第75話 ご武運を
「よーしっ! 全員注目っ!!」
ナッツがくるりと後ろを向き、一種異様な興奮状態にある騎士達に向かって大きな声で話す。
ざわざわと騒いでいた騎士達はすぐさま私語を止め、ナッツの方へと身体を向けた。
「お前らよく聞けっ! 今から少しばかりデカいトカゲがこちらに来るらしいっ!」
「はっ!」
一斉に返事をする騎士達。
「今回は大型一類にあたる。全員戦闘訓練は受けた事あるな? 狙うなら脚だ! あと自分が思っている以上に、相手の攻撃は届いてくるぞ。距離には十分気を付けろ!」
「はっ!」
「次に、相手がドラゴンって事は特殊四類にも当てはまるよな。正面と後方には絶対に位置取るなよ! 側面に張り付け!」
「はっ!!!」
ザッ!!
騎士達は揃って盾を地面にあて、了解の合図を発した。
ナッツが細かい指示を与えてやった事で、騎士達の恐怖心はかなり薄らいだ様だ。
「やる事は決まってるんだ。訓練通りにやればいい。隊長がご帰還された時に、ドラゴン殺しの栄誉をプレゼントしようじゃないかっ!!!」
「おお-っっ!!」
騎士達が手を突き上げ、声をあげる。
さすが副隊長と言うべきか。
騎士達の士気がみるみる高まっていく。
さて俺らはどうするか。
ルナとランジェとナムと集まって作戦会議だ。
「基本的な立ち回りはナッツさんが言った通りだと思う。ヨースケとルナは後方に下がって支援を。ドラゴンはブレスを吐く種も多いから正面は本当に注意してね。かなり離れていても届くから」
「ランジェは?」
「僕はドラゴンの右後ろ脚に張り付いてるから。後万が一、飛行種だった場合は一旦後退して作戦を練り直そう」
「了解! あたしは基本屋根の上にいるわね、じゃちゃちゃっと片付けて東門へ行きましょ。後でね」
ルナはあっという間に風の魔法の力を利用して、近くの建物を軽やかによじ登り、屋根の上へと消えていった。
「ナムさんはどうされます? 僕、あまり錬金術士さんの戦い方を知らなくって……」
「我はヨースケ殿と共にいるぞ。我輩のメイン武器も中距離だからな、それに弾や薬の類いは錬金術で作れるものもある。役に立てるはずだ」
「おお! 頼むぜ」
じゃドラゴンが来る前にさっさと戦闘準備を整えておくか。
まずは位置取りだよな。
どこか良い場所は無いかな?
辺りをぐるっと見回すと、広場を囲む様に様々な商店が建ち並んでいる。確かここは商業区域だった筈だ。
どこかの建物と建物の間にするか……。
ふう。
準備する時間があるってのが、せめてもの救いだな。
「あ、あの……ランジェさんですよね」
ん。
何だ?
数人の騎士達がランジェに近寄り話しかけている。
「あたしクリスって言います。覚えてます? ランジェさんが五年前に救ってくださったナマタマ村出身なんですよ」
「あ、あの時の! 良かった、お母さんは元気?」
「覚えていて下さったんですね! はい、母も大変元気でランジェさんには大変感謝しています。近くにいらしたら是非寄ってくださいね。村をあげて歓迎しますね」
「俺も俺も! 俺はロッソです、覚えてますか!?」
「あ、君は盗賊だったロッソ? 今は騎士団なんだね。鎧姿、とても似合ってるよ」
「へへ。ランジェさんに会わなかったら今ごろ何処かで野垂れ死んでましたよ。本当に感謝してますよ」
色んな人に話しかけられているランジェ。
こいつは本当に冒険者の鏡ってやつだな。
ランジェが尊敬されているのを見ると、なんだか自分の事の様に嬉しくなってくる。
その時、北門に備え付けられている物見塔から兵士が大きな声で叫んだ。それはもはや悲鳴や絶叫に近い。
「敵の姿を視認っっ! 巨大なドラゴンです! 詳細は不明、一覧には載っておりませんーっっ!!!」
「まさか魔界種のドラゴンか? 厄介だな……」
「四足歩行っ!! 凄いスピードで迫ってきます!! 間もなく北門に接近します! 警戒してくださいっっ!!」
「わかった! お前ももう退避しろ! そのまま東門へと状況を伝えに行くんだっ!」
「はっ! わかりまし……」
兵士が踵を返した瞬間に、巨大な何かが兵士もろとも物見塔の上部を吹き飛ばした。
石、木、鉄、そして兵士の欠片が商業区へと降り注いでいく。
ちらと見えたのは太く長い、尻尾の先端。
一撃であんな破壊力が……棟を破壊できる力があるのかよ……。
ドンッ!
北門に取り付けられた木製の大型の扉が大きくたわむ。
ドンンッッ!!
低く重い、地鳴りにも似た凶悪なノックの音が広場に響く。
まるで早く開けろと言っている様だ。
ドンンッッッ!!
俺は心臓を直接叩かれている感覚に襲われた。
「ヨースケ、ナムさん。また後でね」
ランジェはそう言って、周りにいた騎士団達と共にナッツの方へ駆け出していった。
「クリス隊は敵のリーチの測定、マルコ隊は一歩の距離を計測して伝えろ」
「はっ!!」
「敵の右側面はナッシュ隊が中心となり動け。左側面はチャングル隊に続け」
「はっ!!」
ドンッッッッ!!!
みしみしみし、バキバキバキッ!!
四度目のノックで、北門の分厚い木製の扉に縦にヒビが入り、嫌な音を立てながら町の方へと扉がゆっくりと倒れ始める。
「全員面当てを下げろっ! 破片にも気を付けろっ! 防御構えっ!!!」
地面に激突し、砕け散る北門の扉。
もうもうと立ち上がる粉塵の中、そいつは悠然と姿を現わした。
◆
ドラゴン。
ハイムには普通に存在する比較的メジャーな魔物だ。
生息地はどこでも。
極寒の雪山だろうが、灼熱の火山だろうが、すぐにその環境に適応、進化をする上位の生命体。
それが目の前にいる。
おとぎ話や童話でも聞いた事はあったが、やっぱり本当にいるんだな……。
「グレータードラゴンッ!! 文献で見た事があります。魔界に住む最上級の魔物ですっ! 一度姿を現せば百の災厄を振り撒くと言われていますっ!」
ハルが震える声で懸命に叫んだ。
ごくりと唾を飲み込む。
俺はその姿に圧倒されていた。
体高は数十メートルはあるか。
翼はあるが飛行種では無い、のか……?
その身体は漆黒の鱗にびっしりと覆われている。
一枚一枚が掌ほどの大きさがあり、黒く禍々しい光を放つ鱗。
それらがグレータードラゴンの全身に幾重にも重なる様に生え、ただでさえ固い守りを更に強固な物としている。
長く頑丈な尻尾は体長の三分の一を占めており、時折大きく動かしては付近に置いてある物を容易に吹き飛ばし、あるいは叩きつけ粉砕している。
先程物見塔を吹き飛ばしたのは、おそらくこの尻尾だ。
まるで尻尾だけが別の意思を持つ生き物の様に、手足や上半身の動きとは全く連動しておらず、自由に動いている。
グレータードラゴンにとっては動かしただけの単なる一振りでも、人間にとっては重さ数百キロはある物体に衝突されるのと変わらない。
かするだけでも危険だ。
長く自在に動く首をしならせ、周りを見回すグレータードラゴン。
冷徹さと凶暴な意思を秘めた爬虫類の様な目は、青色の光を湛えている。
そして額からは漆黒に輝く一本の角が生えている。
足が、いや全身が震える。
ゲームとかじゃ何回も戦ってきたけどさ……。
実際に目の前にいるとこんなに怖いのかよ。
グレータードラゴンは、やおら二本足で立ちあがり、長い首を上まで持ち上げると咆哮をあげた。
「ぐぅぅおおおおおっっっ!!!」
すさまじい大声量。
空気が震え、近くの建物の窓ガラスが軒並み砕け散った。
今まで出会った魔物と比べるまでも無い。
全てが桁違いだ。
「……ちょーっと、あたしの想像してたのと違うわね……」
屋根の上にいるルナの顔は、若干ひきつっている。
ランジェは既にグレータードラゴンの側面に回り込む様に、距離を取りながら動き始めていた。
「こいつは想像以上だ……」
ナッツが誰に言うともなく、ぼそりと呟く。
そして沸き上がってくる恐怖の感情を振り払うように、大声で叫んだ。
「死ぬ覚悟の無い者は下がっても構わん! 住民の避難を手伝え! 死んでもいい奴だけ残れっ!!」
しかし誰も下がる者等はいない。
いや動けないだけかも知れない……。
現に俺は、早く移動を開始しなければならないにも関わらず、足に力が入らずその場に立ち尽くしていた。
「攻撃は考えなくていいっ! 隊ごとに展開し、奴を包囲する! 倒そうと思うなよ。俺達は少しでもこいつを足止めし、時間を稼ぐんだ。では動けっ!!」
「はっ!」
騎士団員達が一斉に動いた。
「勇敢な冒険者達よ、残ってくれて感謝する」
ナッツとハルが俺達の方を向き敬礼をした。
「それでは、ご武運をっ!」
そしてナッツとハルも、俺達にそう言うとグレータードラゴンへと駆け出して行った。




