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ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
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第79話 人類最強の矛

「その必要はナッシーーーーング!!」


 戦場におよそ似つかわしくない、それはそれは明るい爽やかな男の声。

 その声からは、恐怖心や緊張感と言ったものは微塵も感じる事が出来ない。


 まさか……援軍……?


 ステンレスはわずかに残った判断力で、何とか狂戦士のスキルを解除させる事に成功した。

 心の奥底から滲み出る様に増殖を繰り返し、既に心の大半を占めつつあった破壊的欲求が薄れていき、次第に理性が戻ってくる。


 クレンザーとティンクルは希望にすがる様に周りを見渡す。

 悪魔達もわずかながらだが動揺している。

 

「あっ、リーダー! あそこ!!」

 視覚に優れたティンクルが、いち早く声の主を探し出した。

 

 それは崩壊した第三砦の南にそびえたつ岩山。

 ステンレス達からは五十メートル程距離があるだろうか。

 幾重にも深い溝が刻まれたその頂上に、金色の長い髪をなびかせながら一人の男が立っていた。


 「今までよく頑張ったね。とうっ!!」


 男は掛け声と共に、高い岩山から何の躊躇も無くステンレス達の方へ大きく跳躍をする。


「えーっ!? マジ信じらんないっ!!」


 ティンクルが悲鳴にも似た声をあげる。

 それは高所から飛び降りたからではない。


 男が空中で高飛び込みの選手さながら、何度も身をよじっているからだ。

 頭を下に向けながら、大地へと複雑な回転をしながら、きりもみ状に落下していく。


 ステンレス達も悪魔達も、ただ呆然とその光景を見つめている。


 ズッッッダンッ!!


 数秒後、男はステンレス達と数メートル離れた場所、悪魔達のど真ん中に落ちた。


 あ……死んだ……

 何しに来たんだこいつは……


 この場にいる者達の共通認識である。


 だが、落下の際に発生した土煙が薄れるにつれて、落下地点付近の悪魔達からどよめきが起こる。 

 水面に小石を投げて波紋が広がる様に、悪魔達が落下地点を中心に一斉に離れ始める。


 なんだ……。

 何が起こったんだ?


 そしてステンレスは悪魔達の隙間から覗き見えた光景に、自身の目を疑った。


 死んだと半ば確信していた男は、逆さまの状態……右手のみで大地に立っていたのだ。

 いわゆる片手逆立ち。


 あの状態から片手で着地をしたのか!?

 ステンレスが言葉を失う。


 男は特にスキルを使用した訳ではない。

 その身体能力のみで、この荒業をやってのけたのだ。

 

「あれれ、アンビリバボー。拍手が無いね、いまいちだったかな?」


 男は少し残念そうにそう言うと、己を支えている右手をグッと曲げ、伸ばした反動で跳躍をする。

 そのまま空中で一回転をして、今度は両足で大地をしっかりと踏みしめた。

 

 腰の辺りまで伸びた長い髪は金色に輝き、荒れ地に吹きすさぶ乾いた風にさらさらとなびく。

 やや細面だが端正な顔だちは中性的な魅力を兼ね備えており、パッと見では男女の区別が付きづらい。


 歳は人間で言えば二十代くらいだろうか。

 左右の腰には一本ずつ、計二本の剣を帯刀しているが、身を守る防具の類は一切着けていない。


 ヒラヒラの付いたシャツは胸元が大きくはだけており、ぴっちりと身体に吸い付く様なズボンを着用している。

 バラがあれば咥えそうだ。


「ああああっ! 勇者エランドール!」


 その姿をみたクレンザーが大きな声をあげた。


「えっ! この変な人が!?」


 面当てをカシャンと上げて、まじまじと眺めるティンクル。


 勇者エランドールとは、ハイム最強の冒険者として名高い勇者である。

 立てた武勲は数知れず、ハイム史上最高の冒険者lv1398を達成し【人類最強の矛】と呼ばれる男だ。


「イエスッ! 正解者にはプレゼントだよっ!!」


 エランドールがぱちんと指を鳴らす。

 するとステンレス達の周りを、何重にも包み込む半円状の結界が現れる。


 これはエランドールが得意とする多重結界「レインボーバリア」である。

 結界は七種類あり、それぞれ違う色が付けられ、更にそれぞれが違う結界効力を持っている。

 ただ結界を断面で見れば確かに虹の様に見えるだろうが、表からは七色が重なって見えるのでネーミング程、綺麗では無い。


「君達は決してそこから出ないでおくれよ」


 エランドールの結界に気付いた悪魔達が、ステンレス達に攻撃を仕掛ける。

 が、全ての攻撃がいずれかの結界によって完全に弾かれる。

 中にいるステンレス達には、一切の攻撃は届く事が無い。。


「すげぇな……」

 結界の中からステンレスが呟く。


「ちょーーーっと! みてみて!」

 その時ティンクルが自身に起こっている異変に気付いた。

 

「少しずつだけど傷が回復してるってば!!」


「マジかよっ!?」


 見るとティンクルが右足に負っていた、骨にまで達していた深傷が、少しずつ再生を始めていた。


 みな驚き、自分の傷を確認し始める。

 ティンクル同様、確かに傷が回復し始めている。

 軽微な傷は、既に完治をしているものもある。


「う~ん。さすが僕の結界!! エクセレントッ!!」


 パンパンッ!

 その様子を嬉しそうに眺め、手を打ち鳴らす。

 そしてぐるりと周りを見渡すエランドール。


 視界には無数のアンデッド、そして未だ数多くいる悪魔達。

 少し手を伸ばせば届きそうな位置だ。


「うんうん。観客はかの有名な【シンクの輝き】。演者は【勇者】と無数の【悪魔】。中々の舞台じゃないか」


 エランドールは一人満足そうに何度も首を縦に振ると、両腰からスラリと二本の剣を抜き両手に持った。

 双剣使いであるエランドールが持つ剣は、ティンクルの二刀流とは違い二本とも同じ形状をしている。


 違いと言えば、剣の柄の色。

 右手に持つ剣は鮮やかな赤色、左は深い青色にコーティングされている。


 「さあ。じゃあそろそろ幕を開けようじゃないか」


 悪魔達にそう言い放つと、エランドールは何の警戒もせずに歩を進めるのであった。 




「これが勇者エランドールか……」


 戦闘が開始されてからおよそ二十分弱。

 その戦いぶりを見ていたステンレスがごくりと息を飲み込む。

 

 およそ見渡す限り大地は、動かなくなったアンデッドや悪魔達の屍で埋め尽くされている。

 エランドールの前に立つ悪魔はもはやわずか二体。

 後方で指揮をとっていた上級悪魔と最上級悪魔のみである。


 ここに至るまで、ただの一撃も攻撃をくらわなかったエランドール。

 眼にも止まらぬ鉤爪も、どんなに強力な酸も、身を焦がす炎も、あらゆる攻撃はエランドールを捉える事が出来なかった。


「ふぅ。一応聞くけど、降参するかい?」


 かいてもいない汗を、拭う振りをするエランドール。


「ごるるるる! 下等生物が調子に乗るなよっ!!」


 凶悪な威圧感を放ちながら、一体の悪魔がエランドールの前に立ちはだかる。

 鋼の如く鍛え上げられた肉体に四本の腕を持つ上級悪魔「ボルヴィック」だ。


「イエスッ! そうこなくっちゃね」


 ボルヴィックを若干見上げながら、実に嬉しそうな表情を浮かべるエランドール。


 身長が二メートルを超えているボルヴィックはエランドールより頭二~三個分、背が高い。

 それでも悪魔の中では、特別大柄と言う訳ではないが。


 ボルヴィックは数十年前にも一度地上に出現した事がある。

 その時には一つの小さな町に壊滅的なダメージを与え、文献にもその存在が知られている悪魔だ。

 しかしふらりと現れた一人の魔人と戦闘になり、敗北を喫したボルヴィックは、魔界に逃げ帰り復讐の機を狙っていたのだ。


「ミンチにしてやるっ!」


「う~ん、じゃ粗挽きで頼もうかな?」


 エランドールは軽くウインクをすると、すっとボルヴィックへと歩を進める。

 

 その動きはあまりにも自然。


 風が吹く様に、空気が流れる様に。

 そしてそんな事は誰も気にもとめない様に。


 故にボルヴィックは、エランドールが自らの懐へ入る事を容易に許してしまったし、何より入られた事にすら気づけなかった。


「さっ。よろしくお願いするよ」


「ガッ!?」


 突然目の前から聞こえて来たエランドールの声に、ボルヴィックは驚きの声をあげる。


「ああ、ここじゃ近すぎるかな」


 一歩後退するエランドール。

 そしてわざわざボルヴィックの岩の様な拳の前に、自分の顔を近づけた。

 

 明らかな挑発的行動。

 しかしボルヴィックは怒りで我を忘れてしまう。


「なめるなぁぁ!! くらえぃっ! 魔……」


【魔動剛烈撃】


 これはボルヴィックが繰り出そうとした技の名前である。

 それはほとばしる剛気を拳に纏い、四本の腕から絶え間なく繰り出される連撃。

 対人型へと限定特化させたその連撃のコンビネーションは「無数」

 己を倒した魔人への復讐の為、魔界で必死に修行をし会得した必殺技であった。


 が、ボルヴィックは哀れにも、技の名前を言う事すら許されなかったのだ。

 エランドールの攻撃により、身体を十文字に綺麗に四等分され地に伏すと、そのまま二度と眼を開ける事は無かった。 


 「う~ん。エレガンツッッ!!」


 ピッと双剣を振り、刃についた血を拭う真似をするエランドール。

 実際にはその剣速ゆえに、刃にはたった一滴の血も付いていないと言うのに。


「うひゃー、みんな今の見えた?」

「う~ん。なんとか~」

「すげえな、俺にはほとんど見えなかったぜ」

「くすくす……ぎりぎり」


「おっ! 気が付いたのかゲキオチ!」


 いつの間に気が付いたのか、先程迄、気を失って倒れていたゲキオチが上半身を起こしていた。

 結界の回復効果のおかげか、何とか一命はとりとめた様だ。


「街に戻ったらすぐに輸血だな」


 一般的な回復魔法では、傷は再生出来るが、失った部位の再生は出来ないと言うのが定説だ。

 その為、出血多量の場合は急ぎ血液を輸血しなければならないのだ。


「……ううん……大丈夫みたい、ほら……」


 そう言ってゲキオチがカシャンと面当てを上にあげる。


 そこには若干東洋的な顔だちをした美しい女性が、優しい笑みを浮かべていた。

 切れ目の長い一重まぶたではあるが、冷徹な感じはまるで無い。

 ヨースケがこの場にいれば、「竹から生まれました!?」と聞いていたであろう。


 その少し薄い唇や、頬にはほんのりと赤みが差している。


「これも結界のおかげかよ?」


「すごっ!」

 

 結界の中で騒々しく声をあげるシンクの輝き。

 その声を背中に受け、最上級悪魔と対峙するのは【人類最強の矛】。


「さあ、いよいよクライマックスだ。期待しているよ」


 荒れ地に吹く一陣の鋭い風が、金色の長い髪を真横にたなびかせる。

 その前髪の隙間から覗く表情には、優しい笑みが浮かんでいた。



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