魔界対カルナ。
血衣。それはダルス族に共通する赤色の汗。主に身を守るための保護物質としての役割を果たすものである。
しかしダルス族にはその先がある。
魔界に生まれた無数の魔獣の中でも最強種とさえ謳われるダルス族。その戦闘スタイルは極めて単純。生まれ持った強固な肉体を最大出力の突進でぶつける。ダルス族より弱い生き物では絶対に受け止められない、シンプルにして対抗不能の必殺兵法。
だがそれゆえに己より強い生き物には絶対に勝てない。ダルス族もまた弱肉強食の理から逃れられはしない。
だからもっと強いダルス族を生むことにした。そしてもっと強いダルス族にもっと強くなれる修練を施し、さらに強いダルス族を作った。
強さのみを求めた果てに、ダルス族はヒポリを生んだ。
「・・・・」
上空にてカルナの隙を伺っていたギリィはじっと見ていた。
赤いヒポリを。
ドンッ!!
一歩踏み込んだだけでカルナの目の前にヒポリはあった。だけではない。
オッ!!
そのまま突撃。ヒポリの突撃を食らって生きていられるのは魔王だけだ。
パチパチパチ
「うん。速い。強い。悪くない」
「・・・ふふ」
あっさり躱されては何の意味もないが。
カルナは剣を抜きもせずヒポリの全開の突進を避けた挙げ句、拍手をしてくれた。
分かっていたことではあるが。ここまで差があるのか。
ヒポリの戦闘を見守っていた魔法師団の中に、ヒポリの動きを捉えきれた者は居ない。
これが最古の勇者カルナ。
それでも。
「ん」
カルナはいつの間にやら剣を手にしていた。深い笑みも今は微笑に変わっていた。
向き合っているヒポリがそうさせた。
ズガンッ!!!!!
「これは。怖い」
ヒポリの感想も無理はない。
カルナが剣を抜いた2秒後に魔獣軍団の土地が割れた。文字通り、地割れが起きた。剣閃一つで。
しかしヒポリは避けた。天と地ほどの力の差がありながら。
ヒポリの赤装は今も空中に発散しながら燃え続けている。
「ふうむ・・・?」
カルナは視た。
ヒポリの燃焼効果は、無論本当に燃えているわけではない。ただ外観がそのように見えているだけだ。
では、何がその現象を引き起こしているのか。
ヒポリ自身の体内成分であることは間違いない。であれば、もしもその成分がまだヒポリと「つながっている」のなら、ヒポリの感覚器官は倍化され、拡張されているはず。常時のヒポリの頑丈な皮膚構造は逆に言えば鈍化であり、鋭敏な皮膚感覚とは真逆。
この赤熱化現象は見た目とは裏腹に、攻撃目的ではなく、触覚器官を強化したものか。ダルス族が強固な肉体構造を獲得すると同時に失われたものを再獲得した姿。
これがダルス族最終戦闘形態、血衣。自らの体液を毛穴から放出し、かつ結合させている状態。それゆえに体力の消耗は尋常ではなく、ヒポリですら長時間はもたない。
短期決戦。どちらかが死ぬまで止まらぬ決意の姿。
一合。ヒポリが一撃回避しただけの事実から、カルナはヒポリの戦力をほぼ完璧に見極めた。
「100年修行した私では、勝てなかったかも知れない」
カルナは率直にヒポリを褒めた。
相手がこのカルナでさえなければ、地上に敵はあるまい。これなら魔王級の魔法ですら、発動直後に回避できるはずだ。
ゴオ!!!
しかしヒポリはもう言葉を交えなかった。
相手が、強すぎるから。
お喋りの余裕は、もうなかった。
ただ強者と仕合える喜びと恐怖に胸を躍らせていた。
「速え」
空中でいつでも突っかかれるように待機していたギリィが、かろうじて目で追える。1キロ上空から見下ろして、ようやく。
明らかに魔獣の身体能力を超えすぎている。
これがヒポリ。
わずかに驚きながら、ギリィはパアルカラッソと共に見つめていた。勝機の訪れを。
ボアッ!!
ヒポリはカルナの間合いに踏み込みつつ、大地を蹴り上げ砂埃を巻き上げた。
単なる目くらましではない。砂自体が10音速で突っ込んでくる散弾となり、さらにヒポリの姿は完全に消えている。
剣一本で対処できる事態では絶対にない。
「フ」
カルナは軽く笑った。創意工夫を面白く思った。
ズン
カルナはただ、剣を大地に突き立てた。それで煙幕のように広がっていた音速の弾幕は、剣に吸い寄せられるように大地に降り積もった。突っ込んでくるより、さらに速い速度で。
オ!
しかしヒポリは砂埃の裏に居た!
剣を大地に差したままでは対応できない!
ドン!!!
絶好のチャンスに、しかしヒポリは全力でカルナの右方向に飛び退った。
・・・オン
ヒポリの向かっていたカルナ正面には、いつの間にか聖剣が振り抜かれていた。そして剣圧はピタリと敷地内で収まっている。
いつ大地から抜いたのか。砂埃を止めた時には確かにカルナの腕は下ろされ、ヒポリの突進は直撃の寸前だった。
速いとかいうレベルの話ではない。
「お前はすごい。私は今、手加減を外したのだが」
全て嘘とは言わぬまでも、これもお世辞が入っている。カルナはまだ力のコントロールを外していない。これでだいたい、空竜グランダロンを斬った時の1割の力だ。グランダロン相手には流石に本気で行った。
「ハハ・・・」
ヒポリは乾いた笑いをもらした。
勝てない。
完全な本気を振り絞って、一撃与えられない。触ることすら出来ない。
剣を振りかぶる腕が見えなかった。かろうじて嫌な予感のために躱せたが。
このままでは立ち会えない。
「・・・・」
カルナはヒポリの覇気がわずかにしぼんだのに気付いた。
ここまでか。
「ヒポリ。お前は500年修行した時の私より強い」
それでもカルナはヒポリを褒め称えた。
本当のことだからだ。
もしも勇者カルナと魔獣ヒポリが同時代に生きていたなら、同時に成長を迎えていたなら、負けていたかも知れない。
そしてカルナは剣を構え。
ヴァン!!!
「お行儀よく、死にやがれえええ!!!!」
音刀が勇者を襲った。
ヴァアアアアアアアア!!!!!!!!!!
ヒポリを巻き添えにすることも厭わない飽和攻撃で地面の砂が巻き上がる。超音波振動であるがゆえ、防御も不可能。仮にカルナの肉体が耐えられたとして、足音、呼吸、気配など周辺情報は全て殺した。
今なら全ての攻撃が直撃する!
「撃てっ!!」
ドオン!!!!
可能な限りに収束させた膨大を魔法師団が一斉発射。このパアルカラッソの号令もカルナには聞こえていまい。
「・・・・・・・・」
少しほっぺたを触りながら、カルナはなんだか悪い気持ちになった。
ここ、厩舎の屋根から見る魔法師団や凶鳥の攻撃は苛烈で、皆よく頑張っているな、と感心させられる。
音刀の第一撃が放たれた時、カルナはすでにここに居た。
あまりにもレベルの差がありすぎる。
どうする。
いくらなんでも、彼らを殺すのは・・・・「可哀想」ではないか。
勇者カルナは、虫けらを踏み潰さぬよう、気を使っていた。
「どう思う?」
ザン
「まだ。手加減をして頂いているのですね」
ヒポリだけはカルナの回避行動についてこれた。ついてきただけだが。
屋根で所在なさげにしているカルナ。それを見上げるヒポリ。この風景がそのまま実力差であった。
「うむ。正直、彼らの勇気だけは買える。これだけの実力差があって、例えるなら私がマリオン様に逆らえるかというと、あまり自信がない。全員が死兵だというのも興をそそる。生かして帰したくなる」
「残酷な」
いかに彼らが滑稽に見えようと、ヒポリはギリィらの奇襲のおかげで命拾いしている。彼らが動かなければ、もう死んでいる。
「許せ。弱者には死に方を選ぶ自由もない。それは人族も魔族も同じだったはずだが」
そう言われてはヒポリも返す言葉がない。その通りだったから。
「ヒポリ。今日はお前だけを殺しに来た。共にマリオン様の下で修行しよう。毎日戦えるぞ」
ダイナソアからの指令はまた別だが。カルナはそれなりに自由が効く。
「私も正直に言いますが。戦士として無上の喜びです」
「うん」
カルナはうんうんと頷いた。永遠に戦闘を楽しめる。こんな素晴らしい世界があると、死んで初めて知った。
死は終わりではない。まだ道の途中だ。
生と死の輪廻は生命活動中のワンパターンに過ぎない。
神位を獲得すればまた別のパターンに入る。それは別の生活に入るということであり、世間一般でいう天国に行くという意味ではない。
そんなものはない。
地獄なるものが無いように天国などという妄想の産物もまた、人の意識の中にしかない。
あるものは現実だけだ。
「ですがお断りします」
「うん?」
カルナは首を傾げた。純粋な疑問で。
「私はダルス族のヒポリ。魔獣として生まれ、魔界で育ちました」
「ふむ」
カルナは聞き覚えがあった。
今までの歴史上、こんなやつはいくらでも居た。
カルナより才能があっても。死んだ時のカルナより強くても。
だからカルナは諦めて、優しく微笑んだ。
「神獣マリオンの支配下に収まり魔界に手を上げるような逆賊になりたくない。それは魔獣の生きる道ではない」
「うん」
カルナはヒポリの意思の全てを容れて、うんと頷いた。
ヒポリの全てを尊敬できた。
だからカルナは、手加減を外す。
殺す甲斐が、増えた。
「冥土の土産に持っていけ。私の全力を」
やはりいつ抜いたのか、抜刀の瞬間がまるで見えなかった聖剣がカルナの両手に収まり、構えられた。
ヒポリは直感した。
敵戦力が、まるで視えない。戦力の一端も計り知れない。
絶対に勝てない。
1人では。
ズゴオッ!!
命を懸けて勇者に挑むのはこれで二度目。
魔獣カネがヒポリの勝機を生み出すために、厩舎の地下から腕を伸ばした。
魔獣軍団は最前線で戦う、戦場の花形。
今がまさにその時であった。




