第68話 カサンドラ 西方第三砦
「よっと」
最後に俺が馬車からジャンプする様に降りる。
何か理由でもあるのかも知れないが、馬車の乗降口は多少の高さがある。
ノンステップなんて優しさをこの世界に期待しちゃいけない。
ガラガラガラッ!!
軍用馬車は来た時と同じ様に、派手な音と土煙をあげながらカサンドラへと戻っていった。
ふう。
まだアンデッドの大群は攻めて来ていないらしい。
しかし……。
俺は回りを見回して、頭をぽりぽりとかいた。
これが砦?
なんか想像していた砦とは、だいぶ違う。
石造りの城壁に、堅牢な建物なんて立派な建築物は、どこにも見当たらない。
俺が立っている場所は、高い柵に囲まれた空き地、平たく言えばそんな感じだ。
あと一番恐ろしい事は、兵士が……いや人が殆んどいないんですけど。
遠くに三~四人見える位で、後は閑散としている。
何ここ。
強いて、砦らしいところをあげるならば二点。
一点目は北側と東側に物見塔が一棟ずつあるところ。
物見棟は木を組み合わせて作られており、高さ十メートル程ある。上ればある程度遠くを見渡す事は出来そうだ。
二点目は南側と西側が岩山を背に作られているところ。
なるほど。四方から敵に攻められない造りにはしてる訳だ。
ただ、後でルナに聞いたら「岩山を崩されたらどうする気なのかしら」って返答が返ってきた。
柵にはところどころ穴が空いており、そこから弓を放ったり、魔法を撃てたり出来る様になっている。
空き地……砦の隅っこには弓矢や弾丸、食料などが無造作に積み上げられている。
探せばペレットクロスボウの弾もありそうだな。
実はマルボロ戦で弾丸を八発もダメにしてしまっていた。
残弾は十二発。
後で探してみるか。
「なぁランジェ、ここって思ったよりも……」
「うん、思ったよりも随分立派だね。これなら十分戦える」
おふぅ。
予想外と言うか予想通りと言うか……。
決して嫌味じゃなく本心なんだろう。
「何やら面白い物がありそうだな。吾が輩は少し向こうを見て来る」
ナムは広場の隅に置かれている物資に興味をそそられたのか歩いて行った。
ランジェは大剣を地面に置いてお手入れを始めた。
そんでもってルナは、砦の配置物や周りの地形なんかをチェックして回っている。
……。
誰も何も言わないけどこれが普通なんだろうか?
西洋チックな砦はよく分からないが、日本でいういわゆる城みたいなのを想像していたのだが……。
すると遠くからルナの怒声が聞こえてきた。
「なにが砦じゃあ~っ!!」
それを聞いて幾分ホッとする俺であった。
◆
ランジェが布に透明な液体を染み込ませ、その布で大剣を拭いている。
確か、錆止め効果や脂の付着を防ぐ効果があるとか言ってた。
俺もクロスボウに油を注しておこうかな。
そう考えポケットから手入れ用のグリスを取り出そうとした時、
「おーい、援軍かい?」
カシャン、カシャンと音を立てながら、鎧姿の集団が俺達の方へ近づいてきた。
さっき遠くにいた人達だな。
ひーふーみーよー、全部で四人。
全員が銀色に輝く鎧に身を包んでいる。
フルフェイスへルムにフルプレートメイル、つまり生身の部分が殆んど見えない超重量級の装備だ。
お揃いって事は、騎士団か何かだろうか?
鎧の表面はピッカピカに磨き上げられ、鏡の様に周りの風景を映し出している。
「俺はステンレスだ、よろしくな」
先頭を歩く男はそう言って手を差し出してきた。
「ああ、よろしく」
俺も手を差し出し男の手を握る。
ガントレットの冷たい温度が手袋越しにも伝わってくる。
「一応、あそこにいる彼から、この砦防衛の指揮を任されていてな」
ステンレスが指差す方向を見ると、一人の兵士が空き地の隅っこで体育座りをしていた。さっきは気付かなかったな。
何やらぶつぶつ何か呟いてる様だが、遠くてちょっと聞こえない。
……辞める……絶対に辞めてやる……
「は~。とんだ貧乏くじを引いちゃったわね」
一通り辺りを見回ってきたルナが戻ってきた。
この砦は十分もあれば一周できる規模だ。
「何でもここにいる兵士は彼一人だそうだよ」
「いぃっ!?」
「見ての通り、ここは拠点としての重要度は低くてね。彼以外の兵士はみな他の砦の応援に向かってしまったそうだ」
兵士の姿が全然見えないなーと思っていたら、そういう事だったのね。
置いてかれた兵士さんもお気の毒に……。
アンデッド相手にワンオペなんか絶対に嫌だ。
「あ、あのっ! 貴方方は【シンクの輝き】ではありませんか?」
ランジェが話すタイミングを窺っていたらしく、会話のわずかな隙間に入り込んできた。
「ん? その通りだ。俺たちの事を知ってるのかい? じゃあ、いい機会だから自己紹介しようか」
そういうとシンクの輝きと呼ばれた四人は、横一列に並んで自己紹介を始めた。
「さっきも言ったが俺はステンレス。【シンクの騎士】のリーダーだ」
左端に立つステンレスは、片手で装備できる小型の盾に、バスターソードと呼ばれる幅広の剣を腰に帯刀している。
四人のなかでは一番背が低い。
だが、それは彼がチビと言うわけではなく、他の三人が高いせいだ。ステンレスだって180センチはあるだろう。
「くすくす……私はゲキオチ……」
それはもう、か細い、か細い声が聞こえてきた。
鎧の上からでもわかる、ほっそりとした体形。
と言うか、全身鎧などは身体と鎧の隙間に空洞があると衝撃が増大して危ない為、なるべくピッタリの物を選ぶんだそうだ。
多分【シンクの輝き】の鎧はオーダーメイドだろう。
ゲキオチのその両手には長く頑丈な剛弓を携えている。
声から察するに女性の様だ。
「僕はクレンザー!」
元気いっぱいに名前を叫んだ彼は、馬鹿でかいハンマーを頭上で軽々と振り回している。
猛烈な風がここまで届いて前髪をはね上げる。
危ないからやめてくれぃ。
背が一番高い彼は、背中に巨大な盾を背負っている。
なんか亀みたいだな。
「あたしはティンクル。よろ~。」
右端の、さっきからそわそわと落ち着きがない彼女は、両手にそれぞれ形状の異なる剣を持っている。
右手には先端が細く尖ったレイピア、左手にはショートソードだ。
いわゆる二刀流ってやつか?
「ね、ね、お兄さん。この戦闘が終わったらギルカ交換しない?」
「は?」
メアド交換しない? みたいな感じで言われた。
ひょっとして逆ナンだろうか。
「また始まったよ。お兄さん交換しちゃ駄目だよ、単なるコレクションなんだから」
クレンザーがドンとハンマーを地面に置いた。
「げっ、邪魔しないでよー。ひょっとしてヤキモチ焼いてんの~」
「はいはい。それよりそこのお嬢さん、お名前は? この戦闘が終わったら僕とデートしない?」
クレンザーがルナに向かって軽い口調で話しかける。
確かにルナは間違いなく美少女だ。
不思議と俺はルナに恋愛感情が沸かないのだが、声をかけられたルナはどんな反応をするんだろうか。
「緊張感の欠片も無いわね……」
TPO。
時と場合を考えろと言うことか。
そりゃそうだ。
「……を」
ん?
どこからか、か細い声が聞こえてきた。
と、不意に身体が横に引っ張られる。
振り返ると細身の騎士ゲキオチが、俺の横に立ってシャツの裾をくいくい引っ張っている。
「私と……お茶を……」
意外ッ!
あんたもかいっ!
しかもランジェじゃなく俺でいいのかっ!?
「はいはい。そこまでー」
ステンレスが手を叩きながらナンパ合戦を終了させる。
「ま。こんな奴らだけどよろしく頼むよ」
これが【シンクの輝き】か。
A級冒険者のみで構成された有名パーティー。
なんだかイメージと全然違うな。
もっと高慢な態度だったり、不遜な奴らだとばかり思っていた。
「じゃ、そちらの自己紹介をと言いたいんだが……」
「あたし知ってる~! 大剣のランジェ君でしょ」
「くすくす……貴方も知ってる……ヨースケ……ちゃん」
「えっ、なんで知ってんの!?」
普通に疑問に思う。
ランジェはともかく俺の名前まで知ってるのは不思議以外の何者でもない。
「君達、ペクトロ村でヒュドラを退治したろ? 実はあれって、俺達がギルドから討伐依頼を受けてたんだよ」
ステンレスが俺とランジェを人差し指で順に指す。
「そうだったんですか?」
「そー。僕達がペクトロ村に到着した時は、もうヒュドラは退治されててさ~。工場長には「死ね」って言われるし、ありゃ参ったよ」
クレンザーが困った素振りをしている。
どうやら工場長との会話を思い出してしまったらしい。
「ええー! それはなんていうか……申し訳ない」
「いやいや良いんだよ。魔物退治は早い方がみんなハッピーだ。でもヨースケはその時、冒険者ランクGだったんだろ? それでちょっと記憶に残ってたんだ」
「ランジェ君はもともと有名だからね~」
「え~あたしは?」
ルナが不満そうな顔をしてシンクの輝き達をじっと見つめる。
お前を知っている訳ないだろ……。
知っているか?
お前は転移してまだ十日経っていないんだぞ。
「すまないな。こんな美しいお嬢さんは一目見たら忘れないんだが……」
「ごめーん。あたしの【嗅覚】にも該当なーい」
当然の事ながら誰もルナの事は知らない。
いえいえ、謝らなくてもいいんですよ。
「もー何よ。あたしはルナよ。大魔導士ルナ・マテリアル。覚えててよね」
まっ平らな胸をバーンと張り出し、自信満々で名乗りをあげるルナ。
自分で大魔導師なんて言うかね~。
でも、その溢れる自信が何気に羨ましかったりするんだよな。
「じゃ、自己紹介も終わったし、簡単だが状況を説明するぞ」
そう言ってステンレスが現状を説明を始めてくれた。
そしてそれを聞いている内に、俺はどんどん帰りたくなるのだった。




