第53話 世界をあるべき姿に
はあ。
やっと終わったよ。
俺はたった今、よろよろと男達が出ていった部屋の扉を見ながら、一息ついた。
「本当災難だったよなー。ん? ルナ何してるんだ」
ルナがショートダガーを腰に差している。
「え? 決まってるじゃない。あいつらの後をつけるのよ」
ほわい?
なんですって??
「チョロは本当に無理矢理連れて来られただけだろうけど、バジルは絶対に裏で何かと繋がってるわよ」
え?
どこでそんな判断に至ったんだ?
「その為に、警備隊にも渡さずに逃がしたんでしょ?」
当たり前よね、と言わんばかりに俺とランジェの顔を見るルナ。
とりあえず、うんと頷いておこう。
横ではランジェも何やらゴソゴソしている。
「待って。尾行は僕が行くから、ルナとヨースケはここにいて。僕はこの宿屋自体、結構怪しいと思うんだ」
またまた意味が分からない俺。
この宿屋が?
受付の人がしわしわのお婆ちゃんだった事しか印象にない。
しかしルナは「そうよね」と頷いている。
俺も頷いておこう。
どうやら理解が追い付いていないのは俺だけだな。
「僕達が三人だって情報を流したのも、バジル達が簡単に僕達の部屋まで来れたのも、そして今まで誰も見に来ないのもおかしいよね」
そう言われたらそうかも……。
特にチョロは事あるごとに悲鳴をあげていたが、宿屋の人間は誰も見に来なかった。
俺達の他には客がいなそうだったが、評判の良い宿屋じゃ無いのかもな。
「宿泊客の情報を売っているの可能性もあるわね。わかったわ。じゃお願いね」
「うん、行ってくる」
と、ランジェが部屋を出ようとした時、宿屋の外から悲鳴とも絶叫ともとれる声が上がる。
「兄貴ーっ!!」
この声はチョロだ!
ランジェが部屋を飛び出し、廊下をあっという間に駆け抜け、階段をかけ降りる。
俺もすぐにその後を追った。
宿屋の外に出ると、すぐ目の前にバジルが仰向けに倒れていた。
チョロは半狂乱となりバジルにしがみつき、必死に何か叫んでいる。
道端に赤黒くどんどん広がっていく血溜まり。
バジルは喉元を深く切り裂かれている。
身動きひとつしないが、死んでいるのか……?
「ヨースケッ! 伏せてっ!」
宿屋の二階の窓からルナが叫んだ。
俺は何も考えずに反射的にすぐ伏せる。
頭上をかすめていく光の矢。
あっぶなっ!
魔法かっ!?
右手から飛んできた光の矢はそのまま直進し、道端に置いてあった木の台車を粉々に砕いた。破片が辺りにパラパラと降り注いでくる。
通行人からあがる悲鳴。
まだそんなに遅い時間ではないし、ここは南門広場に程近い。
歩いている人はまだ結構いるんだぞ。
野郎っ……。
見境なしかっ!
続いて三発の光輝く矢が高速で飛んでくる。
それを二階からルナがエッジウインド(風の矢)を放ち、相殺させる。
すげえ。
「二人見えた! 左右に別れて逃げていくわ! 左は白い獣人。凄いスビード! もう見えない!」
ルナが魔法攻撃に警戒しながら、窓から少しだけ顔を出して叫ぶ。
「右なら追い付けるかも! 黒いローブ、痩せ型、身長はヨースケ位っ! 多分男! 行こうか!?」
右手を見ると、それらしい奴が背中を向けて宙を滑るように移動していくのが見えた。
クロスボウを構えるが、他の通行人もいるので怖くて撃てない。
「いや、追うのはよそう」
ランジェが静かに首を横に振る。
騒ぎに気づいた付近の住民や通行人が少しずつ集まってきた。
窓からも多くの人が顔を出している。
下手に追撃すると、街の人達に余計な被害が出てしまうだろう。
俺達の傍らにはバジルの喉を抑え、必死に血を止めようとしているチョロがいる。
「兄貴っ! 兄貴~っ!!」
チョロの必死の叫びは、おそらくもうバジルには聞こえていないだろう。
目を閉じ、仰向けに倒れているバジル。
さっきまで俺達と話をしていたのに……。
ランジェはバジルにさっと近より、ヒールの魔法をかける。
「どうか兄貴をっ! どうか助けて下さいっっ!! 兄貴は俺を助けようとしたんだっ!」
ランジェはヒールをかけ続けた。
何度も何度も。
だが、いくらかけても望んだ効果は得られない。
死んだ者の傷が回復する事は無い。
でも、チョロは無事だぞ。
良かったな。
俺は心の中でバジルに手を合わせた。
バジルという男がそこまで悪人には思えなかったのだ。
やがてランジェはバジルにかざした手をすっとおろし、「ごめん……」と一言チョロに謝った。
魔力が切れそうなのかランジェの顔は少し青ざめている。
「う……うぁぁ……」
チョロはバジルにしがみついて、ただひたすら泣いている。
「どうか、次は恵まれた人生を……」
悔しそうにランジェが呟いた。
◆
その後、警備隊がやって来て、第一発見者の俺達は朝まで取り調べを受けた。
チョロは犯人の姿を全く見ていなかったらしい。
俺達は一人ずつ取り調べされ、カサンドラに来た目的や、犯人の目撃情報等を詳しく聞かれた。
幸いな事に取り調べの後はすぐに解放された。
まーそれでも朝になってしまった訳だが。
そして俺達三人は、警備隊の馬車にて南門広場にて下ろされたのだった。
空はもう明るい。
小鳥がチュンチュン鳴いています。
「散々な目にあったな」
「そうね~」
ルナが生気の無い声で返事を返す。
「チョロはどうなったんだ?」
「余罪もたくさんありそうだし、しばらくは取り調べが続くだろうね」
「そうか……ふぁぁ。逆にその方が安全かもな。あ、魔王の城へは明日でいいよな」
「そうね~ふぁぁ~」
大口を開けるルナ。
俺のあくびが移ったようだな。
「宿屋は変えような」
「うん。そうしよう」
「そうね~……Zzz」
「おい……。歩きながら寝るんじゃ……Zzz」
俺は猛烈に眠かった。
三日かけてカサンドラへ来て、朝まで取り調べを受けていたんだから、当たり前と言えば当たり前なんだが。
でも昨晩、人間が目の前で殺されたんだ。
少なからず俺はショックを受けた気がした。
それなのに、ちゃんと眠気は来るんだな。
これで俺も少しは一人前……。
……。
はて、それのどこが一人前なんだ?
俺の中の何かが麻痺し始めてるのか。
とにかく寝よう……。
そして俺達は一日目とは別の宿屋をとり、ただひたすらに睡眠をとるのであった。
◆
――カサンドラ「???」地下室――
薄暗い小部屋に、人影が三つあった。
部屋の中央には粗末な小さい木のテーブル。
そのテーブル以外、家具らしきものは一切見当たらない。
テーブルの上には魔法により発生した淡く輝く発光体が浮かんでおり、テーブルを囲むように立つその三人をぼんやりと照らしている。
「それでバジルは始末したのか?」
しわがれた声。
言葉を発したのは、随分年老いた男だ。
「はっ。確実に始末致しました。相棒らしき男は生かしておりますが……」
それに対して、白い毛並みをした獣人が答える。
「よい。何も知らないだろうからな。これで憎しみに囚われるならば、新たな駒の誕生となろう」
年老いた男は言葉を続ける。
「その冒険者達は何者だ?」
「どうやら全員異世界人の様です」
黒いローブをまとった男が少し緊張した口調で開いた。
今回の任務にヨースケ達への攻撃は含まれていなかった。
命令違反は重罪である。
ローブの男はうつむいて、次の言葉を待つ。
「ふむ。異世界人のパーティーか、珍しいな……。では粛清対象ではあるわけか……まあ、其ほど目立つ動きをしないのであれば、今は放っておいて良い」
「はっ!」
「だが、二度と勝手な真似はするなよ。バジルの様になりたくはなかろう」
「はっ。承知致しました」
男は冷や汗をかきながら、自分の命の炎がまだ消えそうに無い事に感謝をした。
「それより今は七武神の動きが気になる。それに魔王アリスの城の近辺に謎のゴーレムが出現したそうだ」
「謎の?」
白い毛並みの獣人が思わず声を出した。
「そうだ。おそらくアイアンゴーレムだが、アレの可能性もある。お前らは二手に別れ、七武神とゴーレムの様子をそれぞれ見てこい」
「はっ」
二人が同時に返事をした。
「うむ。期待しておるぞ。世界をあるべき姿に!」
年老いた男が胸に手をあて、高らかに叫んだ。
それに続く二人。
「はっ。世界をあるべき姿に! バロウズ万歳!」
次の瞬間、テーブルの上の発光体が消滅し、地下室は暗闇に包まれる。
そこにはもう、
誰もいない。




