第54話 出てる、出てる……
カサンドラの北門に備え付けられた通用口を抜けると、そこには見渡す限り一面の荒野が広がっていた。
岩と土と、申し訳なさ程度に雑草がちらほら。
この荒野を西に行けば「カラカラ砂漠」、北西に行けば魔王アリスの城である。
「危なくなったらすぐにここまで戻って来いよ」
衛兵はそう言って通用口の扉をパタンと閉めた。
北門にも検閲所が設けられているのだが、今は北門から入ってくる者も出る者もほとんどいない。
全てアンデッドのせいだ。
足元を見ると道らしきものがうっすらと続いている。
この道は魔王アリスの城まで続いているという事だ。
アンデッドが発生するまでは、観光名所としてちょっとした人気があったらしい。
この道は、以前は行軍の為の道だったのだが、数年前に一般の人でも歩き易い様に整備されたそうだ。
だが今では城に行く者はほとんどいない。
馬車も運行していない。
「ねえ。なんで魔王アリスはアンデッドを発生させたんだと思う?」
一番後ろを歩いているルナが話しかけてきた。
前方には俺とランジェ。
逆三角形の形で俺達は歩いている。
そんな事聞かれてもなー。
そもそもまだ魔王のせいだとは決まってないし。
俺は適当に返事を返す事にした。
「さあな。観光客のマナーが悪くて頭に来たんじゃないか?」
「成程……。あり得なくもないわね……」
いや、あり得なくない訳ないだろ。
……あってるか?
だって道の両脇に、さっきから様々な立て看板が目に入ってくるんだもの。
「魔王城まで、この道真っ直ぐ」
「毎月5の付く日はレディースデー」
「年間フリーパスがお得」
これって魔王サイドが立てたんだよな。
なんと涙ぐましい営業努力。
しかし、この有り様じゃ観光客は激減、相当な収入難に陥っているだろう。
うん。
確信しました。
やっぱり魔王はアンデッドとは無関係です。
ただ、ルナに言っても無駄なので、俺は話題を変える事にした。
「なあ。魔王の名前、アリスって事はやっぱり女性なのかな?」
「なんでよ? アリスと言ったら男性でしょ」
ルナが頭の上にクエスチョンマークを出しながら、不思議そうに答える。
「あたしの居た【シジュール】では、アリスは男性的な名前よ」
ああ。
そう言う事か。
「魔王って、男性でも女性でも無い可能性もあるよ」
そう言うのはランジェだ。
つまり会ってみなきゃわからない訳か。
どうか美人の優しい女性であります様に。
そう祈りながら、てくてくと歩き続ける。
道は意外にも歩きやすい。
天気もいいし眠くなってくるな。
俺があくびをかみ殺しながら、子供の頃に好きだった冒険漫画を思い出していた。
それはありがちな勇者と魔王の物語。
彼らはどんな事を考えながら、魔王の城へ歩いていたんだろうな。
主人公でもある勇者に、自分を投影してワクワクしていたもんだが、良く考えれば今俺は、実際にに同じ行動をしている訳だ。
それって、すごない?
そんな事を考えていると、横を歩くランジェが不意に立ち止まった。
「みんな、気を付けて。前方から何か向かってくる」
さっと大剣を構えるランジェ。
ん~?
目を細めて、前方を注意深く見つめる。
道の先、陽炎がゆらめく向こうにいくつかの小さい影が見えた。
一体じゃなさそうだな。
まだ距離はあるが、大きく左右に揺れながらこちらに近づいてくる。
「どうする? 先手を撃つか」
「うーん。まだどんな敵かわからないから……。ちょっと様子を見ようか」
「アンデッドかしら?」
「動きはそれっぽいよな」
そいつらが近づくにつれて、段々と輪郭がはっきりしてきた。
人型では……無いな。
四足、獣か?
それとも人型が四つん這いになっているのか?
だとしたら怖いからやめて頂きたい。
「見えた。ワンちゃんっぽいわね」
俺達の中で一番視力の良いのがルナだ。
転移前の世界では、狙撃手として活躍していた時期もあったらしい。
そう言われれば犬っぽい気がしてくる。
そいつはゆっくりとだが、俺たちへと近づいてきた。
もう俺でも視認出来る距離だ。
そいつは確かに犬だった。
ただ、犬と違う点があるとすれば、足取りがぎこちない点と、眼球がぷらんと垂れ下がっている点だ。
一歩歩く度にがくんと大げさに身体が浮き沈みし、それに合わせて垂れた眼球が上下左右に激しく動く。
あ、あ、あ。
眼球が勢いで、ぷちっと千切れないか非常に心配になる。
しかしこれは間違いない。
確かにアンデッドだな。
そいつはゆーっくり、ゆーっくりと俺達に近づいてくる。
その動きは亀よりもノロい。
「何よ、この遅さは? やる気あるのかしら」
ルナがいらいらし始める。
アンデッドにやる気を出されても困るのだが……。
もう互いの距離は結構近づいてきている。
本当は撃ちたくないんだけど、一応準備しておくか……。
弾は確実に汚れるだろうなぁ。
「待って。注意して!」
何かに気付いたのか、ランジェが少し緊張気味に叫ぶ。
それは俺が、クロスボウに弾が入っているか確認しようと下を向いた時だった。
「ぐるぅぅぅぅっ!!!」
「え?」と俺が前を向いた次の瞬間、そいつが突然猛スピードで駆け出してきた。
すぐに距離を詰めると、低い唸り声をあげながら、俺の喉元目がけて飛び掛かる。
驚きのあまり身体が硬直してしまう。
ヤバい!
迎撃!? 回避!?
しゃがむ!? いや、後ろに跳ぶか?
違う、ガードだ!
頭の中を様々な考えが駆け抜けていく。
心臓が、どくんと一つ大きく鼓動を打つ。
大きく真っ赤に染まった口からは涎が滴っている。
鋭く尖った二本の牙がはっきりと見えた。
身体が思う様に動かない中、かろうじて盾の付いた右腕をあげる。
間に合うか……!?
ザシュッッ
恐らく右腕は間に合わなかっただろう。
だが俺の喉が切り裂かれるよりも早く、ランジェの大剣がそいつの首を切断した。
頭部は空中でくるくると回転しながら、胴体よりワンテンポ遅れて地面に落下した。
「ごめんっ! 言うのが遅かったね、大丈夫?」
「はぁ~……。いや、ありがとう……助かったよ」
まだ心臓がバクバクしている。
「こいつは『アンデッドドッグもどき』だね」
「もどき!?」
なんだよ、もどきって……。
はーびっくりした。
「じゃアンデッドじゃないのね?」
「うん。アンデッドドッグって別にいるんだけど、そいつに擬態しているんだ。そして油断させておいたところをいきなり襲いかかってくるんだ」
「目が飛び出てますけど……」
俺は「もどき」の頭を指差す。
飛び出た眼球と眼が合ってしまった……。
「うん、頑張ってるよね」
頑張って出してるんだ……。
「ウゥゥゥ……」
と、低い唸り声がいくつも前方から聞こえてくる。
そこには数十頭のアンデッドドッグもどきの群れ。
いや本物のアンデッドドッグか?
「きゃっ! どれがもどきなのよ?」
そう言いながら両手を掲げ、小さい炎を発生させるルナ。
「一般的にアンデッドって、腐敗の進み具合がバラバラで、眼が飛び出している事の方が少ないから……」
「じゃー、眼が飛び出しているのがもどきか!」
ゆっくりゆっくりと近づいてく来る、そいつらを右端から確認する。
えーと、出てる、出てる、出てる、出てる………。
「はい! 全部だな!」
「どっちでもいいわよ!フレアバースト!」
ルナの掲げた両手に発生していた小さな炎は、巨大な燃え盛る火球へと姿を変えていた。
数メートル離れている俺にも温度が感じられる程だ。
それは問答無用で、もどき達へ向かって撃ち込まれる。
山なりに緩やかな放物線を描いてもどきへ向かう火球。
速度はそれなりだ。
火球は群れの少し手前に着弾すると、轟音と共に大爆発を起こした。
後ろにいた二匹だけが、かろうじてその場から跳躍して避けたが、他のもどき達は爆発に巻き込まれ、粉々に吹き飛んだ。
着弾地点の地面は大きくえぐれている。
おおおおお。
俺は眼を見開いて驚いた。
なんて威力でしょっ!
巻き上げられた土や砂がパラパラと頭の上に降ってくる。
正直、度肝を抜かれた俺。
何て言うか、ロケットランチャーとか戦車砲とかのイメージだ。
そう言えば、友人に武田って自衛官がいたが、あいつが聞いたら怒るだろうな。
「ロケランと戦車を一緒にするんじゃねえ」って。
生き残ったもどき二匹は、ルナに恐れを抱いたのか、文字通り尻尾を丸めて逃げ出していく。
しかし轟音で三半規管をやられているのか、足取りはふらふらとしており、速度が無い。
俺はゆっくりとペレットクロスボウを二発発射して、逃げるもどき二匹を悠々と仕留めた。
◆
「お前のその魔法、凄い威力だなー」
「威力はね。でもこれ、使う時と場所をかなり選ぶわ。援護にも自衛にも使い辛いし。あと発動までに時間が少し必要なのもネックよねー」
確かにな。
ポンポン撃って良い魔法じゃなさそうだ。
威力が強すぎるのも考え物なんだな。
その後も俺達はもどきと戦闘を繰り返しながら、魔王の城へと歩みを進めていった。
まー、いるわいるわ。
もどきって数が凄いのね。
でもルナが接近される前に魔法で次々と殲滅していくから、ほとんどやる事が無い。
最初からもどきだと判っていれば、何て事無い敵だ。
だってゆっくり近づいてきてくれるんだもの。
そうそう。
途中で本物の動物型アンデッドとも遭遇したが、そいつらも軒並みスピードが遅かった。
犬、鹿、虫、鳥、何でもありだ。
そう言えばヤンキースライムのアンデッドもいたな。
そいつらアンデッドは、本当にただ近づいてくるだけだ。
ランジェが言うには、「アンデッドを発生させた本人が、数が多過ぎて命令しきれてない」との事。
アンデッドとしては、かなり質が低いみたいだな。
映画のゾンビの様に、噛み付いたりはしてこない。
そして例え噛まれても、ゾンビになったりはしないそうだ。
ただし感染症には注意。
そんな感じで、俺達は全く苦戦すること無く、魔王の城へと進んでいくのであった。




