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海里セルゲイコフ、着任

「海里セルゲイコフです。今日から指導員としてこちらにお世話になります」

 人懐っこそうな目をした栗色の髪の青年は満面の笑顔と共に勢いよく、新ソビエト連邦共和国式の敬礼をした。


 海堂美玲はその姿を遠目に眺めつつ隣の小杉美嘉の脇を、片肘で小突く。

 小杉は小さく、ぐほ、と言う。

 その姿を一瞥もせずに、海堂はおし殺した声を出した。


「今、あくびしようとしたでしょ? 目えつけられたらどうすんのよ……」

「……別に。実験期じゃないし、関係ないでしょ」

「あんたは別にでも良いけどね。あたしが困るの。連帯責任だし、何がどうなるか分かんないんだから」

「うっざ……だから(かん)け…いたたっ」

 海堂は小杉の左靴の甲を無言で踏んだ。

 出来るだけ重心を絞って、思い切り。


※※※


 イルシカレフ集団農場(所在:旧北海道石狩市)は、サルポースクリン(旧北海道札幌市)に臨在する新ソビエト連邦共和国(旧ロシア連邦)新サハリン自治区(旧北海道)の実験農場である。


 敷地は726ヘクタールと広大で、飼料用とうもろこし、馬鈴薯などが栽培されている。

 また、牧畜も行われているが、ここで草を食むのは純粋な牛ではない。


 ここの居住者はヤポンスキー(旧日本国民)であり、7536体が政府の保護の下で共同生活を送るが、周期的に行われる社会性実験の為に、毎回個体が75%ほど喪われる。

 その度に他の自治区から低年齢個体が選抜され、補充される。


 5月の初めに海里セルゲイコフは、この農場に遺伝子強化種栽培指導員として赴任をした。

 ちょうど、泥にまみれた農地を淡いグリーンの牧草が絨毯のように覆う頃である。陽光は優しく、風は柔らかい。


 前回の実験を生き延びた海堂と小杉は、牧場を囲むように緩やかに曲線を描く小川、ヤルハスス川(旧安春川)の土手に腰を下ろしていた。

 彼らは揃って淡く霞がかる空を見上げながら、作業を自主的に休憩していたのである。


「美嘉あー」

「ん?」

「セルゲイコフさん、多分あたしたちとさー」

「うん」

「歳近いよねえ。18超えてんのかなあ」

「すっごいどうでもいい」

 呟いて伸びをする小杉を横目でちらりと見やってから、海堂はため息をついた。

「はあ……。あの人かなあ。次の実験担当」

「まあ、……そうだろうねえ」


 小杉美嘉は海堂美玲の肩にそっとその腕をまわした。

 そのまま首を傾け、こめかみをふれ合わせる。


「もう、実験も六回目だし、生き残るのは1024分の1の確率だけどさ。大丈夫。約束さえ、お互い守ればあいつが何したって、どちらかは生き残るから」

「うん」

「……もっかい、約束する?」

「うん」

 小杉美嘉は息を軽く吸った。

 それから淡々と言葉を吐く。

「……どっちが死んでもやけにならないこと。お互い、助け合おうとしないこと。見捨てる事も含めて自分が助かる事を、すること。

憎みあわないこと。憎み合うことになっても、殺しあわないこと。殺しあうことになっても、取り乱さないこと」

「う、ん」

「死んだのは、これができない人たちだったよね」

「う、……ん」

「美玲なら大丈夫。あたし、恨まないし。とりあえず、ゆびきり」

 海堂はうつむき、胸の前で拳を握った。

 嗚咽を始める。


 小杉はそんな彼女に苦笑する。

 海堂の握られた拳をさすって解きほぐし、小指をたてさせる。

 自らの小指も絡める。

「はい。指切り、げんまん」

 海堂は、わっと泣き出した。

 小杉は彼女の背をそっとさする。そうしながら、思う。

 (……うちの方が強いけど、生き残るのはこの子なんだろうな)

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