第38話 スピネルの森1
スピネルの森へと向かうべく町を出発した俺達は、現在街道を歩いている。
町からスピネルの森までは道が続いており、森に関わる職を生業とする者達が多く利用している。
道は舗装されていて、大型の馬車が二台すれ違ってもまだ余裕がある程に広い。
先程から木材を積んだ馬車や、たくさんの野菜などを乗せた馬車が行き来をしている。
森の入口までは歩いて三十分程だ。
「ふぁあ~」
「くぁー」
あくびをしながら歩く俺とランジェ。
「あら、あんた達、冒険者たるもの睡眠は基本よ。ちゃんと寝たの?」
「お前のいびきで寝れなかったんだよ……な―ランジェ」
ランジェは口に出して文句こそ言わないが、恨めしそうな顔がその全てを物語っている。
「え? あー昨日は疲れてたからね~。おほほ」
何がおほほだよ、まったく。
これから森を探索しなきゃいけないのに。
だが、案外クサリバナナはすぐに見つかるかもしれない。
町を出る前に八百屋さんにダメ元で聞いてみたら、森のそんなに奥では無く、森に入って少し歩いたところで見たと言う情報が手に入ったのだ。
「ねー。クサリバナナって腐ってんの?」
ルナが唐突に訪ねる。
「え?」
ドキッとする俺。
俺は「鎖バナナ」だと勝手に思い込んでいたが、そっちの可能性もあり得なくはない。
「そのクサリじゃないよ。こっち」
ランジェが両手の親指と人差し指でそれぞれ輪っかをつくり、組み合わせる。
あー。
やっぱそっちか。
「えへへ。そうなの? じゃ鎖みたいな形してるの?」
ルナは自分の勘違いに恥ずかしそうにしている。
大丈夫だ、ルナよ。
クサリバナナの形も知らないまま、探しに行こうとしていた俺がここにいます。
「そうだよ。正に鎖の様に連なって、木から木にぶら下がってるからすぐにわかるよ」
「じゃ大丈夫そうね」
じゃ大丈夫そうだな。
俺が知ってなきゃいけない事を代わりにルナが聞いてくれるから助かる。
その後も俺達は、なんてことない会話をしながら街道を進んだ。
この辺りは比較的安全で、魔物や盗賊などはあまり見られないのだ。
そうしている内に、スピネルの森の入口が目前に迫ってきたのであった。
◆
「ふぅ。着いたな」
森の入口には「スピネルの森」と書かれた立て看板が置いてある。
目の前には何十メートルもある巨木が生い茂る、広大な森が広がっている。
歩いてきた街道は次第に細くなり、まるで大きな口に吸い込まれる様に森の奥へと続く。
「なんか……森自体が一つの大きな生き物みたいね」
ルナが身をすくめながら呟く。
「森には魔物もいるかも知れないから、注意していこう」
ランジェが大剣を鞘から抜き片手に持つ。
森の中では場所によっては木や植物が邪魔で、抜刀が出来ないかもしれない為、あらかじめ抜いておくのだそうだ。
俺も装備しているクロスボウに十発の弾を込める。
腰のポケットの中には予備の十発が入っている。
「じゃー行きますか」
ここからは注意を払いながら進んでいかなければな。
そして俺達は慎重に森へと足を踏み入れるのだった。
◆
樹、樹、樹。
当然の事だが、辺りを見渡しても樹しか無い。
上を見上げると、木々の枝が絡みあう様に広がり、厚い層を形成している。
その枝に茂る葉の、隙間を縫って地表に届く陽の光は、ほんの僅かだ。
ぶるっ。これじゃ寒い訳だ。
森には地面を踏み固めて作られた、道の様な物があるのでそれに沿って進んでいく。
森の中でもギルドカードのMAP機能は動作しているので、最悪遭難だけは避けられそうだ。
「ふくるるる」
どこからともなく鳴き声が聞こえてくる。
聞いたことの無い鳴き声だな。
鳥か獣か、それとも虫なのか見当もつかない。
「変わった鳴き声ー」
ルナも鳴き声が気になった様だ。
どこで鳴いているのかも、近いのか遠いのかすらわからない。
「これは多分、首切り鳥だよ」
ランジェが耳を済まして答える。
「そりゃまた物騒な名前だな」
「翼の前方が刃物みたいになっていて、すれ違い様に首を狙ってくるんだよ」
「うわー。ほとんど通り魔ね」
ルナが首を押さえながら歩く。
「でもそんなに攻撃的ではないから、刺激しなければ大丈夫だよ」
そんなルナを見て、ランジェが笑いながら話す。
森の地面には茶色い落ち葉が敷き詰められている。
さながら茶色い絨毯だ。
歩く度にパリッパリッと乾いた音を立てて、落ち葉が崩れていく。
その音がなんだか心地よくて、必要以上に強めに落ち葉を踏んで歩いていく。
「何やってんのよ。子供みたいね」
ルナに笑いながらツッコまれる。
ほっとけ。
パリパリッ、パリッ。
あれ?
ふと不思議に思う。
この落ち葉はどこから来たんだろうか。
上を再度見上げてみる。
青々とした葉と、複雑に絡み合う枝が、まるで天井の様に俺達の上空を覆っている。
だがそこに茶色く枯れた葉など見当たらない。
葉が青いうちから下に落ちるのか?
しかし地面には青い葉はほんのわずか、数える程度しか落ちていない。
茶色い葉も、青い葉も形はよく似ているのだが……。
よし、後は植物学者に任せておこう。
そう結論を出して、それ以上考える事をやめる。
今はクサリバナナ探しに集中しなきゃな。
ただ、なんだか怖くなった俺は必要以上に落ち葉を踏むのを止めた。
それから数分、森の中を歩いた俺達は、少し開けた場所に辿り着いた。
大小さまざまな形の岩が転がっている。
「確かこの辺りだったよな」
町の八百屋さんの話ではこの辺りでクサリバナナを見かけたとの事だ。
「うん。ここを拠点にして探していこうか」
「その前にちょっと休憩ー」
ルナは近くの岩に腰掛け、水を飲み始めた。
「そうするかー」
俺も座るのにちょうど良さそうな岩を見つけ、腰かける。
「あ。僕お菓子持ってるよ」
ランジェの思わぬ一言にルナが食いつく。
「きゃー、なになに。ちょうだい」
お菓子が包まれた布を取り出し、開いているランジェ。
遠くて良く見えないが、包まれているのはクッキーか?
……。
クッキー?
ぎょっとする俺。
あれはひょっとしてセイロンさんから貰った岩石クッキーでは!?
ルナはなんの警戒もせずに、パッとランジェの手元からクッキーを一枚取り、口に放り込む。
「待て! 待て! 待て!」
俺が叫ぶ。
ガギンッ!!
「ギャー!!!」
ああ……。
遅かった……。
◆
「殺す気!?」
ルナが青筋を立てて怒っている。
前歯を二本持っていかれたのだ。無理も無いが……。
ランジェは頭に大きなたんこぶを作っており涙目だ。
たんこぶの原因は、当然ルナに殴られた為だ。
可哀想に。
ルナの折れた前歯はヒールでなんとかくっついた。
「まぁまぁ。このクッキーは先に身体強化魔法を掛けなきゃ食べれないんだよ」
説明をする俺。
「えー? うちにはそんな魔法使える人いないじゃない」
「まーそうなんだよな……」
「大丈夫だよ。奥歯でならなんとか食べれるよ」
本当かよ。
俺はとても信じられないが、驚いた事にルナは再チャレンジする様だ。
「本当でしょうね……次、歯が折れたら許さないわよ」
「おいおい、やめとけ」
俺の制止を無視して、再度クッキーを口に放り込むルナ。
ガギギッ!
ゴガギグギッ!!
ルナの口の中から、硬質な音がしてくる。
こんなの食事の音ではない。
「あらほんと。歯応えが良いわね」
ルナはコツをつかんだのかバキバキとクッキーを噛み砕いている。
「ヨースケはいる?」
ランジェがクッキーを差し出す。
「いや俺は歯周病だから……」
嘘なのだが食べる自信が無い。
ルナはクッキーを噛み終えた様だ。
ゴクリとクッキーを飲み込むと、少し疲れたような顔をしてお礼を言った。
「美味しかったわ、ごちそーさま。でも一枚で充分ね」
機嫌は直った様だ。
良かった良かった。
「はいはい。じゃーそれぞれ準備しようぜ。終わったら声を掛けてくれ」
「はーい」
「うん。わかった」
そしてクサリバナナ探しの為に、俺達はそれぞれ準備をするのだった。
◆
俺がクロスボウの手入れを始めてから数分経った頃だろうか。
どこからか小さな声が聞こえてきた。
「オイ」
ん?ルナか?
ルナの方を見ると汗をかいたのか、タオルで顔を吹いている。
違うな。
じゃランジェか?
ランジェは背中を向けているが、大剣の手入れをしている様だ。
と、また声が聞こえてきた。
「オッサンテメーダコラ!」
さっきよりも強めの口調にびくっとする。
はい!
俺ですか?
「ランジェ、何か言ったか?」
ランジェに恐る恐る聞いてみる。
もしやクッキーを食べなかった事を怒っているのだろうか。
「え? 何も……うわっ」
と、ランジェが言いながら跳ねぎみに立ち上がる。
「スライムだ!! 気を付けて!!」
ランジェが皆に聞こえる様、大きな声で伝える。
「え? え?」
ルナは座っていた石の上に立ち上がり周りの様子を伺う。
俺も慌てて立ち上がり、周りを見回す。
スライム!? どこにいるんだ……。
注意深く周りを観察する。
すると辺りに生えている背の低い草に紛れて、いくつもの半透明の物体が見えた。
いつの間にか俺達は十数匹のスライムの群れに周りを囲まれていた。




