探索する者達。南のスコール、北の出会い。
嵐。止めどない水飛沫の奔流。気温は低くない。ぬるま湯のシャワーの中に居るようだ。
「外に居ると呼吸ができん。しばらく待つぞ」
「了解した。テンクウさん、ミキメさん、キャンプの用意をお願いします」
南方諸国のプロであるガルタの令に従い、サルタが指示を出した。
「おう」
「任せろ」
ルフがだだっ広い洞窟を見つけたので、一旦退避。
勇者伝説探検隊御一行は、スコールに巻き込まれていた。
「野獣は居ないようです」
テンクウらが飯と休憩の準備をしている間に、ルフとユーリクロイドは洞窟の内部を見学していた。猛獣や下位魔獣などの、脅威の排除のために。
入り口より高い少し奥まった地形に、防水布にくるんであった薪を広げ、着火。手慣れたテンクウの作業はあっという間に終わった。その間に他の者は、寝床材(簡易ベッド)の上に毛布をしき簡易ベンチをこしらえた。
「火を使っても大丈夫そうか」
「ええ。かなり広い。空気も流れている」
ミキメの質問に、ユーリクロイドが答えた。ユーリクロイドの目なら、洞窟内部の完全暗黒空間も普通に視認できる。
テンクウとミキメの共同作業により、バーベキューは滞りなく良い香りを漂わせた。普通、こういうものはより強い肉食獣を誘引してしまうものだが、今回は問題ない。ルフとユーリクロイド、それにガルタとマリー。過剰なほどの護衛が付いている。
「ユーリクロイドさんは、もう大丈夫なんですか?」
「ええ。全く問題ありません」
自然な笑顔でユーリクロイドはサルタに答えた。これが前日にぶっ倒れていた魔族とは思えない。
実は彼らは、ユーリクロイドに運ばれてきた。
食糧事情、精神的作用を勘案し、人界では飛竜グランダは使えない。ゆえに汽車の届く範囲まで南方に迫った彼らは、そこからユーリクロイドが籠に乗せて飛んだのだ。ちょうど竜便に使う籠を持ってきて。7人分の人体数百キロに加え、保存食、水、寝具などのキャンプ用品。合計1トン弱の荷物をこの南端に至るまで運んだユーリクロイドの実力は、流石に魔法師団としか言いようがなかった。
その結果、初めて取器を実戦使用し、魔力を消耗するたび補給する循環を生成。魔力疲れを起こしていた。体内の魔力神経が初めての刺激にびっくりしているのだ。
そしてびっくりした神経を落ち着かせるために、最大出力で砕界を空中に放出。着陸後のキャンプを準備していた一行の目を楽しませた。ルフだけは真剣に観察し、魔法による大気変動の様子からその威力のほどを推し量っていたが。
その後、最大攻撃魔法である砕界を今までにない威力で放った反動で、しばらく魔法が使えなくなってしまっていた。2時間後には調子を取り戻していたが。
だがそのおかげで、サルタ一行は人の歩く道すら存在しない、人類最南端の地に到着できたのだ。
驚くべきことに、この南方の地に船団では来れない。海獣が強いのではない。陸地が切り立った崖、すなわち高地エリアであるがゆえに、船では接岸できないのだ。親衛隊級の実力者であれば、一人、二人を登らせるのはもちろん可能なのだが、そこまでしてエリートクラスを縛り付ける具体的目標はない。なにより、陸路でラアブレイ陸軍が進行している。わざわざ危険を冒してまで海路にこだわらなくて良い。そのためにラアブレイ海軍による探検は進んでいなかった。
ゆえに今回は陸路を行く馬車より海路を行く軍艦より早く、空を飛んできた。
だが目的地に着いたは良いが、どこを探せば良いのかは誰も知らない。とりあえず南端からしらみつぶしに当たり、ガルタの属していたラアブレイ陸軍第6大隊のキャンプまで北上する。大雑把にもほどがあるが、これを基本路線としている。
しかし南方の地は広く、狭い。探索領域は広大なれど、よく育った木々により視界は数メートルが限界。先住民すら存在しないため、獣道以外には道筋すらない。
ジャウル王国の聖剣広場のように看板でも出しておいてくれれば苦労はないのだが。そんなものはないので、苦労するしかない。
「ありました」
そんなこともなかった。
「え?何が?」
ユーリクロイドの発言に応じたのはマリー。女同士、ちょっと仲良くなった。
「人の手の跡。何者かが、この洞窟の上方に絵を描いています。後で皆でランプを持って行きましょう」
「おお!」
ガルタは素直に感動していた。いきなりの大当たり。
もちろん、古代の民族がただ住んでいただけの、歴史遺産でしかない可能性の方が高い。それでも、これは幸先がいい。
「できたぞー」
新鮮な野菜と肉のシチュー。野営においては一級の贅沢品だ。これもユーリクロイドのおかげ。
作ったミキメ自身は生野菜をカットしただけで食べていた。猫舌なので。それ以外は、各自テンクウがたっぷりお椀によそってくれて、頂きます。
旅の第一日目は、温かなスタートを切った。
氷の大地。氷結した世界。吹雪の世界で、生命体の息吹はない。
「これは辛い。聞くのと見るのとじゃ大違いですね」
・・・そうか?副官であるカンドゥナサスは、軍団長の言葉に素直には頷けなかった。
なぜなら海魔軍団長ミリアステリオは防寒スーツを着用した上であっても、海表面に顔を出している。海上にあった分厚い氷塊を叩き割って。
「海上は私が調査します。皆は海中をぐるりと捜索してください。深海には潜らず、くれぐれも、海竜には気を付けて」
「はっ。承知しました」
気を付けて、と言われても対処法など存在しないのだが。カンドゥナサスは頷き、未知なる脅威への覚悟を新たにした。率いるのはここまで来れた海魔精鋭中の精鋭。
「・・・寂しい」
配下の進軍を見送った軍団長は、一人氷上をうろうろしていた。このレイニード海域に到着するまでは、皆でお出かけ楽しいな感が最高だったのに。あっという間に一人になってしまった。
「一人だし、寒いし」
もう帰りたい、とまでは思わぬが。初めての単独行。それは意外な、いや全然意外ではないミリアステリオの心理的不安を、顕にした。
が、それも無理はない。前人未到のこの氷獄。目を楽しませるものは何もない。完全なる白墨。ミリアステリオの鋭敏な感覚器官を全身フル稼働させても、氷雪以外の物体は感知できなかった。本当にここには何もない。
だがそれは戦果が無い事を意味しない。この地上部になければ海面下を探れば良い。それでコンプリート。誇りをもって帰還できる。
「・・・はて?」
雪上をトコトコ歩いていた体長100メートルの巨躯がピタと止まった。
この先に何かある。氷塊でも岩塊でもない。綺麗なカット。人工の建造物。そして。
触腕の先端から「それら」を認識したミリアステリオは、凍えていた肉体に活を入れた。戦闘態勢に移行したのだ。
距離1キロ。相手が飛竜なら2秒で突っ込んでくる。魔王級の魔族ならすでに攻撃範囲に割り込んでいる。
ではこの「敵」は、飛竜でも魔族でもない。
グルルル・・・
「魔獣か」
答えは唸り声で判明した。
相手もこちらを認識した。声とともに獣臭が吹雪によって運ばれる。やる気の匂いだ。
「こんにちわ。私はミリアステリオ」
ゴオッ!
挨拶をしただけなのに、魔獣は爪を振りかざし突っ込んできた。
白い世界に溶け込む白い体毛の塊。それが両腕を広げ大きく威嚇した後に、態勢を低くして向かってくるため、距離感が狂う。強い肉体に内在させる合理的な戦闘スタイル。悪くない。
「よく考えましたね」
だが。この寂しがりの素人みたいなイカの化け物は、半端な怪物ではない。
モーションを見るまでもなく、全ての動作を察知した上で、すでに抵抗不能なまでに捕えていた。
野良魔獣と、魔王配下の軍団長では、レベルが違う。
ガアッ!ガッ!
「う~ん・・・」
共通言語を解さない下位魔獣。しかしこの地に、本当の下位魔獣が生き残れるわけもない。「誰か」のペットである可能性が高い。
交渉の余地を残しておくためにも、殺すのは後回し。
しかし活きが良い。完全に四肢を捉えているのに、まだ抵抗する。
そこいらの野良魔獣なら、この力量差であれば抵抗などしない。ミリアステリオともなれば、いかなる下位海獣でも絶対に敵対しない。全て逃げる。捕えられたとして、隙を見せるまでは身動きもしない。万に一つの脱出のチャンスに懸けるため、体力の温存を図るからだ。
であれば、本当にこの魔獣は生存本能に欠けている。守られて生きてきた個体。ペットと断じて良かろう。
シロムシや白狼とは違う。もっと原始的な魔獣。耳が小さく四肢も短い。この地ゆえの古代魔獣なのだろうか。
ミリアステリオは捕獲に回した触腕を2つまでにして、先に探知していた建造物らしきものに接近し始めた。
・・・知虫軍団でも探索不可能な敵の所在。可能性がありそうのは、何百メートルもの地下深く。もしくは、この極寒の地。
「当たりかな」
バキイ
魔獣を捕えているのとは別の触腕で氷を打ち砕き、海水を補充。ミリアステリオはその腕の一本一本で栄養や酸素の吸入ができる。全身を海水に入れる必要はない。それに数十分くらいなら無補給でも動けないことはない。全力で動くと数分でエネルギー切れに陥ってしまうが。それは相手次第。
何が出てくる。
先制攻撃を防ぐために魔獣を突き出しながら、ミリアステリオは歩を進めた。
パタン
吹雪いている雪上で、あまりにも軽いドアの開閉音。海中住みのミリアステリオも、よく部下の地上組が使う音を聞いているが、それと変わりない。まるで吹雪の影響を受けていない。尋常な建物では、ない。
「こんにちわ」
「うおっ!?」
?
なんか。予想より普通のリアクションが返ってきて、意外なミリアステリオであった。
こっちのことなどお見通し、みたいな超常者が居住しているものだとばかり。
「だ、誰だ?魔王シャアルラの使いなのか?」
情報が更新されている。魔王の代替わりを知っている。こんな僻地で。見た目どおりの一般魔獣ではない。
「その通りです。私は海魔軍団長ミリアステリオ。魔王シャアルラ様の命により、この地を調査しております。ところで、この子はあなたのものでしょうか?」
「お、あ。そ、そうだ。です」
見た目は高等な魔獣。体毛はやや薄い。それゆえ防寒着を着用している。角などの攻撃防御兼用部位を備えていない。戦闘種族ではないのか?
外見と足取りから推測される筋肉量からおよその戦力を推測。一般的な猿族並み。つまり、論外。先に捕えた原始獣の足元にも及ばないだろう。
警戒心を半減させたミリアステリオは、魔獣をそっと放した。
「ワチっ!お手!」
弱そうに見えた魔獣の命令を、原始獣はよく聞いた。お手、おすわり、伏せ。
「す、すみません、もしかして、こいつがなにか粗相を・・・」
「いえ、なに。じゃれついただけですよ」
魔界においてミリアステリオに許されている権限上、彼らを殺戮してもお咎めはない。軍団長ともなればその程度の自由裁量がある。
だが無駄遣いは許されない。魔界にある全ての命は、魔王のために存在する。使用許可は浪費の意味ではない。
「この外気はあなたの体を痛めませんか?もしよければ、お話を聞きたいのですが」
「えっと・・・」
迷っている、うろたえている魔獣を見て、ミリアステリオは判断した。
「では、あなたの家に案内してください」
「はあ」
ミリアステリオは焦らない。魔獣が「家」の中に消えるのを見届けてから、元来た氷海に戻り、海魔軍団の到着を待った。
ミリアステリオの巨体では家の中で話せない。だが情報提供者の寿命を無駄に縮めたくない。
ゆえに仲間の到着を待つ。数の力が、魔軍にはある。一人でなんでもやる必要はない。
そして仲間はちゃんと戻ってきた。
「お待たせしました」
「いいえ。そちらは何か発見しましたか?」
「いえ。水深30メートル以上の近海を一頻りぐるっと回ってみましたが、めぼしいものは特に」
それとお土産です、とカンドゥナサスはビダルアザラシを差し出した。北の海のごちそうだ。
「ありがとうございます」
微笑んだミリアステリオは、それをバリバリ食べて、自らの発見を口にした。
「ここから2キロの地点に居住地が存在し、魔獣が住んでいました。私では大きすぎて家に入れなかったので、誰かに任せようと思って待っていたところです」
「了解です。その者の戦力はいかほどでしょう」
「おそらく下位魔獣以下です。彼の連れているペットの魔獣はそこそこですが、一般兵以下です。カンドゥナサス。手土産を持っていってください」
「はっ」
手土産とは、情報提供者に対する報酬である。これは親族を魔軍に任せた時や死んだ時などに供給される金銭、物資と同じ扱いだ。今回はカンドゥナサスが小分けにされた金貨の袋を所持している。
カンドゥナサス率いる小隊が先の魔獣を訪ねる間、ミリアステリオは深海に向かう。危険度が高いため、部下には任せられない海域だ。
魔海守護を任ぜられるミリアステリオにとっては、散歩道に変わりなくとも。




