魔界対カルナ。3。そして戦後会議。
カネは自分のやるべきことを知っていた。
自力では全身全霊を振り絞っても、勇者の肉体には通らない。
そしてそれをどうやら、凶鳥の大将もご存知のようだ。
目を合わせた瞬間に分かった。
揃いも揃って、全員がエリートの集まりである魔法師団に凶鳥エリートが今捨て石になっているのは、この千載一遇を通すため。
魔獣冥利に尽きる。
だからカネは手を伸ばし、ヒポリの体で遮られカルナからは見えない位置に飛んだギリィに掴まった。
グイン
そしてギリィにスイングしてもらう。
フッ
カルナの剣閃はまるで見えない。動きを視認するのは絶対不可能であった。
だがこちらが落下中であり、落下速度が計算可能であれば、カルナとて同様に計算する。
あとはカルナの間合いに入る寸前で、ギリィに動かしてもらう。さすればカネの足で組み付いているヒポリは、勝手に剣を躱す。
カルナの間合いは、何度も見た。何度も当たった。そこまで経験を積めば、凶鳥軍団長が躱せぬ道理はない。さらにはギリィが羽虫とすら思われていないため、警戒心もなければ注意も向けられていない。
ゴオ!
そして剣を振り終わった後のカルナに渾身の一撃を食らわす。
確かにヒポリには手応えが残った。
当たった。
この戦いが始まって以来、初めての直撃。
「・・・重い。なんたる一撃だ」
が。
砂煙の向こうからは、喜々とした声が鮮明に聞こえてきた。
ヒポリは悪夢を見ているようだった。
着地したヒポリとカネが見守る中で、カルナは左手を前に出した姿勢で立っていた。剣は何事もなかったかのように、鞘の中。「納刀の瞬間」自体がおそらく存在しない。
「・・・ヒポリ」
左の手のひらを差し出して、プラプラ振るっている。痛がっている。その真似をしている。可愛らしいはずのその姿に、場の全員が怖気を震った。
「お前達を見くびっていた。許せ」
声色に怒気は欠片も混じっていない。純然たる謝罪の意思しか感じられない声に、ヒポリとカネは、死の予感を感じ取っていた。
「では。全員、死んでもらおうか」
カルナは己を戒め、目の前の者共全てを敵とみなし、皆殺しにすると決めた。謝罪の意味を込めて、念入りにすり潰す。
ヒポリ以下、場の全員が震えていた。死の恐怖にではない。
己の死が全く無意味であること、命を賭したあげくが無駄死に、無価値であることに震えていた。
挑戦してはならない戦いだと、今さら気が付いたのであった。
「今さらぁっ!!」
が。
分からぬバカも居る。
魔法師団ナンバー3、リジェが珍しく感情をはっきりと表して特攻を仕掛けた。
1秒後に真っ二つになって、もう復活もできない。全てが終わると完全に理解しながら、リジェは突っ込んだ。
誰かが行かなければならない。
世界を神族の支配から解放するために。魔王様のご意思が自由闘争にある以上、神獣マリオンは生かしておいてはならない。
「死ねよ勇者ぁ!!」
リジェが全魔法力を振り絞り、生命すら捧げた膨大はカルナの眼前で爆発し、周囲の全てを吹き飛ばし。
「うむ」
カルナを満足させ。
キン
聖剣を振り抜かせた。
真っ二つになったリジェはさらに。
フッ
音もなくさらに切り刻まれ、あたかも魔法師団の得意魔法、砕戯を受けたかのように、細切れのブロック状に分解されて死んだ。
「お、オオオッ!!!」
他の魔法師団も覚悟を決めた。
無意味な死を飲み込み、死にに行った。
「うん」
カルナはやはり頷き。
キン
全ての魔法師団、パアルカラッソもオゥルネイアも、誰も彼も全てをミリ刻みの肉塊に変えて殺した。
動けなかった凶鳥と魔獣は、その殺戮の様子を感情なく見ていた。
勝てない。その事実が足を止める。
ヒポリの打撃が直撃で入って、「手が痛い」だけで済ませる化け物を相手にして、どうすれば良いのか、本当に分からなかったのだ。
無意味。
戦っても。命を賭けても。何をしても。
自分達の存在は、道端の石ころ以下なのだと、全身で感じ取ってしまった。
「ん・・・」
カルナは軽く聖剣を振って、皆殺しにした魔法師団1人1人の感触を味わっていた。1人1人の内蔵、骨格、筋肉、神経、血液、それら全ての情報が剣を通して伝わる。
良い味わいだった。
あくまで軽やかに、しかしそれぞれしっかりと自己主張を止めず、色鮮やかに命の輝きを示していた。
強かった。そして勇気があった。このカルナが誰かを承知しながら、下がらなかった。
やはり、良い。
殺し合いより楽しいことが、この世にあるのか・・・?
勇者カルナは紛れもない勇者であり、かつては誇張なく人類の救世主であった。
ただちょっと、その趣味は常人とは違っていたが。
「ヒポリ」
「はい」
ヒポリは考えもなく返事をしていた。
「楽しかった。今日はこれで良い」
「は・・・い」
カルナは少し誇張した。本当はヒポリというメインディッシュを味わいたかった。が。
心折れず立ち向かってきた魔法師団は、それだけで十分な存在感を出してくれた。
彼女らの命には、価値があった。
ゆえにここは生かす。屈辱を味わったヒポリの熟成を待つ。それも一興。
「鳥。君も良い働きだったぞ。いつかまた会えたなら、今度は斬ってあげよう」
「てめえ・・・」
ギリィは反抗できなかった。いくら口先が勇ましかろうと、その翼に力は戻っていなかった。音刀をずっと撃ち続けた疲労を補えるほど、覇気が戻らない。
「次はダイナソア様が参られる。時は1週間後。出迎えは丁重にな」
そしてカルナは消えた。今までが夢だったように。
ドウン!!!!!
しかし夢ではなかった。
魔王シャアルラが全開の速度で突っ込んできた。
「申し訳ありませんでした」
魔城、議会室。普段なら余裕のある部屋が、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。先のカルナ戦に参加した全ての将兵が集まっていたからだ。
そしてそこには復活した魔法師団の姿もあった。全員が魔王シャアルラによって再生されていた。
その魔法師団ナンバー1、パアルカラッソは主に謝罪していた。
己の無能と無力を。
「シャアルラ様。此度の指揮全権は私にありました。責任者は私です」
無論、ヒポリも黙っていない。それにヒポリの発言内容は事実。もし責任を取るべき人物が居るのなら、それはヒポリしか居ない。
「仕方ねえわ。ありゃ無理だ。無理。勝てるわけねえ」
凶鳥軍団長ギリィの舐め腐った発言はしかし、最も実感のある言葉であった。間違いなく全員が無力感を味わった戦であった。
魔神テア、知歯喜神パールも見守る中で、戦後会議が開催されていた。
「言いたいことはそれだけか」
怒気を孕まぬ言葉は、幼い魔王には似つかわしくない冷静さに満ちていた。瞳にも感情の揺れが見えない。
「・・・神族との講話路線を提案します」
「ん?」
魔王シャアルラに直視されてもなお、発言者であるオゥルネイアは喋りやめなかった。
「神位第3位のカルナ。彼女1人で、間違いなくこちらの総戦力を上回っていました。失礼ながら、あの場にシャアルラ様がいらしても、結果は何も変わらなかったと考えます」
「・・・」
いかにオゥルネイアが魔王シャアルラの養育係の1人だとしても、この発言は行き過ぎであった。
だがシャアルラはオゥルネイアを消さなかった。
思考力を保ち、感情の波を抑え、忠言を聞いていた。
「人族相手と同じく協調路線を提示してはいかがでしょう。もちろん、我々の側からの降伏が必須条件でしょうが」
「オゥルネイア。間違えるな。我々ではなく、私の降伏だ」
「はっ。申し訳ありません」
シャアルラの注意をオゥルネイアは完全に受け入れた。というより、あまりに冷静で落ち着きを見せる魔王に、調子を狂わせられ、忠誠心以外を表せられなかった。
「誰か、他の意見はあるか。降伏案以外に」
手は挙がらなかった。魔軍の最エリートばかりが集まっている場所で、降伏案が最も現実的な解決策であると判断されていた。
そしてそれに「魔王」が激怒しないほどには、神族の強さは度を超えていた。
例えばシャアルネルラが同じことを聞いていたなら、魔法師団、凶鳥軍団、そしてヒポリもろとも皆殺しにして人心を刷新していただろう。
だがシャアルラはやらなかった。
新魔王シャアルラが出くわした事態が、魔王シャアルネルラですら困難を極めただろう展開であったこともそうだが。
この場に居なければならない人材が居ないことが、シャアルラにそうさせていた。
軍師サルタの居ない会議において、シャアルラはガンズと共に自前の頭脳を働かせなければならなかった。その思い込みが、逆に魔王の深さを増し、敗残兵らの忠誠心を失わずに済んでいた。
「・・・全く。魔族も落ちぶれたものだね」
魔神テアが発言した。
その言葉はあるいは戦場に立ってすらいない魔族の、非現実的な発言だったのかも知れない。
けれど魔神テアの知名度、権威は場のエリートらにこそ効いていた。テアの言葉を単なる虚仮威しとは思わせなかった。
だが。
「テア様。私は魔法師団ナンバー1のパアルカラッソです。そして曲がりなりにも勇者カルナと立ち会った者です。雑兵の1人として、ですが。その上で申し上げます。オゥルネイアの発言は出過ぎた真似ではありません。神雲ジャラル程度なら、あるいは全魔族の努力でなんとかなるのかも知れません。しかし勇者カルナは、その次元にはありませんでした。あれはまさに、神話の怪物でした。もしカルナが神を自称したなら、私は信じたかも知れません」
朗々と響いた言葉が、重かった。
魔法師団。魔界を守る最強の魔族が集まった最高戦力部隊の長がここまで言う。
伝統的には魔王の座さえ狙える地位にあるパアルカラッソの言葉は、オゥルネイアの比ではなく重かった。
「・・・・」
テアがもう一言、何かを言おうとした。しかしシャアルラがそれを止めた。
「お前達の言いたいことは分かった。次の戦闘には参加せずとも良い。その代わり、魔都の防衛には命を懸けろ」
「はっ。それはもちろんです。持ち場を離れるつもりはありません」
会議は終わった。ヒポリでさえ何も言わなかった。淡々と敵戦力を詳細に述べたのみ。
魔王の間にはテアとガンズ、それにパール。パアルカラッソもヒポリも居ない。
「シャアルラ。少し、甘すぎはしないか?上位ナンバーを一掃して、緊張感を維持してみても良いと、ぼくは思ったよ」
「フフ。テア様もお厳しい」
魔神からの忠告に、シャアルラはなぜか余裕を持って答えていた。
知虫軍団長ガンズは不思議であった。魔王の懐刀として務めてきた己であっても、魔王のここまでの余裕は知らない。なぜ激怒していないのか。
「ガンズ。お前も会議中、何も喋らなかったな。お前はどう思う。どう考えた」
「・・・情報が足りませぬ。聞けば妖樹軍団からはヤルド殿のみが参戦したとか。他の毒性種で効果が発揮されるのか。今回はヒポリ殿や魔法師団が加わっていたため、干渉を恐れて妖樹には待機してもらいました。ですので、次は勝てるかも知れず」
「ふん。まあ教科書通りだな」
「恐れ入りますじゃ」
ガンズはペコリと頭を下げ、シャアルラは鷹揚に頷いた。
そんな様子を見ていたパールは、なんとなく口を開いた。
「なあ・・・」
「なんだ?」
パールの発言にシャアルラは適当に水を向けてみた。
神界からサルタに付いてきたパールだが、今はサルタに頼まれて、シャアルラに付いている。命を守ってやってほしい。そう頼まれた。
ダイナソアやマリオンが本気であれば、パールは壁にもならない。だが本気でないなら、止められる。
そしてパールは「サルタの頼みを聞いてやる自分」も好きだった。
誰かに頼られ、何かを頑張り、それから笑い合う。
パールは今、生きていた。
「謝って許してもらえ。私も一緒に謝ってやるから。今ならまだ魔都は無事なままで済む」
「・・・・」
無事で済む、とは間違いなくダイナソア戦を想定しての言葉。
神竜ダイナソア。その技の一つは、天雷。あらゆる地上存在を消し飛ばす絶対攻撃。防ぐ手段はこの世にない。
攻撃されれば終わり。分かりやすい話だ。
「お前達は死ぬにはまだ若い。頭を下げ屈辱に耐えるのも、生きるということだ。無駄な争いをせず、心穏やかに暮らせ」
言葉選びはあれだが、パールなりの精一杯の優しさだった。
もちろん、以前までのシャアルラなら、これでブチ切れていた。挑発に軽々に応じていただろう。
しかし今、シャアルラは激高できるほど、心の厚みがなかった。平静であり冷静。褒められるべき精神状況のはずだが、同時に感情爆発を起こせず、状況を打破するだけの情熱を持てなかった。
「・・・忠告は受け取った」
結果、現状を甘んじて受け入れる。それ以外の選択肢を見い出す気力を生み出せなかった。
正しい間違いによらず、シャアルラの選択肢は限りなく狭かった。
「・・・・・ぼくはダイナソアを殺る。そしてマリオンを倒し、神界を支配する」
この発言はシャアルラへの景気づけではない。
シャアルラを見限ったので、最後に言っておいてやろう、というだけのことだ。
少し相手が強かっただけで覇気を失う、甘っちょろい配下の教育責任はシャアルラにある。いかに小娘であっても、そこはちゃんとしないといけない。
いくらなんでも現代の魔族は甘すぎる。
「勝てるのですか?」
「勝つよ」
勝率は五分五分。神雷を防げるのなら確実。防げないのなら苦戦。どちらにせよ勝つ。
「では。ご武運をお祈りします。こちらで支援できますことがあれば、ご遠慮なく申し付けください。こちらとしても神族を倒すお手伝いであれば、やらせて頂きたい」
従順であった。あまりにも覇気がない、それでいて機械的にスラスラと並べ立てられる言葉は、確かに合理的だった。問題のない内容であった。
「シャアルラ?」
見限ったとはいえ、シャアルネルラの忘れ形見。あまり粗末な扱いも出来ない。テアは現在のシャアルラの真意をたずねた。
明らかに大きすぎてまだ似合っていない玉座の中で、シャアルラは言った。
「・・・パアルカラッソも。オゥルネイアも。皆正しいのです。魔族はより強い者を王としてきました。であれば、カルナを。ダイナソアを。マリオンを、王として戴くことこそ、魔族の正しき道なのでしょう」
テアは心打たれた。シャアルラの言葉は、紛れもない真実であった。あまりにも正しく魔族の本質を突いていた。
ガンズは人知れず、涙をこぼした。
「・・・シャアルラ。あなたは降伏するの?」
「いえ。テア様が戦って勝てば、テア様に従います。負けた時は、私が戦います」
「あなたの首で終わらせるつもり?」
「一応、魔王ですから」
なんの気もないように言いながら、覇気が少し戻っていた。だからガンズは異を唱えられなかった。
「・・逃げても良い。ダイナソアの力は、カルナをはるかに上回っている。はっきり言って、あなたが勝てる相手ではない」
魔神テアが協力すればこそ、単独では天地がひっくり返っても無理だ。
「うむ。テアの言うことを聞いておけ」
パールもここぞとばかりに乗ってきた。
なんだかんだ、数万年ぶりに出来た知り合いが死ぬのも、寂しいものがある。
しかし。それでもシャアルラは魔王の名を冠する者であった。
「分かりません。逃げてどうする、というのも。戦わずに終わるのも。どちらも父には教わりませんでした。死んで得られるものもないのでしょうが。シャアルネルラの血統が戦わずして逃げた。そう言われれば、その者を殺します。そう考えると、まだ私にも意地がありました。戦って死にます」
悟ったような目のシャアルラは、その実何も考えてはいないのであろう。
だがそれゆえに純粋で危うかった。
間違っていても正しいと思わせるほど、危険で魅力的だった。
透き通るような美しさがあった。
「シャアルラ様。もしよろしければ、知虫軍団はシャアルラ様にお供したく、共に戦場に枕を並べたいと考えておりますじゃ」
「出過ぎた真似だ。お前は次の魔王を補佐せよ」
「いいえ!お願いします!我らが魔王は、シャアルラ様を置いて他にありませぬじゃ!!」
思わぬガンズの意気に、シャアルラはびっくりした。
こんなにも自我をはっきりと押し出してくるガンズは初めて見た。
「分からぬヤツだ。ならば好きにしろ」
「ありがたき幸せ。シャアルラ様の覇道は、知虫軍団がお供させて頂きますじゃ。軍団発足以来の名誉ですじゃ」
ニコニコ笑顔のガンズは覚悟を決めていた。シャアルラの魔王としての有り様に魔族の全てを見たガンズは、シャアルラ以外に仕えるつもりは毛頭なかった。
知虫軍団数十万の軍勢全てでシャアルラを守り、共に死ぬ。
それが今のガンズの目標となっていた。
そしてもう1人の参謀は、ここではない場所に居た。




