第60話 ミルクが入ってるなら
――魔王の森――
今、俺達は魔王の城の北に広がる「魔王の森」の中にあるいていた。
鬱蒼と生い茂る草木に行く手を阻まれ、道なき道を歩く。
常に誰かに見られている感覚。
何度も同じ所へ戻され次第に方向感覚が削られていく。
時折、獰猛な獣の唸り声が聞こえて来る……。
そんな想像をしていたのだが、現実は真逆だった。
俺達は綺麗に整備された遊歩道を、のーんびりと歩いていた。
「空気がおいしいわねー」
ルナがうーんと両手を伸ばしながら歩いている。
確かに空気が澄んでいて気持ちが良い。
うっすらと森に漂う霧は、ルナが言うには魔力や体力の回復が早まる効能があるらしい。
遊歩道は大きく幅を取って作られており、大型の馬車でもすれ違う事が出来るだろう。
幅の広い道は、ただそれだけでなんか気持ちいい。
「この道を真っ直ぐでいいみたいだね」
ギルカのマップ機能も問題無く動作している。
ゴーレムの出現しそうな場所はあらかじめバファリオンから聞いている。
森の中ほどに避暑地建設の為に大きく整地された場所があり、そこが怪しいらしい。
「なんか近くで小鳥の声が聞こえるね。不思議だなー」
きょろきょろと周りを見回すランジェ。
でも不思議と小鳥は見つけられない様だ。
ランジェは気付いていないだろうが、俺は知っている。
背負っている大剣に小鳥が止まって、ピヨピヨと鳴いている事を。
ふう。
のどか。
森には魔王の力によって簡易的な結界も張ってあるらしく、危険な生物は生息していない。
ただし生物以外には効果が無い為、たまにゴーレムやアンデッド等が入り込み、その駆除に苦労してるのだとか。
この森自体も魔王の力によって生み出したというのだから大したもんだよな。
森から一歩出ようものなら、荒れ地か砂漠しか広がってないのだから。
でも、あの怠け者魔王がこれを作ったなんて、にわかには信じがたい。
「めんどくさいのじゃ~」と、駄々をこねるアリスが容易に想像できる。
バファリオンはさぞ説得に苦労したろうな……と思ったら笑いがこみあげてきた。
ふふ。
そういえば、昔何かのTV番組で森と林の違いについて説明していたな……。
確か自然に発生したのが「森」で、人工的に作られたのは「林」だったか?
であればここは本来は「魔王の林」だな。
少しだけ俺の中に存在していた恐怖感が、今完全に消えた気がする。
そういや昨日……。
俺はふと、昨日アリスが俺のスキルについて気になる事を言っていたのを思い出した。
◆
昨夜、お城の大広間にて豪華な夕食を頂いた俺達は、アリスの部屋へと集合をしていた。
アリスがトランプのババ抜きをしたいと言うのでみんなで付き合うことにしたのだ。
なんだかんだ言って魔王も寂しいのかもしれないな。
そんな事を思いながら、何気に俺はゲームに熱中していた。
それはランジェが十七連敗した後だろうか。
泣きながら部屋へと戻っていくランジェを見送りながら、次の勝負をしようと俺がカードを配っていると、
「時にお主。珍妙なスキルをもっているのぅ」
「え? 俺?」
突然アリスにそう言われ、俺はキョトンとした顔でアリスの方を向いた。
鑑定かな?
勝手に見るなよ~。
俺は眼を細めてじーっとアリスの顔を見つめる。
無言の抗議である。
「なんじゃその目は。安心せい。わしレベルになると鑑定スキルなぞ不要じゃ。しかし見れば見るほど面白ぶふっ」
方法はともかく見てるんだね……。
ちっとも安心出来ない。
あと会話の途中で吹き出すんじゃない。
「主が失礼を。しかし私も何百年と生きておりますが、初めて見る珍しいスキルばかりですね。スキルの同時発動は試されましたか?」
「え? 何それ。やった事無いなー」
お前も見てるのかい、と思いつつも「同時発動」と言う言葉に興味をひかれる。
「スキルは同時に発動させる事で、思わぬ効果を発揮する場合もあります。是非試してみてください」
「あ~。そう言う事じゃ。精進せ……ぶふっ」
せんべいを口から大量に吹き出しながら笑うな。
アリスになんかいらっときた俺は、アリスの頭をペチンとひっぱたいた。
頭を押さえてアリスは大袈裟に騒ぎまくる、
「ぐはぁ。バファリオンもうだめじゃ~。衛生兵を。衛生兵をよぶのじゃ~」
主を叩かれたにも関わらずバファリオンが笑っている。
その様子をみていたルナも笑っている。
そんな雰囲気に俺もなんだかおかしくなり、腹を抱えて笑ったのだった。
◆
ふーむ。
スキルの同時発動か。
確かに今まで考えた事すら無かったな。
だとすれば……何と何を同時に発動させるべきか。
歩きながら俺は考える。
まず、常時発動している「ふむふむ」と「ぱくぱく」は除いて良いだろう。
そうなると「ほかほか」「ぽたぽた」「ころころ」の三種類かな……。
俺は腰袋から「ミニいも」を取り出した。
ミニいもはその名が示す通り直径五センチほどの小さな芋だ。
何となく里芋チックな外見をしており、家庭では煮物に使われる一般的な食用芋だ。
「ほかほか」のスキル練習用に、俺はいくつか持ち歩いてるのだ。
俺は右手にミニいもを一つ置いた。
続いて水筒から少しの水を左手の上に出す。
今、俺の右手にはミニいも、左手には水が存在している。
ちょっとやってみるか……。
俺はミニいもと水をこぼさない様に、ゆっくりと歩きながら、右手で「ほかほか」を、左手では「ぽたぽた」を発動させてみる。
……。
…………。
うわあ。
出来る気がしない。
やってみて数秒でわかるこの絶望感。
「ほかほか」に集中したら「ぽたぽた」が、「ぽたぽた」に集中したら「ほかほか」が消えてしまう。
例えるなら右手で日本語を書きながら、同時に左手は英語を書いている感じだ。
しかも違う文章を。
頭が混乱の渦に巻き込まれる。
「昨日言われたあれ、やってるのね。感心感心」
少し遅れて歩く俺に気づいたルナが、横に並び手元を覗いてくる。
「うん……。それがさ、全然出来ないんだよ。ルナは魔法の同時発動って出来るか?」
「え? 出来るわよ。でも魔法とスキルは違うかもよ」
と、いとも簡単にやってみせる。
ルナの右手には炎の玉が、左手には水の玉がふよふよと浮かんでいる。
すごっ。
「でも威力が半減するし、あたしはあんまり使わないけどね」
「それ、何かコツとかあるのか?」
「う~んとね……。昔、訓練所で習ったんだけど、まずは片手ずつ交互にスキルを発動させるの。右、左、右ってね。で、切り替える間隔をどんどん短くしていくのよ。そしたらそのうち同時になるわよ」
「なるほど!やってみよう」
早速試してみよう。
俺はまず右手で「ほかほか」を発動させ、次に左手で「ぽたぽた」を発動させる。
これをひたすら繰り返し、高速で切り替えていく。
ほかほか、ぽたぽた、ほかほか、ぽたぽた、ほかぽたほかぽたほかぽたほかぽた、ほぽほぽほぽほぽほぽほぽ……………………
次第に脳がとろけていく。
混ざりあう「ほ」と「ぽ」。
崩壊し始めるゲシュタルト。
今自分がどっちのスキルを使っているかも、判らなくなっていく。
そしてその瞬間はあっさりと、意外な程に早く訪れた。
「出来たー!!」
俺は喜びのあまり叫んだ。
左手の上では水が元気に動きまわり、右手の上の芋からは湯気が立ち上っている。
まだ思い通りに水の操作までは出来ないが、「ほかほか」と「ぽたぽた」のスキルは今確実に同時に発動している。
「ね、意外と簡単でしょ」
うんうん。
ありがとうルナ。
俺は何度も頷いた。
水は更に激しく動きまわりまるで生き物の様だ。
芋はほっかほか。
スキル越しでも手の平がほんのり温かい。
「で?」
ルナは期待に満ち満ちた顔をして聞いてきた。
「え?」
言いたい事は何となくわかるんだけど。
「どうなのよ。何か変化はあった?」
「いや、特には何も……」
そうなのだ。
別に特別な事は起きていない。
威力があがったわけでも、スキルに変化が起こったわけでも無さそうだ。
バファリオンは「思わぬ効果を発揮する場合もある」と言っていた。
つまりはそう言う事なのかしら。
がっかりとした表情を浮かべる俺のそばに、修行を邪魔しない様にと少し離れて歩いていたランジェもやって来た。
「見てたけど、スキルの同時発動の練習してるんだよね、どんな感じ?」
「同時発動は出来たんだけどさ。ご覧の通りだよ……」
俺の両手を見て、少し悩んだ顔をするランジェ。
「ひょっとして……それって、片手で同時なんじゃないかな」
「片手?」
それは考え付かなかったな。
両手が成功したからか、今なら出来そうな気がする。
俺が鼻息荒く、片手でやってみようと集中した時、
「えー? 片手は危ないわよ」
と水を差してくるのはルナだ。
何?
何が危ないの?
「両手と何か違うのか? お手本プリーズ」
「出来るけど……」
ルナは少し躊躇する素振りを見せたが、片手を真上に真っ直ぐ伸ばすと、炎に包まれた半円状の風の刃を幾つも発射してみせた。
「ほえー。見事なもんだな」
発射された炎風の刃は数十メートルの高さまで上がると、ふっとかき消すように消えた。
「ヨースケも多分すぐ出来るわよ。やり方はさっきと一緒だから。でも負担とリスクがあるから気を付けないと駄目よ」
「両手で二つ魔法出すのと、片手で二つ魔法出すのって、何か違うのか?」
「そりゃ違うわよ。片手で二つ魔法を出すのってね。二つの蛇口にホースが付けられていて、それが先の方で一つになってるような状態よ」
うん?
そりゃ変わったホースだな。
「もし二つの蛇口を同時に、思い切り捻ったらどうなると思う?」
「ホースが外れる……?」
「そうかもね。それを人の身体に置き換えたら?」
「うーん。腕が痛くなる?」
「ノー」
ルナが首を横に振る。
「じゃ肩がはずれるとか?」
「ノー」
違うのか……。
「肩から腕が千切れ飛ぶんじゃない?」
横からランジェが恐ろしい事をさらっと言う。
「イエスッ」
「いやーーっ!」
俺は叫んだ。
聞きたくない、聞きたくない。
「ま、それは極端だけど考え無しにやっちゃ駄目よ。後はそれぞれの蛇口から何が出るのかも重要よ。片方が『ミルク』で、片方が『コーヒー』なら割合を上手く調整しなきゃいけないわよね」
「そうだね。ミルク多めにするのか、更に多くするのか大事だよね」
明らかにミルク多め派のランジェが頷く。
俺は少な目派です。
「蛇口から何を出すのかも大事よ。片方が『ミルク』で、片方が『雨水』だったら結果はヤバい事になるわよね」
「……雨水……でも……ミルクが入ってるなら……いややっぱり……」
ランジェが何かと闘っている。
俺は信じてるぞ。
「まあ、やるんなら最小限の出力で少しずつやるのね」
はい。
なんだかすっかりやる気を無くしてしまった。
とりあえず俺は右手の上でほかほかになったミニいもをかじりながら、また歩き始めるのだった。
◆
森に入り一時間程歩くと、問題の広場へと辿り着く事が出来た。
馬車なら魔王の城から十分足らずで着くだろう。
周りを見渡すとまず目につくのは建設途中のロッジの数々だ。広場の入り口から見えるだけでも五棟はあるな。
まだ土台しかないものもあれば、屋根をつければ完成しそうなものまで、進捗はバラバラな様だ。
これも魔王が作っているのだろうか?
「何もいないわね」
「ここのはずなんだけど……」
俺も周りを見渡しそれらしい奴がいないか探してみる。
いつもそうだが、アイアンゴーレムってどんなやつ?
広場にはバーベキューが出来そうな屋根付きの調理台や、テーブルや椅子等も配置されている。
隅っこの方には、建築用の丸太が山の様に積まれており、樹々とは違う木材特有の良い匂いが漂ってくる。
なるほど、ここなら確かに避暑地として人気が出そうだな。
この場所は一段とひんやりとしていて、少し肌寒い風が木々の葉をざわざわと揺らしている。
鳥達のさえずりが心地よく疲れた心を癒してくれる。
あぁ。
拠点にしてぇ~。
帰ったらアリスに安く売ってくれないか頼んでみようかな。
案外タダでくれたりして。
ズガンッ!!!
そんな都合の良い事を考えていたら、突然大きな衝撃音が森の中に響き渡った。
驚いた鳥達が警戒音を発しながら、樹々から一斉に飛び立った。
その音は正面のロッジの裏から聞こえてきた。
「行ってみよう」
ランジェが音も無く走り出す。
俺もなるべく静かに走り、ランジェの後を追う。
ルナは最後尾だ。
そしてロッジの横に回り込むと、そーっと裏の様子を伺った。
「おおっ!」
俺は驚きのあまり思わず声を出してしまった。
目の前には巨大な剣士が背中を向けて立っていた。
その身体は鉄に覆われ、いや鉄そのものでできているのだろう。森に発生している霧のせいか、表面をにび色に濡らし不思議な光沢を放っている。
間違いようが無い。
アイアンゴーレムだ!
身長は五メートル位あるか?
こんなの、倒せるのかよ……。
アイアンゴーレムは右手に握った剣を振り上げ、そのまま無造作に振りおろす。
ズガンッ!
が、何かに弾き返されたのか剣が跳ねあがる。
どうやら何かと闘っている様だ。
大きな衝撃音の正体は、アイアンゴーレムが争う音だったのである。




