神雲ジャラルを散らせ。
レックス・ラギアルスと魔神テアが神獣エレインを仕留めた後。地竜グランドキアの後始末をなんとかかんとかやっていた頃。
凶鳥軍団は魔法師団との共同戦線を張り、神雲ジャラルを食い止めていた。
肩で息をついている凶鳥軍団を休ませながら、魔法師団がジャラルの真横を完全包囲していた。
「撃てぃっ!!」
ゴオッ!!!
パアルカラッソの号令によって、魔法師団100名からの砕戯がジャラルに撃ち込まれた。砕界ほどの威力はなくとも、射程が短いため同士討ちを恐れることなく撃てる。そしてこれだけの数があれば、魔王でも意識的に防御に回る必要がある。
しかし。
バオッ!
ジャラルには傷一つ付かず、ご丁寧に全周囲へ反撃の雹が返ってきた。しかも。
パアン
パアルカラッソの魔力障壁ですらが、撃ち抜かれる。身体はギリギリで回避できたが、固めておいたはずの障壁が薄紙のように破られるのは精神に来る。他の魔法師団は、上位ナンバーも含めた半数の者が体に風穴を開けられている。
「負傷した者は回復を優先して下がれ!」
軽い負傷程度なら自己修復が効く。だがジャラルの雹弾は接触部位が凍り付く。いかな魔法師団と言えど回復に全力を注がなければ、身体機能を修復しきれない。我慢して頑張ったところで意味はない。ゆえに即時後退を命令し、包囲網のいち早い回復を優先する。ある意味、有効打を捨てた戦術だ。
魔法師団とは、最下級ですらが選りすぐりの魔族。魔都で最も優れた若者100名。その魔法師団を率いながら時間稼ぎに徹するパアルカラッソは、やはり只者ではなかった。
と、そこに呼吸を整えた凶鳥軍団長ギリィが舞い戻ってきた。
「若いの。気が付いたか」
「ああ。速くなっている。強くなっている。こちらのレベルに合わせているらしい」
最初に凶鳥軍団が奇襲をしかけた時が、一番弱かった。今ではギリィ以外に余裕をもって対処できている者は居ない。
そして今の今まで、相手にダメージは入っていない。
「・・・・」
パアルカラッソは魔王シャアルラの魔力を探知した。いや探知するまでもなくガンガンに伝わってくる。
魔王はまだ全力戦闘中。援軍を頼むには状況が悪い。
しかしこちらには決定打が絞り出せない。
「交代だ。てめえらは援護に回れ。攻撃はこっちが受け持つ」
現在、魔法師団の無事なメンバーが雲の真横、「わずか下」のポジションで囮になって魔法攻撃を仕掛けている。ジャラルのこれ以上の上昇を招かないように、されど魔都にも行かないように。絶対的な下方攻撃だけは食らわないように、ジャラルを釘付けにしている。
「魔力障壁のないあなた達が食らえば、致命傷だ」
「バァカ。「おれが」食らうかよ。お前ら!散らせ!!」
「おお!!」
ギリィの特攻と同時に凶鳥エリートらが広がる。
神雲ジャラルの上部中央にギリィが突っ込み、他の凶鳥エリートらが周囲を突き回す。先の魔法師団と全く同じ動きだ。
連携も何もないその勝手な動きに呆れながらも、パアルカラッソはギリィの意図を完全に理解していた。
「ギリィ殿を除く凶鳥エリートに薄膜として魔力結界を貼る。こちらは動かず、結界維持にだけ専念して良い」
「火力はそれで足りるのか」
珍しく、ナンバー3のリジェから異論が出た。普段なら全肯定してくれてさらに後押しまでしてくれるのに。
つまり魔法師団トップクラスから見ても、無茶な作戦だということ。
ギリィはともかく、凶鳥軍団のエリートが魔法師団のナンバーより上なのは速度だけだ。凶鳥に戦線維持を委ねるのは、彼らの無駄遣いの可能性はある。
「全く足りていないし、このままでは勝てないが、これで行く」
「了解した」
無茶苦茶すぎるパアルカラッソの説明にリジェは素直に頷いた。
意図があっての作戦ならば何も問題ない。
そしてリジェは魔法師団の精神的な柱。絶対的に揺るぎないその姿は、なんならパアルカラッソより厳しい存在として見られている。
そのリジェが首肯するのを見て、周囲の魔法師団も士気を保ったまま、絶望的な戦力差を少しでも埋めるべく、それぞれの出力できる限りの魔力結界で凶鳥の守護に当たった。
ここが戦うべき時。
魔法師団はこのためにある。
ギリィにも明確な勝機は無かった。シャアルネルラが居ればともかく、クソガキ(パアルカラッソ)では物足りない。
だが十分な戦力を与えられなければ戦えないというのなら、軍団長など意味をなさぬ。
このギリィがここにあるのは、ただ魔界の敵を打ち倒すため。
硬度測定不能、攻撃力十分、そして持久力無限。たかがその程度の敵だ。
魔王より弱い者に、魔界を蹂躙する資格は無い!
ピタ
そんな意気込みとは裏腹に、ギリィは雲に降り立ち、静止してしまった。
周囲で見ている魔法師団や凶鳥はその姿に驚きと頼もしさを同時に感じた。
やる気だ。
ゴオッ!!
雲は剣山のごとく雹を撃ち出した。おそらくはギリィの速度に合わせて、無数に。避けられないように。
今までギリィやパアルカラッソの目の前でやり続けたのと全く同じように。
「所詮はデクよおっ!!」
あくまで神雲ジャラルは、神獣や神竜の乗り物。乗り手が居ない状況では、その行動パターンはごく限られたものにならざるを得ない。
だからジャラルは、ギリィの眼前で、雹の射出口を丸見えにしながら撃ち出してしまった。
ヴォン
ギリィの音刀が走った。ギリィの口から放出される超音波カッターが、ジャラルの攻撃放出口にピンポイントで叩き込まれた。
グシャア
いかなる攻撃を受けても微動だにしなかった雲。しかしその雲が自身の構成物質を変質させて攻撃に転換する際には、必ず自らが変形を来たしている。もちろん、その射出口を狙うということは、その雹を撃ち込まれているということ。攻撃はできても、同時に殺される。だから今までは狙えなかった。
しかし、本気を出したギリィの最高速度なら、避けられる。音刀を撃った後で残像を残しながらブレるように回避し、さらに。
ヴァ ア ン!!!
何百個もの銅鑼を思いっきり叩きつけたような轟音が広がった。
音刀を、先ほど傷付けた各発射口に同時着弾させ、超音波による共鳴振動を起こし、音響破壊を生じさせた。
音響とは空気振動の意味であり、空気の塊である雲には致命的損傷であった。
「今だっ!!かき乱せ!!」
しかしギリィの号令に応えられるほど、部下は健在ではなかった。
エリートばかりを集めた戦場でなお、部下は耳を押さえて辛うじて飛行していた。
「だから作戦は綿密に打ち合わせるべきなのだ」
しれっと無事な(ギリィの仕掛けの想定が出来ていたので、耳に重点的に魔力結界を張っていた)パアルカラッソは凶鳥にかけていた魔法結界を解除し、容赦なく膨大を撃ち込んだ。
先ほどまでは絶対防御を誇っていた暗雲も、綻びを見せ始めれば、それは綿雲も同じ。
次から次へと防御が固められていない部位を露出し始めた上、パアルカラッソに続いてオゥルネイア、リジェなど上位ナンバーが順繰りに、途切れないように膨大を仕掛け始めたので、もはや浮き雲は原型を留めていなかった。
「霧散するまでちぎれ雲を逃がすなっ!」
なんとか聴覚を立て直した凶鳥らも、敵の拡散されようとする小部位を徹底的に追い回していた。「雲」という敵の性質上、心臓部があるのかどうかすら分からないため、水蒸気に戻すまで追い詰めるつもりであった。
部下や魔法師団の奮闘を眺めながら、ギリィは神雲の生命の鼓動を探っていた。騎乗できる雲という形態を取り続ける、維持し続ける器官があるはずだ。それを潰せば、完全勝利。逆に言えば生命反応の兆しも無い敵を、どうやって倒すのか、分からない。
「あらら。本当に倒したんだ。やるじゃない」
「テア様」
他の者には作業を続けるように指示しながら、パアルカラッソは飛竜に乗った魔神テアに向き合った。接近する魔力波動を一切感じなかった。テアは、まだ魔法止めの鎧をまとったままであった。
「神雲ジャラルは、これで倒れたのですか?」
前もっての打ち合わせでは、ジャラルはテアかシャアルラが殺る予定であった。具体的な方策は両者しか知らない。
「うん。もう少しこの空域を制圧し続けてくれれば、完勝だよ」
テアの表情に、その完勝の喜びは見て取れなかった。まだ緊張感を残している。
「テア様。他の戦場はどうなっていますか」
具体的には、魔王の戦場。それが一番気になっていたのを否定するものではないが、魔王シャアルラが単独行動している今、魔界守護を任された魔法師団長として、全域の動きを知っておきたかった。
「全勝。神樹ユナハも時間の問題で、残るはシャアルラが相手をしている空竜グランアルムのみ」
「やはりまだシャアルラ様はお戦いに」
「うん。・・・・あー。ぼくは優しいから忠告するけど」
「もちろん。「向かいません」」
「よく分かってる。グランアルムの動き一つで君達は消滅する。もしもシャアルラが頭の片隅にでも君達の復活を考えてしまったら、それは致命的な隙になる。いくらグランアルムでも、戦闘の真っ最中に情けはかけてくれない。君は賢明だね」
「恥ずかしながら、それしか取り柄がありません」
多少なり冷静で多少なり思考力を残している。現魔王に勝るものは、それしかない。
それぐらいしか、役に立てない。
「ぼくは血気盛んな若者も大好きだけれど。君みたいな男の子も嫌いじゃない。暇ができたら、遊びに来なさい」
「ありがとうございます。休暇を取れれば、パートナーと共に参りたいと思います」
「おっと。しっかりしてるね」
この会話に特に含みはない。パアルカラッソも完全な世間話として消化した。
ひどい話だが、たかがパアルカラッソを招くことに他意など全く無い。テアの総戦力にとっては、0,0001パーセントの足しにもなるまい。
なのでパアルカラッソもリラックスして雑談に興じていた。
そうしている間にも、修復を完了した魔法師団員が円陣に参加し、凶鳥との共同戦線は厚みを増し、完全勝利へと近付いていた。
「じゃ、ぼくはシャアルラの応援に行ってくる」
「お願いします」
テアが去った後もパアルカラッソは微動だにせず、状況を見極めていた。
前線はオゥルネイアやリジェ、それにギリィに任せ、自分は万が一の敵の復活の予兆を注意していた。
テアの言葉にもよらず、パアルカラッソに油断という概念は無かった。
そして魔王と空竜の戦いに、そのような言葉は微塵も無かった。




