第66話 芋 or ゴーレム
「腕は大丈夫?」
ランジェが心配そうな顔をして俺に話しかける。
マルボロとの戦闘の後、ずっと俺の右腕にヒールをかけてくれているのだ。
少し動かしただけで激痛がはしり、一ミリも動かせなかった右腕は、そのおかげで随分と楽になった。
「ああ。もう動かせるかな。ありがとう」
「良かったー。いきなり片手でスキルを同時発動させるんだもの。びっくりしたよ」
ランジェはほっとしたのか、今度は泣きそうな顔をしている。
……。
俺は今気づいた。
ひょっとして、このパーティーのヒロイン枠はランジェなのでは?
「本当よ! 結果オーライだったから良かったけど、信じられないわ!」
そんな事を考えていたら、準ヒロインがぷりぷりしながらやって来た。
「聞いてるの!?」
はい、すみません……。
わかってます。
ルナだって俺の事を心配してくれてるから怒ってるのだ。
腕がちぎれ飛ぶ、って表現は決して大袈裟では無かったんだと今ならわかる。
「でも結局このゴーレムは何だったんだろうね……」
そう言うとランジェは、ちらとマルボロの方に顔を向けた。
マルボロはウマンダーの角に胴体を刺し貫かれ、完全に動作を停止している。
最後の最後で一矢報いる事が出来たな。
良かったな、ウマンダー。
「こいつ、ヨースケのスキルでダメージを負っていたわよね。じゃあ、芋で出来たゴーレムじゃない?」
そんな訳無かろう。
だが説明するのも面倒な位、今の俺は疲れている。
「それは違うよ、ルナ」
きりっとした顔でルナの方を見て、真っ向から否定するランジェ。
さすがだ、俺の代わりに説明してやってくれ。
「ヨースケのスキルは芋にしか効果がないんだ。だからアイツはゴーレム芋だよ。ね、ヨースケ」
おお……ランジェ、お前もか。
ランジェは天然なとこあるからなぁ。
「はぁ。なんでもいいさ。ま、アリスの依頼は片付いたんだ、さっさとご褒美もらいに城へ帰ろうぜ」
「賛成~。早く帰ってシャワー浴びたーい。泥で髪の毛がごわごわなのよ」
「僕はアイス食べたいなー」
さあ、アリスの所へ帰るか。
愛用のズックを肩に背負い、最後に俺はもう一度後ろを振り返った。
テツオにウマンダーにマルボロ。
偽りの命を与えられた非生命体。
ルナやランジェからしたらゴーレムとロボットに大した違いはないのかもしれない。
魔法で動くか、科学で動くかの違いだけだ。
三体はその役割を終え、今は静かに刻を重ねている。
お前らは作った奴の指示に従っていただけなんだよな。
そんな事を考えたら、俺は少しだけこいつらが不憫に思えた。
「ヨースケー。何やってるのよー」
広場の入り口からルナが呼んでいる。
さて、いくか。
俺はもう振り返らずに広場を出た。
アリスはこの事を知っていたはずだ。
これは問い詰める必要があるな……。
そして俺達は広場を出て、魔王の森を抜けるのだった。
◆
――魔王アリスの部屋――
「バッッファリオーン!!! なんじゃ、あのおかしなゴーレムはっ!?」
口からお菓子を盛大に吹き出しながら魔王アリスが叫ぶ。
「アリス様申し訳ありません。私にもわかりかねます……ただ時空の歪みを感じましたので、異世界から転移してきたのでは無いでしょうか?」
バファリオンが顔に飛んできたお菓子の屑を、ハンカチで拭いながら答える。
二人の前には万里水晶と呼ばれる妖道具が置かれている。
そこにはヨースケ達が映っている。
「命無き物が単身移ってきたと? それこそ大事じゃろうが」
「他の魔王様達に報せますか?」
「うへぇ~。それ必要かのう~」
アリスは菓子の袋を逆さにして、底の方にたまっている小さい欠片を口に放り込む。
バリボリッ。
アリスの頭の中には親交のある魔王達の名前が次々と浮かぶ。
鮮血の魔王「ミザリー」
カボチャの魔王「パンプキン伯爵」
鉄の魔王「RPC-08」
元暴虐の魔王「ヒナン」
元暴食の魔王「キャベルジン」
ここまで考えてアリスは頭をぶるんっと横に振る。
「めんどくさいのじゃあ~」
そしてオレンジジュースをストローでチューッと一気に飲み干すと、一呼吸置いてバファリオンに視線を向けた。
「バファリオン、任せたのじゃ」
「はい。では私から何名かの魔王様に連絡しておきますので」
アリスの返答を予想していたのか、バファリオンは即答をする。そしてすっと両手を肩の位置まであげ水平に伸ばすと一言呟いた。
「ファルーレ」
ざわりと空間が歪む。
そして何も無い宙に、黒い絵の具が滲むように染みが表れたかと思うと、十羽の烏が出現した。
十迴烏と呼ばれるバファリオンの使い魔である。
元々は戦闘用の使い魔であったが、今は主に連絡用として使役している。
「こりゃこりゃ~! 菓子を食うでない!」
出現した烏達はギャアギャアと騒ぎながら、アリスの食べかけの菓子袋を一心不乱に突っついている。
本来ならばバファリオンの伸ばした両腕に止まるはずなのだが、まだまだ躾が足りない様だ。
「ううぉい! バファリオン、笑ってないで何とかするのじゃっ!」
「はいはい。さあ、お前達お行きなさい」
パンパン、と手を叩くバファリオン。
十迴烏達は一斉にアリスの部屋のドアを突き破って飛び去っていった。
呆然とするアリス。
穴だらけとなった部屋のドアと、無惨に食い散らかされた菓子を交互に見つめる。
「いや、マジめいわくなんじゃけど……」
「ふふ。すみませんね、後で修理致しますから」
なんて部下に甘いやつじゃ……と思いつつ、いつもの事じゃからのぅとアリスはそれ以上文句を言う事を諦める。
「まあ良いわ……。そんな事より! わしのゴーレムが二体共倒されてしまったのじゃよー」
「ああ、ランジェ様達には新アトラクションのテストプレイヤーになって頂きたかったのに……残念でしたね」
テストプレイヤー。
そうなのである。
今回のゴーレム退治の依頼には真の目的があったのだ。
世界と魔王全体との休戦条約が結ばれてから早五年。
魔王アリスは、観光を主な収入源としていた。
休戦前までの魔王アリス達は、細々と畑を耕したり、たまにやってくる冒険者を返り討ちにして金品を稼いだりしていたのだが、争いが無くなり人類との交流が増えた現在では、そういった業種転換を図る魔王達は決して少なくない。
その中でも魔王アリス城は、一時期は一日の来客数が数千人を越える事もある、人気の高い観光スポットであった。
アリスのぬいぐるみに始まり、アリス饅頭やらアリスクッキー、作れば何でもバンバン売れたのである。
しかしアンデッド発生の為に、観光客が激減してしまった魔王城。
大量の不良在庫を抱え、経営は破綻の危機を迎えていた。
それを打開するために二人が考え抜いた起死回生の一手が、新アトラクション「ゴーレムチャレンジ――君は倒せるか?――」である。
これで再び観光客を呼び込もうと二人は考えていたのだ。
ヨースケがテツオとウマンダーと呼んでいたゴーレムは、この地に昔から伝わる銅像に、アリスが命を吹き込んだものであった。
そして問題になるのはその強さ。
倒した者には賞金や商品も配る予定であった為、ゴーレムの強さの調整に一苦労していたのである。
弱すぎては大赤字だし、強すぎては客は集まらない。
テストを兼ねてランジェ達と戦わせ、微調整をする予定だったのだ。
「ちょっと弱くしすぎたかのう」
「まあ……様々な制限を課しましたからね」
「やっぱり空は飛べても良かったかのぅ」
当初ゴーレムは飛行可能としていたのだが、それでは強すぎるとバファリオンから反対された為、やむなく封じたのであった。
「しかし、新しい発見も出来ましたね」
「なんじゃ? 言うてみい」
「はい。ゴーレム達はヨースケ様の指示に反応しておりました。そこで趣向を少し変えて、ゴーレムに指示を出して、ゴーレム同士を戦わせると言うのはどうでしょうか?」
「ほう……。続けてみよ」
アリスの片眉がピクリとあがる。
「はい。ちいさいポケットサイズのゴーレムをいくつも販売し、購入者同士で戦うのです」
「ふむ……面白い考えじゃが、高度なゴーレムを幾つも作るのは骨が折れるのぅ」
「それであれば、簡単な、それも決まった指示しか受け付けない様にしては如何でしょう。」
「おお。完全自立では無く、半自立にするのじゃな」
「ええ。例えば人型ゴーレムは体当たり、殴る、蹴るの三種類、魔獣型ゴーレムは噛み付く、尻尾振り、引っ掻く等、ゴーレム毎に出せる指示に個体差を持たせるのです」
「面白そうじゃ! それにゴーレムを数十種類作ればコレクター魂をくすぐるのではないか?」
「はい、仰るとおりです。そして悪用を防ぐために生物への危害は一切加えられないなど、いくつかの縛りを設定すればトータルリスクも減らせるでしょう」
「今はアンデッド共のせいで誰も我が城に訪れん。まずはカサンドラ辺りで出張所を開いて販売してみるかの~」
二人の経営会議は終わらない。
「年に一度公式大会を……」
「出資者を募って……」
「我が城でしか購入できない限定ゴーレムを……」
「ゴーレムのアイデアを一般募集しては……」
「ぬわーっはっはっはっ!! イケる! これはイケるのじゃよ~っ!!」
魔王アリスの高らかな笑い声が響き渡った。
この二人のアイデアは、数年後に社会現象を巻き起こす程の大ブレイクを果たす。
「ポケットゴーレム」略して「ポケゴー」と呼ばれ、子供から大人まで幅広い年代に支持され、世界中で大流行する事となるのであるが、それはまた別の機会に。
◆
――魔王の森、ロッジ建設予定広場――
アリスとバファリオンが、次なる事業の計画に夢中になっていたその頃、マルボロに忍び寄る影が一つあった。
それは身軽な動作でひょいと胸に飛び乗ると、胸に空いた穴に無造作に手を突っ込む。
「~♪」
鼻唄混じりに手を動かしている。
まるで抽選箱に手を入れ、くじを選んでいるようだ。
「にゃ!?」
お目当ての物を見つけたのか、穴に肩まで突っ込むと何やらごそごそとしはじめた。
押したり、引いたり、回したり捻ったり……試行錯誤を繰り返す。
「くうぅっ、にゃにゃっ!」
かなり苦戦している様だ。
しかし程無くして、小さな丸い球状の物体がマルボロの身体から取り出された。
一瞬マルボロの眼に光が灯ったが、すぐに消えていく。
「ふうっ。回収完了~、帰るにゃ」
そう言って、取り出した球状の物体を大事そうに腰のポーチにしまうと、それはあっという間に森の中へ消えていってしまった。
そして広場には、また静寂が訪れた。




