奴隷は服を試着する
「そ、そうですか。では、これを買っていただけるのですか…?」
似合うと言われたので、それを真に受けたフリをして、上目遣いで問かける。
この組み合わせがおかしくて目立つのだが、着ているうちにだんだんいい服じゃないかと思えてきた。手触りもふんわりしていて、とても着心地がいい。
胸元がなかなかキツイのだが...。なので、買って欲しそうな演技は100%嘘というわけではない。
まあ、変な格好でも買ってくれるだけありがたい。私はこの合わない組み合わせの服を着るとき、ロリコンご主人を道連れに一緒に街の住人の注目を集める所存だ。
「…え?う、うん…?」
ロリコンご主人は何故か驚いた様子で肯定した。顔をロリコンご主人の手元へ移すと、白いシャツと黒のサスペンダー付きスカートが握られていた。シンプルなデザインと色合いだ。ロリコンご主人が着るのだろうか。私に選んだ服よりちゃんとした組み合わせになっている。やっぱりさっきのは嫌がらせだったのだろうか。ってスカート履くということは、このロリコンご主人もしかして女装趣味?
「あ、えっと、少し待っててくださいっ…!すぐにここでますっ…!」
ロリコンご主人が試着するのだろうと思った私は、再びカーテンを締めようとしたとき。
「いや、これ俺が着るわけじゃないから!!」
大きなロリコンご主人の声が、私の推測を否定した。逆に激しく否定すると怪しくなると思うのだが。しかし、 試着するわけではないようだ。そうなると誰が着るのだろう。もしかして恋人とかだろうか。
「これも着てみて」
すると、私に差し出してきた。服を。
「?」
私は困惑して、頭をかしげる。何故私に服を差し出すのか分からない。もしかして、この赤のシャツと、淡い緑のロングスカート以外にも買ってくれるのだろうか。
服は高価なものだという。大抵の住人は誰かのお下がりか、中古の服を買うと母親がいっていたが、勘違いだったのだろうか。…私にそんなにお金を払う価値はないのに。いや、違う。買ってくれるわけじゃなくて、試着だけをさせるのかもしれない。試着するだけはただだから、分不相応の服を精々楽しめっていう面持ちで眺めているのかもしれない。きっとそうだ。
「分かりました。着ますね」
こんなにいい服を着られるのは、人生で最後の可能性もあるので、楽しもう。私はそう決めた。だが、私は忘れていた。
「うん。…それと変に怯えられてる演技をするより、今の態度の方が俺はいいと思うよ」
気の弱い奴隷を演じることを。
やってしまった。
考え事をしていて、つい演技することを忘れてしまった。
それにしても、もしかしたら演技がバレているかもしれないとは思っていたが、まだ演技をしているのか? という疑問の段階だと思っていた。
しかし、今の物言いだと演技だと確信しているようだった。私は考え事に引っ張られるらしく、母親と演技の練習をしていたときも考え事に没頭していなければ完璧なのに、と言われていた。
そして、今までそれは上手く出来ていたのにロリコンご主人にはバレていた。なら完璧ではなかったということだろうか。完璧というのは親の贔屓目で実際には、バレバレの演技を完璧と言っていただけなのだろうか。
いや、と考え直す。母親は怒ることはしなかったけれど、演技の指導は厳しく、最初の頃はよく注意されていた。つまり、これはロリコンご主人の洞察力が高かったということだろう。勇者様と言われていたので、常人よりこういう嘘とか戦いにおけるフェイントとか人の挙動を無意識に見ているのかもしれない。
「ぃ…ぇ…ぇんぎ…なんて…しぃっ!……っ!してましぇん…!」
それでも一生懸命練習した演技を見破られることが悔しかったので、演技をしていないと否定する。だが、見破られたという動揺から買われたときの演技以上に言葉を噛み、舌も噛んでしまった。痛い。自分でいうのも何なのだが、ここまで動揺してしまったら演技です。と白状しているようなものだと思った。
噛んでしまった恥ずかしさと、舌を噛んだ痛みで滲む視界と、上手くいかない演技に腹が立って、やつあたり気味にロリコンご主人を睨んでしまう。ってこんなことしたらもっと駄目だ。感情的になったら駄目だ。私は下を向く。動揺止まれ、動揺止まれ。と複数回心の中で呟いた。少し落ちついた。
「…かわいい」
ボソッと、だが確かにロリコンご主人は呟いた。頭を再び上げてロリコンご主人の顔をみた。その顔は惚けたような表情を浮かべていた。考えてみれば、初めてロリコンご主人が私に対しての明確な評価をした。
なぜ突然そんなことを言ったのか考えるため下を向く。決して褒められたことが嬉しくて、なんとなく感じたこそばゆさを隠すために下を向いたということでは決してない。
だいたい、かわいいと褒められることには慣れている。母親にはたまに言われたし、奴隷商人にも言わたことがある。まぁ、確かに…母親には我が子可愛さという感じで、奴隷商人からは金になる。しめしめ。というニュアンスで言われただけなので、真正面から母親以外に言われたのは初めてだった。
あれ、全然言われなれてない…。
まあ、それはともかくとにかく違う。嬉しいと思っていない。
だいたい、睨まれてかわいいってなんで思うのだろう。男は守ってあげたくなるような気弱な女が好きだって、母親に聞いたことがある。なのに睨んだ瞬間かわいいって、ロリコンご主人はまさかマゾなのだろうか。いや、逆か。人が慌てふためくことが好きなサドなのか。
「…は!いやごめん。そうだね。演技じゃないよね!…うん!」
なぜだか急に、ロリコンご主人が納得し始めた。それよりも私に見惚れていたように、慌てふためくのはやめて欲しい。最初会ったときの微妙な反応と一貫性が無さ過ぎて、何を考えているのか全然分からない。ここまで何を考えているのか分からなかったのは、初めてだ。
母親の考えはよく分からなかったが、私を不自由なく育てようと行動していたのは分かる。奴隷商人は金儲けのため行動しているのが分かる。
けれど、この人はそれが分からない。目的がまったく分からない。
「そ!そうですよ!…はいっ!」
分からないことは、今は考えない。気を取り直して服を試着しよう。
赤のシャツと、淡い緑のロングスカートを脱ぎ、ロリコンご主人が持ってきた白いシャツと黒いサスペンダー付きスカートを履く。脱いだ服をハンガーにかけてから鏡を見る。
……服は無難な色の組み合わせで当然合わなくはないが、スカートに付いているサスペンダーが胸を強調してしまっている。
だからなんだという話だが。
それと、やはりシャツが少し胸元を圧迫してきつい。それにしても、私は結局自分で服を選んでないなとふと思った。けれどそれを今まで感じさせなかったのは、一回目は本当に試着してもいいのだろうか。と考えていたとき差し出されたもので、二回目は私が欲しいと思っていたような服を差し出されたからだ。なんというか、思考を読まれているかのように思えてしまう。
再びカーテンを開き、近くにいたロリコンご主人に見せる。
「…えと……これは…似合ってますか…?ご主人様?」
顔は下に向き、腕を後ろで組む。体を揺らし、膝が隠れるくらいのスカートのはためきを体感しながら、ロリコンご主人に服の感想を聞く。思考を読まれるという変な妄想したせいで、なんとなく顔を合わせたくない。断じてかわいいとか言われて変な顔になってしまうのをロリコンご主人に見せたくないからではない。
…………ってどうしてかわいいとか言われる前提で考えているんだろう?
そもそも、変な顔には絶対になってない! ……と思う。
まあ、とにかく思考を読ませたくないから顔を背けている訳だ。思考を読まれているという考え自体、荒唐無稽で無理がある気もするが。それを深く考えてはいけない。
「…うん。よく似合ってる」
ロリコンご主人はそういって、優しい手つきで私の頭をそっと撫でた。
似合ってるだって。よかった……。
……………………うん。本当によかった。私の評価が上がるということは、私の待遇がよくなるということだ。
「…えへへ………っ…!あ…ありがとう…ございます…」
いけない。口が変に緩む。下を向いてよかった。変な顔をして幻滅されたくない。しかし、どうして頭を撫でたのだろうか。頭を撫でられるのは、褒められるときだけだ。
母親は私の演技が上手く出来ていたときに、私のことを褒めながら頭を撫でる。けれど、今は私は服を着ただけだ。それだけで頭を撫でる意味が分からない。表情を伺って見ようとも、もし思考を読まれてしまったらと考えると顔を上げられない。いや、そもそもそんな能力があったら陰湿ロリコン野郎と罵った時点でいろいろ駄目な気がしないでもないが。ゲフンゲフン。まあ、とにかく思考を読まれたくない。だから、顔は上げるわけにはいかないのだ。
ロリコンご主人が頭に触れていた手を離したので、考えた後カーテンをそっと締めようとした。
「あっ、ちょっと待って」
ロリコンご主人がそういったので、カーテンを締めるのをやめる。どうしたのだろう?…まさか、カーテンを締めずに着替えろとでも命令するつもりだろうか。
この人は、いい人なのかもと思ったがそんなことはなかった。やっぱり陰湿な人なんだ…。しかし、私も性奴隷の端くれだ。もともとそういう用途で飼われることは、想定している。そもそも、性奴隷を買う時点で変態だってことは判明しているようなものだ。それなのに、陰湿とか心の中で罵っている私の方がおかしいのだ。何を勘違いしているんだろう…。
いろいろと考え込んでしまった。私の悪い癖だ。
母親が生きているとき、まだ貴族の家にいるときに一人でいる時間が結構多かった。母親は私を育ててはくれたが、父親に呼ばれるとそっちを優先した。
……一度寂しくて母親を引き留めたときもあった。
そのとき母親は私と一緒にいることを選んだが、翌日、起きたら傷だらけの母親がいた。おそらく私が寝た後、呼び出されたのだろう。そのことがあってから母親を引き留めることをしなくなった。
暇な時間を何をするでもなく、考え込むことに使い込んでいるうちに、考える癖がついてしまったのだ。