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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
大山鳴動して子供2人。
92/103

神人カルナ、魔都に現る。

 雑多な匂い。魔族、魔獣、飛竜、妖樹、凶鳥。街を歩くのは人族以外。雑多な種族が力を合わせて街を形成している。


「久しぶり・・・というほど覚えていないな」


 女が1人、ニア・ラインに立っていた。ぶら下げる長剣一つで、元人族である彼女は魔都に降り立った。


 身長160センチ。線は細いのに、標準的な女性の体格に比べて、わずかに骨が太い。戦闘の邪魔にならないよう無造作に切られた短髪。全体としてスポーティーであり、わずかにシャアルネルラを想起するものがあった。


 しかしこの女の真価は、見た目で分かるものではなかった。


「全てに見覚えがない。なんと綺麗な街だ」


 ニア・ラインから魔城のあるライン中央部に入り、繁華街を通る。魔族に呼び止められることはない。そこかしこに居る守備兵は報告に飛んだようだが。


「しまった。金銭を持ってくれば良かった。買い物をしてみても良かったな」


 神位第3位、神人カルナは悔やんだ。


 レストランも屋台もどれも美味しそうだ。普段は食べられない味を見てみたかった。


「カルナ様。よろしければ私が魔都をご案内しましょうか」


「うん?」


 ざっと数千の魔城守備兵が高空にある。その空の下、1人の魔法師団がカルナの隣に下り立った。魔法師団ナンバー2、オゥルネイアである。


「・・・メガル焼きはあるかな」


「もちろんです。今日こんにちでは品種改良されたヨロビア・ホルシュタ種によるものが主流であり、タレ、塩、その他様々な味が楽しめます」


 メガル焼きとは、古代の牛の串焼きである。いにしえの昔、牛肉に限らず、肉というものは丸焼きにするのが主流であったが、ある日、バーベキューを楽しもうと思った若者らが編み出したのがメガル焼きである。いわば古代の洒落者のお遊び。カルナの生きていた時代の遊びだ。


 そしてオゥルネイアは対カルナ用にあらゆる知識を仕入れていた。無駄とも思える全てを手抜かりなく。カルナの生きていた時代そのものを、人族の協力も取り付けて学び取っていた。魔法師団は、伊達でエリートを気取っているわけではない。


 串に刺さった一口大の肉塊はあぶり焼きにされ、香辛料と肉汁をしたたらせ、カルナの口に運ばれた。


「美味い」


「この店の塩はシア・ライン特産です。新鮮かと思いまして」


「うん。気に入った。店主、良い腕だ」


「へ、へえ。ありがとうございます」


 屋台の店員は、カルナなど知らない。けれど魔法師団は知っている。その魔法師団が接待している相手。VIPだと容易く想像できる。緊張しながらも、なんとか頑張っていた。


 そしてカルナの時代、塩とは岩塩を指し、海水から塩を作る製法はまだなかった。土と混ざった塩を味わって生きていたカルナにとって、現代のメガル焼きはなんとも愛らしい味わいであった。まるで幼児に与えるがごとき優しさに満ちていた。


「これは?」


 オゥルネイアから差し出されたコップを、カルナは興味深く眺めた。


「グナデア水です。妖樹軍団のグナデアから採取した成分を水に混ぜて割った飲み物です。疲労回復効果があり、肉類を食べた後はさっぱりとした味わいもよろしいかと」


「ふむふむ。美味」


 柑橘かんきつ類の酸味が冷たくのどをいやしてくれる。冬でもないのに。


「全く。君達は立派だ」


 カルナの言葉に揶揄やゆの色はまるでなかった。心ゆくまで観光を楽しんでいた。


「いえ。先人の知恵です」


 オゥルネイアは間違っても現代技術を誇らなかった。


 それが先人のいしずえっていることを知っている。


 カルナの生きた時代。過去の魔王が生きた時代。それが今につながる。


 どうなるにせよ。過去を生きた人に、オゥルネイアは心からの敬意を払った。


「満ち足りた気持ちだ」


「それは良かった」


「ふう」


 満足のため息をつくカルナ。空には変わらず数千の精鋭。それに飛竜も数十体、凶鳥軍団長自ら率いる凶鳥エリート。そして。


「お客様は魔都を堪能されているようです」


「それは良かった。流石は魔法師団」


 魔軍大将軍ヒポリと副官カネも現れた。


 上空にいつにないオールスターの姿が見え、魔都はにわかにざわついた。


 しかしカルナは隣の女性だけを見ていた。


「君の名は」


「魔法師団ナンバー2。オゥルネイアと申します」


 オゥルネイアから見たカルナの瞳には、底知れない何かがあった。ただ長生きをしただけで到れる境地とは思えない。先代魔王シャアルネルラや魔神テアより、さらに深い。


「オゥルネイア。もてなしに感謝する。久しぶりの地上の味。感慨かんがい深いものだった」


 オゥルネイアは、どういたしまして、と頭を下げながら、次の言葉に全神経を集中させていた。


「礼として民間人は殺さない。約束しよう」


「ありがとうございます。ですが、これよりカルナ様の前に立つ者は、全て我が魔軍の者。神人相手だろうと退く足を持たぬ者。遠慮などなさらずに」


「フ。・・・もてなしが増えた」


 カルナはまだ剣を抜かなかった。


 今すぐ魔都を壊滅させることも出来るカルナだが。言った通り、メガル焼きを頂戴ちょうだいした。


 文化を消滅させるのは惜しい。


 また次の世代では次の料理になっているはず。


 自分が見れるか否かは別として。


 また次の子供らが食べていける世界を残すのは、間違った行いではないはずだ。


 元勇者のカルナは、なんとなくそう思った。


「オゥルネイア。殺す前に言っておく。深く感謝している。お前達は何一つとして恥じるべきものを持たない。私が保証する」


 カルナは優しく、大真面目に言った。


「・・・・ありがたき。幸せ」


 オゥルネイアは、伝説の人物である勇者カルナにそこまで言われて、涙をこらえられなかった。


 神位持ちを敵に回し、確実な死が目の前に回っていることも、感情を刺激した。


「泣くな。待っている男が居るのだろう。涙はその時に流せ」


「・・・カルナ様は?」


「フフ。男が出来る前に死んだ。もしも子でも成せていたなら、神位に踏み込むこともなかったか」


 なんとも言いにくい。特にオゥルネイアにとっては、良しとも悪しとも、何も言えなかった。


「お客様。もしよろしければこちらへ」


 そしてヒポリがやってきた。最古の勇者カルナを迎えに。


 カルナはその顔に、今日初めての表情を浮かべた。目当ての獲物を発見した時の獰猛どうもうな笑みを。


「ヒポリ。私は君を一方的に知っている。君は私のことをどれだけ知っている?不公平な条件で、君とやり合いたくはないのだが」


「私より強く、魔王シャアルラ様より強く、魔神テア様より強い。それしか知りません」


「うむ」


 何も知らない。そう言われたも同然ではあるが、ヒポリの言葉に内在されていた落ち着きと自負が、それを裏切っていた。


 この「小さな」獣は、私を知っている。


 ありがたい。


 2人(と数千の兵)は元魔獣軍団敷地跡に到着した。軍馬の厩舎きゅうしゃにさえ気を付ければ、ここなら被害が出にくい。


「狭いな」


 ざっと10平方キロの敷地も、カルナに言わせれば狭いらしい。


「魔法師団の方にもっと頑丈な稽古場けいこばもあります。そちらはどうでしょう」


 オゥルネイアが提案してみた。あそこは常時結界が張られ、大地そのものが堅い。流れ弾の危険性をかんがみて、建造物も全て結界仕込み。カルナにとって意味があるのかは別として。


「いや。これもまた鍛錬。あそこには数十人の使用人が居るな。気を付けよう」


 建物を見ただけでそこに居る人数を正確にはかった。人間業ではない。


 そしてどうやらカルナは本当に手加減をしてくれる。


 侮辱とは思わない。


 そこまで手をゆるめてなお、己の100倍は強い。


「試練の内容は簡単だ。私が参ったと思えば、それで終わり。戦意ある者であれば、誰が参加しても良い。爆発物、毒物、好きな物を使ってくれ」


「承知しました」


「ところで。シャアルラとテアは来ないのか?」


 挑発ではなく、純粋な疑問としてカルナはヒポリに問うてみた。


 2人が来るのなら、これも久しぶりに魔法使いと戦える。


「ダイナソア様、そしてマリオン様に備えておられます。ゆえにカルナ様には、私がお相手を務めさせて頂きます」


 ダイナソアはただ1ヶ月後と言った。それがマリオン、ダイナソア、カルナの同時襲撃なのか否か、一切判断が付かない。


 ゆえに最大戦力を分割。シャアルラとテアはカルナ戦には出てこない。


 それに。


 神人とはいえ、身体スケールがただの人間のカルナに対して、広範囲魔法攻撃を仕掛けていたら、ヒポリも攻撃できない。巻き込まれる。


「なるほど。それもまた正解」


 カルナは魔族側の考えを、付け焼き刃の浅知恵と非難しなかった。


 それはただ、冷徹れいてつなる事実。神位第9位のテアが参戦しようが、意味はないという。


 だからカルナ戦での全滅を避けるだけでも、意味はある。


 無駄ではない。


 会話でお互いの心は近付いていたが、話しているうちに2人の距離は離れていった。


 ヒポリは一方的にカルナから離れていた。



 およそ360メートル。それだけの距離をとって、やっとヒポリは止まり、そして振り向いた。


「これぐらいでしょうか」


「まあ。だいたい合ってる」


 お互いに大声を出している・・・わけではない。周囲が静まり返っているのもあるが、双方ともにそもそもの存在力が違う。普段抑えている声をはっきりと押し出すだけで十分に聞こえた。


 オゥルネイアもすでに上空の仲間に合流した。


 ヒポリは1人で神位第3位と向かい合っている。


「正確にはもう二歩出ても良い・・・。ま、誤差だ」


「やはり、勇者の間合いを見極めるのは骨が折れます」


 珍しく。ヒポリは照れながら、カルナの言葉を受け入れた。


 360メートル。お互いの了解の元に分かたれたこの距離こそ、カルナの間合いに他ならない。


 少し甘かったが。ヒポリの眼力はカルナの眼鏡に適った。


フオン


 見えなかった。全く力を入れていない軽い振りで放たれたカルナの聖剣を目撃できた者は、この場には存在しなかった。


「あ。今のは手を抜きすぎた。すまん」


 ヒポリは今の一振りで全身を切り刻まれた幻影を見た。


 だが実際には剣先から150メートルにしか剣圧は届いていない。


 ゆえにカルナは自分の言葉から嘘が出たことを謝罪した。


 360メートルとは気を入れて斬った時の間合いだ。今のヒポリに見せるためだけの剣技では、そこまで圧力が出なかった。


「ふふふ・・・」


 ヒポリは笑ってしまった。


 完全に手加減をされている状態で、自分の本気より強い。


「では。私は最初から本気で行かせて頂きます」


「良い。私はそれを楽しみに来た。見せてくれ」


 カルナの言葉はお世辞ではなかった。たかが地上の魔獣一匹を目当てに、ダイナソアからの指令を楽しみにしていたのだ。


 全くそれは間違いではなかった。


「オ オ オ オ オ オ オ オ オ !!!!!!」


 獣王ヒポリの雄叫びは魔都中央区画にまで響いていた。普段、全く声を荒らげないヒポリの大音声だいおんじょう。外敵との戦争予定を布告されていた魔界住人であっても、その雄叫びを聞いては硬直せざるを得なかった。正しく百獣の王の声であった。


 そしてヒポリは変わる。


 先代魔王にしか見せなかった姿へと。


「ほう・・・」


 カルナは喜びに満ちた笑みを浮かべ、満足そうな吐息をもらした。


 嬉しんでいた。


「お待たせしました。これが私の本気です」


 ヒポリもまた久しぶりに体を動かす。


「暑くはないのか?その姿」


 カルナは冗談混じりにヒポリにたずねてみた。


 そう。今のヒポリは赤熱していた。


「もちろん。熱いです」


 灼熱しゃくねつのヒポリ、動く。

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