陽光の人影
イルシカレフ集団農場の作業負荷は、他の農場と比べて明らかに低い。
これはひとえに遺伝子強化作物の恩恵による。
新ソビエト連邦共和国の科学者が遺伝子を設計したその作物たちは、桁を超えた空気中窒素同化能力を持つ。
さらに害虫を溶解、吸収同化を可能にする酵素生成遺伝子も組み込まれ、外皮は分厚い。
もしイルシカレフ集団農場のとうもろこし畑を訪れる者がいるのなら、彼はしばらく沈黙するだろう。
そして首をかしげながら呟くのだ。
「どこにとうもろこし畑があるんだ。これはサボテン畑じゃないか」
と。
だが草も黄色く枯れゆく秋の手前、イルシカレフ集団農場に整然と立ち並ぶサボテン畑に実るのは、とうもろこしなのである。
食感は飼料用なので固いし、味気も無いが、薄緑の外皮に覆われた黄色の粒の密集は、まごうことのなき、とうもろこしのそれである。
という訳で、この畑の担当者は、ほぼ砂漠のサボテンにかけるのと同じかもしくはいくぶん軽い程度の労力で、広大なとうもろこし畑を管理する。
彼らが基本的に行う作業は、すぐ北のサハリン海(旧日本海)から強く吹き付ける風にとうもろこしの盛り土が崩れないよう土を整える、それだけだ。
海堂美玲と小杉美嘉が受け持つ牧場も事情は違えど、作業負荷自体は似たり寄ったりである。
それでも彼女たちは暇を見つけては作業をさぼりまくる。
これは彼らなりの精一杯の反抗だ。
※※※
昼食の時間が来たので、2人は土手から腰をあげた。
この時間を報せるのは鐘でも時計ではない。
彼女たちの甲状腺に埋め込まれたホメオスタシス管理装置のもたらす空腹感である。
腹が減ったら帰ってこい。
という、だけの話しである。
ちなみに帰舎の正式ルートは、牧場とトウモロコシ畑を最短距離で突っ切るものだったが、2人はあえての遠回り、牧場を緩やかに囲むヤルハスス川の土手沿いを迂回する道を好んだ。
その道は舗装されていない。
濃い黒のアスファルト片が、白に近い灰色の粗い石と共に散在しているのは、昔、この土地が日本国で、道路整備が行き届いていたころの名残だろう。
砂利に加え、この路は春になると腰の高さまで雑草が生い茂るので、非常に歩きにくい。
それでも彼女達は、この迂回路を並んで歩く時間を好んだ。
その動機は政府に対する反抗心だった。
非常にささやかなる逸脱。
加えて、道の半ばにタンポポの群生がある。
麗らかなる陽光の下、緑の土手に咲き誇るその群れに、彼女達の口角は自然と上がった。
その日も同じように土手をゆき、緩やかなカーブを進む。
視界にタンポポの鮮やかな陽の色が飛び込んできた時、彼女達はほぼ同時に硬直した。
土手を覆うように咲き誇る花たちの端にしゃがむ男性を見つけたからである。
男性の名前は海里セルゲイコフ。
政府より派遣された遺伝子強化作物の栽培指導員だ。