ。

 ボルヴィックは指揮系統上、一時的にベルに名付けられたに過ぎない。

 そして名付けられた者は、名付けた者の許可が無い限りは、自ら名乗る事は許されない。


 ベルと名乗った悪魔が、ゆっくりとエランドールへと近づいていく。

 浅黒い肌に燕尾服を身にまとい、およそ戦場には似つかわしくない格好をしている。


「へい、セニョール、それともセニョリータ? この後パーティーにでも行くつもりかい?」


 そんなベルの服装を軽く揶揄するエランドール。


「あなたこそ。その恰好じゃ、さぞかしお寒いでしょう?」


 軽くベルに返される。

 言われた通り、エランドールもがっつり胸元が開いた服を着ており、相当場違いな恰好をしている。

 時折荒れ地に吹く強い風は、襟に付いたピラピラを大きくはためかせる。


「これが僕のステージ衣装なのさ」


 そう言うとエランドールは、わざわざ胸元を更に大きくはだけさせた。

 しかしやはり寒かったのだろう。

 すぐに元に戻す。


「ところで君達の目的を教えてくれないかな? 砦を落とすだけならこの戦力はいささかオーバーじゃないかな」


「おや、ご存じありませんか?」


 ベルは少しだけ悩む素振りを見せた。 


 が、


「まあ……良いでしょう。貴方とシンクの輝きがここに居る時点で、陽動の役目は十分に果たせていますし。教えて差し上げますよ。我々の狙いはカサンドラです」


 そこまで言ってベルは微笑を浮かべた。

 しかし目の奥に宿す光は濁りきっていて、決して深くは覗けない。


「それは本当かい?」 


「ええ。今頃は我々の本体部隊とグレータードラゴンがカサンドラを襲っているはずです」


 ふむ、とエランドールは腕組みをし、天を見上げ何かを考えている。

 そしてふっと頭を下げ、視線をベルに戻す。


「もう一つだけ質問してもいいかな。何故カサンドラなんだい?」


「さあ。私も命令されているだけですから」


「誰にだい?」


「質問は一つだけでしょう?」


 おお、マザー……と言いながら眉毛を八の字にさせるエランドール。その表情は舞台上の役者の様に、大袈裟に変化する。


「意外と細かいんだね……。じゃ、さっさと君を倒してカサンドラへ応援に行くとするよ。グレータードラゴンなんて滅多に会えないからね」


「ふふ。私をそう簡単に倒せるとお思いですか?」


「イエスッ! なんてったって僕は【勇者】だからね!!」






 勇者エランドールと最上級悪魔であるベルが、戦闘を始めておよそ十分が経過しようとしている。

 ステンレス達は結界の中で、固唾を飲んでその様子を見守っている。 

 

「困ったな」


 呟くエランドール。

 その顔に浮かぶのは、困惑。

 戦闘は終始エランドールの圧倒的優勢で進んでいた……にも関わらずだ。


 たった今も、ベルの首を刎ねたところである。

 それなのにエランドールの表情が意味する物とは何か?


 地面に転がっているベルの頭部。

 不意にその両目がぎょろりと動き、エランドールの姿を探し出すと、ゆっくりと口が開いた。


「さすが、最強を自負するだけありますね……この私が赤子扱いとは」


「う~ん。血も出ないし、内蔵も骨も無い。流石は魔界の住人、クレイジーだね」


「ふふふ。褒め言葉と受け取っておきましょうか」


 頭部を失った身体が、迷う事なく落ちた頭部を拾い上げる。

 と、胴体と首の切断面をぐりぐりと合わせる。


 さも、当然の如く結合する頭部と胴体。

 傷跡すら残っていない。


「ホワイ? なんだい、君のその再生能力は……実に美しくないね」


 やれやれとポーズを取りながら、ベルを観察するエランドール。

 異常な迄の再生能力。

 それがエランドールを困惑させていたのだ。

    

「だから言ったでしょう? この私をそう簡単に倒せるとお思いですか? って」


 ベルが含み笑いをしながらエランドールへと右手を振りかぶる。

 距離は五メートル程。

 武器を持っていないベルの右手が当たるはずは無い……。

 

 が、右手が細く細く、更に細く細く形を変えていく。

 もはやムチの様な形状へと変化した右手の先端は、音速の速さでエランドールの頭部へと真上から迫る。


「ん~、だから無駄だよ」


 そう言ってつまらなそうにエランドールは双剣を振るう。

 ベルの伸ばしたムチ状の右手は、空中で細切れにされ地面へぼとぼとと落ちていく。


 残った右手は、瞬時に形状を元の形に戻しつつ、ベルの身体へと戻ってゆく。

 そして地面に落ちた右手の欠片も、ベルの身体へ吸い寄せられる様に飛んで元の形へと変形していった。

 

「初撃はちょっと驚いたけどね。もう知ってるから僕には当たらないよ」


「その様ですね……」


 ベルは既にほぼ手詰まりの状態だ。

 自身が使用できる魔法や特殊能力の多くは、まだまだ見せてはいない。

 ただ、見せたとしてもエランドール相手には、とても通用しないだろう。


 戦闘を始まってまだ十分程だが、エランドールとの間には埋める事の出来ない、絶対的な力の差がある事を感じていた。


 だがベルに焦りの様子は無い。

 自身に与えられた役目は、あくまでも強者の足止め。

 勝てはしないだろうが、負ける要素も見当たらないと考えていた。

 どうせ勝負がつかないのであれば、あまり手の内を晒すのも悪手……。


「どこかにある核を壊せば再生しなくなるとか、そんな単純なトリックでは無さそうだね」


「まあ……そういう事にしておきましょうか」


 ここまで四回。

 これはベルが全身を細切れにされた回数だ。


 最初は右半身。

 次に上半身。

 続いて頭部。

 最後に全身だ。


 その度にベルの身体は再結集をし、何事も無かったかのように笑みを浮かべているのだ。

 それが面白くないエランドールは、ぶすっと仏頂面をぶら下げている。

 

 ずっと様子を見ていたステンレス達も、ベルの再生能力の秘密はわからないでいた。


「ねーねー。あれってヒキョーよねー」

「ん? ああ、どうなってるんだろうな。ゲキオチならどうする?」

「くすくす……凍らせて無視」

「うわ~。それって精神的にキツイ」


 すっかり怪我が完治していたステンレス達は、最初は自分達にも何か出来る事が無いか思案していた。

 が、エランドールの戦いぶりを見ている内に、その必要は全く無いと感じていた。

 今ではすっかり舞台を食い入るように見ている【観客】だ。


 ベルがエランドールに提案を持ちかける。


「どうでしょう? あなたも私もお互い致命的なダメージを与えられないでいる……。そこで一つ提案なのですが、ここは痛み分けというのは如何ですか?」


 その言葉にエランドールの右眉がぴくりとつり上がった。

 

「……気に入らないね。ただ再生するしか能の無い君が、僕と対等の立場だと勘違いしているのは……」


 今迄とは明らかに違う、怒りを圧し殺した声。


 来ますかっ!?


 エランドールからわずかながら発せられた殺気に、ベルが思わず身構える。


 しかしベルの予想とは裏腹に、エランドールはその場から一歩も動かずにパチンと指を鳴らした。

 瞬間、ベルの身体を一つの黒い結界が包む。

 

 中にいるはずのベルの姿は全く見えない。


 ありゃなんだ……結界か?

 まるで黒い巨大なボールだな。

 ステンレスはエランドールが何をしたのか、正確には理解できなかったが、そう感じた。


 この結界はシンクの輝きを包んでいる多重結界「レインボーバリア」とは違い、結界の内及び外からの干渉を、完全に拒絶するものだ。

 

「マドモワゼル。君を処分する方法なんていくらでもあるんだよ。聞こえないだろうけどね」


 そういうとエランドールは更に指を鳴らす。

 ベルを包む漆黒の結界が、見る見るうちに小さくなっていく。

 結界の範囲を狭めているのだ。


 内から外への干渉も出来ない為、結界のサイズに合わせて中のベルの身体も強制的に縮められる。


 「超圧縮」


 最終的に結界は五センチ程の大きさにまで圧縮された。

 それを手の平に乗せるエランドール。

 何かを感じ取ったのか、大仰な声をだす。


「これはこれは、まだ生きているとは驚いたよ! しかもなかなか重いね。……ガールにはちょっと失礼だったかな?」


 ぼうっ、とエランドールの身体が赤い闘気に包まれる。

 【勇者】のスキルを発動させているのだ。

 【英雄】の上位スキルと言ってもいいこのスキルは、使用すると身体能力が超大幅に上昇する。


 「ちょっと、あの右肩見てよ……」


 ティンクルの声。


 エランドールの右肩から背中にかけてが、異常な程に筋肉が隆起している。

 まるでその部分だけ巨人と交換したみたいだ。

 全体的に見て明らかにバランスがおかしい。 


 これは修練によりスキルの効果を身体の一部分に集中させているのだ。

 結果、その部位の効果を飛躍的に高めさせる事が出来る。


 「君の再生能力の謎を探ろうかと思ったけど、もうやめだ。お別れだね」


 エランドールが軽く助走を始める。

 右手にはベルが入っている圧縮された結界を握っている。


「はああぁっ!!!!」


 掛け声と共に、手に持った結界を、思い切り斜め四十五度にぶん投げるエランドール。


 結界は眼にも止まらぬスピードで、あっという間に空の彼方へと消えていく。

 そして瞬く間に世界の重力を振り切って、暗黒の空間へと放り出された。


「ふう」


 エランドールの姿がすっともとに戻る。

 勇者のスキルを解除した様だ。

 そして、再度指をぱちんと鳴らした。


「はい、結界解除。もし戻って来られたら、また相手をしてあげるよ」


 同時に解除されるステンレス達の結界。

 エランドールはステンレス達の方へ振り向くと、すっとお辞儀をして見せた。


「これにて閉幕でございます。紳士、淑女の皆様。楽しんで頂けたかな?」


「すごーい! メチャクチャ強いじゃん」


「アンコール! アンコール!」


 ティンクルとクレンザーが、拍手をしながらエランドールに駆け寄っていく。

 

「助けてくれて礼を言わせてもらう。ギルドにも報告させてもらうよ」


 ステンレスも深く頭を下げた。

 エランドールがいなければ今頃はどうなっていたか、わからなかった。

 少なくとも【狂戦士】のスキルが発動していれば、ステンレスは生きてはいなかっただろう。


「お礼なんてノーサンキューだよ。じゃ僕はカサンドラへ向かうからね。君達なら後は大丈夫でしょ」


 どうやらカサンドラが気になる様だ。

 会話もそこそこに、エランドールはそう言い残すとカサンドラの方へと風と共に駆け出していった。





「あったあった。やっぱりこれが無いとね」


 クレンザーが嬉しそうな顔をして戻ってきた。

 戦場から自分の盾を見つけ出してきたのだ。

 壊れたベルトを簡易補修し、背中に装着をする。


「今回は相当にやばかったよな……」


 適当な岩場に腰かけて、ステンレスは全員の命が助かった事を心から喜んでいた。

 そして、腰にぶら下げた袋から無造作に干し肉を取り出すと、面当てをわずかに上にずらし、獣の様に噛みちぎる。

 固い干し肉を咀嚼する度に、生きている事を実感する。

 

「ホント~、助かったのって、マジ奇跡じゃない!?」


 ヒビの入ったショートダガーを、大事そうに鞘に納めるティンクル。

 鞘をよく見ると、レイピアには二匹の絡み合う紋章が描かれていたが、ショートダガーには少し歪なハート型の模様が描かれている。

 どうやら自分で彫ったらしい。

 手先は意外にも不器用な様だ。


「六本……七本……」


 ゲキオチは戦場に放った矢の回収を終わらせて、まだ使える矢の数を数えている。

 番長皿屋敷のお菊さんの如く、一本一本丁寧に数えている。


 回収した矢の大半は折れたり曲がったりしていた。

 矢の良し悪しは精度に大きく影響する為、わずかな妥協も許されないのだ。

 例えそれが素人から見たら、ほとんど見分けがつかないレベルだとしてもだ。


「……やっぱり九本しか無い……」


 残念ながら、使える矢はわずか九本しか残らなかった様である。

  

 戦いの終わった戦場には無数の死体。

 生きているのは、その中にポツンと取り残されたシンク輝きの四人だけだ。


 アンデット達はベルが魔力を流していたらしい。

 ベルが結界と共に空の彼方に消えたと同時に、大地でまだ微かに動いていたアンデット達は、一斉にただの骸へと戻っていった。


 岩場に腰掛けるステンレスのもとへと、他の三人が集まってきた。


「さあリーダー、これからどうする」

 と、クレンザーが心なしか嬉しそうに尋ねる。


「そうだな……。とりあえず、いつものやるか?」

 ステンレスはそのクレンザーの話ぶりから、何かわかっているようだ。


「くすくす……まだやっていいの?」

 準備の為か、弓と矢筒を近くの岩場に立て掛けるゲキオチ。


「やるやるー!」

 飛び跳ねながらティンクルが、元気な声で返事をした。

 もう待ちきれないと言った感じだ。


 四人は円陣を組む様に立つと、兜を脱ぎ始めた。

 光る汗が宙を舞う。


 そして四人は汗を拭いもせずに、手に持った兜を上空へ高く高く放り上げた。

 見上げれば、少し夕陽の差し掛かった雲一つ無い茜空が広がっている。

 四つの兜はオレンジ色の光を反射して、空中でキラキラと輝きを放つ。


 お互いの顔を見合わせる四人。


 流れる汗、こびりついた泥、固まった血。

 そこには綺麗な顔など一つもない。


 くすっ。

 

 誰ともなく自然と笑みが零れ出す。

 一時は死をも覚悟した。

 だが一人も欠けること無く、この激戦を生き延びる事が出来た。

 それが嬉しくて堪らない。


「すーーーーーっ」


 そして空気を肺一杯に思い切り吸い込むと、四人同時に叫んだのだった。



「「「「神のご加護に感謝致しますっ!」」」」



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