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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
サルタ、魔界に立つ。
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サルタとテンクウの日常。

 妖樹軍団の朝は早い。魔獣軍団では朝食後に仕事が始まるものだが、ここでは軍団員の世話をしてからだ。


 しかし眠気は動いていれば取れる。前日に固まった土をほぐしながら、サルタはシングリィの様子をうかがった。まだ眠っているようだ。朝日も上っていないのだから、当然か。


 ほぐした土は全て剣闘軍団が運んでくれる。そして入れ替えてくれるのも剣闘軍団だ。サルタは、彼らが足を踏み入れた場所をほぐし、シングリィが過ごしやすくするのがお仕事。剣闘軍団はその性質上、細やかな仕事が出来ない。猿族の出番だ。


 そして「事故」の発生確率がある以上、民間人は使えない。同じ軍団所属の者に任せるしかない。


 妖樹軍団にももちろん従者は居るのだが、猿族並みに手先を使えるというわけではない。それに肌に合わない土を踏むのも、健康には良くない。結果、「子供」に任せるか、それとも別種族にやってもらうか。今回はサルタだった。


 そして、シングリィのすぐそばで作業中。素晴らしく良い香りに包まれ、サルタは恍惚こうこつとした感情を得ていた。初めて味わう際限のない幸せにたたずんでいると、風が吹いた。


 サルタは戸も閉めず、全力疾走でシングリィの部屋から逃げた。


「・・・はっ、はっ・・・」


 今、間違いなく、おれは操られていた。


 呼吸の荒いまま、扉を元に戻して。なんとか頭がスッキリしたサルタは、ヒワダの元へ向かう。ここに来て初めての危機感を質問するために。


「ああ。ごめん、言い忘れてた。シングリィさんに敵意はないんだけど、眠っている間は防衛本能が働いてるからね。シングリィさんを攻撃出来ない状態にされてたんだよ」


 実にあっさりと、ヒワダは原因を喋ってくれた。


 これが理由で、剣闘軍団以外、普通の民間人は、妖樹軍団の敷地内には入らせられない。危険すぎる。


「・・・ええと。じゃあ、危険ではなかったんですか?」


「うーん・・・?」


 可愛らしく首(胴体)をかしげるヒワダだが。


 サルタの感想は。


 言え。言ってくれ、正直に。



 サルタはまだ、ヒワダという女を掴みかねていた。シャアルラもそうだったか。


 難しいものだ。



 それでもヒワダは、サルタをともなって道具倉庫に来た。対策を講じてくれたのだ。


「むかーし。普通の魔族さんが来てくれてた頃の道具だけど、まだ使えるでしょ。多分」


 多分?


 引っかかるものを黙殺しながら、サルタはヒワダに手渡された道具を確認してみた。ゴツい。


「ここを口元に当ててみて。あ、その前にタオルで拭いてからにしようか」


 一応、気を使ってくれてはいるようだ。


 サルタは仮面のような何かの裏面(顔に当たる部分)を綺麗にしながら、その不思議さに心奪われていた。


 マスク。口鼻のホコリ避けとして一般家庭でも使われるものだが、これはそれとは違い、頭部全体をおおう作りになっている。耳、目、鼻、口。頭に開いている穴全てをふさぐために。


 拭き終わったマスクを、とりあえず付けてみた。


「どう?苦しくない?」


「・・・・」


 コクリ、と頷いてみた。喋りにくい。


 呼吸可能。目はマスクののぞき穴から、なんとか見える。耳も一応聞こえる。穴は無いのだが。


 なんとも不可思議。シャアルラにも付けてやりたい。あいつは、なんて言うだろう。


「じゃあ、試してみようか」


「はい」


 くぐもった声ながら、サルタはちゃんと返事が出来た。


 2人はいざシングリィの部屋へ。


「入りますよー」


「失礼します」


 朝日が上り、シングリィも既に起きている時間。声をかけながら室内に踏み込むと、返事が来た。


「おはようございます」


 柔らかいのに、室内全体を圧する厚みのある声。窓は開放されているのに。まるで部屋自体が声を発しているかのようだ。


 これが、ゼル種シングリィの寝床ねどこ


「あれ?サルタさん、ですよね?」


「はい」


「どうしたんですか?」


 頬を紅に染めた、なんとも麗しい表情をくいっとかしげ、シングリィは率直に疑問を表した。


「仕事着です」


 こちらも率直。サルタは正々堂々答えた。


「へえー。素敵ですね」


「ありがとうございます」


 ニコリとしたシングリィに、素の表情で応えるサルタ。



 なんだか。この子、ウチに合うな。


 サルタの様子を確認していたヒワダは、2人の会話を聞きながら、そんな事を思っていた。



 そんなこんな。サルタの日常に刺激がトッピングされてしばらく。


 かつての僚友りょうゆう、テンクウもまた、己を試されていた。



「育成っすか」


「そう。やって無理だったとして、君を処分したりはしない。降格も減給も無い。どうだろう。君の経歴とカネ殿の推薦状を考慮すれば、不可能な話ではないと、私は判断した」


 午前中。朝の仕事の前に事務室に呼び出されたテンクウは、面接の時にも会った海魔軍団員とお話をしていた。


「・・・確実な事は言えないっす。おれは魔獣の経験なら、誰にも負けないつもり、です。でも、海獣は初めてなんす。なんで、やれる、とは言えない」


 いきなりの提案。突然の企画。


「が?」


「やってみたいです!やらせて下さい!!」


「その返事が聞きたかった!!」


 元魔獣軍団飼育担当テンクウと海魔軍団人事担当ニュウルベオリは、堅い握手を交わした。



 今回、テンクウが持ち込まれた話は、海魔軍団にて、魔獣軍団におけるイブー突撃部隊と同じ、海獣による戦闘部隊を作る事。


 これまで海魔軍団はエリートによる精鋭で構成されていた。各個体戦闘能力は魔法師団に次ぐ平均値を叩き出し、誰も彼もが一騎当千。


 ただ、それゆえに、誰も失えない。捨てごまとするべき尖兵せんぺいに相応しい人材が、居なくなってしまった。歩兵ですらが長年の鍛錬によってエリートに相応しい風格を身に付けている。


 人族相手に警戒のし過ぎではあるのだが。魔王の命ある以上、海魔軍団に手抜きは有り得ない。


 敵戦力をはかる部隊が必要。


 そしてテンクウという男が現れた。


 元魔獣軍団飼育チームトップ。猛獣イブーを手なづけ、魔獣軍団長ヒポリ躍進のきっかけを作った者。


 彼なら、あるいは。


 海魔軍団上層部は議論を交わし、そして結論を出した。試させよう。


 そしてテンクウは海魔軍団での1週間の仕事ぶりを観察されていた。ここの仕事が肌に合わないのであれば、その時は諦めるしかない。


 だがテンクウは訓練に付いて来た。勤務態度良好、命令違反無し。


 そうしてテンクウは海魔軍団に認められ、海獣チーム育成を任される事になったのだ。



「今回、君とタッグを組んでもらう、イロリウム君だ。イロリウム君は海魔軍団突撃部隊副長を務めている。おそらく君が最も頼るであろう兵士だ」


「よろしく頼む」


 ニュウルベオリに紹介してもらったのは、海魔軍団を象徴するかのような、威風漂う男。


 全身をまとう魚鱗は青に輝き、そのまま海の美しさを閉じ込めているようだ。しかもただ綺麗なだけではなく、泳ぎやすく攻撃を弾きやすい立体防御機構を形成。魔都の工房で同じ構造の鎧を作ろうと思ったら、一財産要るだろうな。


 魔獣と同じ、生まれながらの戦士。イロリウムには、カネらと同じ匂いがする。


「よろしくお願いします」


 そう言ってテンクウは紹介された男を見上げた。カネほどじゃないが、かなりのプレッシャー。流石に鍛え上げられている。しかも寡黙かもくっぽくて、怖い。


「早速だが、今回君に手なづけてもらう海獣を紹介する。付いて来てくれ」


「うっす!」


「頑張ってくれよ!!」


 笑顔のニュウルベオリに見送られ。イロリウムとテンクウは肩を並べて、海辺を目指した。



 場所は海魔軍団本部のはしっこ。ネビキュアのギリギリ内側であり外海との境界線付近である。当然そこには守衛が居るのだが。


「作戦許可書を」


「これだ」


 鎧兜に身を包んだ兵士に、イロリウムが懐から出した書類を見せる。


「・・・確認しました。どうぞ」


「ありがとう」


 スムーズに通してくれた。


 なおこの守衛はイロリウムの教え子の1人だ。なのでイロリウムも、手を抜かないその仕事ぶりに満足していた。ちゃんとマニュアル通り。それが一番難しい。毎日の慣れと弛緩しかんの中で、いつも通りにこなすのが、最も難しい。ゆえにイロリウムは部下を誇りに思った。


 そして2人は海に出る。イロリウムが海に潜って行くのに続いてテンクウも。


 それから30秒後。


・・・ザバアッ!!


「・・・・・ばっ、はっ!!」


ザ ア


「・・・・・ん?」


「いや!!無理っすよおれは!!」


「・・・ああ」


「ああじゃないっすよ!!」


 てっきり、自分のために潜っても平気な何かが用意されている、と考えていたテンクウはしかし、途中で勘付かんづいた。


 用意・・・されてない。


 結果、これは死ぬ!と全速力で浮上した。


 そんなテンクウが何故海上に上がったのか不思議だったイロリウムも、やっと納得。


 そういえば。この者は海魔ではなかったか。


 イロリウム、テンクウは先の歩哨ほしょうが表情を変えずに2人が元来た道を戻るのを見守ってくれて、ちょっと感謝していた。


「すまんな。おれは海魔の事しか知らん男だ。疑問に思った事があれば、なんでも言ってくれ。君の実績はニュウルベオリから聞いている。ある程度なら、融通ゆうづうを利かせられると思う」


 事務室の方へ帰る途中、イロリウムからテンクウへ謝罪が。


 海中に進んだにも関わらず、イロリウムの肉体には変化がない。寒さや冷たさを感じていないようだ。海魔族ならば、水中ではそうだろうが。陸上においてもその肉体強度は尋常ではないようだ。


「いや・・・。まだ何もしてない状況で信用されても、困りますよ。何が必要かも分からないし。分かったら、その時はお願いします」


「了解した。やはり、君は信じられる」


「・・・そうっすか」


 こいつ、話聞いてんのか。内心で少し愚痴ぐちるテンクウだが、その歩みに遅れはない。


 やっと来た仕事だ。


 このチャンス、掴ませてもらう。


 テンクウが野心を燃やし始めた頃。イロリウムの足が止まった。


 場所は事務室を通り越した倉庫群の一角。最もボロいというか古い倉庫の前である。


 ギリギリさびてはいない鍵を開け、イロリウムは倉の戸を開いた。


「ここは、かつて魔王様を始めとした魔法師団の方々が水中戦闘を試行錯誤していた時代に使われていた倉庫。その当時の道具を保管してある場所だ」


 ・・・テンクウは、倉庫内に既に踏み入れていた足を、動かせなくなった。


 もし。魔法師団用の道具を踏めば、そこで、おれの全てが、終わる。


「どうした?魔法師団用の装備だが、特殊な制限はかかっていない。着用しただけで死の危険性がある・・・そんな事を考えているなら、その心配は無用だ。もちろん、サイズだけは問題だが、数はある。試してみよう」


 良いのか?本当に、良いのか?


 だが、テンクウは口に出しかけた疑問を、押し殺した。話のレベルが高位すぎて、自分が関与しても絶対に良い事は無い。そう判断出来た。


 立ち止まったままのテンクウが見ている前で、イロリウムは頭部用のおおいをいくつか持ち出した。


「着てみてくれ」


「・・・は、はい」


 ともあれ。命令に従う以外の処世術など、テンクウは知らない。上位者の指示があれば、動ける。


 頭巾ずきんを金属で製作。更に大型化して作ったような、不格好なヘルメット。視界用のガラスなのかなんなのか、透明な部分があるので、前後はなんとなく分かった。


 すっぽりとかぶれる。が、サイズが合っているのかどうかは全然分からん。テンクウも何度か工事用のヘルメットをかぶった事があるが、あれはこめかみの感覚やあごひもの取り付けで、なんとなくサイズが分かる。


 しかしこれは大きすぎる。良いのかこれで。


「どうだ?」


「どっ、どうだと言われても・・・」


「おれも自分では付けないからな。君に実感として把握してもらうしかない。付けた状態で、息苦しくないか?」


「そりゃ、全然苦しくないですよ」


 当たり前だが、ここは地上だ。ヘルメットが重くはあるが、それだけだ。


「なら大丈夫だ。空気の通り道がある」


「?」


 どういう意味なのだ。テンクウにはさっぱり分からなかった。


 が、あれよあれよとイロリウムに装備一式を用意され、テンクウは先の海辺に戻っていた。


「良し。付けてみよう」


「はあ・・・」


 半信半疑、ではない。状況にひたすら流されているテンクウは、疑問も持たずにイロリウムに従っていた。


 疑念を抱いてパニックにおちいるよりはマシ。と当人に告げたなら怒られるか。


 お人形さんになったテンクウは、いつの間にやら機械人形と化していた。例えミキメやカネがその姿を見ても、テンクウだとは分からないだろう。


「・・・・お」


「?」


 小首をかしげたイロリウムに、テンクウは言いたくない一言を言ってしまった。


「お、お・・・重い・・・」


「なるほど」


 そうだろうな。と言わんばかりに、完全に納得したかのように頷いたイロリウムは、それでは、とテンクウを持ち上げた。


 魔法師団用潜水服、総重量80キロを着込んだ体重45キロのテンクウを、ひょいと小さな女の子を持ち上げるかのように。


「うおっ!?」


 だが、小さな女の子ではないテンクウは、その行為に驚きの声を上げた。


「じゃあ行こう」


「!?」


 テンクウは驚きつつ、抵抗はしない。どの道、重たすぎて動けないし、逆らう気も無かった。


 そのまま2人は、海に消えて行った。

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