テンクウとイロリウム。
「これ・・・聞こえてるんすか?」
「ああ。そちらはどうだ?」
「大丈夫っす。・・・すごいもんすね」
「・・・・結局上手く行かなかったとは言え、魔法師団用の装備だからな。当時の最高技術が詰まっている」
「へええ・・・」
場所は水中。海水に周囲を囲まれている状況で、元魔獣軍団チンツー種のテンクウと、海魔族パーサー種のイロリウムが完璧な意思の疎通をこなす。
これこそ、テンクウが着込んだ潜水服の特徴の1つ。離れた仲間とコミュニケーションが取れる。
ガチリ
「えっ?」
そのテンクウは、手元に伝声管を戻され、驚きと恐怖の悲鳴を上げた。
「なんだ?」
「持ってて下さいよ!不安になるじゃないですか!」
「??」
不思議そうな顔をしながらも、イロリウムはテンクウの願いに応じ、伝声管を再び手に持った。
潜水服頭部から首、右肩、右腕を経由して伸びるケーブル。その先にある直径2センチほどの筒をイロリウムが自身の顔に当てる。
「これでは作業がしにくいのではないか?」
「しゃーないじゃないっすか」
筒から伝わるイロリウムの声が、テンクウの頭部周囲に響き渡る。
「というか、そもそもおれは何を調教すりゃ良いんですか?」
「あれだ」
海中を「歩む」テンクウと、テンクウに掴まって高度を保つイロリウム。2人の目の前に、ネビキュア以外の物が見えて来た。
この周囲は港湾機能のため、そして外敵警戒のために、邪魔な岩礁などはあらかた取り除かれている。全軍団総出、数百年ほどをかけた大事業だ。
なのに、目の前には緑色の壁がある。青い海の向こう側が見えない。
「?小さい生き物なんすか?」
テンクウは、まだ見付けられていなかった。
「これ以上は前に出るな」
「!」
即時、テンクウはブレーキをかけ、海中に停止した。
イロリウムの声を恐れたのではない。
その声が聞こえると同時に、見えたのだ。
海流の動きによる錯覚、ではない。壁そのものが、動いている。
「・・・・な、なんすか、これ・・・・・」
「ナレニアコンブ。巨大昆布とも言う。植物と動物の特性を合わせ持ち、海中にある全てを食らう。ただ、機動性は無く、動きのほとんどは海流任せだ。その身体のあまりの大きさに、無理に動こうとすると、体がちぎれる。こんな感じだ」
と言うと、イロリウムは壁に見えるナレニアコンブに接近して行った。
距離感が掴めない巨体のために、テンクウはいつそれが起きたのか分からなかった。
イロリウムがナレニアコンブに接触した瞬間。おそらくその時。
ナレニアコンブの胴体は、半分に分かたれた。
そしてイロリウムが戻って来る。
「気が付いた事はあるか?」
「・・・悲鳴が無いっすね。暴れもしない。動物なんですよね?」
ちなみに、テンクウには、イロリウムの戦闘能力への疑問は全く無い。海魔軍団一部隊の副長を任されている男。戦場の1つぐらいは支配出来るだろう。
テンクウは、カネが数百人規模の敵を1人で足止めしていたのを見た覚えがある。イロリウムはカネほどでないとしても、それに近い事は出来るはずだ。
「おれも詳しく説明してやれるほどは知らないのだが。奴らに痛覚は、おそらく無い。いかなる攻撃を加えても、反撃をされた海魔の者は皆無。気質は植物に近いな」
「へー・・・」
そうなの?
テンクウは全然分からないので、とりあえずの相槌に専念した。
そして気付いた。
・・・それを、調教して、チーム編成?
ええ?・・・・。
「あの。考えなしの質問かも知れませんけど」
「構わない。なんでも聞いてくれ」
「えーと。巨大昆布でしたっけ。あれが、何の役に立つんですか?」
そうなのだ。
イロリウムが弱いとは言わないが、一撃の元に倒れる前衛など、何の役にも立たない。少しは持ちこたえてくれなければ。もしくはイブーのような、強烈な突破力を持っているとか。
「君の疑問は最もだ。こと戦力として見れば、ナレニアコンブには特徴はない。海中を漂う小エビなどを食べて生きている、ただのデカい魚に過ぎない」
いやそこまでは思ってないけど。
テンクウはその次の言葉を待っていた。
全長数百メートルは軽くある、もろい布か板状の植物魚。あるいはこれから自分と長い付き合いになる生命。テンクウは耳をすませていた。
「だから、あれの役割は完全な囮だ。敵の攻撃を受け、その威力、特性を推し量るための捨て駒」
驚きは。無かった。
部外者を招いた以上、そのために生まれるチームなのだから。
「テンクウ君。もし君が嫌なら、断ってもらって、本当に構わない。・・・この仕事を全力で全うしたとして、栄達にはおそらくつながらない。誰も囮になど、関心を払わない。それが海魔軍団員でないなら、なおさら」
「・・・ふっ、ふふ。それでイロリウムさんは、どうしたいんすか?まるでおれに断って欲しいみたいっすけど」
あまりにも率直な意見に、テンクウは笑って答えた。
それに応じるイロリウムも、笑いこそしないものの、リラックスした雰囲気だった。
「どうだろうな・・・。海魔のためを思えば、このチームは作りたい。港湾、魔都ラインへの出入り口は絶対死守。その礎となってもらいたい気持ちは本当だ。が、テンクウ君。君を捨てるのは惜しい。・・・魔都で別の道を探してはどうだ」
「・・・・嬉しい」
静かな声の響きに、イロリウムは少し黙った。
「そこまでおれを買ってくれたのは、イロリウムさんが初めてですよ。昔の上司なんざあ、テンクウさんあれ出来ますよねこれして下さいじゃあ次は・・・。こき使われっぱなしで、おれの部下も皆死んで。残ったのは子猿一匹」
「・・・・」
実戦で部下を失った経験は、イロリウムには無いものだった。その圧倒的な経験量が、イロリウムから相槌を奪った。
「しかしまあ・・・・言わせてもらえれば。甘っちょろいんだよ、イロリウム!てめえの仕事なんだろうが!命令しろや!!テンクウ!こいつに言う事聞かせて味方のために死ねって!!!てめえがフラフラしてたら、部下も無駄死にしちまうだろうが!!カネの野郎は、そんなふわふわじゃなかったぞ!あの陰険野郎は言ったらやらせるし、自分でもやってたぜ!!」
感情に任せて好き放題言ったは良い。が、次の瞬間テンクウは、左手で口元を押さえ、血液の温度が下がって行くのを耐えていた。
死ぬ。死んでしまう。
テンクウに個人戦闘能力などというものは無い。流石に子猿には負けないだろうが、成人魔族には普通に遅れを取る。
ましてや相手がイロリウムでは。
そして遺言・・・を伝える相手も居ない事に気付き、テンクウはちょっとさみしくなった。
「カネ殿、か」
「・・・」
落ち着いたイロリウムの言葉に、テンクウは答えを返せない。ただ己の生の終わりに震えていた。
「おれも同じ言葉を返そう。あのカネ殿と比較してもらい、嬉しい」
「・・・えと。知ってるんすか、カネさんの名前」
テンクウは、己が生き残っている現実が信じられず、どうでもいい質問を返した。
「魔軍にあって知らぬ者はおるまい。ヒポリ様の片腕にして、自身一騎当千の猛者。いかなる戦場においても生き残り、必ず戦果を上げて来る、返り血に染まる修羅。・・・テンクウ君。おれは君の事を聞いた一番初め、羨ましいと思ったのだぞ。カネ殿の下で働いていたなどと」
「そうすか・・・」
なぜだか感じ入っているイロリウムの邪魔をしないよう、テンクウはなあなあで済ませた。
テンクウ自身にカネの下で働けて良かったという気持ちは全く無い。
ひたすら疲れたし怖かったし。気の休まる暇もなかった。食堂はタダで利用出来るんだから栄養バランスを考えつつたくさん食べろとか、食べたら歯を磨けとか、宿舎や獣舎の問題点があればすぐに言えとか、本当に口やかましい奴だった。まあ、このおれを評価して推薦書を書いたのは、認めてやらんでもないが・・・。
しかし、そんな事を言ってイロリウムの不評を買うのも得策ではない。テンクウは黙っていた。
「テンクウ。おれは君を見くびっていた。カネ殿の優秀な配下なのだと」
・・・?それは見くびった評価なのか?テンクウは声には出さず、しかし徐々に話の流れがおかしくなっているような気もしていた。
「君も、一端の男なのだな」
「??・・・そうです!」
テンクウはとりあえず良い返事をしておいた。カネ相手だとこちらの感情を見透かされる事もあるが、イロリウムは初対面。バレるまい。
それはそれとして。
2人が話し込んでいる間にも、時は流れている。
ナレニアコンブが、真っ二つになったはずの浮遊昆布が、また1つになっているように。
「・・・やっぱ植物なんすか?こんな動物知らないっすよ。いや、カルスでも使えばともかく・・・あれ?」
「うむ。カルスとは別物だが、ナレニアコンブにも強力な修復能力が存在する。その研究成果は既に海魔軍団では実用化されているが、海魔以外には効力が無いのが残念な点だな」
「へええ・・・。パないっすね」
「パない?・・・それはともかく、このナレニアコンブ。その種族特性によって恐怖や痛みを感じていないのではないかと推測されている。なにせ、強い嵐の後は、バラバラになって発見される事もあるぐらいだからな。その後、嵐が収まったなら、再び一体化するが。・・・君には、これを操ってもらいたい」
話がやたら長くなったが。
テンクウの本題はこれ。
この植物なのか動物なのかよく分からない生き物を調教し、海魔の、魔都の盾として活用する事。
言うまでもなく、簡単に出来る事なら、早々に海魔軍団が投入しているはずだ。
テンクウの仕事は、おそらく楽なものではない。
はずだが。
「イロリウムさん。こいつは何を食べるんですか?」
「海中にあるものならなんでも」
「・・・じゃあ、一旦帰って、養殖所で一番手に入れやすいものでも聞いて来ましょうか」
「ほう?」
「ナニモンだろーが、メシも食わせず言う事聞かせるのは、無茶っすよ。ナレニアコンブを腹いっぱいにさせてやれるのかどうか。そこも聞いておきたいっす」
「なるほど」
イロリウムは、深くテンクウを信用し始めた。
この男は、本物の魔獣軍団員。
これで魔都防衛ラインは更なる厚みを手に入れられるだろう。
楽観にもほどがあるものの見方だが。
「楽しくなって来やがった」
そう小声でつぶやいたつもりのテンクウの声を聞いては、イロリウムにはそうとしか思えなかった。




