奴隷は回復魔法を使う。
奴隷オークションを行った会場から離れ、どこかへ向かうロリコン主人。周囲には、この街に住まいを持つ住民達が働き、石畳を元気に駆ける子どもたちも見える。ここは大通りだろうか。
しかし、そこに混じって暗い顔をして無理に働く私と同じ、奴隷の人がちらほら見える。
「…あのぉ~…どこに向かっているのですか…?」
歩き初めて15分。母親には体力をつけたほうがいいと言われていて、貴族の屋敷にいた頃から体力はつけていたので、疲れてはいない。疲れたわけではないのだが目的地が気になり聞いてみる。
この道を進めば比較的裕福な人達が買い物をする場所があったはずだ。3ヶ月前、私が出荷されてたときちらりと馬車の中から見たことが正しければの話だが。
「この道の先にある服飾店だよ」
ロリコン主人は服屋さんへ行くという。服を買うなら何も私を同伴させなくてもいいと思うのだが。目的地が分かったところで何をするでもなくロリコン主人に付いて行く。
そういえば、疲れていない? ロリコン主人は私より、40cmくらい身長は大きい。ロリコン主人の歩く速さと、私の歩く速さが一緒なのはおかしなことではないだろうか?
……もしかして、私の歩くペースに合わせてる? わざわざ奴隷にペースを合わせてるの……?
考え事して歩いていたら、視線の端にふらふらしている人を見つけた。その人は私と同じような首輪をしている。奴隷だ。
その奴隷は荷車の荷物を運ぼうとして力を入れ、たくさんの果物の入っている木箱を持ったのはいいものの、膝には力が入らなかったようで崩れ落ちた。
果物はゴロゴロ辺り一面に転がった。
その後、必死にそれを集め始めた奴隷を奴隷の主人らしき格好のいい商人の男が罵声を浴びせ、手を出し始めた。
手を出す前に転がった果物を拾う方が先だろうに、私は少し呆れた。
よくよく見ると、奴隷の男は体中にアザや傷がたくさん出来ていて、顔もやつれている。
……うん。普通の奴隷と主人の関係なんてこんなものだ。まあ。これはハズレの主人だろうけど。だから、私の歩くペースに合わせてるなんてことはない。
奴隷に合わせる主人がいるなんて、ありえない。
だから今、この光景をぼんやり見てて、立ち止まってしまった私に合わせて、立ち止まっているわけではない。絶対。実際にロリコン主人も私と同じところを見ているので、野次馬根性というものだろう。
街の住人達もまばらにその光景を見て、こそこそ話をしている。
「嫌だわ。こんなところで」「ほんとにねぇ~」「邪魔だな」「うわっ!と、あぶねぇ」
住人達の大体は通行の邪魔になることに顔を顰める。
中には見世物を見ているように、わくわくしているような野蛮な人もいる。
「いいぞー!殺っちまえー!!」「俺は商人が奴隷を殺すに一票!」「ハハハ、そうだなァ!!あの奴隷使えねぇから、そろそろ買い替えるんじゃねぇか!」
奴隷は物と変わらない。
使えなくなれば当然買い替える。
知っている。
でも、今初めて事実を目の前から叩きつけられた気分になった。このロリコン主人だって、もしかしたら私にそうするかもしれない。
「あれは…酷いね…」
隣で黙っていたロリコン主人は、そう呟いた。
私はその発言の意図を探るため、ロリコン主人の様子を横目で伺う。
酷い。というのは使えない奴隷に向けての発言なのか、あの奴隷の主人に向けた言葉なのか。
ロリコン主人の横顔からはどちらを睨みつけているのかわからなかったが、その横顔は悲しそうに歪んで見えた。
「酷い。というのは…どちらが…ですか?」
思い切って聞いてみる。この返事で奴隷と応えたなら、私の扱いは消耗品、商人と応えたならペットくらいの待遇は保証されるだろう。自然と胸がドキドキとなる。
「…どちらって、何が?」
しかし、返ってきた応えはそんなすっとぼけたものだった。誤魔化されたのだろう。大事なことだから焦らさないで欲しい。
「あの商人と、奴隷の…どちらが酷いかって、ことです」
この質問は今後の私に関わることなので、しつこくロリコン主人が喋るまで聞き返すつもりだ。
「どちらか…じゃないよ」
ロリコン主人はそんなことを言う。
では何が酷いのだろうか?
「…?」
私は分からず首を傾げる。
するとロリコン主人は口を開いた。
「…あの商人だけでなく、ここの住人達みんな、あれを日常の光景として受け入れてる。あそこにいる冒険者達なんか、人の生死で賭け事をしている。それを酷いと思ったんだ。」
ーーやった。このロリコン主人は当たりだ。
この人は奴隷を消耗品としても、ましてや物としても見ていない。人間として見る人だ。私は歓喜を外に出さず心の内側でほくそ笑んだ。緩んでしまいそうになる頬を必死に堪えロリコン主人を褒め称える。
「…ご主人様は、優しい方ですね…」
奴隷に対して厄介事だ。という感情しか抱かない街の住人達のことも酷いといっていたら、ここより都会の王都まで行ったら心労で倒れてしまいそうだ。王都ではここより、こういうことが起こるというから。
「…優しくなんて…ないよ」
ロリコン主人は、ふと顔を下に向き呟いた。いやいや、あなたみたいな考え方の人が優しくないのなら、この世は極悪人だらけということになろでしょう。と思ったが聞こえないフリをした。
「…見ていて気持ちのいいものではありませんし、行きましょう…」
もし、私が男に生まれてしまったら。と考えるとあれは、もしかしたら私にも起こり得た可能性の一つなのかもしれない。でもきっと、今日からも明日からもああいった人は、世界のどこかで生まれ続けてしまうのだろう。
「そう…だね」
ロリコン主人は苦い顔で同意した。
「……"傷を負うもの 傷を負わされるもの 癒しの力よ 集え"<天使の抱擁>」
私は奴隷と商人の横を通るとき、誰にも気が付かれないように小声で回復魔法を奴隷にかける。
この魔法は現在負っている傷と痛みを癒し、傷を負ったらその都度回復させるというものだ。回復量は低いけれど外の傷を癒すことを放棄し、内の痛みを癒すことに専念するように魔法をかけた。
魔法の大まかな効果を変えずに、自分の好きなように魔法を放つこの技術のことを変換魔法というのだと母親は言っていた。
外の傷を治さず体の内の回復に専念した理由は、突然傷が治ったら不審がられるし、傷を治さない方が、魔法の効果が強く持続し痛みも取ってくれるからだ。
これは奴隷商人のところにいるとき、他の奴隷の傷を治さず、痛みだけ取れるように念じながら、魔法を発動したら出来るようになったものだった。
痛みを癒せばそれだけで楽になれる。つまりまた痛みを気にせず動けるようになるということだ。それはもしかしたらあの奴隷に、さらなる苦しみを与える行為かもしれない。けれど、癒さずには居られなかった。
……私はきっと、自分がなっていたかも知れない未来の姿に同情したから体が勝手に動いてしまったのだろう。
それがなければ、こんな自分に利のないことはしない。
私は、誰を踏みにじってでも、幸せにならないといけないんだから。