タンポポという命
小杉美嘉は丸顔でへのじがかった口元と切れ長の瞳が、鷹のような印象を与える。
鼻筋は整っている。
海堂美玲はうりざね顔でこれといった特徴はないが、見るものに穏やかな印象を与える。
彼女たちは6回の実験をくぐり抜けたサバイバーだが、実験中に協力することはなかった 。
むしろ、お互いを避けてきた。
そもそも生き延び方が違うのだ。
小杉は徹底して人目を避け、単独で行動する。狂乱に陥った旧日本人と遭遇した場合、迷わず殴りかかる。意識を喪うまで殴打し、所持品を奪って再び身を隠す。
海堂は複数のパートナーに自分を守らせる。
2人は違うからこそお互いを尊重できたのだろう。
海里セルゲイコフの身長は167cm。体型は痩せているが小さな丸顔の青年で、セルゲイコフという名前の割には、顔立ちも日本人のそれである。
栗色の髪がかかる瞳は大きくきらきらとして、赤子のような光を宿している。
そのセルゲイコフを前にして、海堂美玲は呟くように声をもらした。
「セルゲイコフ……さん」
「お、やあ」
セルゲイコフは土手にしゃがみこんだまま笑顔を作り、2人を見上げた。
「コルミルカさん。カイルミルリさん。ごきげんよう」
声も笑顔も無邪気である。
その無邪気さに、海堂は困惑した。
「ええ、と」
言葉につまる海堂に、セルゲイコフは苦笑する。
「……僕の仕事は作物栽培の指導であって、どっちの道を行くか、じゃないからね。そんな怖がんなくても良いよ。それより、見てごらん」
セルゲイコフは土手の端に咲くタンポポを指差した。
2人の視線はその花に集中する。
少しの間を置いて、海堂が首をひねった。
「え…? 何か変わってるんですか? このタンポポ」
「ああ、日本タンポポだよ。ガクが開いていない」
「はあ」
よく分からない海堂を傍目に、セルゲイコフは惚れ惚れとした表情を作った。
「ふふ。良いものを見つけた。とても珍しいんだ」
「セルゲイコフさん」
海堂が声をだした。
「ん?」
「タンポポ、摘まないんですか?」
「へ?」
首を傾げるセルゲイコフを、海堂は不思議に思う。
「ええと 。だって、珍しいなら摘むでしょう」
青年は笑った。
「ははは。珍しいって理由だけで摘まれたらタンポポも迷惑だよ。正統な理由なくして摘まれて良い命など無いんだ。花も、人もね」
……それまで沈黙していた小杉美嘉が唐突に口を開いた。
吐き捨てるように言う。
「正統な理由さえあれば、誰でも殺していいってことで…ごふっ」
彼女が言い終わる前に、そのみぞおちに海堂の肘鉄が勢いよくめり込んだ。
海堂はそのままセルゲイコフに向き直った。
90度の礼をしつつ声を張りあげる。
「相方が失礼しました!」
……セルゲイコフはきょとんとした。
それから無邪気に笑う。
「いいんだ 。コルミルカさんの言うとおりだからね。正統な理由があるのに見過ごせるほど世界は優しくも柔らかくも無い。いつかは、そういう世の中がくればいいとは思っているよ。それより、カイルミルリさん」
「はい!」
「ええと。教えて欲しいんだ。ここんとこ毎晩、夜中に僕の部屋に来て、その……夜伽というのかな?
僕の庇護を目的として性的な関係を結ぼうとしてくる女の子達に、どう対応すればいいのだろう?」
セルゲイコフは迷子のような表情を浮かべた。
海堂は少し呆れた。
「はあ。ええと。セルゲイコフさんは、どうされてるんですか?」
「僕はだね。日本式に正座をして3つ指をついて、そのままおでこが床に近くなるくらい上体を屈めるんだ。それから誠意を込めて、『お引き取り下さい』とお願いする。けどみんな不思議な顔をするんだよね」
「はあ」
「もっとこう、スマートな方法が無いものか、と最近悩ましいんだ」
「セルゲイコフさん」
小杉が口をはさんだ。
「ん?」
「『出てけ』でいいと思います」
※※※
土手でタンポポの観察を続けるセルゲイコフと分かれて食堂に向う途中である。
海堂がぽつりと漏らした。
「あれは、軍人じゃないよね」
「そうだね」
「美嘉から見たら、隙だらけでしょ?」
「うん。でも……」
「でも?」
「……次の実験苦労しそう」
小杉の声にため息が混ざった。
海堂は小首を傾げる。
「何で?」
「勘、かな。話してて悪い予感しかしなかった。あんたは?」
「ん、あたしは。セルゲイコフさんって童貞っぽいし。取り入れそうかな」
「そうか。美玲」
「ん?」
「今晩、街に行かない?」
「何で?」
「色々忘れて遊びたい」
うつむき加減に言う小杉を、海堂はまじまじと見た。
彼女はそのまま碧空を見上げ、しばし考える。
「……行こっか。久しぶりに。あたしも外の空気吸いたいわ。アレも最近ご無沙汰だし」