第76話 グレータードラゴン
騎士達はグレータードラゴンの左右へと別れていく。
普段から良く訓練しているであろう事は、その迅速な動きから推測できる。
瞬時に隊毎に散開をし、グレータードラゴンを包囲する様に動いていく。
それぞれの隊は三人一組で編成されている様だ。
グレータードラゴンはというと、騎士達の動きを観察しているのか、長い首をもたげて上空から舐めるように見下ろしている。
俺はナムと一緒に後ろに下がり距離を取った。
今は建物と建物の間に位置取りをしている。
グレータードラゴンとは二~三十メートルは離れているが、それでも不安は拭えない。
でかすぎて距離感なんてわからないのだ。
はぁ。
まだ心臓の高鳴りが治まらない。
とりあえず【ころころ】がどれくらい効果があるか、確認しなきゃな。
と、隊全体の動きを見回していたナッツが不意に叫んだ。
「クリス隊ッ! もっと離れろ、奴の距離内だ!!」
「えっ!? きゃぁぁぁ!!」
右側面へ移動しようとしていたクリス隊。
ちょうど俺達の正面にいたクリス隊に向かって、グレータードラゴンが上空から首を伸ばし襲いかかる。
その距離で届く訳が……!
俺にはクリス隊は、十分距離を保って居た様に見えていた。
空気を切り裂く音がし、グレータードラゴンの頭が再び持ち上がった後、先程までそこにいたクリス隊の姿は消えていた。
まさか……。
突如、上空から聞こえてくる悲鳴。
見上げるとグレータードラゴンの口の隙間から、必死に逃げ出そうとする三人の騎士の姿が見えた。
「嫌っ! 嫌ぁぁぁぁ!!!」
「た、助けてっ!!」
「ぎいぃぃやぁぁぁ!!」
「エッジウィンドッッ!」
二階建ての建物の屋根から状況を見ていたルナが、風の刃を自身の周囲に無数に発生させ、その全てをグレータードラゴンへ放つ。
バシィィィィィィッ!
数十発の風の刃が、グレータードラゴンの眉間に寸分違わぬ正確さで連続で叩き込まれる。
だが鋭利な風の刃は、強固な鱗によって全て弾かれてしまう。
鱗には傷一つ付いていない様だ。
グレータードラゴンは微塵も怯む様子をみせない。
じゃ、これはどうだ!?
俺もすぐさま一発の弾丸を発射させていた。
距離は充分。
一発だけだ。
その一発のみに力を集中させる。
ぐんぐん加速を繰り返した弾丸が向かう先は……
眼だ!
黒目をもう一つ増やしてやるっ!
グレータードラゴンの右目に、加速を繰り返した弾丸が吸い込まれる様に命中した。
「よしっ!!」
ッ!
カキィィン…………!!
しかし俺の予想と反して、甲高い硬質な音が響く。
それはグレータードラゴンの悲鳴でもなければ、目がつぶれた音でもない。
今の音は!?
俺が放った弾丸は粉々に砕け散り、小さい破片となりパラパラと辺りに落ちていく。
「見ろっ! 奴め、眼に膜があるぞっ」
ナムが驚いた声をあげる。
マジかよ……。
ナムの言うとおり、よく見るとグレータードラゴンの眼は、うっすらと透明な膜に覆われていた。
二、三回瞬きをするグレータードラゴン。
埃でも入ったくらいにしか感じていないのだろう。
「ちいっ! そやつらを放せっ!」
ナムが円筒状の物体を脇に抱え、手製の爆弾を連続で発射させる。
グレータードラゴンの身体の表面で起こる、いくつもの小爆発。が、それでも口を開く様子は無い。
「くうぅっ」
グレータードラゴンの口から、何とか抜け出そうとクリスが必死にもがいている。
他の二人はもうぐったりとして動いていない。
背中に深々と牙が食い込んでいる。
くそっ!
今、助けてやるぞ!
次はクリスを捕らえている牙を砕こうと、俺は狙いを定め続けざまに三発発射した。
スコープ越しにクリスと目が合う。
まだ幼さを残したその顔には、絶望的な表情が浮かんでいる。
「おかぁ……」
ガギッ、ギリリッ、バキンッ!
今まで聞いた事が無い、それは命が噛み砕かれる音。
剣や鎧ごと咀嚼してやがる。
クリスの悲鳴はすぐにやみ、グレータードラゴンの口の隙間から、鉄くずとなった鎧の破片や、頭部、腕、文字通り血の雨が地面へと降り注ぐ。
くそったれ!!!
俺は一瞬目眩に襲われた。
脳に血液が集まっていく……顔が熱くなる感覚。
今が現実なのか夢なのかわからなくなる。
「くそ! ハルっ! 指揮を頼むぞ。俺は奴の正面に立ち、なるべく注意を引き付ける」
「副隊長、危険です!」
ナッツはそう言いながら左側面から、グレータードラゴンの正面へと躍り出た。
グレータードラゴンが煩わしそうに前足で、ナッツを引き裂こうとする。
ナッツは決して近づきせず、かといって遠すぎず、絶妙な位置取りでグレータードラゴンの注意を引き付けている。
しかし、そうしている間にも犠牲者がどんどん増えていく。
「ロッソ! 真後ろは危険だよ! 尻尾が来る!」
硬い鱗に阻まれながらも、後ろ足を斬りつけているランジェが叫ぶ。
今の光景を見た恐怖心からか、少しでもグレータードラゴンの視界から遠ざかろうと、右後方から真後ろへと移動したロッソ隊。
バウンンッ!!
これが空気を切り裂く音かよ!
高く掲げた太く長い尻尾が、真上からロッソ隊目掛けて叩きつけられる。
咄嗟に盾でガードしようとするロッソ達だが、とても防ぎきれる重量ではない。
「うわぁぁっ、ホーリーシールドッ!!」
ロッソが隊全員に防御結界を張り、グレータードラゴンの攻撃をなんとか防ごうとする。
バンッッ!!
だが、尻尾が上空に上がった後には、そこには生きている者はいなかった。
ロッソ隊は無残にも押しつぶされ、地面に鮮やかな三つの血の華を咲かせた。
「くそっ!」
遠くから見ていたらら、よくわかる。
あの尻尾は、ほぼ予備動作無しのノーモーションで動く。
近距離では避けるのは至難の業だろう。
「こっちだ! デカブツッ!」
ナッツがグレータードラゴンの正面に立ち、大きな声を上げ注意を引き付ける。
大きく口を開けてナッツを噛み砕こうと、首を伸ばすグレータードラゴン。
「疾風破動っ!!」
鮮やかな緑色の残像を残しながら、高速で移動するナッツ。
グレータードラゴンの噛み付きを華麗にかわしながら、更に前へ前へと前進する。
「不動崩斬っっ!!!」
両手に握りしめたロングソードが土色の闘気を纏う。
そしてグレータードラゴンの伸びきった首目がけて、剣を振り下ろした。
バキィィン!!!
しかしナッツの渾身の一撃も、硬い鱗に阻まれダメージを負わせることが出来ない。
それどころか、あまりの衝撃と反発に剣を握った両腕が真上へと跳ね上がる。
「ちいっ、何て堅さだ! やはり通常のドラゴンとは別物か」
すぐさま体勢を立て直し、グレータードラゴンから距離を取るナッツ。
まだ、両腕が痺れているようだ。
グレータードラゴンは、自身の射程距離外へと離脱するナッツをじろりと睨み付けると、蛇が鎌首をもたげるように長い首を伸ばし天を見上げた。
口を大きく開き、見る見るうちにグレータードラゴンの胸が大きく膨らむ。
なんだ……空気を吸い込んでいるのか?
そしてピタリとグレータードラゴンの動きが止まった。
ハルが大きな声で叫ぶ。
「ブレスの予備動作確認っ!! 総員回避行動に移れっ!!」
吸った息を思い切り吐き出すかの様に、グレータードラゴンの口から、紅蓮に染まる高熱の炎が勢いよく放射される。
直線状に伸びる数十メートルの火炎渦。
グレータードラゴンは長い首を振り回し、前方をくまなく焼き付くす。
それは巨大な火炎放射器。
瞬く間に辺りが炎に包まれ火の海となる。
数人の騎士が直撃を受け、全身を炎に包まれながら吹き飛び建物の壁に打ち付けられる。
ルナがすぐさまウォーターウォールで炎を消すが、騎士達はぐったりとしており意識が無さそうだ。
「ごがぁぁぁっっ!」
ひとしきり炎を吐き終えると、嬉しそうにグレータードラゴンが咆哮をあげる。
周りにある露店や商店に次々と火が燃え移り、黒煙がもうもうと立ち上る。
もう付近の住民の避難は済んでいるはずだが……。
ルナは屋根から屋根へと飛び移り、火消しに必死になっている。
土壁、水柱、旋風、あらゆる魔法を駆使し、建物への更なる延焼を防ぐ。
「ぐぁっ!」
また一人の騎士が悲鳴をあげた。
見るとグレータードラゴンの右前脚で押さえ付けられている。
既にこちらの陣形は大きく崩れている。
どの方向にいても安全な場所などもはや無い。
何人かの勇敢な騎士が、押さえつけられた騎士を救出しようと、前足を斬り付ける。
グレータードラゴンは正面に対するナッツを見据えており、足下で起きている事には興味が無い様だ。
俺はチャンスを待っていた。
牙を折る為に、ずいぶん前に発射した三発の弾丸。
それは軌道を変え、今はグレータードラゴンのはるか頭上を円を描く様に飛び続けている。
ドラゴンはようやく足元で騒いでいる騎士に気が付いたのか、空気を大きく吸い込み始める。
再度ブレスを吐き足元を焼き尽くす気だ。
胸が大きく膨らみ、一瞬だがグレータードラゴンの動きが止まる。
今だ!!!
くらえっ!!!
上空をひたすら加速を繰り返しながら飛行し続ける三発の弾丸は、今や異常な速度に達していた。
もはやそれは目で追える速度ではない。
感覚だけで操作している。
「イーグルショットッ!!」
音を切り裂き、自らが発生させた衝撃波によってその身を削りながら、三羽の鷹は一直線にグレータードラゴンの頭部へと向かっていく。
グレータードラゴンは全く気付いていない。
いや、例え気付いていたとしても、あの巨体じゃ避けるのは不可能だ。
バキィィィィッッ!!
天を突かんと鋭く伸びたグレータードラゴンの角の中ほどに、一羽目の鷹が急襲する。
命中すると同時に粉々に砕け散るも、その命と引き換えにグレータードラゴンにもダメージを与える。
ビシビシビシビシッ!!
角の表面にいくつも発生する、大小様々な亀裂。
それらはやがて一つの大きな亀裂となり、そして一呼吸の間を置いて、角は中程から砕け、折れた。
「グガォォォォァァ!!!」
マジ!?
自分で放った技ながら、何て言う威力!
ドラゴンの角と言えば、最高級の硬度を誇る素材のはずだ。
そいつを一撃で折った事は称賛に値するだろう。
続いて二羽の鷹が脳天を急襲する。
よし!
これはイケる!
そのまま貫通しちまえっ!!!
最大限といっても良い程に加速を繰り返した弾丸は、空気との摩擦で熱を帯び、赤銅色に変色している。
見た目はもはや鷹では無く隕石だ。
メテオショットと名前を変えても良いだろう。
バギィンッッ!
と、硬質な音が響くと同時に、狙い通り脳天へ弾丸が直撃をする。
衝撃でグレータードラゴンの頭部が下に大きく下がる。
どうだ!
頭部は貫通して…………いない!?
俺の願いは空しく、表面の鱗に弾かれて弾丸は二発とも砕けてしまった。
グレータードラゴンを守る鱗は、相当に頑強なようだ。
それでも重なりあう鱗を数枚吹き飛ばした様だが、決定的なダメージを与えるまでには至らなかった。
だが、ドラゴンは脳を揺らされたのか、前足をあげ後ろ脚で立ち上がると、ぶるんと頭を大きく振り、一歩、二歩と後退をした。
そのすきに前足に押さえつけられていた騎士が、他の騎士に引きずられながら脱出をするのが見えた。
どうやら気を失っているだけのようだ。
良かった……助かったか。
しかし放った弾丸は三発とも粉々になってしまったな。
材質が鉛だったからか?
それとも速度を出しすぎて、当たる前から砕け始めていたからか……。
残りの弾丸は後六発しかない。
違う手を考えなきゃならないな……。




