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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
大山鳴動して子供2人。
90/103

シャアルラとグランアルム。試練突破。

 これが空竜。いにしえの3界の支配者。


 まず空竜とは味方で、仮想敵として想定したことすらない。そういうシャアルラとしてはグランアルムは未知の強敵。


 だが魔神テアが新たな情報源として加わり、対策も十全。


 これで勝てなければ、神獣や神竜に挑む資格はない。


 しかし。


 その上でなお、空竜はシャアルラの想像を超えていた。


ゴ オ


 見えない。確かに移動しているのであろう轟音は聞こえる。空竜が移動してより数秒後に発生する衝撃を伴う風切り音が。


 しかし空竜グランアルムは、完全にシャアルラの視界から消えていた。


 シャアルラの動体視力では、まるでついていけない。


 格が違う。


オン!


 さらに気付く前に攻撃が来る。シャアルラの魔力障壁を一撃で破るそれは、ただの吐息。


 ただし10トンからの「重さ」が50音速で突っ込んでくる。


 直撃すればヒポリだって耐えられない。防御などという概念が通じる衝撃ではない。


「強いな!全く!」


 呆れ返るほどの強さを前に、シャアルラはただ笑っていた。無傷のままで。


 シャアルラの防御方法は実に簡単だった。自分の周囲、空竜の近く、そうした意識の壁をぱらい、全方向に魔力障壁を展開。


 その障壁を打ち破るモノに注意を払い、圧力を増した攻撃の予兆から全力で逃げて、なんとか回避している。


 今のシャアルラの魔力障壁は身を守るためであっても、バリヤーではない。一枚の鉄壁ではなく、何万枚という薄膜を張り巡らし、鋭敏なセンサーとして機能させていた。


 そうしたカラクリは、グランアルムにとってはあまりに微弱びじゃくな魔力すぎて気付けない。


 だが明らかな速度差がありながら、直撃させられていない。何かの技で、シャアルラがこちらの動きを察知しているとは理解していた。


 尊敬し始めていた。


 こんなか弱い生き物が、ここまで食い下がるとは。


「君。本当に神族にならないの?」


 グランアルムは飛行速度を保ちながら、シャアルラにたずねてみた。穏やかな声で。


「これから私が倒すものに属してどうする。グランアルム。お前こそ、魔族になるのなら、受け入れてやっても良いぞ。伝令ぐらいは務まるだろう」


 シャアルラの声にも表情にも、まだ余裕はあった。演技ではない。


 レベル差に目をつむれば、五分五分にも見える。


「悪い話じゃないけど。ダイナソアに逆らうのは君と戦うより怖い。それにマリオンには絶対に勝てない」


 この情報には価値がある。地上を好き勝手に消したダイナソアより、やはり神位第1位のマリオンが強い。


 ・・・・この神位第4位のグランアルムに何も出来ていない現状で意味があるのかは、別として。


「お前は私より強い。マリオンもダイナソアもそうだろう」


 もちろんシャアルラだって、そんなことは百も承知。


 単純な力比べで勝てるとは思えない。


 だが。


「ヒポリよりは、弱い!!」


 そのような現実は存在しない。どう考えてもマリオンやダイナソアは、ヒポリとは桁違けたちがいの怪物。


 しかしシャアルラが実際に戦ったことがあるのはヒポリのみ。徹底的にへし折られたのもヒポリだけ。


 グランアルムは強い。間違いなく強い。


 だが自分はまだ折れていない。


 そしてヒポリは言った。


 もっと強くなれると。


「・・・カルナみたいだね」


 グランアルムはシャアルラの心の様子に、己の姉弟子を見た。


 神人カルナもまたマリオンを信じ、マリオンと戦い、強くなり続けている。


「あんな化け物と一緒にするな。私はただの魔王だ」


 グランアルムすら意味を解しかねるセリフだった。


 それが己の弱さを飲み込んだシャアルラの第一歩。スタートだとは流石に気付けない。


 分かるのは眼前の少女が、神人カルナと同等の精神性を持っているということ。


 成長すれば強大な敵になり得るということ。


 もしグランアルムが狡猾こうかつであれば、ここでシャアルラを殺していた。


 しかしグランアルムに課された使命は、一定時間、魔都に出現し続けること。誰を倒せだとか、何人以上殺さなければならないとか、そういう縛りはない。


 今回はシャアルラへの試練。ではあるが、グランアルムの軽い運動も兼ねている。


 空竜。その実力に疑いはないが、イマイチ甘い。


 軽く実戦をして覇気などまとってみないか。ダイナソアからの隠れた提案だ。


 成功失敗を問わない、上手くいけばもうけもの程度の策略だった。


「・・・久しぶりに。動いてみるかな」


 シャアルラに喚起かんきされ、その思惑は成功してしまった。


オ オ


 空竜とは飛竜の最終形態。飛行速度、生命力、攻撃能力の全てにおいて成長しきった姿。成熟するまでに1万年というながい時間がかかることだけが欠点だが、空竜軍団なるものが成立したなら、カルナでも苦戦は免れないだろう。


 例えば、グランアルムが本気で動いたなら。


・・・・オ!!!!


 こうなる。


「・・・!!!」


 シャアルラは自分が死んでいない事実に驚いていた。右腕と右足、そして内蔵の半分を喪失そうしつした事実に発狂しかけたが、即座に修復し、血液も新造。


 60音速を突破したグランアルムの突撃は、わずかに軌道きどうれ、シャアルラの右半身を消し飛ばすだけにとどまった。


「?・・・」


 本気を出した。少なくともダイナソアとの稽古の時と同じぐらいには。


 それで目の前の幼い魔王は、死んでいない。倒せなかった。


 思うより、強いのか?


 グランアルムが考え込んでいる間に、シャアルラは超常的な精神力で呼吸を落ち着けた。


「・・・・私を。めているのか?」


 追撃が来ない。回復に手一杯だったあの瞬間にもう一撃食らっていたら、終わっていた。


 シャアルラはそれを、優しく遊んでもらっているのだと判断した。


 感情の力を借りて、つまり、キレて多少の魔力強化を果たした。


ゴオ!!


 また。もはや言葉を交わさずグランアルムは突撃を食らわし、シャアルラの左足を消し飛ばした。


 ・・・足、だけ?・・・なぜズレる?


「・・・舐めるなぁっ!!!!」


 痛みは根性で塗り潰し、欠損は即座に修復。身体部位をふっ飛ばされながら、即時反撃に移った。


 二度の本気の突進。とはいえ疲労度はゼロ。


 それでいてグランアルムは焦っていた。


 なぜ当たらない?自分はここまで弱かったのか?神位にも到達していない地上の魔王ごときに、どうして手こずる?


 全開の60音速のまま、シャアルラから1秒で数キロの距離を取り、自身の安全を保ち。


 一息ついている間に、体に穴が開いていた。


「やっと追い付いた」


 全開のシャアルラが追ってきている。それでも圧倒的に遅く、まだ距離がある。


 そう分かっていても、理不尽な攻撃にグランアルムの精神は揺れている。


 だから当たる。


ズオン


「・・・ぐっあっ・・・」


 グランアルムは生まれて初めての断末魔の悲鳴を上げて、落ちていった。


「手こずらせおって」


 空竜攻略に成功したシャアルラだが、そこまでの喜びもなかった。


 会話から察せられるように、確かにスペックは高かろうが、実戦慣れしていない相手だった。


 だから想定外の攻撃に分かりやすく弱かった。


 シャアルラは魔力弾頭を形成するプロセスを省略、直接大気を物質化し空気中の自然魔力のみで加速し、空竜を攻撃した。ただ速く。ただ楽に。呼吸するように魔神テアの技を真似まねた。


 命の危機、窮地きゅうちという実戦経験が、シャアルラの成長速度を加速した。


 防御も同じ。グランアルムでは感じ取れない微弱な魔力結界を、突進の衝撃に反応して次々に硬化させ、突進方向を微妙に逸らし、直撃を避けた。


 意識していては間に合わない。度を越したグランアルムの力が、シャアルラに自動反応障壁を展開させた。


 出来なければ死んでいた。


 生命を必要経費とするだけあって、実戦の学習効率は莫大ばくだいなものがあった。


ズウン


 そこまでの大きさではないとは言え、12トンの飛行物体が落ちた衝撃は大きく、地面が少し揺れた。


 そしてシャアルラはグランアルムの喉元のどもとに接近した。


「どうする。くだれば、助けてやる」


「く、降ります」


「良かろう」


 シャアルラはそこらの飛竜を呼び寄せ、医者と秘薬カルスを持ってこいと命じた。


「え・・・?本当に殺さないの?」


 グランアルムはまだ逃げ出すだけの余裕はあった。致命傷はおろか、重傷すら追っていない。ただシャアルラの攻撃を避ける自信がなかったので、逃げなかった。ここで暴れれば、本当に死闘になる。


「先に言ったのはお前だ。降伏すれば攻撃しない」


「そ、そう」


 グランアルムは完全にシャアルラを信じたわけではない。己が生命の危機を脱したと思っているわけではない。


 だが目の前の己よりはるかに小さな魔王が、見た目より大きいことは、理解できた。


「シャアルラ様。参りました」


 先に命じた飛竜と、魔城付きの飛竜であるカーンが、魔城お抱えの軍医を連れて来た。


「治せ。攻撃の意思はない」


「はっ」


 秘薬カルス。それを惜しげもなく、空竜の全身に空いた傷口に塗り込める。領土決定戦で使用される量を軽く上回っている。


 それを知らないグランアルムでも、完全回復した肉体を思えば、シャアルラの器量は知れる。


「お前はこのまま帰っても良い。我々は試練を乗り越える。ダイナソアとマリオンを倒した後に、また会うこともあるだろう」


「・・・じゃ。また」


 グランアルムは空へ帰り、見えなくなった。


 また。その言葉の意味はどこにある。


「殺さなかったの?」


「ええ」


 軍医とカーンが去り、見回りの飛竜が回遊に戻った後、テアがやってきた。


「なんとか。教えて頂いたわざが出来るようになりました。その礼です」


「ふむ」


 テアはグランアルムの傷跡を見ていない。けれど今のシャアルラの言葉で分かった。


 少しは成長したか。


 流石は。



 ダイナソアの試練は見事に突破された。


 そして試験官が現れた。



「見事だ。次は一ヶ月後。今はゆっくり休め」


 神竜ダイナソアはそう言い、シャアルラの瞳を優しく見つめていた。

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