第73話 クレンザー&ステンレス
「おーおー。やってるやってる」
ティンクルの遊撃によって、大きく崩れる敵の陣形を見ながらステンレスが満足そうにうなずいた。
「リーダー。俺達はどうする?」
重さが百キロ近い巨大メイスを、クレンザーは軽々と左手一本でブルンと振るう。
クレンザーは身長こそ二メートル近いが、横幅はそれほど広くは無い。
恐るべき腕力だ。
「ま、これだけの戦力差だ。指揮も戦術も意味が無いわな」
「指揮官がそれ言ったらお終いじゃないの」
顔を見合わせ、カラカラと笑うクレンザーとステンレス。
「ま、とにかくだ。敵をぶちのめせ」
ステンレスの指示とも言えない言葉に、クレンザーがフルフェイスヘルムの中で、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら親指を立てて応える。
「イエース。リーダー! それなら一番得意だよ」
「じゃ、俺が右行くからお前は左な」
「任せてよ。いゃっほう!」
二人は敵陣目がけて駆け出す。
ティンクルとは比べるべくも無いが、二人も超重量級の装備をしているとは思えないスピードだ。
「かわいこちゃんいるかなー?」
「腐ってても良ければな。よりどりみどりだ、好きなの選べ」
そして二人は左右に別れ、敵陣目掛けて突撃していった。
◆
――左陣
ごうごうとうなり声をあげながら大気が黒く渦を巻く。
左陣では一つの黒い竜巻が発生していた。
その竜巻に触れた者は例外なく、その身体を粉砕され、はるか遠くまで吹き飛ばされた。
竜巻の発生源、中心にいるのはクレンザーだ。
「いえーいっ!!」
武技「振り回し」
馬鹿デカいメイスを遠心力によって振り回すだけの、簡単な技だ。
訓練所では初級の実技訓練で一番最初に覚える技でもある。
ボクシングならジャブ。
レスリングならタックル。
基本中の基本技。
武技と呼べるかも疑わしい。
しかし彼は初級冒険者でも使えるこの技を、必殺技と呼べる程までに昇華させていた。
余りの高速回転故に発生する竜巻は、触れたもの全てを粉々に粉砕していく。
敵が放つ矢も、突き出す槍も、振るう剣も、純粋な力によって問答無用で跳ね返す。
そしてそれは魔法とて例外ではないのだ。
その秘密は背中に背負った大きな盾だ。
この盾は「振り回し」の際に生じる、無防備となる背中を護るためだけでは無く、自身の「魔法抵抗」を大きく高めてくれる。
それに魔法攻撃とは言え、全く物理法則を無視する訳では無い。
ファイアーボールも竜巻の強風の中では炎はかき消されるし、ロックバレット等の実体弾は粉砕される。
正に攻防一体。
タンク役としては完璧とも呼べる戦術だ。
クレンザーはここ五年連続で「一緒に冒険に行きたいタンクランキング」でTOP10入りを果たしている。
普段の軽い感じとは裏腹に、確かな実力と名声を兼ね備えた冒険者なのだ。
「ギ、ギギィ!」
そんな彼の前に五体の悪魔が立ちはだかる。
カシャカシャと骨と金属がこすれあう音。
銀の鎧を装備したその身体には一切の肉が無い、骨のみの悪魔「マーダースケルトン」だ。
骨は鈍色に輝き、四本備わった腕には同属の強固な骨から作られた骨剣を持つ。
魔界に住まう下級~中級の悪魔だ。
「キシャアッ!」
一体のマーダースケルトンがクレンザーに四本の腕で攻撃を仕掛ける。
ガギィンッ!!
メイスと骨剣がぶつかり合い、硬質な音をあげ摩擦で火花が散る。
「ギガッ!?」
しかしマーダースケルトンの四本の腕は、衝撃に耐えかねて肩から外れ遥か彼方へ飛ばされていった。
バランスを大きく崩しよろめくマーダースケルトン。
そしてそのまま、ごうごうと唸りをあげる竜巻に巻き込まれ、鎧と共にその身体は粉々に砕け散る。
その様子はまるで巨大なミキサーにかけられている様だ。
それを見ていた四体のマーダースケルトンは顔を見合わせる。
すると指し示したかの様に、攻撃を同時に仕掛けてきた。
「ギシィィッ!」
計十六本の剣の切っ先がクレンザーの足元、ただ一点に集中する。
「うーん、甘いね」
そう言うと、クレンザーは軽くジャンプして躱す。
マーダースケルトン達はその行動に驚愕の色を隠せないでいた。
彼らが取った足元を狙う戦法は本来正しい。
クレンザーの使用している技は足元が弱点なのだ。
しかしクレンザーはジャンプをして避けた。
それに驚いたのだ。
この技には足元以外にもデメリットが多数存在する。
技を使用してる本人は、周りの状況などまず見えない。
その為、敵の攻撃を躱す事など不可能に近い。
そもそも猛スピードで回転しながらジャンプなんて芸当は出来ないのだ。
しかしクレンザーはそれら全てをやってのけた。
なまじ知能が高い故にマーダースケルトン達は驚愕し、ジャンプして迫ってくるクレンザーを避ける事が出来なかった。
「イエース!!」
クレンザーは四体のマーダースケルトンを粉々に粉砕すると、そのまま更に敵陣深くへ突き進むのだった。
◆
――右陣
一方ステンレスは、ヘルハウンドの群れに囲まれていた。
クレンザーの奴、ご機嫌みたいだな。
遠くに見える竜巻をみてステンレスは唇の橋を上げた。
周りには地獄の猟犬とも呼ばれるヘルハウンドが数十頭。
口から高熱の炎を放ち、俊敏な動きとチームプレーで獲物を追い詰める下級の悪魔である。
しかしステンレスからすれば大した相手ではない。
既に付近には数頭のヘルハウンドが斬り伏せられている。
数の上では圧倒的優位に立つヘルハウンド達だったが、ステンレスから発せられる殺気を敏感に感じ取り、攻めあぐねている。
だがステンレスは警戒を怠らない。
それはヘルハウンドが現れる時、それを統率する者「ヘルテイマー」がいる場合が多いからだ。
そしてステンレスは既にその気配を感じ取っていた。
パシィン。
どこからかムチの音が響く。
その音を合図に、様子を窺っていたヘルハウンド達が炎を吐きながら一斉に駆け出す。
目標は当然ステンレスだ。
ヘルハウンド達は猛スピードで炎を吐き出しながら走っている。
その為、自身を覆う黒く長い体毛に炎が燃え移ってしまっている。
全身を真っ赤な炎に包みながら獲物を狙うヘルハウンド。
通常のヘルハウンドでは決して見られない行動だ。
しかし炎に包まれながらもその勢いを緩める事無く、ステンレスへとヘルハウンド達は殺到する。
何匹来ようと相手じゃないが……。
絶対なんかあるだろ、これ。
ステンレスが考えている間にも、二頭のヘルハウンドがその身を焼き焦がしながら、凄まじい形相で飛び掛かってきた。
「よっ」
二頭の首を難なく刎ね、体勢を整えるステンレス。
逃げるのも面倒だな……。
真っ向からたたっ斬るか?
三頭目が飛び掛かってきた。
と、首にきらりと光る物を見つけた。
首輪か?
珍しいな……。
あ。
自分の想像に青ざめるステンレス
もしやっ!
爆弾じゃねーだろうなっ!?
ステンレスの読み通り、三頭目のヘルハウンドが着けた首輪には大量の火薬が仕込まれていた。
どのヘルハウンドも首輪をしている訳ではない。
ダミーがいくつも散りばめられている事が、ステンレスの判断を僅かに鈍らせた。
そして今、正に三頭目のヘルハウンドの全身を包む炎が、その首輪に着火しようとしている。
その後ろから、首輪を着けた別のヘルハウンドが次々とやって来るのが視界に映る。
やべえっ!
こりゃ間に合わねえっ!
斬り捨てたところで、もはや爆発は免れないだろう。
ステンレスはそう判断すると、すぐさまバスターソードを地面に打ち立て、その刃の影に隠れる様に身を置きながら、ポケットから信号弾を取り出し紐を引いた。
空中にたなびく水色の煙。
多少の負傷は止む無しっ!
グッと腰をかがめて爆発に備えるステンレス。
首輪をしたヘルハウンド達は連鎖して大爆発を起こし、ステンレスを粉々にする……はずだった。
が、
パリパリパリッ。
まるで氷の彫刻だ。
ヘルハウンド達は、ステンレスへと駆ける姿そのままに全身を凍らせて息絶えていた。
おそらくほんの一瞬で凍らされたのだろう。
その姿は生き生きと躍動感にあふれ、今にもステンレスに向かって駆け出していきそうだ。
頭には水晶の様に煌めく氷の矢が突き刺さっている。
その矢の名前は「アイシクルアロー」
絶対零度を下回る超低温の魔法の矢。
ステンレスが放った「援護求む」の水色信号弾に気付いたゲキオチが瞬時に放ったのだ。
ゲキオチは通常の矢に加え、聖、氷、毒と三種類の魔法を矢に乗せて放つ事が出来る。
魔弓と呼ばれる武技のエキスパートだ。
「……おまけ」
そして大勢のアンデッドの中に隠れていたヘルビーストテイマーをも見つけ出すと、聖なる矢「ホーリーアロー」でその眉間を貫いた。
「サンキュー」
ステンレスはすかさず次の信号弾を放つ。
「援護解除」を現わす黄色い煙だ。
氷の彫刻に囲まれ、ステンレスはぶるっと身震いをした。
直後、わずかに残ったヘルハウンド数頭が飛びかかってくる。
まるで統率の取れていないバラバラの動きだ、
「次は良い飼い主だといいな」
ステンレスは哀しそうにそう呟いて、呆気なく全てのヘルハウンドの首を落とすと、次の悪魔へと駆け出していった。




