テンクウのある休日。
高さ30センチの円柱。ディナライトはおろか、金属ですらない。ジョウゴになるそこいらの石塊をただ丸く引き伸ばしただけ。特別な意味があるとすれば、これの製作者が魔王である事のみ。
前回の領土決定戦の記念碑にして、参加魔族の墓標である。
無数に連なる墓標の最も新しいそれに参ったテンクウは、無言のままに場を去った。太陽の目覚める前に。
夜の魔都は絢爛で華やかでにぎやかで騒がしくやかましい。だが多くの労働が始まる前の時間帯とて、静寂とは言えない。寝ぼけ眼の魔獣が開店準備を始め、朝帰りのカップルを何食わぬ顔で運ぶ飛竜。街灯が消えやらぬ時間に通学している猿族、今から帰宅する魔族。墓参りから帰るテンクウもその中にあった。
昨夜、眠る前にふと思いついたので、朝食もとっていない。ファミレスなら開いているが、学生やこれから通勤するやつらに混じるのも、なんか。
今日は休日。何をしよう。
死ぬ前に何をしよう。
魔王シャアルラの一行。その雑用係として雇われたテンクウは、次の出発の予定を知らされていた。
全滅予定、あり。遺族年金の引き上げと共にそう伝えられた。
ちなみにテンクウの遺産は全て魔軍に還る。
帰る家は軍の寮。家族は軍関係者。
テンクウはルーツを持たぬ捨て子だった。魔軍幼年学校の玄関前に捨てられていた赤子はそのまま魔軍保育所に預けられ、エスカレーター式に軍に入った。それ以外の進路は見えなかった。
魔獣、魔族を問わず友は作れなかった。動物だけがテンクウの心を和ませてくれた。下等種族ゆえに心無い言葉を投げつけない彼らが好きだった。
初めての上司は心無い馬鹿野郎だった。軍学校をそれなりの成績で卒業したテンクウは、軍を普通の職場だと考えていた。とんでもなかった。
のっぺりした冴えないツラの亀野郎は、見たことのないような怪物だった。そしてヤツは言った。戦場に自分より弱い者は居ない、と。んなわけあるか。
亀野郎はそこそこに使えるやつだった。魔獣軍団の副長として、軍団長の副官として、魔獣軍団の全てを統括していた。ヒポリ様より接していた時間が長い分、魔獣軍団といえば亀を思い浮かべてしまう。
そして命を懸けて戦争に出向いた。そうしたら初めての部下を多数失った。そして軍団は消えた。
おれが。やらかしたから。
おれが冷静に引いていれば、今もイブーはあそこに居て、おれもミキメもノウマもカネさんもヒポリ様もサルタもあそこに居られたのに。
おれが皆の居場所を潰した。
所詮、おれなんぞが望むものじゃなかったんだ。
要らねえって言われたおれに、何も出来るわけがなかったんだ。
おれなんかが。居なけりゃ。
結局、おれを捨てたやつらには見る目があった。それで正解だったな。
テンクウは歩き歩いて、運河に出ていた。魔都から海魔のあるシア・ラインへの水路として現在も運用されているフユニ運河である。
川岸にはランニングに興じる若いのや年寄り。散歩をしている自分みたいなのもちらほら。
ぐうと鳴る腹を抱えて、テンクウも現実に引き戻された。
運河沿いの公園には早くから開いている店もある。テンクウはシーフードサンドイッチと砂糖入りのコーヒーを注文して、公園のベンチで食べ始めた。
サンドイッチ屋の店主は若い女だった。他に姉妹らしき猿族も働いている。彼女らは2人の子供を含む大勢の家族で住んでいる大所帯だ、とテンクウは知っていた。あちらは知らないだろう。
店主の夫はテンクウの元部下。戦死した部下だ。
ここで家族が店をやっているから、いつか来てくれと言われていた。
遅くなった。
美味いサンドイッチを口に放り込み、コーヒーを流し込み、景色を眺める。
川には釣り船が出ていた。テンクウと同じように、携帯ポットでコーヒーを飲んでいる。運河を航行する大型船舶の邪魔にならないよう川の端っこに停泊している。
河川敷では海魔の子であろう、全身を柔らかそうな鱗で固めた小さな生き物がちゃぷちゃぷはしゃいでいた。すぐそばには完成した魚鱗をまとう海魔。親子か。
サンドイッチのゴミを店のゴミ箱に放り込んで、テンクウは散歩を再開した。腹が落ち着いて良い気持ちだった。
どの面下げて、と考えていたが、来て良かった。
空は青く小鳥が舞い糞が落ちてきた。
「く、クソ鳥がっ!」
朝の清涼な空気を元気の良い声が震わせた。
なぜか川で行水する羽目になったテンクウは、自前の体毛を乾かすためにも風を浴びながらゆっくり歩いた。洗いたてのシャツはぎっちり絞って頭に巻いている。
水も滴る良い魔獣は店にも入れなくなってしまったため、長距離歩行訓練を積む以外なくなった。夕食を焼き鳥に決定しつつ。
そう考えると足取りも軽くなり、シア・ラインまでランニングを始めた。
魔獣軍団在籍時は馬上することの多かったテンクウだが、その馬に乗るという動作自体が筋力、体力を消費する。いかに貧弱なチンツー種といえど、テンクウの体力は一般軍団員として見劣りするものではない。
ふと。もし自分にノウマのようなオリンキー種の肉体があったらどうなっていたか。そう思う時もある。戦闘要員として申し分のない実力を身に付けられる骨格。カネとさえ並んで立てる筋肉。そういうものを生まれた時から持っていたら。鳥のクソを洗い流す生活などせずに済んだのか。
しかし焼き鳥は美味かった。
海魔軍団近くの屋台で買った肉は、歩き疲れた肉体を癒やしてくれた。腹いっぱいになったところで酒。備え付けの椅子に座り、机上のグラスにラヴァを注ぎ、最近ハマっている冒険小説を開き、テンクウは休日の夜読書を味わった。
良い休みだった。
明日は遠征。
本の続きは帰ってから。




