第74話 カサンドラ北門広場
もう歩き始めてどれ位程経つんだろうか。
俺達はカサンドラへと向かう地下通路を黙々と歩いていた。
シレットが光魔法で通路を照らしてくれてはいるが、段々と明るさが弱くなっている気がする。
薄暗い通路には独特の湿った空気が漂っている。
カツ、カツ。
足音だけが響く。
言葉を発する者は一人もいない。
最初に通路が崩れたその後も、何度か大きな縦揺れが俺達を襲った。
先頭で案内をしてくれていた兵士は、三度目の落盤によって頭を負傷してしまった。
ランジェのヒールで応急処置はしたが、血を流しすぎたのかまだ顔色が悪い。
早く休ませてやらなきゃな……。
他のみんなもひどく疲れていた。
肉体的にもそうだが、何より砦に置いてきてしまった【シンクの輝き】が心配でもあったのだ。
何度目かの曲がり角。
不意に光が見えた。
出口だ。
◆
そこには小さな馬車が一台だけ停まっていた。
とても、全員が乗れるとは思えない。
横には年配の御者が疲れた様子で立っている。
「何よこの小さい馬車はっ!? どうしろっていうのよ!」
ルナが声を荒げる。
「すまない。最初は軍用馬車二台とこちらに向かっていたんだが、途中で敵の大軍に襲われたんだ。軍用馬車が敵を引き付けてくれている間に、俺だけなんとかここまで来れたんだ」
御者が頭を下げる。
何だよ……この状況は……。
俺は今更になってようやく気づいた。
ああ……これはもはや戦争なんだ。
シレットがすっと前に出て、俺達に向かって静かに静かに口を開く。
「あたし達、魔力切れを起こした者がカサンドラに着いても、足手まといにしかならないわ。ヨースケ達から先に馬車に乗って」
シレットはそう言って頭を下げた。
そして戦いに参加できない己の不甲斐なさに唇をかみしめた。
他の魔導師も皆、シレットの意見に同意の様だ。
ほんの少しの相談の後、俺とランジェとルナ、そしてナムの四人が先に馬車に乗る事にした。
先にシレットが言い出してくれなければ、誰が馬車に乗るか、おそらくいつまでも決まらなかっただろう。
「必ず迎えを寄越すから! ちょっと待っててくれよなーっ!」
後ろ髪を引かれる思いの中、俺達は急ぎカサンドラへと向かう事にした。
◆
馬車が荒野を走る事、約三十分。
カサンドラ北門が見えてきた。
ここまで大破した馬車や、いくつもの敵味方の死体を見てきた。
激しい戦闘の跡も見られた。
俺達がここまで敵と遭遇しなかったのは、本当に運が良かったとしか言えない。
北門の衛兵が俺達の馬車を確認して、すぐに開門をする。
馬車はカサンドラ北門をくぐるとすぐに停車をした。
「第三騎士団がいるはずですので、合流してください」
御者はそう言って俺達を降ろし、そのまま東門へと通りを走っていった。
背後では大きな音を立てて北門が閉まる。
ここは北門を入って、すぐのところにある大きな広場だ。
商業区域の為、通常は色々な露店が建ち並ぶ賑やかな場所だが、今はみんな避難しており不気味な程に静かだ。
代わりに、淡く若葉色に輝く鎧に身を包んだ五十名ほどの騎士達がそこにはいた。
一人の騎士が前に立ち、大きな声で点呼をとっている。
おそらく隊長格の騎士なのだろう。
騎士達は全員が立派な剣と大きな盾を手にしている。
盾にはカサンドラのマークを現わす、剣が交差した紋章が施されている。
騎士団の標準装備なのかな。
点呼をとっていた男が、馬車から降りた俺達に気付き、足早に近づいてきた。
「援軍か? 俺はカサンドラ第三騎士団、副隊長の『ナッツ』だ。今は隊長が不在でな。代わりに俺が指揮をとっている。助力、感謝する」
俺達も手早く自己紹介を済ませた。
「すみません。西方第三砦を防衛していたのですが、撤退命令に従いここまで来ました」
「いいさ。撤退命令を出したのは俺達だ。よくぞ生きてここまでたどり着いてくれた」
「【シンクの輝き】のメンバーや、魔力切れを起こした者達がまだ後にいるんだ。救助部隊の編成は出来ないか?」
俺はダメもとで聞いてみた。
残った者は全員覚悟の上で残り、俺達を送り出してくれたんだ。
それはわかっている。
それでも何とか命だけは助けたかった。
「申し訳無いがそれは難しい。見ての通りカサンドラの護りだけで精一杯なんだ。そうで無ければそちらに撤退命令を出したりはしない」
だが、とナッツは言葉を続ける。
「見捨てたりなんて事は絶対にしない。事態が収拾したら必ず部隊を編成し助けに行くと、我がカサンドラ騎士団の誇りにかけて誓おう」
ナッツの言葉に少しだけ救われる。
そうだな。
早く敵を倒して助けに戻ろう。
「東門から敵が攻めて来てるんですよね。僕達はそこに行けばいいんですか?」
大剣を肩に軽く担ぎ、ランジェがナッツに尋ねる。
騎士団の中にはランジェの事を知っている者が何人かいるらしく、「あの大剣、ランジェ殿じゃないか」と、ひそひそ声が聞こえてくる。
「すまんが、あんた達は俺達とここに残って、北門の警備を手伝ってくれ。詳細は不明だが、大型の敵がこちらに向かっているそうだ」
「東門の状況はどうなってるの?」
ルナはローブの裾をぎゅっと結んで動きやすい様にしている。
ルナの戦闘準備はこれで完了だ。
「アンデッドや低級悪魔を中心とした混成部隊が数千の規模で攻めて来ているんだ。嫌な事に中級や上級の悪魔の存在も報告されている。こちらの兵力も集中させているから、門はまだ突破されていないが、一進一退の攻防が続いているそうだ」
俺達がいる場所と東門は数キロは離れているのだが、爆発音や地響きの様なものが先程からひっきりなしに聞こえてくる。
どんな激戦が行われているのだろうか。
「東門は居住区に一番近いんだ。何としても食い止めなければならない。その為にもこの北門は我々だけで死守しなければならないんだ。よろしく頼む!」
そう言ってナッツが胸にあて敬礼をした。
後ろにいる騎士達も一糸乱れぬ動きで同様の動作を行う。
「は、はいっ! 頑張ります!」
ちょっと慌てながら返事をする俺。
騎士団としての練達度はかなり高そうだ。
「他に何か質問はあるかい?」
ナッツが俺に話しかけて来た。
え?
いきなり言われても
えーと……。
「皆さんの鎧の色、綺麗だなー……なんて」
ああ、俺は一体何を言っているんだ。
騎士団からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
うう。
ルナが殺気をはらんだ眼差しを送りつけてくる。
こえぇ。
「ん? ははは。兵達の緊張を和らげてくれたのか? この若葉色の鎧は、鉄にいくつかの魔力が込められていてな。その結果、自然にこの色になるんだそうだ。カサンドラが誇る技術の一つだな」
「へー」
俺は素直に感心した。
やっぱり騎士団ともなると、ちゃんとした装備が支給されるんだな。
「援軍の予定はあるのか?」
今まで黙って話を聞いていたナムが尋ねる。
「いいえ、来るとすれば冒険者です。近隣の町や都市からの援軍は東門へ行くように手配してあります」
不意に俺達の背後から女性の声が聞こえた。
振り向くと、兜を小脇に抱えた女性騎士が歩いてきた。
目付きは少々きついが美人さんだ。
首元や、鎧のちょっとした隙間からは鱗状の物が見える。
鎧の内側に更にスケイルメイルでも装備しているのだろうか。
それかリザードガールかな?
「こいつは補佐の「ハル」だ。どうした?」
「はっ。斥候をしているペガサスナイトから伝令です。敵は体長二十メートルを超す、大型のドラゴンとの事。間もなく北門に到達すると」
ざわざわと騎士団の中から声が漏れ出す。
「勝てるのか?」
「二十メートルのドラゴンなんて戦ったことないぞ」
「逃げた方がいいんじゃ……」
恐怖心は人から人へと次々に伝染していく。
それは俺とて例外ではない。
二十メートルのドラゴン!?
そんなのどうすればいいんだ?
ルナとランジェを見ると、何事も無かったかの様に落ち着いている。
ホワイ!?
「二人共ドラゴンと戦ったことあるのか!?」
「ないよ(わ)」
二人は同時に返答した。
じゃあなんでそんなに冷静なんだよ?
「ヨースケ、見たことも無い敵に恐怖しても良い事は無いよ。僕らはやれることをやる。それだけだよ」
「そーそー。こんな時こそ冷静にならなきゃ駄目よ。それにドラゴンって言ったって、しょせんは爬虫類でしょ」
おお……。
爬虫類かどうかは知らないが、頼もしい限りだ。
「俺の部下達にも見習ってもらいたいもんだな」
俺達の会話を聞いていたナッツが、ふふっと表情を崩しながら隣にいるハルに話しかける。
「私も怖いですよ……震えが止まりません。あの人達や副団長が羨ましいです」
ハルはそう言うと、恨めしそうな表情でナッツを見返すのだった。




