シャアルラとグランアルム。試練突破。
これが空竜。古の3界の支配者。
まず空竜とは味方で、仮想敵として想定したことすらない。そういうシャアルラとしてはグランアルムは未知の強敵。
だが魔神テアが新たな情報源として加わり、対策も十全。
これで勝てなければ、神獣や神竜に挑む資格はない。
しかし。
その上でなお、空竜はシャアルラの想像を超えていた。
ゴ オ
見えない。確かに移動しているのであろう轟音は聞こえる。空竜が移動してより数秒後に発生する衝撃を伴う風切り音が。
しかし空竜グランアルムは、完全にシャアルラの視界から消えていた。
シャアルラの動体視力では、まるでついていけない。
格が違う。
オン!
さらに気付く前に攻撃が来る。シャアルラの魔力障壁を一撃で破るそれは、ただの吐息。
ただし10トンからの「重さ」が50音速で突っ込んでくる。
直撃すればヒポリだって耐えられない。防御などという概念が通じる衝撃ではない。
「強いな!全く!」
呆れ返るほどの強さを前に、シャアルラはただ笑っていた。無傷のままで。
シャアルラの防御方法は実に簡単だった。自分の周囲、空竜の近く、そうした意識の壁を取っ払い、全方向に魔力障壁を展開。
その障壁を打ち破るモノに注意を払い、圧力を増した攻撃の予兆から全力で逃げて、なんとか回避している。
今のシャアルラの魔力障壁は身を守るためであっても、バリヤーではない。一枚の鉄壁ではなく、何万枚という薄膜を張り巡らし、鋭敏なセンサーとして機能させていた。
そうしたカラクリは、グランアルムにとってはあまりに微弱な魔力すぎて気付けない。
だが明らかな速度差がありながら、直撃させられていない。何かの技で、シャアルラがこちらの動きを察知しているとは理解していた。
尊敬し始めていた。
こんなか弱い生き物が、ここまで食い下がるとは。
「君。本当に神族にならないの?」
グランアルムは飛行速度を保ちながら、シャアルラに尋ねてみた。穏やかな声で。
「これから私が倒すものに属してどうする。グランアルム。お前こそ、魔族になるのなら、受け入れてやっても良いぞ。伝令ぐらいは務まるだろう」
シャアルラの声にも表情にも、まだ余裕はあった。演技ではない。
レベル差に目をつむれば、五分五分にも見える。
「悪い話じゃないけど。ダイナソアに逆らうのは君と戦うより怖い。それにマリオンには絶対に勝てない」
この情報には価値がある。地上を好き勝手に消したダイナソアより、やはり神位第1位のマリオンが強い。
・・・・この神位第4位のグランアルムに何も出来ていない現状で意味があるのかは、別として。
「お前は私より強い。マリオンもダイナソアもそうだろう」
もちろんシャアルラだって、そんなことは百も承知。
単純な力比べで勝てるとは思えない。
だが。
「ヒポリよりは、弱い!!」
そのような現実は存在しない。どう考えてもマリオンやダイナソアは、ヒポリとは桁違いの怪物。
しかしシャアルラが実際に戦ったことがあるのはヒポリのみ。徹底的にへし折られたのもヒポリだけ。
グランアルムは強い。間違いなく強い。
だが自分はまだ折れていない。
そしてヒポリは言った。
もっと強くなれると。
「・・・カルナみたいだね」
グランアルムはシャアルラの心の様子に、己の姉弟子を見た。
神人カルナもまたマリオンを信じ、マリオンと戦い、強くなり続けている。
「あんな化け物と一緒にするな。私はただの魔王だ」
グランアルムすら意味を解しかねるセリフだった。
それが己の弱さを飲み込んだシャアルラの第一歩。スタートだとは流石に気付けない。
分かるのは眼前の少女が、神人カルナと同等の精神性を持っているということ。
成長すれば強大な敵になり得るということ。
もしグランアルムが狡猾であれば、ここでシャアルラを殺していた。
しかしグランアルムに課された使命は、一定時間、魔都に出現し続けること。誰を倒せだとか、何人以上殺さなければならないとか、そういう縛りはない。
今回はシャアルラへの試練。ではあるが、グランアルムの軽い運動も兼ねている。
空竜。その実力に疑いはないが、イマイチ甘い。
軽く実戦をして覇気など纏ってみないか。ダイナソアからの隠れた提案だ。
成功失敗を問わない、上手くいけば儲けもの程度の策略だった。
「・・・久しぶりに。動いてみるかな」
シャアルラに喚起され、その思惑は成功してしまった。
オ オ
空竜とは飛竜の最終形態。飛行速度、生命力、攻撃能力の全てにおいて成長しきった姿。成熟するまでに1万年という永い時間がかかることだけが欠点だが、空竜軍団なるものが成立したなら、カルナでも苦戦は免れないだろう。
例えば、グランアルムが本気で動いたなら。
・・・・オ!!!!
こうなる。
「・・・!!!」
シャアルラは自分が死んでいない事実に驚いていた。右腕と右足、そして内蔵の半分を喪失した事実に発狂しかけたが、即座に修復し、血液も新造。
60音速を突破したグランアルムの突撃は、わずかに軌道を逸れ、シャアルラの右半身を消し飛ばすだけに留まった。
「?・・・」
本気を出した。少なくともダイナソアとの稽古の時と同じぐらいには。
それで目の前の幼い魔王は、死んでいない。倒せなかった。
思うより、強いのか?
グランアルムが考え込んでいる間に、シャアルラは超常的な精神力で呼吸を落ち着けた。
「・・・・私を。舐めているのか?」
追撃が来ない。回復に手一杯だったあの瞬間にもう一撃食らっていたら、終わっていた。
シャアルラはそれを、優しく遊んでもらっているのだと判断した。
感情の力を借りて、つまり、キレて多少の魔力強化を果たした。
ゴオ!!
また。もはや言葉を交わさずグランアルムは突撃を食らわし、シャアルラの左足を消し飛ばした。
・・・足、だけ?・・・なぜズレる?
「・・・舐めるなぁっ!!!!」
痛みは根性で塗り潰し、欠損は即座に修復。身体部位をふっ飛ばされながら、即時反撃に移った。
二度の本気の突進。とはいえ疲労度はゼロ。
それでいてグランアルムは焦っていた。
なぜ当たらない?自分はここまで弱かったのか?神位にも到達していない地上の魔王ごときに、どうして手こずる?
全開の60音速のまま、シャアルラから1秒で数キロの距離を取り、自身の安全を保ち。
一息ついている間に、体に穴が開いていた。
「やっと追い付いた」
全開のシャアルラが追ってきている。それでも圧倒的に遅く、まだ距離がある。
そう分かっていても、理不尽な攻撃にグランアルムの精神は揺れている。
だから当たる。
ズオン
「・・・ぐっあっ・・・」
グランアルムは生まれて初めての断末魔の悲鳴を上げて、落ちていった。
「手こずらせおって」
空竜攻略に成功したシャアルラだが、そこまでの喜びもなかった。
会話から察せられるように、確かにスペックは高かろうが、実戦慣れしていない相手だった。
だから想定外の攻撃に分かりやすく弱かった。
シャアルラは魔力弾頭を形成するプロセスを省略、直接大気を物質化し空気中の自然魔力のみで加速し、空竜を攻撃した。ただ速く。ただ楽に。呼吸するように魔神テアの技を真似た。
命の危機、窮地という実戦経験が、シャアルラの成長速度を加速した。
防御も同じ。グランアルムでは感じ取れない微弱な魔力結界を、突進の衝撃に反応して次々に硬化させ、突進方向を微妙に逸らし、直撃を避けた。
意識していては間に合わない。度を越したグランアルムの力が、シャアルラに自動反応障壁を展開させた。
出来なければ死んでいた。
生命を必要経費とするだけあって、実戦の学習効率は莫大なものがあった。
ズウン
そこまでの大きさではないとは言え、12トンの飛行物体が落ちた衝撃は大きく、地面が少し揺れた。
そしてシャアルラはグランアルムの喉元に接近した。
「どうする。降れば、助けてやる」
「く、降ります」
「良かろう」
シャアルラはそこらの飛竜を呼び寄せ、医者と秘薬カルスを持ってこいと命じた。
「え・・・?本当に殺さないの?」
グランアルムはまだ逃げ出すだけの余裕はあった。致命傷はおろか、重傷すら追っていない。ただシャアルラの攻撃を避ける自信がなかったので、逃げなかった。ここで暴れれば、本当に死闘になる。
「先に言ったのはお前だ。降伏すれば攻撃しない」
「そ、そう」
グランアルムは完全にシャアルラを信じたわけではない。己が生命の危機を脱したと思っているわけではない。
だが目の前の己よりはるかに小さな魔王が、見た目より大きいことは、理解できた。
「シャアルラ様。参りました」
先に命じた飛竜と、魔城付きの飛竜であるカーンが、魔城お抱えの軍医を連れて来た。
「治せ。攻撃の意思はない」
「はっ」
秘薬カルス。それを惜しげもなく、空竜の全身に空いた傷口に塗り込める。領土決定戦で使用される量を軽く上回っている。
それを知らないグランアルムでも、完全回復した肉体を思えば、シャアルラの器量は知れる。
「お前はこのまま帰っても良い。我々は試練を乗り越える。ダイナソアとマリオンを倒した後に、また会うこともあるだろう」
「・・・じゃ。また」
グランアルムは空へ帰り、見えなくなった。
また。その言葉の意味はどこにある。
「殺さなかったの?」
「ええ」
軍医とカーンが去り、見回りの飛竜が回遊に戻った後、テアがやってきた。
「なんとか。教えて頂いた業が出来るようになりました。その礼です」
「ふむ」
テアはグランアルムの傷跡を見ていない。けれど今のシャアルラの言葉で分かった。
少しは成長したか。
流石は。
ダイナソアの試練は見事に突破された。
そして試験官が現れた。
「見事だ。次は一ヶ月後。今はゆっくり休め」
神竜ダイナソアはそう言い、シャアルラの瞳を優しく見つめていた。




