テアの居城。そして魔王テア。
今度はシャアルラには見えた。
「あ・・・」
「分かったか」
「はい」
ユーリクロイドにも同じく見えた。ポツンと輝く一点の魔力。広大な高地の中のわずか数十メートルほどの土地。
あそこが出入り口か。
「ここからは防御に徹しろ。下手に攻撃すれば、テア様を本気にさせる可能性がある。あくまでおれ達はゲストだ」
サルタが主にシャアルラに向けて提言する。他のメンバーはともかく、勝ち気なシャアルラだけはテアに挑みかねない。
今回はケンカをしに来たわけではない。・・・勝ち目があればどうでもいいが、シャアルネルラ級の相手に無策で挑むのは、自害と変わりない。
ここからは城内。相手方の心情を害しないように。それを厳命した。
「難しい話じゃない。普段シャアルラに対するのと同じ態度で挑めば良いんだ」
一同はうんうんと頷きながら。うっすらと同じ疑問を思い浮かべていた。
・・・現魔王様を呼び捨てにしている奴が、一人・・・。
「では、行くぞ」
出入り口は周囲の地面と全く同じ。色も形も不自然さがない。完全に周囲に同化している。
オ
砕界。今度は領域を狭く、最大出力で。
オ オ
あたかも魔法に対抗するかのように、地面が盛り上がり、階段が出現した。
ユーリクロイドはその目で見ても、いささか信じがたい光景であった。
魔王級の砕界を受けて無傷の玄関口とは。
明らかに魔城より硬い。これが魔法王テアの本拠地か。
「幸先は良いな。一発で開いた」
魔王テアは父王シャアルネルラと交友があった。そしてシャアルネルラとこの拠点内部で出会っているのであれば、キーはシャアルネルラにしかないモノである可能性が高い。そこまで推測して撃った砕界。しかしシャアルネルラだけの特技など、数え切れぬほどある。本当に運が良かったのだ。
「一応、魔王テアが本気の場合、逃げるぞ。内部トラップと警備兵までは、解除できん」
城攻めで最悪なのは、自壊の可能性。攻め入ったは良いが、わざと崩れやすく設計していた内部構造が潰され、通路も塞がれる。その間に敵の重要人物は秘密の出入り口から抜け出ている。魔城より仕掛けが多そうなテアの自陣に、そういった類のものがないとは思えない。
「バカめ。お前の役目は出来ないと言う事ではない。可能にする方策を編み出せ」
「バカが。不可能を可能にするのは妄想だ。出来ぬから不可能というのだ」
いきなりケンカを始めた王と参謀をよそに、グランダは虎口に飛び込んだ。止まれ、と命ぜられていない以上、主命は突入。魔竜グランダも、中々に板についてきた。
広い。体長20メートルを超えるグランダが踏み込んでなお、洞窟?内部には余裕があった。背に乗った者達も、天井にぶつかりそうという懸念を抱けない。広い。
広すぎる。
進むにつれ、さらに内部は広がり、ついには上下左右、周囲数キロがだだっ広い平地になってしまった。しかも光源など見当たらない屋内空間で、闇が迫ってこない。視界が利きすぎる。
「止まれ」
グランダはシャアルラの静かな命令に、ピタリと止まった。乗員、荷物の全てに衝撃を与えず。
「幻覚か?」
「いや」
サルタからの質問に、シャアルラは全周囲へと魔法感覚を走らせながら答えた。
「本物だ。上の要塞化した荒れ地は、このスペースを荒らさないための傘か」
つまり、妖樹軍団の妖樹らが常に家屋内部に収容されているように。魔王テアは、この超広大な空間を管理化に置いている。
しかし何のためかは分からん。
ゴ オ オ オ オ オ オ
分かった。
「に、逃げるか?」
即座に質問を飛ばせただけ、サルタも度胸があると褒めて良い。
飛竜グランダがハエに見える。そう例えるだけのものが出た。
一同の眼前には、高さ数キロの巨人が現れていた。伸び上がるように突き出たその巨体。胴体部から上が、高すぎて見えない。巨人というのも比喩表現で、本当の姿は眼前にあるのに見極められない。規格外すぎる。
「逃げるにせよ、少し遊んで行く。グランダ、下がって待っていろ」
「はっ」
グランダは出しゃばらず命令に忠実に下がった。かろうじてシャアルラが視界から消えない程度に距離をとって。
そしてそこまで下がると、遠方の高山を見渡せるように、巨体の全貌が明らかになった。
手や足先に当たる部分はまん丸で、指に相当する突き出した部位は存在しない。頭部にも眼球や鼻、髪の毛など、生命体らしき兆候が見えない。
総じて、平べったい人形に見える。子供が落書きで描くような。
「あの化け物を動かすためのスペースだったのか」
「しかし、何と戦うための巨人なのでしょう」
サルタのつぶやきにマリーが常識的な言葉を返した。あまりに非現実的すぎる光景ゆえ、驚く事すら出来ない。感覚が麻痺しているのだ。
現代の強者の代名詞、魔獣ヒポリでさえ、体長8メートル。そこに飛竜や海魔軍団長ミリアステリオを足しても、こんな山よりデカい岩石巨人を開発する意味はない。あまりにも、無駄に、大きすぎる。
「テア様は魔法研究の第一人者です。もしかして、研究のための研究で、実用性は二の次かも知れません」
ユーリクロイドは、あるいはシャアルラより、テアに詳しい。
なぜなら、魔法師団の正規訓練科目を制定したのも、テアなのだ。
もちろんシャアルネルラ他によるブラッシュアップはあったにせよ、現代まで引き継がれている教本を生み出した女。
ユーリクロイドら、魔族エリートの中でのテア評は、戦人ではなく、魔法研究の大家という面が強い。
なので、超巨大人形が単なる実験体、一生戦場に出る事のない傀儡だとして、元来のテア像から離れるものではなかった。
そしてシャアルラは泥人形の胴体部に接触した。
ゴン!!
接触した。というか。本気で殴ってみた。
「・・・硬い」
見た目、軟そう、柔軟そうなのに、魔力を込めた本気のシャアルラの拳で、へこみもしない。ちなみにシャアルラの拳は、当たりさえすればヒポリにもダメージを与えられる、はず。
このデカいだけのお人形は、一合でその実力を魔王に知らしめた。
倒せない。
「シャアルネルラとは、ちょっと違うね」
そして魔王テアが現れた。
シャアルラの背後3メートルの距離に突如として現れていた短髪の女。青っぽい黒のマントに身を包んでいても、その体躯は小さい。シャアルラと変わりない。
なのにその存在感は、シャアルラが倒せなかった巨人に匹敵する。
「あなたが、魔王テア」
「・・・いかにも」
パン
あれ?
テアの砕戯は軽い挨拶代わり。だが、シャアルラを驚かせるために、魔法結界を撃ち抜ける魔力量に調整したはず。
だが皮膚には到達していない。完全に止められた。
「今のはテストでしたか」
「う、うん。よく止めたねー」
あれ?
魔王テアから見たシャアルラが、ちぐはぐ。
実力はそこまでではない。魔力量は見たまま、まあまあ強いの域を出ない。
なのに自身の結界を破られそう(流石に余裕を持って止められたのでないぐらいは確信できる)な魔法を受けて、平然としている。焦らない、ビビらない。
精神力が図抜けている。同年齢時のシャアルネルラ、いや私より、堂々としている。
よほどシャアルネルラの教育が良かったのか。生まれつきか。
テアは黙想しながら、口元に弧を描いた。その笑みは、不吉ですらあった。
「初めまして、私は魔王シャアルラ。急逝したシャアルネルラに代わり、魔界を統治しております。此度は突然の訪問にも関わらず受け入れて頂き、感謝申し上げます」
シャアルラはその笑みを目の前で見ていたにも関わらず、動じていなかった。
「初めまして、シャアルラ。歓迎するから、お友達も一緒に来なよ」
スッ
一切の抵抗なく、テアは巨人の中に入った。
「・・・なるほど。流石は魔法王テア」
目の前で泥人形に溶け込む姿を見て、むしろシャアルラは納得していた。驚きより、納得の方が大きかった。
これが、史上最高の魔法使い。
「私達もお招きに預かった。付いてこい」
「は、はい」
シャアルラに手招かれて接近したグランダだが、流石に「壁」に入ろうと言われては、困惑した。従いはするが、本当に?という感覚はある。グランダ自身には魔法が効かないので、なおさらだった。
シャアルラはくどくどとテアのすごさを説いたりはしなかった。口で言って納得するものなら、主たる自分の命令ですでに飲み込んでいる。
体験させるのが一番手っ取り早い。
先に立ったシャアルラは平然と巨人に溶け込んだ。それに追随するグランダも遅れず飛び込んだ。
「おお・・・!」
それでも。シャアルラでも、驚いた。
巨人の胸に飛び込んだ一行が見たのは、広い広い宮殿の入り口であった。
「こ、これが」
「魔王テアの魔城」
サルタとシャアルラの感想は、そのまま全員の率直な驚きを表していた。
様式はかなり古い。博物館ものの絨毯が何百メートルと敷き詰められ、文化財クラスの絵画がそこら中に散りばめられている。現代の魔城に全く見劣りしない。これが本当に引退した者の屋敷か。
「こちらです」
「ありがとう」
シャアルラは普通に対応したが、現れたのは明らかに生物ではない、通常サイズの石人形。これも外部の巨人並みに強いのだろうか。
しかし巨人とは違い、今度の石人形は精巧な作りで、外観は可愛らしいメイドのようだった。人の顔に当たる部分が透明な球体でなければ、もっと親しみやすかっただろう。・・・どうやって発声した?
しかし傀儡メイドに目を奪われたのはテンクウとミキメのみ。他の者はちゃんと周囲の敵性体を注意していた。
まさか魔王が優しくて親切なだけの人物だと考えている者は、この場に一人も存在しなかった。
だが不安をよそに、トラップはもうなかった。だから杞憂を抱え続けていたわけだが、仮想敵地で油断しきるよりはマシか。
そんな杞憂一行はメイドの案内に従い、とある扉をくぐり、テーブルのある広間に出た。やはり中は古い豪奢さで、生活の中の美ではなく、美術館にでも入った感覚になる。いくらなんでも華美に走りすぎではないか。
なんとなく不審感めいたものを感じながら、テアの待つテーブルに着く。
「何?」
そんなテアはなんだか楽しそうだ。こちらの内心の違和感に気付けないほど弱くもあるまいに。
「いえ。イメージと違うテア様の居城に、驚いています」
「フフ」
シャアルラの率直な物言いに、テアは素の笑みをこぼした。
「あなた達を見ていれば、シャアルネルラの偉大さが分かる」
「?」
父を褒められたのは嬉しいが、意味はよく分からない。
「この優美な古城を生み出したのは、あなた達よ」
「??」
・・・今来たのだが・・・。
「この城は来た者のイメージ通りに生成される。私を知らない者が偶然立ち入っても、上部の荒野と寸分違わない荒れ地にしか見えない。そう作ってある」
魔王の攻撃を遮断する巨体迷宮に偶然立ち入る者があるかはともかく。テアの言っている意味は理解できた。
「え?おれの見ているのはクラシックな王宮なんだけど、皆は?」
「私もです」
サルタが皆に問いかけると、マリー始め全員から同意が返ってきた。
「グランダ君のイメージもまたこの王宮だった。最近は王宮住みなのかい?」
「はい。シャアルラ様のお側に」
「なるほど」
テアにも一つ疑問点があった。この中で飛竜グランダのみ、広い空をイメージしていてもおかしくなかった。または狭い洞窟を。
「それで。父が偉大とは、どういう意味で」
「フフ・・・。この中に初めてシャアルネルラを招いた時、私達は地獄の大釜の中に居た。それが私とシャアルネルラのお互いに対するイメージであり、二人きりになるという意味だった」
地獄の大釜。意味は分からないが、一生見たくないものだという事は分かった。
「この場に戦闘態勢になるべきモノが無いという事は、あなた達の精神の安定を示している」
もちろん、テアが説明したものが全てではない。
あえて言わなかったが、かつてのシャアルネルラはテアとの闘争を選択肢の中に入れていた。シャアルネルラはテアと良好な関係を築いていたが、それはそれとして敵対関係になり次第、瞬殺しなければならない。時間をかければ、どう転がるか分からない。
テアとシャアルネルラの関係は、ここで語りきるには、もう少し、深い。
だが今回、シャアルラの攻撃が一切通じなかった事を含め、シャアルラ一行の中に、具体的にテアとの戦闘を想定した者は存在しなかった。そもそも魔王テアがいかなる人物かのイメージすら無かった。そういう事情もある。
魔王シャアルラは魔王として生まれた史上初の個体であり、最高クラスの才能を持っているのも事実。
だが現時点では、父王の足元にも及んでいない。
それをテアは認識した。が、説明しなかった。正しく、子供扱いをした。
「テア様。今回の訪問を受けて頂き、まこと感謝に堪えません」
「うん。ぼくも久々に若い子に会えて、嬉しいよ」
「今回我らが参ったのは、テア様に拝謁するためだけではなく、お聞きしたい事があったからです」
「ふんふん」
一行はメイドの入れてくれたお茶を飲みながら、シャアルラとテアの会話を見守っていた。驚くべき事に、グランダの目の前にも専用の食器とふんだんに満たされた液体があった。飛竜用の栄養、味わいの混合茶である。
「実は今度、神々を殺すつもりなので、戦術をご教授頂きたく、参りました」
誰一人茶を吹き出さなかったのは、かなり偉い。特別給与を与えても良いくらいだ。
ガルタ以外の者はストレートすぎると思っていた。ストレートというか、1ミリも脳みそを使っていない発言というか。
「はは・・・」
テアも苦笑している。そら見たことか・・・。
・・・・では、ない。
実はシャアルラはちゃんと考えていた。
見ていた。
「神獣や神竜を叩き潰すに必要な戦力を教えてくだされば、用意はこちらでします」
テアは顔色を変えない。喋るシャアルラの表情筋を観察していた。
お互いに読み合っていた。
「・・・ふむ。ここで散らすには惜しい才覚。少し力を貸してあげよう」
「ありがとうございます」
サルタすら二人のやり取りは分からなかった。
実は、シャアルラはテアと向き合った瞬間から違和感に襲われていた。
心が読めなかった。読心能力が効いていない。
元々、父やパールにも効かなかった能力だ。そういう意味での焦燥感はなかったが、今回は特別な相手。
交渉時に相手の心理が読めない。いつも使っている能力が無効化されている。
そこでシャアルラは、自分にできる事をやった。
常人と同じ。顔色を読む。自分の発言に対するリアクション、表情変化を見極める。そういう次善策に間髪入れず移行していた。
超常能力を封じられたシャアルラは、腐らず地味に攻めていた。
強くはない。テアに対する有効打というわけではない。
だが。決定打を一つ止められただけで腐るような者を、テアは求めていない。
そういう意味で、こっそり、シャアルラはテアのテストをクリアしていた。
「ところで。君達は誰と戦うのか、知っているのかな」
「実はよく知りません。神獣マリオン。神竜ダイナソア。この二名の名前だけが現時点でのこちらの情報の全てです」
「ふふっ。全く分かってないんだ」
「実はその通りです」
テアは思案した。どの情報を与えるのが一番楽しいのか。どれを授ける。
「神々・・・現在の神位におけるトップ3には、ぼくでも勝てない。彼らが本物の神に到達すると言われても信じてしまうほどに、超越している」
「・・・・」
シャアルラはもちろん、テアに及んでいない。そのテアで、勝てない。
シャアルネルラとグランダロンで勝てていないのだから、当然ではあるが・・・・。
「神位第1位、神獣マリオン。神位の最頂点であり、最も神に近い存在。そもそも神位とは、神獣マリオンと神竜ダイナソアを表す言葉だったとも」
テアからもたらされる情報の全てが、こちらへの降伏勧告に聞こえる。それだけの威圧感が、文言だけから伝わる。
「神位第2位、神竜ダイナソア。マリオンに次ぐ地位ではあるものの、現世への影響力は最大。こちらの世界でいう天雷を撃つ役割を果たす、神位の代表者」
ある意味、良かった。ダイナソア級の化け物が何人も居るわけではないようだ。
「神位第3位、神人カルナ。元人間で元勇者。異色の経歴ながら、伝説上の存在であるマリオンやダイナソアに次ぐ地位を占める異才。魔法を使えない身でありながら他の神族を差し置いて第3位に着けている事からも明らかなように、半端な生物じゃあない」
カルナ。一同の脳裏には、最古の勇者カルナの名がくっきりと思い浮かばれた。
「そして神位第10位、海竜グランエルス。喜んでシャアルラ。あなたとミリアステリオが倒した海竜は、立派な神位持ちよ。あなたの実力は、そこまで低くない」
「第10位・・・」
神々の中で10番目。決して低くはないというか、天上のランクだ。大喜びしても良い。上にもっと強いのが9人居るという事実を見なければ。
ま、それはそれとして。
「それで。テア様の階位は?」
「あら。気付いた?」
「そこまで詳しい魔族が無関係とは、子供でも思いませんよ」
テアはにっこりと笑顔を見せた。
シャアルラが気付いた事に、ではない。
気付いた上で、シャアルラはまるで焦っていない。テアの戦力を目の前にして、やはり落ち着いている。呼吸、発汗ともに何も変わっていない。
一つだけ。シャアルラは魔王シャアルネルラ、魔王テアを上回るものを持っていた。
生まれた瞬間からの覇気。王の器。
本当に、この子を潰すのは、惜しい。
「神位第9位、魔神テア。よろしくね」
魔神は全てを観察していた。




