第57話 私がいますから
俺達はバファリオンに案内され、城の中を歩いていた。
通路の幅は十人横に並んで歩いても余裕がある程に広く、右手には大きな窓から中庭が見える。
天井は頭上の遥か高くにあり、見上げれば見事な天井画が眼に入ってくる。
それは遥か昔の、神と悪魔の戦争を描いたものだろうか。
絵の左側には漆黒の翼を持つ騎士達。
右側には小さな女の子が一人と、その後ろに様々な姿をした異形の軍勢が描かれている。
互いの軍勢は今にも戦いを始めそうだ。
小さな女の子は両手を広げ、それを何とか諫めようとしている様にも見えるな。
通路の両脇には、柱ごとに立派な台座が設けられ、様々な生き物の彫刻が並んでいる。
獅子の身体にサソリの尻尾を持つおっさん。
蝙蝠の翼に蛇の胴体を持つおっさん。
大鷲の身体に山羊の角を持つおっさん。
……おっさん率が高いな。
おっさんの身体におっさんの頭を持つ、ただのおっさんもいる。
何かおっさんに特別な拘りがあるんだろうか?
どの像にも共通している事は、顔がおっさんである事と、そのどれもが苦悶の表情を浮かべている事だ。
「やだー。気持ち悪い」
そういうのはルナだ。
やはりおっさんだからか?
娘にそんな事言われたら世のお父さん達はどれほどショックだろうか。
まあ彫刻の題材は別にしても、その造りは見事で今にも動きだしそうだ。
おそらく芸術品としても相当な価値があるに違いない。
俺は不注意で落としたりしない様に、細心の注意を払って通路を歩いていく。
「見事な彫刻ですね」
前を歩くバファリオンにランジェが話しかけた。
「ええ見事でしょう。ですが、彫刻に見えますか。ふふふ」
意味ありげな返答をするバファリオン。
もしかして彫刻じゃ無いの?
ねーねー。
やめてよ、気になるからさー。
「ねえ。この城には防衛施設がほとんど無いみたいだけど、なんでなの?」
城の中をきょろきょろと見回しながら、最後尾を歩いていたルナが問いかける。
確かに城外の堀や塀をはじめ、城内にも特段仕掛けなどは見当たらない。
まあ俺が見てわかる様には置いてないだろうが。
窓も大きく取り付けられ、陽の光りが通路に射し込んでいる。
弓や魔法を放つ為の、細長いスリット窓では無い。
つまり、何一つ敵の侵入を阻む物は見当たらないのだ。
「必要が無いからです」
「必要が無い?」
小首をかしげるルナ。
「はい、私がいますから」
さも当たり前と言わんばかりに、平然と答えるバファリオン。
「あらあら、大した自信ね」
ルナが鼻をふんと鳴らす。
「事実ですので。逆に言えば、私を倒せる程の相手では城をどれだけ強固にしたところで無意味でしょう。ですから必要が無いのです」
誰でもいいから落とせるもんなら落としてみろ、って事か。
ひー、怖い怖い。
「ですが……」と言い、バファリオンは言葉を続ける。
「今では条約が結ばれましたので、誰からも攻めこまれる心配はありませんがね、良い事です」
穏やかな表情をみせるバファリオン。
魔人と言っていたが、良い魔人なのかもしれない。
「じゃ魔王は貴方より弱いの?」
ルナがさらにズバズバと質問を重ねる。
「とんでもない。魔王様は私と比べるべくもありません。この世界でも並ぶ者少なき、強者でございます」
「あら。少ないって事は、同じ位強い奴もいるにはいるのね。教えてよ」
「そうですね。この大陸ですと、元八大魔王「ヒナン」、狼王「シルヴァ」、勇者「エランドール」、神の拳「拳聖」、後は……」
結構いるんだね、強者。
そして何でも教えてくれるんだね、バファリオン。
「ただ、下から見上げた時、あまりにも高い位置にあるものはどれも同じ高さに見えるものです。どなたが一番かは判りかねますのでご容赦ください」
何となく言いたいことはわかる。
夜空に浮かぶ星々。
それらの大きさは実際には様々なはずだが、地上から見るとそれぞれの大きさなんてもんはわからない。
そう言うことでしょう?
って、得意気にバファリオンに聞こうと思ったら、ルナがとんでもない事を聞き出した。
「じゃ、魔王アリスの弱点を教えてよ」
アホかッ!
さすがに教える訳……
「脇腹ですね」
この人凄いっ! メモメモ。
「正確には脇腹のくすぐりに弱いです。しかし戦闘においては弱点らしい弱点はございませんね」
案内を一旦中断し、わざわざ立ち止まって親切に色々教えてくれるバファリオン。
おいおい。
それでいいのかバファリオンよ。
俺はみんなが立ち止まった事に気付かず、いつの間にか一人でずんずん歩いてしまった。
「そんなに色々喋って大丈夫ですか?」
少しだけ心配になって聞いてみる。
まさか、「ここまで知られた以上、生かして帰すわけにはいかん」パターンだったりして……。
しかし、バファリオンからは予想外の返答が返ってきた。
「ええ。本当に弱点があれば教えて差し上げたいのですが……なにせ、主の仇でもございますから」
え?
「こほん。お喋りが過ぎましたね。さあ、先を急ぎましょうか」
そう言うと俺の横を通りすぎるバファリオン。
その時、瓶底メガネの奥で少しだけ哀しそうな眼をしたバファリオンの横顔が見えた。
◆
カツーン、カツーン。
広い広い通路に響き渡る俺達の足音。
やけに甲高い音なのは広い空間故に反響しているからか。
……もう随分歩いている気がするな。
と思ってると、不意にバファリオンが通路の途中で足を止めた。
「魔王様はこちらにおいでです」
バファリオンは壁に向かって一礼をしている。
ん?
どこ?
壁しかないけども。
しばらくして、ルナがアッと驚いた声をあげる。
「こっちこっち。こっちから見てよ」
と、壁から少し離れて歩いていたルナが呼ぶ。
一歩さがって、ルナのところから壁一面を見渡すと……。。
「うおっ! でかっ!!」
単なる通路の壁だと思っていた左側一面、それは巨大な扉だったのだ。
扉の周りは何かの巨大な骨で縁取られており、魔王の間へ続く扉に相応しい不気味さを醸し出している。
この巨大な扉の前に立っていると自分が小人になったかの様な錯覚さえ感じるから不思議だ。
「魔王のサイズに合わせて作られてるのかな?」
嫌なことを言うな。
でもランジェの言う通りかもしれない。
じゃなきゃこんな扉にする必要性が無いもんな。
それに、だとすればカサンドラの城壁があんなに高さがあるのも納得できるじゃないか。
魔王が巨大であるが為に、城壁を高くせざるを得なかったのだ。
しかしこれどうやって開けるんだ?
どこかに通用門的な小さい扉があるのか。
ゴゴゴゴゴゴゴ
違ったー。
でかい方だったー
巨大な扉が、低い地鳴りの様な音を立てながらゆっくりと内側に向かって動き出す。
パラパラと埃やら虫の死骸なんかが落ちてくる。
「すみませんね。しばらく開けてないものですから……」
いえいえ。
突然お邪魔して申し訳ない。
てか、これは魔王が内側から開けてくれてるんだろうか。
巨大な魔王が向こう側から扉を開いている姿を想像する。
こえーよー。
とすれば、扉の隙間から徐々に魔王の姿が見えるはずだ。
やだなー。
怖いな、怖いなー。
いきなりご対面なんて心の準備が出来てないぞ。
いよいよ扉が完全に開いた。
が、何者の姿も無い。
「あ、これ自動扉ですので」
バファリオンがさらっと教えてくれる。
早く言ってよ~。
扉の先は大広間となっていた。
何百人、いや何千人は収容出来るだろう。
中心には、数十メートルはあろう巨大な玉座が置かれている。
これが、玉座には誰も座ってはいない。
ハッ!
もしかして透明な魔王なのではっ!?
さっからあれこれ変な想像ばかりが先に来て、ぜんぜん冷静になれない俺。
「なによ。誰もいないじゃない。逃げたのかしら、魔王」とぶーぶー文句を言うルナ。
おおおぃ!?
やめてっ!
いるかもしれないだろっ!
「こちらへ」
一人で興奮している俺を置いて、バファリオンが広間の壁に沿ってすたすたと歩き始める。
すると俺達が入ってきたちょうど反対側、玉座の背の方に普通のサイズの扉があった。
扉は木で出来ており、「アリスの部屋 勝手に開けるな!」と書かれたプレートが下がっている。
「魔王アリス様はこちらにいらっしゃいます」
ここに魔王が。
俺が今までゲームや小説で見てきた魔王は、とんでもなく悪いやつばかりだった。
初めて会う本当の魔王。
一体どんな奴なんだろう……。
やばい。
身体が震えてきた。
「ご準備はよろしいですか?」
俺たち三人は無言で頷く。
扉からは何の気配も、殺気も感じられない。
それが逆に不気味だ。
誰ががごくりと唾を飲んだ。
「それでは……」
バファリオンが静かに、扉を二回ノックした。




