表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
66/193

幕間 ギョギョ


 ここは城塞都市カサンドラに程近い砂漠、「カラカラ砂漠」


 そこを一人の半魚人が地を這いながら進んでいた。


「はぁはぁ……エラ呼吸したい」


 頭上には、じりじりと焼けつくような太陽。

 照りつける陽射しは容赦なく男のウロコを焼いてゆく。


「た……淡水でもいい……水……」


 彼の名前は「ギョ・ギョギョギョ」

 生粋の半魚人である。


「あ……あっ」


ゴロゴロ……。


不意に横向きに力を受け、地面を転がり始める。


「や……やめて……」


彼を転がしているのはカラカラ砂漠に生息する、大フンコロガシだ。

とは言っても体調は30センチ程。

成人男性を転がすなど通常ではとても無理だ。

それを可能としているのは、彼が極限まで干からびて軽くなっているからこそだ。


 海中では無類の身体能力を誇る彼であったが、今では為す術もなくゴロゴロと大フンコロガシの巣へと転がされている。

 もう体力も気力も限界へと達していた。


(し、死ねない……君にもう一度……逢うまでは…………)

 

 次第に薄れゆく意識。

 そんな中、彼は少女の声を聞いた気がした。



「あはは。お父さーん! 変なのが転がってるよー」






 次に彼が目を覚ましたのはテントの中であった。


「あはは。お父さーん! 変なのが目を覚ましたよー」


 少し甲高い少女の声。

 見るとおかっぱ頭の可愛らしい少女が、ツンツンと彼の身体を棒で突っついている。


「あはは。大丈夫?」


 ニコニコと少女は笑みを浮かべている。


「?…………ああ。どうやらまだ生きているらしい。ありがとう」



「気が付いたか」


 少女に呼ばれて父親らしき男が近づいてきた。

 がっしりとした体格の見るからに厳格そうな男だ。

アゴには無精髭を生やしている。


「ここは?」


「俺の家さ。家と行ってもテントだがな。俺達は砂漠を放浪する民『アマル』だ」


「アマル」はオアシスを拠点としながら砂漠を旅し、放牧によって生計を立てている民だ。


「随分干からびていたな。水は貴重なんだが、あの子が自分の分の飲み水を使って、お前の身体を拭いてくれたんだ。感謝するんだな」


「そうか……どうもありがとう」


 まだ少しふらつく身体を起こし、少女に礼を言う。

 少女はまだ生え揃っていない前歯を見せながら、ニコニコとしている。


「俺の名前は、ギョ・ギョギョギョだ」


「あはは。変な名前~。じゃギョギョだね」


「ああ。それで構わない、君の名前は?」


「あはは。あたしは『ハロハロ』。こっちはお父さんの……」


「『オラオラ』だ。よろしくな」


 そう言ってオラオラはドサッとギョギョの横に座り、胡座をかいた。


「とは言っても、もてなしは期待しないでくれ。極度の水不足でな。あんた半魚人だろ。ここから北に真っ直ぐ行ったところに海があるから、体調が回復したら案内しよう」


「すまないな。ただ、海よりもカサンドラに行きたいんだが……」


 それを聞いて怪訝な表情を浮かべるオラオラ。


「カサンドラなら東南だ。だが海に出るより距離は長いぞ。いいのか?」


「ああ、問題無い。明日の朝出発するよ」


 呆れたようにオラオラは首を横に振る。


「馬鹿言うな。いくらなんでも無茶だ。砂漠を甘く見ると次は間違いなく死ぬぞ。しばらくはゆっくりしていけ」


しかしギョギョの表情は変わらない。


「訳ありか」


 ギョギョの瞳に強い意思を感じ取ったオラオラは、はぁと一つ溜め息を付いた。


「わかったよ。じゃせめて今日はゆっくりしていくといい」


「すまないな。感謝する」


 ギョギョは深々と頭を下げた。


「あはは。お話終わった?ちょっとどいてね」


 手にほうきを持ったハロハロが、いつの間にかギョギョの横に立っていた。

 そして、さっさっと手際良くギョギョの周りの床を掃き始める。


 テントは完全に密閉出来る訳ではなく、わずかにだか外から砂が入ってくる。

そうした砂をあっという間に集め、慣れた手つきでテントの外へと掃き出すハロハロ。

砂漠で生活する上では欠かせない、大事な日課の一つなのだろう。


「偉いな。お母さんの手伝いかい?」


 それを見てギョギョが声をかける。


「あはは。お母さんは死んじゃったの」


 ハロハロはニコニコとしてそう答えた。


 しまったな。

 ギョギョは自身の迂闊な発言を後悔した。


 だが、この子……。


 最初から何となくあった違和感。


 ギョギョにはニコニコと笑うハロハロの笑顔が、まるで人形の様に見えたのだった。




 その夜、ハロハロが寝静まってから、オラオラとギョギョは話をしていた。


「お母さんの話なんだが、済まなかったな」


「いいさ。一年前の話だ」


 そして少し間を開けると、オラオラは静かに語り始めた。


「この辺りは気温が高い事で有名なんだが、去年は特に気温の上がり方がひどくってな」


 カラカラ砂漠は滅多に雨が降ることは無く、平均気温も50℃を超える。


「妻は重度の熱中症にかかってしまい、そのまま逝ってしまった。水が自由に使えれば結果は変わっていたかも知れない。いや、そもそも熱中症になる事も無かっただろう」


 悔しそうに拳を握りしめるオラオラ。


「『自由に使えれば』とはどういう意味だ?」


不可解な言葉に眉をひそめるギョギョ。

ただし実際には眉は無いが。


……ここで、少し半魚人に付いて触れておこう。


半魚人という種族は全身は人の姿に近いが、頭部はほぼ魚である。

身体には鱗が生えており、水掻きや背ビレ等も個体差があるが存在する。


しかしながら、魚の頭部ゆえに陸上では行動を制限され、人間の身体ゆえに水中でも行動を制限される呪われた種族。


それが半魚人である。


その中で、ギョギョはログーマと呼ばれるマグロに近い魚型の半魚人である。


人魚族とは仲が良く、種としての交流も盛んである。



以上。

話を戻そう。


ギョギョの問いに答えるハロハロ。


「ああ、実はな。この辺り一帯のオアシスを占拠してる盗賊達がいるんだ。水を使うには大金を払わなければならない」


「ひどい話だな。……なあ、あの子がずっと笑っているのは」


疑問に思っていた事を訊ねるギョギョ。


「ああ。こんな状況だからな。俺や、死んだ妻が心配しない様に、ずっと笑っているのさ。本当は甘えたい歳頃なのに、だ」


 少し離れた場所で、寝息を立てているハロハロ。

 時折、ううん……とうなされているのは悪夢でも見ているからか。


「そいつらはまだオアシスにいるのか?」


 ギョギョが尋ねる。


「ああ。盗賊達は五人しかいないんだが、ボスが厄介なんだ。『ジオ』って言うBランクの賞金首で、俺達じゃ悔しいが太刀打ち出来ない。王国警備隊もこんな砂漠の地には、なかなか兵を寄越してくれないからな」


「俺をそこに案内してくれ。退治してこよう。あんた達には命を助けてくれた礼がしたいしな」


「何を言ってる! 冒険者ギルドにも依頼をしているが、みんな怖がって誰も来てくれないんだ! 奴を甘く見るな」


「俺も一応冒険者でな。ほら」


 ギョギョがギルドカードをオラオラに見せる。

 そこには輝くGランクのスタンプ。


 一瞬、明らかにがっかりとした表情を浮かべたオラオラだったが、それはすぐに驚愕の表情へと変わる。


「な、なんだ!? この冒険者レベルは……」


 ギョギョはすっとギルドカードをしまった。


「あんた達は何も心配する必要は無い。明日から水は自由に使える様になる。それだけだ」


オラオラはまだ信じられないといった表情をしていたが、少し間を置いて決心した様に口を開いた。


「わかった、明日案内するよ。ただ、ジオはあんたと同じ半魚人だ。気を付けてくれ」





 翌朝ギョギョは、オラオラと共に、ジオ達がねぐらとしているオアシスへとやって来た。



「全部で五人。よし、全員いるな」



 オアシスには見張りもおらず、簡単に侵入する事ができた。

 盗賊達はオアシスに湧き出ている泉の側で、冷をとっていた。



「なんだ? てめぇは。水を買いに来たのか?」



 ギョギョ達に気づいた二人の男が面倒くさそうに近づいてくる。


「ボスと同じ半魚人か。珍しいな」


「ボスの知り合いか」


 男達は不用意にギョギョの目の前に立つ。


「邪魔だ」


 そう言うとギョギョは人差し指をピンと突き立て、


 トスッ


 トスッ


 まるで豆腐に指を突き立てる様に、易々と二人の左胸に指を根本まで突き刺した。


 くぐもった声をあげ、崩れ落ちる二人の男。


「おい。何してやがるっ!?」


 遠くから様子を見ていた残りの男達が集まってきた。

 その中には半魚人の姿も見える。


「お前がジオか」


「ああ。その通りだ。てめぇも半魚人か……。仲間になりたいのか?」


 自ら前に出て名乗りをあげるジオ。

 全身を覆う桜色のウロコに、手には水掻きがついている。

 何となくタイを思わせる顔をしている。 


「ふっ。笑えないジョークだな。白身の間じゃ流行ってるのか?」


「てめえは赤身か? 泳ぐしか脳の無い馬鹿が何しに来た」


 赤身か白身か。


 どちらが種として上位か。


 それは半魚人達にとって永遠のテーマ。


 数百年前には、全半魚人を巻き込んでの「赤白大戦」が勃発した事もある。


 結果はドロー。


「赤身も白身も種として完全に同位」と、人魚族立ち会いのもと調停が行われ、ひとまず終止符は打たれたかに思われた。

 しかし半魚人達の間では今も尚、挑発の材料としてしばしば使われる。


「ボス! こいつら殺されてます!」


 倒れた仲間を確認していた男が叫ぶ。

 慌てて武器を構えるジオ達。


「やれやれ……やっと気づいたのか。来い」


 くいくいっと、血で赤く染まった人差し指を曲げ、挑発するギョギョ。


「赤身の分際でなめるなよっ!! お前らっ、いけっ!」


 ジオの号令と共に、武器を振りかざした盗賊二人がギョギョに向かう。


「ふっ。手間が省けて助かる」


 そう言って男達に向かって右腕を突きだすギョギョ。

 その腕には銀色のウロコがびっしりと生えている。



「スケイルショットッ!」


 ギョギョがそう叫ぶと、肩に向かって生えていたウロコが、手の先に向かって逆向きに一斉に逆立った。


 ギョギョの右腕から一斉に発射される硬く鋭利なウロコ。

 向かってきた二人の男は、身体中を一瞬の内にズタズタに切り裂かれ、崩れ落ちた。


「ふう。少し右腕が軽くなったな」


 その場で軽く右腕を回すギョギョ。



「てめえ……。一体何者だ?誰かに依頼されてきたのか」



「違うな。俺は、あの子の本当の笑顔が見たくなったんだ」


「何を訳の解らない事をっ!」


 エラをパクパクさせながら、怒声を発するジオ。

 そんなジオをギョギョは哀れむように見つめる。


「お前には一生わからないさ。さっさとかかってこい」


「バカがっ!なめるなよっ」


 そう言うとジオは、すうぅっと空気を吸い込み始めた。

 みるみるジオの上半身が肥大化していく。

 浮き袋に空気を取り込んでいるのだ。


「済まなかったな。鯛かと思ったが深海魚だったか」



「黙れっ!必殺ウォーターマグナムッ!!」


 プッッ!!!


 口から弾丸の如き速度で、勢い良く体液を発射するジオ。

 要するに高速でツバを吐いているのだ。


「やれやれ……」


 ギョギョは一言呟くと、パクッと口を開きウォーターマグナムを飲み込んだ。

 おえっ。


 そして何事も無かったかの様に、ギョギョはその場で平然としている。


「ふん。不合格だ、淡水ばかり飲んでるからだ」


 海水か淡水か。


 どちらが種として上位か。


 それは半魚人達にとって永遠のテーマ。



 しかし、今目の前で起こった事を信じられないのはジオだ。

 多少距離があるとはいえ、ウォーターマグナムはアイアンメイル程度なら易々と貫通する威力がある。

 


 野郎どんなトリックだ!?

 いくらなんでも口はねぇだろう!?


 トリックも何もギョギョは普通に飲んだだけだ。

 水系の魔法及び攻撃に対して、鬼の様に耐性があるギョギョには、ちょっと勢い良く口に入ってきた水に過ぎない。


「どこで覚えたのか知らんが、特別にオリジナルを見せてやろう」


 そう言い放ち、人差し指をジオに向かって突きつけるギョギョ。


 指先にぷくんと丸い水滴が現れる。

 先程飲み込んだジオのウォーターマグナムを集めているのだ。


 水滴がイクラ程の大きさになると、ニヤリと笑いギョギョが叫んだ。


「ウォーターマグナムッ!!!」


 指先から何故か黄金に光り輝きながら発射される水弾。

 恐らく強化系のスキルも付与しているのだろう。

 その威力は凄まじく、放ったギョギョが反動で三メートル程後退をする。


 水弾の衝撃波で地面が次々とえぐれていく。

 先程ジオが放った水弾とは、威力も速度も比べ物にならない。


「ひっ!!」


 咄嗟に両腕を身体の前でクロスさせガードするジオ。

 だが、水弾はガードした両腕ごと、ジオの身体を貫通しそのまま直進していった。

 ジオの身体には、水弾自身の大きさより遥かに大きな穴が空いている。


 その場にドサリと倒れるジオ。

 余りの実力差に勝負は一撃でついた。

 ジオには走馬灯を見る暇すら無かっただろう。


 しかし、その結果にギョギョは不満げな表情を浮かべている。



「やれやれ。調子が今一つだな。淡水じゃこんなものか……」





 ギョギョはその日の夕方に出発する事にした。


 背中には大きなポリタンクを背負っている。

 ポリタンクの中にはオアシスから持ってきた水がなみなみと入っている。

 カサンドラまでは多分持つ事だろう。


 途中まではオラオラとハロハロが見送りに来てくれた。


「ここで充分だよ。色々世話になったな、ありがとう」


「あはは。ギョギョ、もういっちゃうの?」


 ハロハロがニコニコと笑顔で尋ねる。


「ああ、大事な人を探しにな」


「気を付けて行ってくれ。砂漠はまだまだ続くからな」


「OKだ。そうだ、ジオは賞金首だったんだろう?賞金は今後の為に役立ててくれ」


「すまんな。本当に何から何まで……」


 「いいさ」と言いながらギョギョはハロハロの頭に手を置いた。


「ハロハロ。今まで良く頑張ったな。これからは水不足に悩まされる事はないだろう。お父さんに一杯甘えるといい」


 そうギョギョが言い終わると、オラオラはハロハロの小さい身体を優しく抱きしめた。


「すまなかったな。ハロハロ……」


「あ……あはは……」


 ハロハロの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ出す。

 だがその表情には満面の笑みを浮かべている。

 今まで抑えてきた色んな感情が溢れだしてきたのだ。


「わあぁぁーーーーんっ!」


 母親が亡くなってからずっと泣かなかった少女。

 母親が亡くなってからずっと作り笑いをしていた少女。


 もう偽りの表情をする事は無いだろう。

 これからは本当に嬉しい時に笑い、悲しい時に泣けば良いのだ。




 そして無言でその場を立ち去り、ギョギョは城塞都市カサンドラへと向かうのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ