ミリアステリオは遠征に向かいたい。シャアルラも頑張っている。
「レイニード海域ですか・・・」
何を言っているのだ、と思いはしたが直言しなかった。海魔軍団長の副長、カンドゥナサスは冷静な男だった。
「海表面はとても寒いので、常時潜水状態を維持出来る種のみで構成して頂けますか?」
「は・・・」
しかしカンドゥナサスは、そろそろ言わなければならないのだろうな、とも思った。
ミリアステリオは、どうやら本気でレイニード海域に向かうらしい。
魔王シャアルネルラの代になってなお、魔軍が支配出来ていないあの海。
海中だけなら、そこはレイロード族の支配領域だが。
水上世界は凶鳥はおろか飛竜でさえ凍える。魔法師団も魔法障壁を全開にし続けなければ生存不可能。
深海に等しい極寒地獄。それがレイニードの氷る世界。
・・・口惜しいが、海魔軍団の力量でも、あの海は限度を超える。
「言い訳の出来ぬ話ですが・・・」
「「あのスーツ」は、もう使えますか?」
カンドゥナサスは具申しようとした軍団長案の撤回を撤回した。
あのスーツ。使い物になるのか・・・?
・・・ん・・・?
「・・・ミリアステリオ様は、新規開発されている備品にも目を配らせているのですか?」
「もちろんです。私もサイズ合わせをしましたし」
え?ちゃ、着用出来るのか・・・?
海魔軍団長、ミリアステリオ。体長140メートルである。今まではイカを模した刺繍を施した特製マント(数百匹のヨロイザメの皮を縫い合わせ、襟元にはライトパールが輝く)しか身に付けた事はない。それも式典時のみ。
初めての戦闘装束。ミリアステリオは、ちょっとワクワクしていた。
そしてこの提案を本気にし始めたカンドゥナサスも、その日の内にユーリッド、ニュウルベオリら海魔幹部を集めて軍議を開き意見をまとめ、魔王シャアルラに提出した。
海魔軍団はその性質上、動く時には魔王の許可を得る必要がある。端的に言えば、海竜、人類海軍を含む敵対勢力の攻撃を防ぐために、常時シア・ラインに貼り付けておきたい。
だが時には動く必要もある。魔王はどうお考えになるか。
「妖樹軍団の定着は順調です。ヒワダら事務方の無事が幸いし、育成ノウハウは失われずに済みましたからな」
知虫軍団長であり魔王の懐刀であるガンズの読み上げる報告書には、妖樹軍団幹部級の全滅からの再起が記されていた。魔法師団ナンバー3のリジェと妖樹軍団のジョーカーであるヤルドの共同作戦は功を奏した。サポートの飛竜もよくやってくれた。
「ではカルスの生産体制も復活か」
「もちろんです。カウリッツの生育も順調で3年後から量産できます」
秘薬カルス。半死人すら即座に全快させる、魔軍前衛陣の奥の手。もしもこれをフル稼働したなら、文字通りの不死身の軍隊と言って良い。即死でさえなければ、負傷交代という概念が無くなる。
なによりヒポリやギリィといった魔軍選りすぐりのエリート戦力の消耗を防げるのは何にも代えがたいメリット。これだけで安心感がまるで違う。
魔都はようやくその機能を取り戻しつつあった。
「ミリアステリオの穴は埋められるのか?」
次の議題は海魔軍団長ミリアステリオの遠征。いかなミリアステリオでも、一日二日でレイニード海域に行って帰って来るのは不可能。
精鋭揃いの海魔軍団。一兵卒から強いが、中でも軍団長は破格の強者。彼が居る居ないで、海魔軍団は全くの別物とも言える。
「不可能でございますじゃ。ダンセイ以下、海魔には無数のエリート級の猛者が在籍しておりますが、ミリアステリオ殿の持久力に勝る者は一人もおりませぬ。こと防衛力に限るなら、ミリアステリオ殿のそれはヒポリ将軍を上回っております。ですので、万が一の際には魔法師団を差し向けるのがよろしいかと」
「ふん。パアルカラッソもしばらく働き詰めでストレスが溜まっているはず。演習がてら行かせてやれ」
「はっ」
被災した各ラインの防衛網の再構築のため、パアルカラッソは魔都を離れず、ずっと各軍団のフォローに回っていた。そう動けるほどに魔法師団に被害がなかったのは不幸中の幸いだが。妖樹軍団上層部の抜けた穴を埋めるためにも、彼らは魔都の守護神であり続けた。
もちろん。魔王シャアルネルラを倒した者が現れた場合は、何も出来ない。
魔法師団100名フルメンバーによる総作業量は魔王個人を超える。数には意味がある。
だが直接ぶつかってしまえば、魔法師団ナンバー1のパアルカラッソでも、魔王にはかすり傷一つ付けられない。
結果、魔法師団総勢でも、魔王には絶対に敵わない。
魔王を倒したような者には、言うまでもなく。
そして、そのパアルカラッソが魔界のナンバー3。シャアルラ、ヒポリに次ぐ実力者と目されている。
これでは勝てない。どうしようもなく、新たな敵には、力では勝てない。工夫をしなければ。
「魔法大学からも強化魔法陣の新作、新型収束マントの完成報告など、朗報が続いておりますじゃ。理論上は魔法師団の魔力収束率は130パーセント増しとなり、フルメンバーならヒポリ殿とも戦いになると書かれております」
「バカが・・・。いや、魔法大学にはヒポリの正確な戦力は知らされていないのか」
「はい。ヒポリ殿の真価はパアルカラッソ殿とギリィ殿のみが把握されております。その二人さえ知っておれば、作戦展開にも支障ございませぬ。残念ながらシャアルネルラ様の一粒種であるシャアルラ様の戦力評価が容易である以上、切り札となるのはヒポリ殿であります。可能な限り隠しておきたい現状、笑ってお見逃しになるべきかと」
「ふん」
軽く笑ってシャアルラはその話題を切り上げた。魔法師団に、着用しての感想、模擬戦での評価を報告せよとの命令を下してから。
本気のヒポリを知っているのは、シャアルネルラ亡き今、実はシャアルラのみ。
いかに魔界エリートの集まりであろうと、魔法師団ではヒポリには勝てるまい。
実質的な魔界最強はあの男。でなければ・・・・・。
「午後はロイドナイトの調整に向かう」
「はっ」
巨石軍団長にして魔王のオモチャである飛空城は、現在魔法師団訓練場上空に待機させながら、充填作業に勤しんでいる。実際、自己修復能力のあるロイドナイトは魔王が魔力補充してやる必要さえないのだ。放っておけば、空気を変換して魔界最硬金属ディナライトを生成、武装も城塞も全て自己修復される。ほとんど無敵の城だ。
ただそれはそれとして、有事の際にはマニュアル操作できた方が良い。ので、シャアルラはロイドナイト内部に残されていた取扱説明書を読み解き、その操作法を学んでいた。
いつかは使う事になるのか。後継者に譲り渡す時が来るのか。
それはまだ若いシャアルラには分からぬ事だったが、父の忘れ形見を蔑ろにも出来なかった。
ゆえに妖樹軍団を日陰にしない事だけに気を付けて、魔都の上空に留めてある。本来、ロイドナイトは魔都ラインの周縁部の土地に留め置かれている。無造作に高空に置けばメンテナンスが面倒だし、飛竜や凶鳥の飛行の邪魔にもなる。そのため巨石軍団の敷地であるギア・ラインの定位置に戻す事なく、説明書と取っ組み合う毎日だ。
同じ魔王という称号。同じシャアルネルラの血統。それでもシャアルラはシャアルネルラに全く追いついていない。
日々を着実に過ごす。それだけの毎日で、シャアルラは日毎に向上している(はずの)能力に目を向ける必要を感じていた。
そうしなければ、連日の自己認識によって、死にそうだった。
弱い。
頭では理解していたはず。長の年月を費やした父王シャアルネルラに届いていないなど、当たり前すぎる。
だがシャアルネルラはもう居ない。
無意識の内にその存在に甘えていた、守られていたシャアルラは、いきなり無防備に放り出されたようなものだった。
しかしそれでも修練に向かい、修繕を行い、修養を怠らない。その日常に意識的に向き合い、必死に付いていっているだけとは言え。
魔王であり続けている。この幼年で。
それは魔王シャアルネルラですら行った事のない偉業である。
自分で腐すほど、シャアルラはダメな魔王ではない。
「と。おれは思う」
「私に励ましの言葉?偉くなったものだな」
「おお。魔王付き軍師なんでな。偉いぞ、おれは」
サルタはどことなくリラックスした姿勢で、シャアルラに語った。対するシャアルラも、なんとなくリラックスしていたような感じだった。
人界への遠征組は勇者の情報を持ち帰り、全員で魔王への報告に上がり、現在は魔界にて休暇を取っている最中だ。
そしてシャアルラはいつものようにいつの間にかサルタの私室に出現していた。
「父上と比較するなど無礼の極み。お前でなければ殺していたぞ」
「無礼でもなんでもない。お前は紛うことなき魔王。魔王と魔王を比較して、何が可笑しい」
人を食ったようなセリフだが。サルタは本気で物申していた。シャアルラへの追従ではない。本気の冗談だ。だからシャアルラはサルタを手放せなかった。これもまた甘さ。
「ふん・・・。それで勇者探訪は上手く行きそうか」
「分からん。やってみるまで。しかし報告書にも書いたように、見込みがないわけではない」
ガンズやパアルカラッソ、オゥルネイアにも精読してもらって、可能な限りヒントを求めた。その結果得られたものは少なくない。
「人界南方諸国。最も魔界から遠いこの地方は、なぜか勇者が生まれた記録がない。里子に出されたのかも知れないが、今までの記録上絶無というのはあり得ない確率だろう。何かある」
「生まれないから調べる。本当に意味が分からん」
普通、勇者が多産傾向にある地方を調べる。そこに神域、神意があると推察するのは不可思議な理屈ではない。
だがサルタは、勇者が生まれない地方に注目した。
勇者が生まれず、地理的にも魔界から侵攻されない。
もし神々が魔界と人界の小競り合いを望んでいるのなら、こういう場所に観察拠点を作るのではないか。誰からも着目されない場所に。
「勇者がたくさん生まれている地方には、すでに勇者育成学校が存在するからな」
あの勇者レインも在籍していた勇者養成所。誰が勇者か分からない以上、資質のある若者全てを育成するエリート養成所。帝都ラアブレイにもあるもので、サルタはその情報集積を当てにしていた。シャアルラとトリキアの会談以降、自分達が調べずとも人間がすでに調べてくれている。勇者関連の情報を。
「私の活躍だな」
「?・・・そうだな」
サルタは会談の様子を話に聞いただけだが、シャアルラの王威ある振る舞いは想像がついた。良くも悪くも。
しかしそれで良いのだろう。
サルタは魔王の娘のシャアルラしか知らない。
獣王ヒポリより弱くとも、威張ってろ。誰に敵わずとも、偉そうにしていろ。
それが王様の働きだろう。
「・・・・・お前。私を尊敬しているのか馬鹿にしているのか。どっちだ」
両方だ。と言いたかったサルタだが、流石に言わないだけの知性はある。
「おれは、お前から目が離せないと思っているよ」
「・・・」
どういう意味なのか。心を読んでも分からない。さっぱり分からないシャアルラだが、分からないからこそ、彼女もサルタから目が離せない。
若い2人はその後もあーだこーだ建設的な会議を行ったそうな。




