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ほかほか  作者: ねこ侍
第一章
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幕間 キャミィの記憶

「痛いニャー」


 そう呟きながらキャミィは胸をさする。

 

 月明りが照らす中、絶妙なバランス感覚でキャミィは樹のてっぺんに座っていた。

 それは天空樹と呼ばれる全長三百メートルを超える巨木。


 周りにはそれ以上に背の高い樹は見当たらない。

 キャミィが休憩をする時は、その時、その場所で一番高いところだ。

 パーティーを組まないキャミィは、ほんのわずかな時間の休憩にも細心の注意をする必要があった。

 

 鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。

 今夜は雲一つない。月明りが眼下に広がる森の木々を美しく照らしている。


 こんな寒い夜は古傷が痛む。


 キャミィの胸には一見するとわからないが、毛が生えておらず肌が露出している部分がある。

 そこにはハッキリと、一つの傷跡が見える。もっとも普段は周りの毛が覆っている為に、誰かに見られる事は無いのだが。


 キャミィは古傷の原因を作った男の事を思い出していた。

 あれは今夜みたいに雲一つない夜だった。確か七年前にペクトロ村に潜入した時の事だ……。



「わははははっ! どうしたコソ泥よ!もう終いか?」


「ニャニャッ」


 キャミィは焦っていた。

 こんな田舎の村に、こんな化物がいるとは聞いていなかった。

 

 村にある宝物蔵から、古ぼけた石を一つ盗み出すだけの簡単な仕事……のはずだった。


 宝物蔵には南京錠が一つだけかけられていた。

 見張りもいなければ罠も無い。あまりの防犯意識の低さに拍子抜けしていた。

 だが、キャミィが宝物蔵のカギを開けようと、ピッキングツールを口に咥え、かぎ穴に差し込んだ瞬間、この男に声をかけられたのだ。


「わはははは。お客様、お会計の済んでいない商品があるようですよっ!」


 この男はきっと村に入った瞬間から気づいていたのだろう。


 まだなんにも盗っていないニャー。

 

 と内心思いながらも、男の接近に全く気付く事が出来なかった事に動揺する。

 

 キャミィはネコ型の獣人である。その発達した五感は通常の冒険者のそれを遥かに上回る。

 その中においても、聴覚と嗅覚には絶対の自信をキャミィは持っていたのだ。

 しかし目の前の男からは、気配も、音も、匂いさえも感じる事が出来なかった。

 

 男はケンタウロス族だろうか。

 右手には長い槍を携え、左手は肘から先が無く剣が取り付けられている。

 まるで剣が腕から生えてきているかの様だ。


 仕方ないニャ!


 キャミィは腕のホルダーから短剣を口で抜き、そのまま咥えると男の首筋目がけて、飛び掛かっていった。 

 



 何でだニャー!?


 キャミィは先程から攻撃を繰り出すも、全くもって当たらない。

 口に咥えた短剣には【麻痺】と【猛毒】の魔法がかけてある。が、当たらなければ意味が無い。


 しかも背後を取ったつもりでも、気づけば男は必ず正面を向いているのだ。

 下半身が馬とは思えない。驚愕の機動力、旋回力だ。


 そう言えば、男の背中をまだ一度も見ていないニャ……。


 それに気づいた瞬間、背中がゾクリとした。


「ふむ。スピードは大したものだ。だがいつまで避けられるかな?」


 キャミィもまた同様に、男の攻撃を躱し続けていた。


 が、男は明らかに手加減をしている。

 右手に持つ、禍々しいオーラを放つ槍での攻撃は一切無い。攻撃しないのであれば、槍はその巨大さゆえに邪魔なだけだろう。男の繰り出す攻撃は左手の剣のみに徹しており、そして何よりも殺気が無い。


 更に攻撃の前には、


「行くぞっ! 疾風十二連突きーーーーッ!!」


 と、わざわざ技の特徴を名乗ってくれるのだからありがたい。

 遊びのつもりなのかもしれない。


 男が繰り出す全ての突きを紙一重で躱す。

 キャミィは必死だった。どの攻撃も余裕をもって躱せた事などない。

 なにより今の突きは十二では無く、十三連突きであった。


「わはは。すまん、一発多かったな」


「……大ウソツキだにゃー」


「んん? それはいいな。大嘘突きと言う名前にするか」


 勘弁してほしいニャー。


 何とか逃げる機会は無いか。キャミィは男のスキを窺う。

 このまま戦っていても百%勝てない。

 

 「じゃ次、居合斬りっぽいの行くぞ」


 男が右腰に左手を持っていく。ただ、右手には槍を持ち、且つ下半身が馬なのでキャミィが想像している居合斬りのイメージとは程遠い。

 だが避けられなければ死ぬ、と本能がそう告げていた。


「いざっ! 流星居合斬りっ!!」


 男の声に全身が反応した。全身の毛が逆立つ。


 気づけば、既に剣の切っ先がキャミィの胸元まで迫っていた。

 それをバックステップしてかろうじて躱す。


 動きが全く見えなかった。

 猫背が幸いしてか、皮一枚のところを、わずか数ミリでギリギリ回避する事が出来た。

 見て避けたのではない。経験と本能で避けたのだ。

 男の無駄な掛け声が無ければ、間違いなく身体が真っ二つに斬られていただろう。


 次の攻撃に備えるキャミィ。避けたつもりでいた。


 そこにワンテンポ遅れてやってくる激痛。見ると胸が真っ赤に染まっている。


 あれ……確かに避けたはずニャ!?


「こらこらダリィ。それは初見殺しの技だから使っちゃ駄目だろう」

「あ~ダリィ」


 男は左腕と会話をしていた。

 よく見ると左手の剣は生物の様に伸び縮みしている。

 あれのせいニャ……あれのせいで間合いが変わったのニャ……。


 胸の傷は思ったよりも深い様だ。

 いやこの程度で済んだ事を、まだ生きている事を感謝すべきか。


「じゃ次は流星千本居合斬り、行くか」

 

 キャミィはその言葉に青ざめる。さっきのふざけた居合斬りが千本……。いや千と一本かも知れない……。

 これは……百%勝てない、じゃ無いニャ。

 

 百%死ぬニャ……。


 とその時、ふと声が聞こえてきた。


「村長ー。何やってるだっぺよー! 総会の時間だでよー!!」


「おお。しまった!すまない。すぐに行く。」


 男がほんの一瞬だけ、遠くの村人に目をやり、返事をする。

 

「じゃ、終わりにしようか」


 と、男が戻した視線の先には、もうキャミィの姿は無かった。


「ふふ。早いな」と男がニヤリと笑う。


 たったったっと村人が走りながら男に近寄ってきた。


「どうしたっぺー? みんな待ってるっぺよー!」


 村人が男に話しかける。


「すまんすまん。村にネズミが……いやネコが迷い込んでいたもんでな……」


 さぁ行こうか、と男は村人と共に総会場へ向けてパカリと歩き出した。 


「さて、今夜の総会の議題は何だったかな?」男が村人に尋ねる。


「村の観光事業についてだべ」村人は答える。


 それを聞いた男はうーむ、とうなりながら数歩歩きながら考える。

 そして、何かを閃いたのか、手をポンと叩くと嬉しそうに村人に告げた。


「おお、そうだ。村の入り口に、防犯も兼ねて案内人形でも置いてみるか」




 鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。


 こんなに寒い日は古傷が痛むのだ。


 キャミィはぶるっと身震いをすると、古傷をぺろぺろと舐めた。




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