第59話 話好きな魔王と賢者の涙
――もともと人間だった。
魔王アリスは何の感も無くさらりとそう言った。
父から子へ。
子から孫へ。
魔王は世襲制か生まれつきだと勝手に思い込んでいた俺は、軽く衝撃を受けた。
「なんで魔王になったんだ? やっぱし恨みか?」
素直に疑問に思った事を口に出す。
「あほう。恨みで魔王になれるんなら、今頃世の中魔王だらけじゃろうが」
幼女にあほうと言われてしまった。
だが不思議だ。
悪い気はしない。
「仕方ないのう。順を追って説明してやろう、そうすればわしに着せられた濡れ衣も晴れるじゃろ」
そういうと横になっていたアリスは起き上がり、布団の上でドカッとあぐらをかいた。
そしてスナック菓子を片手に、昨日の出来事を語るかの様に話を始めるのだった。
◆
それは今から五百年程前の事じゃ。
この地一体は【怠惰】の先代魔王アレグラスによって統治されておった。
魔王アレグラスは自らが怠惰な生活をする為に、住民に過酷な労働を強いておっての。
明日をも知れぬ毎日に、住民はみな恐怖しておったのじゃ。
その噂は遥か東の果ての大陸まで届き、やがて一人の【勇者】がこの地に訪れた。
それが、わしじゃ。
今でこそ幼子の姿をしているが、その頃のわしは二十八才。
歩けば誰もが振り返る超ナイスバディーに、誰もが羨む美しい顔立ち。
言い寄る男は、それこそ星の数程おった。
だがわしには心に決めた人がおってのう。
その人の名前は、あん……
ん?
どうでもいい?
なんじゃ、つまらぬのう。
コホン。
で、じゃ。
魔王アレグラス率いる魔王軍との戦いは壮絶を極めた。
立ちはだかる凶悪な魔物の群れ。
巧妙な策略の数々。
それら全てを打ち破り、魔王城の内部に侵入すると、魔王軍の三大幹部を名乗る者達が立ちはだかった。
三大幹部を倒せば、四天王が現れ、
四天王を倒せば、五人衆が現れ、
五人衆を倒せば、六魔人が現れ、
もう本当に心が折れそうになったところで、三大幹部がまさかの復活。
おまけに「我らの本当の姿を見よっ! 三位一体!!」とか言って合体する始末。
その後もうじゃうじゃ沸いては出て来る幹部共をボコボコにし、ようやく魔王アレグラスの前まで辿り着いた時には、わしは怒りで信じられない位に強くなっておった。
「無計画に部下を昇進させるんじゃねぇーっ!」
「ふははははっ。年功序列の恐ろしさを知れっ!」
わしと魔王アレグラスはほぼ互角じゃった。
【勇者】のスキルを持ち、当時東大陸で最強と謳われたわしの力を持ってしてもじゃ。
しかし、百日間に渡る壮絶な戦いの末、わしはなんとか魔王を打ち倒し、見事この地に平和と自由を勝ち取ったのじゃ
◆
「これでおしまいじゃ。壮絶じゃろう?」
じゃろう? と言われても……。
魔王との戦いの場面があんまり無かったよ?
少なくともスナック菓子を片手に話して良い内容では無いな。
「良くわからないわ。魔王との戦いはどんな風に壮絶だったのよ」とルナが尋ねる。
「それはもう壮絶じゃった! な、バファリオン」
「ええ。それはもう壮絶でした」
説明になってないな。
「ていうか、なんで魔王になったのか? を聞いてるんだぞ。【怠惰】の魔王を滅ぼしたお前がなんでその魔王になってるんだよ?」
「うむ。それはじゃな……」
ぐぐっと眉間にしわを寄せ、魔王アリスが真剣な表情を見せる。
「なんでだっけ?」
やっぱりな。
バファリオンに助けを求めるアリス。
今までの時間を返せ。
「それはですね。魔王アレグラス様がお倒れになった際、長きにわたり人々から吸収をしていた【怠惰】の力が溢れ出し暴走を始めたのです」
「おお。そうじゃった! で? で?」
「アレグラス様という器を無くし、行き場を無くした凄まじい量の【怠惰】の力は、世界にどの様な影響を与えるか不明でした。そこでアリス様は、自らが代わりに魔王となり新たな器となる事で、【怠惰】の力を制御されようとお考えになったのです」
「その通りじゃ。もうよいぞ、バファリオン」
「そうだったんですね。あなたは自らを犠牲にして、望まずして【魔王】になられたと……」
ランジェが真面目な顔をして聞いている。
「その通りじゃ。しかし人々の怠け心とは凄まじいのぅ。今思えばアレグラスは人々が怠けすぎない様に、労働を強いていたのかも知れぬな」
「よくそんな力を自分に入れて無事だったわね」
「なんかすんなり馴染んだのじゃよ」
アリスは鼻をほじりながら、せんべいをバリバリと食べ、ジュースを飲んでは、横になりごろごろ転がっている。
よっぼど【怠惰】が性にあっていたとみえる。
「そしてぇ~。百五十年ほど前にぃ~【暴食】の魔王も引き継いでぇ~、今に至るのじゃ~。おしまい」
アリスは説明するのに飽きてきたらしい。
こりゃ、もうだめだな。
「はぁ。なんか拍子抜けしちゃったわー」
ルナもごろんと横に寝っ転がりはじめた。
「わしはバファリオン以外に配下もおらぬし、別に人間に迷惑はかけておらんのじゃがな~」
バリバリとせんべいを頬張るアリス。
布団の上にはカスが凄い。
そのまま寝ると絶対に痛いやつだ。
ルナも一枚もらって、アリスの横で美味しそうに食べている。
「アリスは元勇者でもあるんだろ? なんでそんなに嫌われてるんだ?」
俺も一枚アリスからせんべいをもらう。
あら、美味しい。
「元とは失礼な。今でもスキルは健在じゃぞ。まー【魔王】と【勇者】のダブルスキル持ちは、わし位のもんじゃろー」
「嫌われる理由に心当たりは?」
「ん? 逆に嫌う理由を聞いてみたいわ。ま、強いて言えばわしが魔王だからじゃろう。お前達の世界でも良くあるじゃろ。『なんとなく』とか『○○だから』で仲間をいじめたりする事が。それと同じじゃ」
「わ、悪い……」
つい謝ってしまった。
俺達がそもそも魔王の城に来た理由が、まさに「魔王だから」だったからだ。
「まあ良い、許す」
アリスの言葉に少しだけ罪悪感が軽くなる。
本当に申し訳ない。
「いつからかのぅ。最初は己の身を挺して魔王を倒し、羨望や称賛の対象であったわしを、人間達は次第に恐れるようになった。魔王の肩書を持つわしを悪の象徴として考えるようになっておった」
ルナもランジェも黙って聞いている。
俺もアリスの身に起きた事を考えると何も言えなかった。
「それでもわしの活躍を知る者が、生きておった頃はまだ良かったんじゃが、五百年も経った今では味方をしてくれる者などほとんどおらんのじゃ」
「エルフ等の長命を誇る種族の、それも長老達位ですな」
バファリオンがアリスの頭を優しく撫でている。
「疫病の流行、日照りや干ばつ、洪水に地震、そして今回のアンデット。すべてわしのせいじゃ。時には軍隊を引き連れて人間達が攻め込んで来た事もあった。まあ今では不可侵条約が結ばれておるから、ちょっとは平和じゃがのぅ」
かっかっか、と笑顔を見せるアリス。
「でも、こないだなんか『うちの息子が受験に失敗したー』って、ばばぁが怒鳴り込んできたのじゃよ。息子が勉強を怠けたのは【怠惰】の魔王のせいじゃと。いわゆるモンスターペアレンツなのじゃ」
「あれは怖かったですね」
バファリオンがハンカチで汗を拭きながら相槌を打つ。
しかし聞けば聞くほど、ひどい話だ。
かつては勇者と呼ばれ人間の為に戦い、人間の為に魔王となったアリス。
それが今では人間に恐怖され、あまつさえ憎しみの対象となっている。
「その……疑ったりしてごめんね」
ルナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「お主が今回の主犯じゃろ? アポもとらずにいきなり乗り込んできたくせにのぅ」
「ご、ごめんなさい……」
平身低頭。
こんな姿のルナを見るのは珍しいな。
「ど~しようかの~」
アリスはにやにやしながらルナの周りをぐるぐると歩いている。
むう。
この流れは……。
「そうじゃ! 許してやる代わりにお願いがあるのじゃが!?」
きたよ。
きましたよ。
「なに、簡単な事じゃ。最近わが城の北にある森に、ゴーレムが出よってのう。さーっと行って退治してほしいのじゃよ」
「俺達は冒険者だぞ。依頼をしてくれ」
俺はさらっと受け流す。
タダ働きはごめんなのだ。
「えー。めんどーじゃのう。このけちはげが」
け、けちはげ……。
「本来であれば、ご依頼をさせて頂くのが筋だと承知しておりますが。ですが観光収入が激減しておりまして……。お恥ずかしい話、報酬がお支払できないのです」
「アンデッド発生で、一番被害を受けてるのは貴方達なのかもしれませんね」
ランジェがバファリオンを慰める。
確かにそうなんだよな。
アンデッドを発生させた奴は何が狙いなんだろうか。
魔王アリスを兵糧攻めするのが目的、とは思えないんだが。
「じゃ宝物庫に武器や防具の類がいくつかあるから、それをやろう。好きな物を持っていって良いのじゃよ」
まじ?
魔王の宝物庫なんて、聞くだけでテンション上がるんですけど!
「いけません。アリス様、宝物庫には呪われた品も数多くございます。人の手には余るものかと」
「呪われるとどうなるんだ?」
「我が城にあります武具にかけられているのは強力な呪いばかりですので……、尻が動かなくなったり、尻が獣へと変化したり……。最悪は尻が爆発します」
呪いをかけた奴はよっぽど尻に怨みがあったらしい。
もう呪いの範疇を超えている気がする。
「行っておくが倒してきてからじゃぞ~」
「えー。このけちはげ」
俺はアリスに言い返す。
もはや魔王としての恐怖など微塵も感じない。
「え~ん。バファリオン~」
「はいはい。お可哀想に、アリス様はハゲでもケチでもありませんよ」
この執事さん本当に優しいなぁ。
アリスはバファリオンに頭をさすられながら、俺に向かってあっかんべーをしている。
こいつがわがままなのはバファリオンが原因な気がする。
「あ、そうじゃ。じゃ、前金としてこれをやろう」
そう言うとアリスは布団の横に置いてあるゴミ箱らしき物をごそごそと漁り、小さな茶色い小瓶を取り出した。
中にはほんの少しだけ液体が入っている様だ。
「飲み物ではないからの。飲んだら駄目じゃぞ」
「なんだ、これ?」
アリスから小瓶を受け取った俺は左右に小瓶を振ってみる。
中の液体がちゃぷちゃぷと音を立てる。
まるで栄養ドリンクの飲み残しの様だ。
「アリス様。人間には過分な物かと……」
「なによなによ、これは」
今までひれ伏していたルナが興味津々で起き上がってきた。
「これは、対象そのものの力を高める薬【賢者の涙】です」
「力を高める?」
「はい。これを名も無い剣にかければ、それは名刀に劣らぬ切れ味となりましょう。その辺の主婦が作った料理にかければ、それは一流シェフの味となりましょう」
おー、それは凄い!
「一回分しか無いから、もし使うなら良く考えるのじゃよ~」
「ありがとう~、アリスちゃんっ!」
ルナが中腰になってアリスに抱きつく。
じたばたして逃げようとするアリスを離そうとしない。
「これ、やめるのじゃよー」
妹みたいな感じなのか?
来る前とは大違い、えらい可愛がりようである。
しかし、一回となると考えちゃうな。
余程お金に困った時に安い宝石にかけて売るとか?
……そういえばこの茶色い小瓶は、常時「賢者の涙」に浸かっているとも言えるが、大丈夫なの?
俺が思考の迷路に入り込んでいる間に、ランジェがバファリオンに訊ねる。
「今夜、泊まらせて欲しいんですが、お部屋って空いてますか」
城に来てから結構な時間が経っている。
おそらく外は少し暗くなってるだろう。
出来れば城に泊まらせてもらいたい。
「ええ。空いてますよ、この状況です。一番良い部屋を、一番お安いお値段で結構ですよ」
やった!
「お料理も後でお持ち致します。サービスですのでご遠慮なさらずに」
「あ、僕、魔王のアイスクリーム食べたいんですけど……」
ランジェはおずおずと手をあげ、遠慮がちにアピールをする。
「はい。承知致しました。食後にデザートでお付け致しますね」
「ありがとうございます。バファリオンさん」
顔が、ぱあぁぁっと明るくなるランジェ。
すいませんね、うちの子達がわがまま言っちゃって。
「あとでババ抜きするのじゃー」
「うん。後でねアリスちゃん」
アリスとルナはすっかり仲良くなっている。
二人並ぶと本当の姉妹の様だ。
そうして俺達は魔王城に一泊をさせてもらうのだった。




