魔王シャアルラと魔神テア。
「信じられません」
「何が?」
先ほどまでの自然な会話から一転、シャアルラはテアに否定の意を返した。これはテアにも予想外だった。
「テア様なら、第4位かと思っていました」
お世辞のようだが本音。と見えてやっぱりお世辞。どちらなのか、シャアルラ本人にも分からなかった。
ただ、自分の魔力がまるで通じない相手が、たかが9位というのは、納得行かなかった。それだけだ。
「嬉しい意見ね。まあ褒められて嬉しいから本当のこと言うとね。第3位以上は完全に実力と階位が一致しているのだけれど。それ以下は、マリオンやダイナソアが、それぞれの役割や位置づけによって、戦力以外も勘案して決めている。で、ぼくは小間使い役として、階位を下げられているって感じ」
小間使いだから階位を下げる。正直に言って、意味が分からん。それに海竜より上なのであれば、やはり意味が無いのでは・・・。
「分かりやすく言うなら、ぼくは戦力としては数えられてないって事ね。海竜も積極的に打って出るタイプではなかったでしょ」
実際に顔を合わせたグランダやサルタからすれば納得しにくい意見だが、確かに海竜グランエルスの活動周期はひどく長い。人間界では伝説上の存在になっていたほどだ。もっと言えば、シャアルネルラですら直接戦った事はない。
「ぼくは一応、元魔王。だから魔界に手を出したくなくて、研究目的であると言い切って、今の地位に安住してるわけよ」
それは嘘だ。シャアルラとユーリクロイド。それにテンクウとミキメも分かっていた。
「魔王」テアにそんな感情があるわけがない。
絶対に別の意図があって、「そこ」に居るはず。
そんな事は心を読まなくても承知できた。
「第4位から第8位はぼくよりも使い勝手の良い戦力として、地上に埋め込まれている。合計5体の爆弾が人知れず世界に眠っていると思って良い」
海竜より上の怪物があと5体。海竜1体倒すのに魔王と海魔軍団長が必要だった、という事実を踏まえると、ちょっと頭が痛くなる。
「逆に言えば、彼らを直接倒す必要はないのよ。その上位者であるマリオンかダイナソアを倒しさえすれば、命令権を得られる」
なるほど。テアでも勝てない奴らを倒せばオッケー。簡単だ・・・。
「戦略目標は神獣マリオンと神竜ダイナソアに絞るのをオススメしておこう。弱いのから順番に、なんて呑気な考えでは、第8位でも全滅してしまう」
「参考までに、第8位とは何者なのですか」
「神樹、ユナハ。弱点さえ知っていれば大した相手じゃないけど、知らないまま挑むと詰む。そういうレベルではある」
神位第8位、神樹ユナハ。文字通り、妖樹の出身で、神域にたどり着いた英才。正確な能力を把握しているテアにとってはさほどの相手ではないが、現在のシャアルラらで勝てる相手かというと、大変かも知れない。
シャアルネルラとグランダロンとロイドナイトがそろっていれば、まあなんとかなる。その程度の戦力だ。
「ユナハの最大の特徴は、地面に根ざしている限り、無限に成長し、無限に修復し続けるという事。ミリアステリオらレイロード族も、同じ特徴を持っているでしょう。戦った実感としては全く同じよ。違いは海中か地上かだけ」
それだけ聞けば、シャアルラなら勝てそうだが。
「どう?水中でミリアステリオに勝てる?」
「・・・難しい相手だとは思っています」
なんと。シャアルラの口から慎重な発言が。
「上出来。勝てます、なんて言われたら、ガッカリしてたよ」
「テア様はミリアステリオに詳しいのですか」
「一応ね。主だった戦力くらい把握してないと、魔神なんて名乗れないよ」
シャアルラはもちろん、ユーリクロイドもこの場の誰も、過去にテアの姿を目撃していない。神々に共通した事なのか、情報収集力が高い。単に腕力が高いとかそういうレベルではない。
この世に存在する個体としてのランクが考えられぬほど高い。
「現魔王に向かって言うのもアレだけど。レイロード族の身体能力なら、砕界を受け流し、膨大にも耐えきる。さらにはこちらの取器の間隙に全快している。海中においては、ヒポリに匹敵する生き物よ」
改めて聞くと、どうして魔王の支配を受けているのか不思議な生物だ。そのまま海獣の王になれそうだ。
「ユナハも同じ。自己修復能力、増殖能力、多彩な攻撃能力。獣王ヒポリでなければ、魔獣では勝てない。いやヒポリでも単独では難しいと思う」
「・・・テア様もヒポリを重要視しておられるのですか」
妬心が無いのではないが、純粋な疑問として、シャアルラはやけに出てくるヒポリについて聞いてみた。
「ヒポリは一言で言い表せる。逸材。もしシャアルネルラが見初めてなかったら、絶対に攫ってた」
さらっと怖い事を言われた。攫われた後、どうなるんだ・・・。
「多分、普通に死んだら普通に神獣に転生すると思う。粉かけたいねえ・・・」
「やめてください。ヒポリは神獣になどなりません」
舌なめずりまでしそうなテアに向かって、理屈ではなく意趣返しのようにシャアルラは言った。言ってしまった、と言っても良い。
魔王より強いのに反旗を翻さない。あんな変わり者が、ほいほい神々なんぞに釣られるわけがない。
無意識にそう思ってはいた。根拠など、全く無いのだが。
「あの。転生、ってなんですか」
サルタが手を挙げて質問した。
まるで常識みたいに言われたが。おとぎ話の生まれ変わりの事か?
「神々が見初めた強き者には、死後の選択肢が訪れる。生まれ持った最初の肉体を脱ぎ捨てて、次の肉体へと移り変わる。第2段階に入るのよ」
詳しい説明を聞いてもやっぱり分からない。
「神域に入った肉体に順応して、その肉体強度に合った技量を獲得。そこまでいって、やっと神位に挑戦できる」
かつてグランダロンは神域に到達したゴメスを一瞬で屠った。空竜に成った器を神界から隠し通し、自らもそれに伍する強さを獲得。全てはシャアルネルラの計略通り。
そこまで用意周到な傑物でも、マリオンらには勝てなかった。勝負にさえならなかった。
パワーではお話にならない。どうする。
「そうすると、テア様も一度死んだのですか?」
「うん。シャアルネルラに経過観察をお願いしてから、自分で自分の心臓を引っこ抜いた。もし死ななかったら、トドメもお願いしてね」
魔力など関係なく、一同全員が、あ、こいつ魔王だ、と直感した。壮絶過ぎる。
「そうしたら、魔力も身体強度も、全てが跳ね上がった。死ぬ前の10倍以上に」
シャアルラの目が見開いた。
「シャアルラ。お勧めはしないよ。君は若すぎる。功績もシャアルネルラはおろか、ぼくにすら劣る。神が選ぶかどうか、確率は低いと言わざるを得ない」
魔王シャアルラは合理的な思考の持ち主ゆえ。死を繰り返すだけで簡単にパワーアップ出来るのなら、やろうと思った。何千回でも繰り返そうと思った。
「賭けても良いけど、安直に死を選ぶ無思考は、評価の対象にならない」
ユーリクロイド、ルフ、そしてマリー。彼女らは選抜された兵であるがゆえに、いざという時は命を簡単に投げ捨てるよう教育されている。少しだけ、耳が痛い。実際には、命令権限を持った上位者の責任なので、気に病む事はないのだが。そこまで太くなれなかった。
「なら・・・。教えを請いたい。簡単にレベルアップが出来ない現状で、マリオンを討ち、神々の支配を破る方法を」
「・・・・・・・・」
100パーセント、その質問が来る。そう分かっていながら、テアは答えをためらった。否。シャアルラの全てを観察していた。
テアの知恵を貸すに足る者か否かを見極めていた。
「ぼくは一応、マリオンの支配下で上手くやってる。そのぼくが君に付く意味はあるのかな・・・」
テアの質問に妥当な返しが出来るのなら、シャアルラは大した覇王だ。まさしく王器と言えよう。
なぜなら、そんな答は無いのだから。
だから。
「マリオンの支配は数十万年を超える長きに渡る。その時間の間、最上位者であるマリオン、ダイナソアの二者はこの世界に変革をもたらさなかった。ただ待っていただけ。テア様は実験の毎日で飽きる事もなかったのでしょうが、私は違います」
テアは少しばかり、頬をゆるませた。
「私は魔王シャアルラ。そして、この場に参集している事からも明らかなように、人族の王も私の理念に同意しています」
テアは久しぶりのドキドキを楽しんでいた。
「魔族、人族。それに他の多くの種族も、ただ生まれ、ただ生きて、ただ死ぬ。それだけでこの世界は回っている。それだけで良い」
テアの魔力がほんの少し、活性化してしまった。抑えていたのに。
「テア様にお頼みしたい事は一つ。神を名乗る地上の敵を、共に討ち果たして頂きたい。同じくこの世界に住まう、友として」
テアとても魔王。強さに執着がないではない。
しかし、先ほど散々に勝てぬと言い切ったマリオンやダイナソアに挑む。それは勇気があるという事ではない。単に愚か。価値のない選択肢だ。
「もしも私の目の前におられるのが、過去の栄光にまみれた魔力だけが取り柄の女であれば、このような願いは口にしませぬ」
ズボ
シャアルラは両手両足、それに心臓を貫かれた。砕戯ではない。テアの魔力そのものが形状変化を起こし、シャアルラの強力無比な魔力結界をブチ抜いたのだ。
「ちょっと言い過ぎかな」
オ!
ユーリクロイドは魔力を全開。周囲の味方を全て忘れて、魔王の援護に入ろうとした。勝率ゼロでも、ここで動けない者に魔法師団を名乗る資格はない。
「う、ごく、な」
「シャアルラ様!!」
「・・・心臓が潰れただけだ。騒ぐな。もう治った」
神経を集中しなければならないので乱戦時には出来ないが、魔王ともなれば魔力構造体を修復するぐらいは出来る。
「ありがとうございます」
無論、シャアルラは理解していた。針の穴を抜くようなコントロールで、シャアルラの急所のみを打ち抜き、魔力回復を容易にした。そのテアの技量。
肯定と受け取って、良かろうな。
「良い魔力。爆発力も良い。君の名は?」
「魔法師団、ナンバー10。ユーリクロイド」
ユーリクロイドは息を荒げながら言った。敵が誰かなど、覚えてもいなかった。
「ユーリクロイド。ぼくに付けば、シャアルラより上の魔力をあげるけど。どうする?」
テアは意地悪な笑みを浮かべた。答えを知っていながら聞いた。
久しぶりに「魔法師団」と会ったのだ。これぐらいのイタズラは許してもらおう。
「神獣マリオンを倒し、その首をシャアルラ様に捧げられる強さであれば、お受けします」
「フフ」
テアは声をあげて笑った。
「ユーリクロイド。世辞は良い」
「すみません。本当にマリオンとダイナソアを倒せるのであれば、私が魔王になります」
「ふん」
ユーリクロイドに度胸があるというより。魔王テアに啖呵を切った超極限状況が、魔王シャアルラへの冗談を言わせていた。正気に戻り次第青ざめるだろうが、それもまた良し。
「やはり。惜しい。君達を失うのは惜しい」
「では」
「けれど分かってほしい。ぼくはシャアルネルラとグランダロンが居た時にも、マリオンと事を構えなかった。舐めてかかれる相手では絶対にない。それが理解できないようなら、ぼくは断る」
「無論。ですので、我々にも秘密兵器があります」
「何?」
「それはテア様をお味方に招いてからのお話になります」
満点。
今の言い方はテアの知的好奇心を刺激した。
シャアルラはテアの試しを攻略した。
「じゃ、そうしようか」
まるでピクニックにでも連れ立つように。テアは神攻略に参加した。




