第41話 スピネルの森4
カーン、カーン。
森に響き渡る硬質な甲高い音。
なんだ?
まさかまた新手の魔物か?
そう思い音のする方を見ると、ランジェが猿の魔物と対峙したまま、近くの岩に大剣を当てて大きな音を出していた。
何をやっているんだ?
俺が自然と音のする方を向いた様に、魔物達も一斉にランジェの方を向く。
その光景を見て俺は気が付いた。
まさか、魔物の注意を引いているのか!?
俺の予想は数秒後、三匹のマッドプランターと頭上の首切り鳥の群れが、一斉にランジェ目がけて向かって行く事で、現実のものとなる。
魔物の群れが己に向かっている事を確認すると、すっと大剣を構えるランジェ。
猿の魔物は動かずに、注意深くランジェを観察している。
先ず、上空を旋回しつつランジェに近づいていた首切り鳥の群れが、一斉に急降下を始めた。
ほぼ垂直に高度を下げる首切り鳥の群れ。
その群れの姿は一つの大きな矢の様だ。
その群れの後方を、鋭い風の刃が幾刃も切り刻んだ。
風の刃に身体を裂かれた、あるいはバランスを崩した個体が、次々と地上へと落下し動かなくなっていく。
ルナの風魔法「ウィンドカッター」である。
この魔法は対象を切り裂くだけではなく、その強い風の流れにより飛行を妨げる事も出来る。
ルナは魔物達がランジェへと向かって行くのを見て、すぐさまウィンドカッターを発動させていた。
既に次の魔法の詠唱を始めている。
対して俺はマッドプランターに注意を払っていた。
あいつらも決して油断していい魔物じゃない。
三体のマッドプランターがツルを伸ばしながら、ランジェ目がけて種子を吐き出すのが見えた。
おっと!
吐き出された三つの種子を、すぐに【ころころ】で上空に向かう様に操作し、そのまま首切り鳥の群れに突っ込ませる。
種子に当たった二羽の首切り鳥が落下する。
くそ、たったの二羽か。
対象が小さすぎる……。
あいつらにはクロスボウを撃っても効果は低そうだ。
俺達の攻撃にも首切り鳥の群れは怯むことなく、明確な敵意を持ってランジェに突き進む。
群れに飲み込まれる! と思った瞬間。
その時俺にはランジェがその場でくるりと一回転しただけの様に見えた。
一羽残らず切断される首切り鳥達。
そして黒い雨の如くその亡骸を地面に衝突させた。
「ひゅー」
遠くでルナが感嘆の声をあげている。
ランジェの瞳が青く輝いている。
いや身体全体からもうっすらと青白い揺らぎが見える。
スキル【英雄】の効果か、もしくは何かしらの技を使っているのかも知れない……。
そしてランジェは近くのマッドプランターに狙いを定めると一気に駆け出した。
三匹のマッドプランターからランジェに向かって無数のツルが伸びる。
前方から迫るツルを造作も無く避けるランジェ。
後方から伸びて来るツルはルナがウインドカッターで切り刻んでいく。
それに気づいたのかランジェはルナにウインクをした。
うむむ。俺も何かしなければ。
俺はランジェから一番離れているマッドプランターに狙いを定め、クロスボウを三発発射させた。
眼があるのかわからないが身体はランジェの方を向いている。
これは余裕だろう。
グングン加速をする鉛の球。
ランジェに完全に気を取られていたマッドプランターは、避ける動作も見せずに、辺りを薄緑色の体液で染めながら地面に倒れ動かなくなった。
ランジェの方を見ると、既にマッドプランターを斬り捨てていた。
無残に地面に横たわっているマッドプランター。
残り一体のマッドプランターはルナが迫るツルごとウインドカッターで切り刻んでいる。
相手はもう種子を吐き出す余裕もなさそうだ。
こちらも時間の問題だろう。
ランジェは大剣を一振り付着物を払い飛ばすと、猿の魔物へと大剣の切っ先を向ける。
「ふぅぅぅ」
ランジェの呼吸音が聞こえてくる。
普段は聞かない音だ。
何か特別な呼吸法をしているのだろう。
一匹だけとなった魔物はだらりと腕を下げている。
大きな目を見開きランジェから一時も目を離さない。
互いに攻撃する隙を窺っている様だ。
俺は援護の為に、発射した六発の弾を呼び戻しているがまだ戻ってこない。
ポケットにはまだ十発の弾があるが一発でも多い方が良い。
と、ランジェと魔物が互い目がけて同時に駆け出した。
中央より少し魔物よりの位置で、大剣と魔物のカギ爪が火花を散らす。
「きしぃぃぃぃっ!」
少しのつばぜり合いの後、魔物が嫌がる様に後ろへ跳躍し距離を取ろうとする。
その後を追いかけるようにランジェも跳躍をする。
しかし魔物のそれはフェイクだったのか、後方に着地する否や前方へ駆けだす。
魔物はランジェの着地際を狙いカギ爪を下から突き上げる。
「フレイムウォール」
魔物の足元から突如現れる炎の壁。
ルナが魔物の動きを先読みして発動させたのだ。
たまらず数歩後ずさる魔物へ、炎の壁の中からランジェが飛び出しそのまま魔物へ大剣を斬り下ろす。
正直、俺は攻防を目で追うのがやっとだった。
ルナは兵士の経験則から、良いタイミングで援護を行っているが、俺はクロスボウを撃てないでいた。
自分の力の無さがたまらなく歯がゆい。
ランジェと魔物は激しく切り結んでいる。
スピードではランジェが上回っているものの、両手で攻撃を繰り出す魔物に手数で押されている。
互いに決定打を与えられない状況が続いている。
何か援護できないか?
【ぽたぽた】で 魔物の汗を目に……と考えたが、魔物は全身を体毛に覆われている為ハッキリとは見えない。そもそもこの距離ではスキルも発動するかどうか。
どうする、近づいてみるか?
しかし斬りあいの最中、魔物が突如バランスを崩した。
魔物の片足が土で覆われている。
ルナが発動させた相手の動きを封じる土魔法「アースロック」だ。
初歩魔法の一つではあるが、高レベルともなると土は鋼鉄の如く硬くなり、相手の全身を覆い窒息死させる事すら可能となる。
が、まだ低レベルとはいえ、ルナのアースロックを瞬時に振り払う魔物。
魔物がバランスを崩し動きを止めたのは、ほんの一瞬であった。
だがランジェはその一瞬を予測していたかの様に、先程までなら躱されていたであろう、大振りな一撃を魔物へ振り下ろす。
十分な力を乗せた一撃。
しかし大剣は魔物の目前で止まる。
魔物は両方の手の平で大剣を挟み込み、自身が切断されるのを防いでいる。
白刃取りかっ!
俺はすぐさま残り四発となった弾を発射する。
攻めるなら今しかない。
魔物は大剣を押し返すので精一杯だ。
動けない今ならまともに当たるはずだ。
いけっ!!!
重い発射音を残し、四発の弾は魔物目掛けて一直線に進んでいく。
十分に加速を繰り返した四発の弾は、鈍い音と共に次々と魔物の身体にめり込んでいく。
頭部に一発、肩に一発、わき腹に二発。
「ぎぃぃぃぃっ!!」
確実にダメージはある様だ。
が、魔物は倒れるどころか、大剣を放す様子も無い。
なんて奴だ……
ルナはランジェと魔物の距離が近すぎる為、魔法を放つのをためらっている。
「くぅっ」
苦しそうな声がランジェから漏れる。
どんどん赤みを増していくランジェの顔。
よく見ると魔物の長い尻尾がランジェの首に巻き付いているのが見えた。
やばい! このままじゃ窒息しちまう。
俺は援護しようとクロスボウのトリガーを引いた。
だが、既に十発撃っておりクロスボウの中は空だ。
慌ててポケットから予備の弾十発をクロスボウに装填する。
その時ランジェの大剣が赤く光り始めた。
直後、大剣から凄まじい炎が立ち上る。
「ファイアーソード」
ランジェの持つ剣技の一つで、その名の通り剣に炎を纏わせることが出来る。
それでも魔物は剣を放そうとしない。
大剣を離した瞬間に己がどうなるかわかっているのだ。
例えどの方向に逃げたとしても、それよりも早くランジェの一撃は魔物を切断するだろう。
辺りにゴムの焼ける様な嫌な臭いが立ち込める。
俺は弾を装填し終わると、迷う事無く十発すべてを発射した。
弾は手元にはもう一発も無い。
全部くれてやるよ。
魔物は避ける事も出来ずに、その全ての弾を身体に受け止めた。
そのうち一発が魔物の大きな目に直撃する。
「ぎいぃぃしゃぁぁっっっ!!」
たまらず大剣から魔物が手を放した。
と同時にランジェの首に巻き付いていた尻尾もずるりと外れる。
魔物はすかさず距離を取ろうと後ろへ跳躍しようとするが、再度ルナのアースロックが魔物の自由を奪った。
「はあぁぁぁっ!!」
ランジェが魔物目掛けて渾身の一撃を振り下ろす。
そして、大剣は鮮やかな炎の尾を引きながら、魔物を一刀両断にした。




