第55話 死して尚、剣士
カサンドラを出発してもう二時間が経とうとしていた。
本当ならもう魔王の城に到着していてもおかしくはないんだが、襲ってくるアンデッドやもどきが意外と邪魔で、俺達は予定を大幅に遅らせていた。
「いくらなんでも多すぎだろっ。特にもどきっ!」
言いながら俺は、足元目掛けて噛みついてきたもどきを、思い切り蹴り上げる。
俺のレベルが上がっているからか、大体一撃で倒せる。
ただ魔物と言えど外見が犬っぽいので、足蹴にするのは何となく罪悪感があり、いつまでも慣れない。
「本当よね。こいつら生物なんでしょ。いきなり大量発生とかあり得るのかしら」
こっちは躊躇なく蹴り上げたあげく、ファイアーボールで燃やしている。
まあ、こいつらもアンデッドと行動を共にしているから、疫病を持っている事が多いらしく、それを防ぐ意味では燃やすのは正しいんだけど。
それにアンデッドもどきが、アンデッドになる可能性も否定できないしな。
そうなったら「アンデッドもどきアンデッド」となり、俺はそのうち舌を噛みきって死んでしまうだろう。
「本来は草原とかに生息してるって聞いてたんだけど……ひょっとしたらブリーダーが絡んでるのかも」
「ブリーダー? そんなのいるのか!?」
今さらだが俺は気がついた。
この世界は何でもありだ。
「魔物を繁殖させるブリーダーは結構いるよ。もちろん免許や許可が必要だけど。近くに飼育場があって逃げ出したのか、闇ブリーダーが野に放ったのか……。いずれにせよ、帰ったらギルドに報告しておかなきゃね」
「はあ。シジュールも戦争ばっかりで酷い世界だったけど、こっちも知れば知るほどカオスね~。フレアバースト!」
火球を爆発させ数体を一度に始末するルナ。
生き残ったもどきは一目散に逃げていった。
逃げないのはアンデッドで間違いない。
そして俺達は残ったアンデッドを倒し、何度目かの大襲撃を退る事に成功した。
◆
「まずいね。このままじゃ帰りは夜になっちゃうかも」
ランジェは少し焦った様子で話す。
もちろん俺はそのランジェの数倍は焦っているだろう。
こんな所を夜に歩いて帰るなんて絶対に嫌だ。
「城に泊めてもらいましょうよ」
「いやいや、説教した相手を泊めてくれるかよ」
「じゃ今日は泊まって、明日説教は?」
「俺の世界には【恩を仇で返す】って言葉があってだな……」
そう言いながらも俺は、道中見かけた立札を思い出していた。
――宿泊施設あります。休憩も大歓迎――
……ちゃんとお金を払えばいけそうだな。
「てかあれだな。さっきから襲ってくるのはもどきと、動物のアンデッドばっかりだな」
「ハイムではそもそも土葬が禁止されているから、魔物や野生動物位しか死体が無いんだよね」
そりゃそうか。
死体がアンデッドになる世界なら、土葬はありえないか。
「戦争とかあったらどうなの?」
「昔は戦争の時には、倒れた兵士をその場でアンデッドにしたりとかあったみたいだけど、それも非人道的だって今は戦争条約で禁止されてるみたい」
戦争と言っても最低限のルールは必要って事か。
でも最低限ってなんだろう。
戦争しない事、人を殺さない事が最低限じゃ無いのかな。
「だから今ではアンデッドって言ったら、動物とか、広義ではゴーレムも指すんだよ」
「あら。ゴーレムも?」
「うーん。詳しくはわからないけど、アンデッドもゴーレムも原理は一緒らしいよ」
一緒……なのか?
今一つピンと来ない俺に、ランジェがもう少し説明してくれる。
「つまり、死体に魔力を流して命令するか、人形に魔力を流して命令するかの違いだね。使う魔法は一緒らしいよ」
ふむふむ。
なるほど。
ちょっと二人の知識に近づいた気がする。
「ただ人形の場合は、主の命令を判断する為の受け皿が無いから、コアを埋め込んで代用するみたいだけど」
ふむふむ。
わからん。
ちょっと二人から遠ざかった気がする。
「そう言えば魔導座学でそんな事言ってたわ。専攻じゃ無かったからほとんど寝てたのよね」
「僕もハイムに来てから学んだんだよ。実はゴーレム以外にも応用した技術があって……」
ランジェとルナはアンデッドの話で盛り上がっている。
話がドマニアックすぎて入り込めない。
なんじゃい、アンデッドとゴーレムって。
俺の営業で鍛えた会話術を持ってしても、アンデッドとゴーレムの話題なぞには入れない。
はぁ。
暇だな。
周りの警戒でもしておくか。
……。
おや?
何か…………来る?
「おい、お話し中すまないが、なんか来たぞ。今度は人型っぽいぞ」
前方の道から、二足歩行で何かがゆっくりと歩いてくるのを俺は見つけたのだ。
半壊した皮鎧を装備した人型のアンデッドだ。
右手には赤錆びたロングソードを握っている。
どこかの兵士か、もしくは冒険者だったのかも知れない。
おそらくこの辺りで力尽き、倒れてしまったのだろう。
身体は至る所が白骨化しており、顔の右半分と手足にわずかに肉が付着している程度だ。
たぶんもともとは人間だ。
ぎこちない動きで俺達にゆっくりと近づいてくる。
同族の死体を見ると言うのは、やはりあまり気持ちの良いものではない。
でもどうやって動いているんだろうか。
「ね、あれはスケルトン? ゾンビ? スケビ?」
なんじゃい、スケビって……。
「アンデッドだね。見た目の印象で呼称が変わるだけで、ゾンビもスケルトンも完全に同種だよ」
ふーん。そうなのか。
確かにスケルトンってゾンビから肉が落ちただけだもんな。
しかし、まあ遅い。
遅すぎる。
ほとんど骨となった状態で動いているだけ大したもんだが、この調子だと俺達の元に辿り着くまで、あと数分はかかるだろう。
「あれは、もどきじゃないよな」
「うん。人型にもどきはいないはずだよ」
それを聞いて俺はホッとする。
いきなり動きが早くなるとか本当に心臓に悪いのだ。
「なあ、アンデッドって自然発生するのか?」
「ううん。しないと思うよ。おそらく誰かが操っているんだろうね」
「でもこんなに動きの遅いのを、何体作っても意味ないんじゃないか? 一般人でも余裕で対処できるだろう」
「戦闘目的ではあまり作られないね。大半は労働力としてだけど、疫病の蔓延を狙って、大群を送り込むとかは聞いた事あるよ」
「それ嫌なやり方ね。自身の身体で病原菌を繁殖させながら周囲にまき散らしていく。アンデッドなら危険な病原菌でも未知の病原菌でも何でも運べるもんね」
「だからアンデッドが発生すると大騒ぎになるのかー」
そんな会話をしているうちに、剣士風のアンデッドが近づいてきた。
近づく前に倒しても良かったのだが、ただのアンデッドなら危険も少ないだろう。
ランジェがすっと大剣を構える。
すると驚いた事に剣士風のアンデッドも、片手に持っていたロングソードと両手に持ち、ゆっくりと正面に構えた。
「意識があるのか!?」
「ううん。おそらくこの人の身体に、動作が染みついているんだと思う」
ランジェも驚いて、アンデッドの様子をみている。
生前、何千回、何万回と数えきれない程、剣を振ってきたのだろう。
それまでふらふらと、足元もおぼつかなかったアンデッドの身体は、中心に一本芯が通ったかの様に凛とした立ち姿を見せる。
その手に持つのは、今にも崩れそうな赤錆たロングソードだ。その切っ先はランジェに向けられ、一ミリも動くことなく静止している。
その堂々とした立ち姿は、正に剣士と呼ぶにふさわしい気迫を纏っている。
ランジェとの剣士との間に走る、見えない緊張感。
それがチリチリと肌をざわつかせる。
「いきます」
ランジェが静かに言葉を発した。
その言葉に呼応する様に、剣士はゆっくりとランジェに向かい歩き出す。
「あ……あ……」
糸の切れた操り人形の様に、ぎこちない歩行でランジェに少しずつ近づく剣士。
しかし構えたロングソードの切っ先は、ぶれる事無くランジェを真っ直ぐに捉えている。
やがてランジェとの距離が十分に近づくと、剣士は両腕をゆっくりと振り上げる。
そして掲げたロングソードをランジェ目がけて振り下ろした。
いや、ロングソードの重さに任せていると言った方が正しいか。
剣士のあまりにも力の無い一撃を、あえてかわそうとはせずに大剣で受け止めるランジェ。
剣と剣のぶつかる衝撃に、剣士は一歩、二歩とよろよろと後ずさりをした。
そしてロングソードを正面に構え直す。
パキパキパキッ
だがもう、剣士の持つロングソードは、たった一度の衝撃にすら耐える事が出来なかった。
極限までもろくなっていた刀身に、いくつものヒビが入ったかと思うと、剣士の目の前で粉々に砕け散った。
それは剣士と幾たびの死線を潜り抜けた相棒だったのだろう。
もはや柄だけとなってしまったロングソードを見つめる剣士の姿が、俺にはとても寂しそうに見えた。
「はぁぁぁっ!!」
空気が震える。
ランジェはダンッと十分に踏み込みをし、剣士目掛けて大剣を横にないだ。
その一切の手加減を排除した無情な一撃に、ほぼ白骨化していた剣士の上半身は、原形を留める事無く粉々に飛散した。
カラカラと乾いた音を立てて、上空に飛散する剣士の欠片達。
それは西日を浴びてキラキラ輝きながら地面へと落下していく。
……これでようやく眠れるな。
お疲れさま。
そして、残った下半身も力無く地に倒れ、その倒れた衝撃だけで粉々に崩れていく。
剣士はアンデッドの呪縛から完全に解放されたのだろう。
一陣の強い風が吹いた後、そこには主を失った革鎧と剣の柄だけが取り残されていた。
生前はどんな剣士だったのだろうか。
今では知る由も無いが……。
だけど、死して尚紛れも無く剣士であったその姿に、俺は何かを教わった様な気がした。




