魔王のお仕事。
魔王シャアルラは考えていた。その小さな体躯には不似合いなほどの試行錯誤が、この2年の彼女には増えていた。
「知歯喜神パール。・・・どうする?」
「率直に申し上げますと、予測不可能ですじゃ。使い物になるかも知れず、身を滅ぼす猛毒かも知れず」
魔王の間にはいつも通り、腹心の部下であるガンズの姿も。しかし最近その位置に就いたサルタの姿はない。話題のパールを連れて魔都を観光案内しているのだ。
「厄介なモノを回収してきたな」
知歯喜神パール。明らかに魔王より上の存在感というか、力量を感じた。負けるとも思えないが、破壊する自信もない。
「しかし見事な話術でございますじゃ。パールにこちらの裏をかく意図は見えませぬじゃ。サルタ殿のお手柄に間違いないかと」
「うむ・・・」
実は。シャアルラは父王であるシャアルネルラ以外で、初めて心を読めない相手に出会った。ゆえに余計に苦手意識が出ているとも言える。
それをなんとなく自覚したシャアルラは、サルタとガンズの意見を容れた。
「パールを一時的な同盟相手として扱う。期間は神竜ダイナソアに出会うまで。・・・情報制限は無しだ」
「・・・御意にございます」
・・良いのか?当然の疑問を、ガンズは押し殺した。パールに対する疑念、不審感。ガンズの中に渦巻くそれらは、シャアルラへの忠誠心によって黙殺されていた。
逆に言えば、叛意ゼロのガンズでさえも、王命に盲目的に服従できぬほど、パールは怪しい。
怪しいが、神々へと伸びる細い線の一本。途切れれば、魔族は神族の家畜と変わりない。
魔族は勝つ。何を用いても。
「ミリアステリオの土産も大概だったな」
「いえ、あれは嬉しい誤算と申せましょう」
二人は思い出していた。知るべきだった遺産を。
「お、お茶でも・・・」
「お構いなく」
遠慮でもなんでもなく、この極地では物資も乏しかろうと思い、カンドゥナサスは相手の親切を断った。
暖かい。室内に入った瞬間に、保温スーツのマスク部分が曇った。
何を燃やしているのか、煙もない。もちろん暖炉など存在しない。煙道があれば、そこから凍りついてしまうからだろう。
部屋は広く、土間、台所、リビングが一体となっていた。次の間もある。
招きに応じて入ったのはカンドゥナサスと部下二人。残りは建物の手前で待機している。カンドゥナサスが戻らなかった場合の報告要員として。
「私はミリアステリオ様の配下であるカンドゥナサス。あなたは?」
「お、おれは」
言い淀んだ。それは身分を隠すためか。
「おれは。魔王テア様の配下、ルック。こいつはワチ」
男は部屋の隅で絨毯の上に我が物顔で寝ている獣を指した。
「魔王・・・テア、様」
「信じられんだろうが、本当だ」
おれなんかが。そう言いたげな顔だ。
ルックがどもったのは、嘘をつくためではなかった。
信憑性が、自分でも無いと思っていたからだ。
そしてカンドゥナサスは、確かにルックの言葉を疑っていた。
だが、半分は信じた。
この極地で、強さを一切感じない「二人」が、平気で生きている。
「保護者」が居るはずだ。
「こちらはシャアルラ王に歯向かうつもりは一切ない。見逃してもらいたい」
「・・・・」
即答できぬ。カンドゥナサスは決して血の巡りの悪い男ではないが、問題が政治的に高度過ぎ、即答は避けた。
本当に相手が魔王テアの手のものであった場合(その確率は五分五分)、争いは避けたい。
だが情報は欲しい。本当に魔王テアの配下なら、有用な情報を山ほど持っているはず。
そして最も重要なポイントは、自分達は魔王シャアルラの配下であって、魔王テアとは何の関係もないということ。
相手がこの世の何者だろうが、魔王以外の意を汲むのは、逆賊に他ならない。
過去の魔王を恐れてすごすごと逃げ帰りました。では、魔軍なぞ要らぬ。
しかし。それはそれとして、魔王シャアルラの許可なく他の魔王との戦端を開くのも、いささか不味い。ほんのちょびっと、歴史上に愚者として名前が残るぐらい不味い。
魔王テアは伝説上の存在。一兵卒が手を出すには、あまりに大きすぎる。
「ではそちらの知っている全てを教えてほしい。それで十分だ」
「全て・・・」
カンドゥナサスは考え考え、テアの手先に噛み付いた。熟考した上で、戦闘行為を含んだ交渉を選択した。
よしんばテアの怒りを買ったとしても良し。
こちらは神々にケンカを売っているのだ。前時代の魔王に負けていては、話にならん。
「そう言われても、おれはテア様に重用されてるとかじゃないんだぜ。観測員なんだ。昔から」
ルックの話はそこそこに長かった。
「ここはどんな魔王でも実用化しなかった野生の荒野。だからテア様は、ここで実験をしたり、気候環境や生態系やらを調査してる」
「ルック殿が、その調査員」
「まあな。おれが、っていうか、おれの一族がそうだったんだ。おれ達も、かつては魔都に近い地域に住んでた。見て分かるだろうけど、何の取り柄もない魔獣だった。そのおかげで軍団入りせずにすんで絶滅もしなかった、つうのはある」
魔獣軍団は数ある魔軍の中でも戦場の花形。魔法師団は最精鋭だが、魔王の護衛というイメージが強い。最前線でぶつかるのは、いつも魔獣軍団だった。
それゆえに最も犠牲を出すのも魔獣だった。
海魔のカンドゥナサスも羨望混じりにそうした知識を持っている。
「で。魔王テア様が引退して、魔界の支配者の座をシャアルネルラ様が引き継いだ。その際、おれらのご先祖様も、テア様の小間使いとして、一緒に付いてったんだ」
弱く戦力にならない。猿族ほど器用なわけでもない。だからテアがいくら使い潰しても、魔界の戦力低下に一切つながらない。からこそ、彼らの一族は生き残った。
そしてカンドゥナサスは思い出していた。
今回の突然の魔王交代。ゆえにシャアルラ様への引き継ぎが万全とは言いにくい。シャアルネルラ様がテア様との交流を絶ったのであれば、すでに戦争になっている。であればこれは、純粋に継承ミス。この地は魔王テアが預かる土地だったのだ。
「それで。観測員として、何を見た?何を知った」
「何も。毎日、何も変わりない。たまに何かが飛んだり、何かが泳いでたり。でもそれが何かは分からない。分からないから「分からない」ってそのまま書いて報告してる」
なるほど。仮にも海魔軍団で副長を務めているカンドゥナサスには、ルックの言っている意味が理解できた。
分からないけど、なんか来た。なんかあった。
それですでに、十分に価値ある情報。この極寒の地、半端な生き物が生息できるはずもない領域で「動くもの」。それがどれくらいの周期で動き回っているのか。それだけでも価値はある。極端に言えば、海魔の見張りと同じだ。
しかしそれでテアには理解できようが、カンドゥナサスには不足。レイニード海域で最も警戒すべきはレイロード族、つまりは身内。
しかし現在はここを警戒しているレイロードは居ないはず。なぜならここを根城にする敵自体が存在しない。いわば禁漁区として、魚介類の繁殖を担う海域となっている。
「分かった。お前の情報は我々の助けになった。これは土産だ」
「お、おう。ありがとう」
ミリアステリオに命ぜられた通り、カンドゥナサスはルックに手土産を渡し家を去った。
そして海底から帰還したミリアステリオに引っ張られ(文字通り、遠征した軍団員全員がミリアステリオの触腕に包まれ移動している)、魔都へと帰った。
「もしも虚偽であった場合、神々の側に付いた魔族なのでしょうか」
「あるいは。しかしその可能性は低いでしょう。「こちらの世界」に用事があって領地を取らないなど、意味不明ですから」
カンドゥナサスは純粋に疑問に思った事を上司に聞いてみた。ミリアステリオからの返答は常識的なものだった。
もしもレイニード海域で仕事があるのなら、攻め落とし領地とすれば良い。それが出来る力量はあるはずだ。
ゆえに論理的に、海底の貝の身も海竜の卵?も、神々の仕事ではない。魔王テアの仕業でもない。
「海魔軍団長として、海の事は多少知っていたつもりでしたが。まだまだ分からない事は多い」
「知虫軍団ですら、知らぬ事もあります。これからです」
海魔の主従は新鮮な経験を持ち帰る事に成功した。
思い出すだけで頭が痛くなりそうな記憶に、シャアルラは一瞬、顔をしかめた。
「魔王テアに会見を申し込む。そしてパールとやらとも話さねばならん」
「いかにも、魔王シャアルラ様にしか出来ぬ業でございます」
成功の確率は不明。どうなるのかも不明。
テアの機嫌を損なえば、それでアウト。
前進しているような気がまるでしない。危険に迫っている、恐怖感が強まる。
だがシャアルラは妙な落ち着きに支配されている自分に気付いていた。
パニックになれない。危険な賭けだぞ、と意識してなお、ほんのわずか熱が入るのみ。
ヒポリとの稽古が、何かが壊れたか。
そんなふうに考えて、自分で笑った。
シャアルラに自覚はない。
負けたシャアルラは、負ける前より大きくなっていた。
本人に自覚はなくとも、ガンズ始め、魔王のそばに居る側近らは気が付いていた。
「魔王テア。どれほどの存在か。勉強させてもらおう」
少しだけ、違う。今のシャアルラには、本物の魔王としての威厳が備わり始めた。




