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ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
84/193

第69話 ジョニーとキャサリン


「まずはだな」


 ステンレスが腕組みをしながら説明を始める。


「偵察のペガサスナイト隊の定時報告に依ると、北側からアンデッドの大群、およそ数千体がこの砦に向かってきているそうだ。俺達に与えられた任務は、そのアンデッドの殲滅だ。何か質問はあるかい」


「はい! 今すぐ撤退しましょう!」


 俺はすぐさま手をあげた。

 なにそれ、お腹痛い。


「OKだ。だが撤退する時は前に向かって撤退するんだ。それ以外は駄目だ」


「はい! すいませんでした!」


 鬼軍曹がいるよ……。

 俺はすぐに手を下げる。


「アンデッドの現在位置はどの辺なの?」


「おそらく近いはずだ。もう一~二㎞付近まで迫っているだろうな」


「もう目の前じゃない!? 早く迎撃体制を整えなきゃ!」


「その通りだ。ただ知っての通りアンデッドの進行は遅い。あと一時間は来ないと思われる。その間に出来るだけ準備を整えよう」


「僕らの戦力は、ここにいるメンバーだけと考えていいんでしょうか」


「ああ。こちらの戦力は、あそこにうずくまっている兵士一人、俺達【シンクの輝き】四人、そして君達三人と、向こうで備品を漁ってる不審な男だけだ。やったな!」


 ぐっ、と親指を立てるんじゃない。


 なんかくらくらしてきた。

 こっちは全部でたったの九人。

 敵は数千のアンデッド。


 俺は昔観たゾンビ映画を必死に思い返していた。

 何か打開策は無いか……。

 

「キャサリンこっちだ!」


「待ってジョニー! ボブが!」


「ぎゃあああ」


 数名の犠牲者を出しながら、命からがらショッピングモールに逃げ込むジョニーとキャサリン。

 

「ちくしょう。安全な場所は無いのか!」


 当然ショッピングモールにもゾンビはわらわらと一杯いる訳で。


 駐車場にあったキー差しっぱなしのミニトラックで、ショッピングモールから脱出したはいいが、何故か後部座席にいたボブ(ゾンビ)に頭からかじられるジョニーとキャサリン。


 無理だな、こりゃ。

 ああ、帰りたい……。


 そんな俺の心情を察したのか、ステンレスが俺の肩にポンと手を置く。


「なあに、兵はたくさんいればいいってもんじゃないぞ。幸いここには我々【シンクの輝き】に【大剣のランジェ】【大魔導師ルナ】【ヒュドラ殺しのヨースケ】がいるじゃないか。期待しているよ」


「そーそー。ヨースケちゃん。いざとなったらあたしが守ってあげるし~」


 ティンクルが面当てを上にあげてウインクをした。

 小麦色の肌のいかにも健康的美少女といった可愛らしい笑顔。 

 鋭い八重歯が実にチャーミングだ。 


「はい、おしまい~」


 あらら。早々にカシャンと面当てを下げられてしまった。

 よくよく見るとティンクルのヘルムだけは他のメンバーとは少し形状が違うようだ。


 一つは面当ての目の部分の穴が幅広に作られていて、視界が大きく取られている。

 そのおかげでティンクルだけは、面当てを下げていても目の動きが辛うじてわかる。

 あとはへルムの上部に穴が開いていて、犬耳がピョコンと飛び出している事だ。どうやら獣人だったらしい。


 しかし、は~。

 女の子に元気付けられるとはな。


 こうなったら、やるしかないな。

 普通に考えたらこの戦力差だ。アンデッドの殲滅や砦の防衛なんて絶対に不可能に思える。

 だが彼らと話をしていると、余裕さえ伺えるじゃないか。

 それが聞いてる俺にも伝わり、不思議と不安感が薄れていく。


「あ、いい情報もあるぞ。カサンドラから魔導士隊が来るらしい。それで本当に終わりだな」


「魔導士隊ですか?」


 ランジェが尋ねる。


「ああ、カサンドラで魔導士学会がちょうど開かれていたらしくてね。こちらにも援軍を寄越してくれるそうだ」


 ステンレスがそう言い終わった時、砦内に一台の軍用馬車がけたたましい音を立て、侵入してきた。


「ちょうど来たみたいだな」


 俺達から少し離れた場所に停車した軍用馬車から、十数名の魔導士達がそぞろ降り立つ。


 シンクの輝き達は出迎えか、魔導師達の方へ歩いていった。


 魔導師達は大半の者が長いローブを着ており、様々な形状の杖を手にしている。

 立派な髭を蓄えた老魔導師がいるかと思えば、ながーいとんがり帽子をかぶったエルフの女性魔導士、珍しいところでは男性オークの魔導師もいるな。

 学会に参加してるだけあって、みんななかなか頼りになりそうだ。


 そして驚いた事に、その中には見知った顔があったのだ。





 その魔導師はおぼつかない足取りでこちらに近づいてきて、眠そうな声で話しかけてきた。


「ふぁぁ。久しぶりね、ふぁ~ぁ。シレットよ。ふぁ」


 あくび多くない?

 俺達に声を掛けてきたのは、盗賊退治で共闘した女性魔導士のシレットだ。

 ゆったりとした大きめの三角帽子を斜めにかぶっている。

 光属性の魔法を使い、いつも眠そうにしている彼女。

 相変わらずの様だ。


「お久しぶりです」


 ペコリと、頭を下げるランジェ。


「久しぶりだなー。元気だった?」


「う~ん、まぁまぁね……。あら、横の綺麗なお嬢さんは?」


「あ、あたしは魔導士のルナって言います!」


 ルナは少し緊張してるみたいだ。

 コイツはナージャの時もそうだったが、大人の綺麗な女性に弱いのだろうか。それとも同じ魔導師だからか?


「よろしくね、ルナちゃん」


 シレットはそっと会釈をすると、あくびで零れた涙をハンカチで恥ずかしそうに拭いた。

 と、何かに気付いた様だ。


「あら。あそこにいたのって【シンクの輝き】?」


「ああ、そうだよ。知ってるの?」


 シンクの輝き達は、既に大勢の魔導師達に囲まれている。

 やっぱり有名人は違うんだな。

 サインをねだっている者もいる。


「名の知れたパーティーだもんね。あたしも名前だけは知って……ふぁぁぁ……」


 シレットはあんまし興味が無さそうだな。


「じゃ魔導師の皆さーん、現在の状況を説明しまーす」


 そしてステンレスが魔導師達に対して、本日二度目の説明を始めるのだった。





 ステンレスや魔導師達が議論を交わしている時、俺は空き地の隅の資材置き場を探っていた。

 ペレットクロスボウの弾の補充だ。

 幸いな事に弾はすぐに見つける事が出来た。

 普段は二十発しか持ち歩かないのだが、今回は念の為に三十発持っておく。

 敵は数千だ。

 いくつ弾があっても安心って気持ちにはならない。


「ナムは何か良いもの見つかったのか?」


 横でごそごそと木箱を漁っているナム。

 箱には「火気厳禁」と大きく書かれている。


「いまいちだな。火薬の類いは管理が悪すぎる。使い物にはならんな」


「あー。雨風が直撃だもんな」


 資材置き場は壁もなければ屋根も無い。

 木箱に入っているのはまだいい方で、大半はそのまま適当に置かれている。野ざらしの状態だ。

 剣や槍等、一通りの武具もあるにはあるのだが、どれもサビが酷い。

 この分じゃ食料品にも期待は出来ないな。

 って事は、長期の籠城戦も難しいって事か。


「我輩は手持ちの爆弾で戦うしかあるまいな」


 バタン。

 呆れ顔で木箱の蓋を閉めるナム。


 と、


 カーン、カーン、カーン。


 砦内に響く甲高い鐘の音。

 アンデッド接近を報せる音だ。

 この合図が出たら、速やかに持ち場に付かなければならない。


 いよいよ来たか……。

 不思議と俺の心は穏やかだ。


 なあに、敵はたかだかアンデッドだ。

 秘策も思い付いたしな。

 いっちょやってみるか!


「じゃ俺は上にいってくるな。ナムも気を付けてな」


「ああ。武運を祈っておるぞ」


 そう言って俺とナムはそれぞれの持ち場へ急ぐのだった。





 うわ~。

 いるわいるわ。


 俺は砦へと進んでくるアンデッド達を、俯瞰で眺めていた。


 砦の北と東に一棟ずつ建てられている物見塔。

 俺が北、ルナは東の塔へと、それぞれ上ったのだ。

 当然エレベーターなんてある訳無いので、木の梯子を使って俺は一生懸命上ったのである。


「ふぁぁ。アンデッドの数、すごいわね」


 俺の横にはシレットがいる。

 高い位置から状況を把握したいと、冷や汗をかきながら梯子を上る俺の横を、すーっと魔法で上ってきたのだ。ずるい。


 シレットは、いつも眠そうだ。

 この状況でも、だ。

 ほっとけば間違いなく寝るだろうな。


 眼下を覗くと、アンデッド達は砦に後二百メートル程の距離まで近づいてきていた。

 攻撃はステンレスの合図待ちだ。

 こういう時って良く「引き付けてから撃て」って言うけど、何でなんだろう。


 さてアンデッドの数はと言うと、数えるのが馬鹿馬鹿しくなる位、いる。

 遠くの方は点と点が重なりまるで地面が動いている様だ。


 大半は動物や魔物のアンデッドだが、人型も少し確認できるな。


 俺はずっと疑問に感じていた事を、横にいるシレットに尋ねてみた。


「もともとこれだけの死体があったって事だよな?」


「ふぁ。ありえない……とは言い切れないわ……」


 シレットは眼を擦りながら言葉を続ける。


「カサンドラより北の大地は長い間、魔王が支配する土地だったから……」


 確か他の十一の砦にもアンデッドが侵攻しているんだよな。

 例えば一つの砦に、二千体のアンデッドがいるとしたら、全部で二万四千体か……。


 わからん。

 一年前から準備していたとして、ざっくり四百で割ると一日六十の死体を集めなきゃいけない。


 死体は何でも良い訳だから、無理では無い……か?


「ふぅ。死体集めもそうだけど、これだけのアンデッドを産み出す方が大変よ」


 うーん、と伸びをしながらシレットが説明してくれる。


「魔紋って知ってる?」


 俺は首を横に振る。


「魔紋って、魔力の指紋みたいな感じね。人それぞれ違うの」


 シレットは俺の目の前でくるくると人指し指を回して見せる。

 するとポンッと光の玉が浮かんで、シャボン玉の様にふわふわと宙を浮かびはじめた。

 その光の玉の表面にはうっすらと模様が浮かんでいる。


「大量生産型のアンデッドって、基本的に魔紋で敵を識別してるの。『自身に流れている魔紋と異なる者を襲え』とかね。アンデッドは産み出した術士と同じ魔力が流れている。だから、異なる術士から産み出されたアンデッド同士は互いに襲い合っちゃうの」


 そこまで言い終わると、シレットは光の玉に長い爪をちょっと突き刺した。

 ポンッと軽い破裂音を残して光の玉が割れる。


「アンデッド達を見て」


 眼下には砂糖に群がる蟻の如く蠢きながら、まっすぐ砦に向かって来るアンデッド達が見える。

 奴等はひたすら生者を襲う事、前に進む事しか考えていない。


「どのアンデッドも互いを襲ったりしていないね。つまり、ここにいるアンデッドは一人の手によって産み出されたのよ。このアンデッドの数からして、かなり高レベルの魔導師ね」


 なるほど。

 シレット先生、良くわかりました!

 俺は素直に頷き、パチパチと拍手をした。


 シレットは「いや~」と言いながら照れている。


 さて。

 そろそろかな。

 後はステンレスの攻撃開始の合図を待つだけだ。


 俺達、遠距離攻撃組に与えられた作戦の内容は実にシンプルだ。


「とにかく砦に近づく前に数を減らせ」


 後は近距離組が何とかしてくれる。

 頼むぞ、相棒。

 俺はペレットクロスボウを撫でながらその時を待った。


 と、上空に信号弾が発射された。

 雲一つ見えない青空に漂う薄紫色の煙。


 そしてそれを合図に、砦から凄まじい数の魔法が放たれた。



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